22.新型機
22話目です。
よろしくお願いします。
ミテーラ率いるストラトーも、二手に分かれてケヴトロ帝国とノーティア王国の国境に配備される事となった。ケヴトロ帝国側の傭兵はクロック、ノーティア王国側の傭兵はミテーラが、それぞれ指揮官となる。
アナトニエ王国の軍は、新型と人型でそれぞれ指揮官が割り当てられ、彼らもまた、それぞれの任地へと向かう。
「で、俺たちのマッドジャイロはケヴトロ帝国側か。狂い谷があるから、俺たちはノーティア側の方が良いんじゃないか?」
早朝。コープス基地のガレージにて出撃準備をしていたボルトが、スームの所へやって来た。他の機体は後程トレーラーで向かうが、飛行能力があるマッドジャイロとスームの新型機だけは先乗りして情報収集にあたる。
「いや、どちらかと言えばケヴトロの方が主戦場になる可能性が高い。マッドジャイロの機動性が役に立つだろう。それに、新型機も飛べる。問題無いさ」
ペチペチとスームが叩いた機体を、ボルトとナットが見上げた。
一般的な機体に比べると全体的にかなり大きい。人型では無く、砲塔が二門付いた戦車のようなフォルムに、四本の脚部が付いていた。
本体中央部にコクピットがあり、脚部にある足場を登って乗り込むようになっているが、本体の位置を下げて乗り降りする事も出来る。
だが、肝心な翼やローターが無い。
「なあ、これどうやって飛ぶんだ?」
本体を見上げたままのボルトが聞くと、スームは自慢げに笑った。
「じゃあ、俺が先に出るから、見ていくと良い。他にギャラリーもいるしな」
ボルト達だけで無く、セマやミテーラなど、ここに用事が無いはずの面々が新型機の初公開を見に来ている。ここまでスームは起動実験等をこっそり行っており、新型が動くのを見たのは、手伝っていたリューズとアールの二人くらいだ。
「機体の名前は決まっているんですか?」
「ああ。“ノーマッド”だ」
「どういう意味ですか?」
首をかしげるナットに、スームは少し照れながら答えた。
「ふらふら飛ぶからだよ」
「身体をしっかり固定しておけよ。前ほどは揺れないが、突風があれば別だ」
「わかりましたわ」
ノーマッドのコクピットはイーヴィルキャリアに比べると広い。メインのシートに座るスームに言われ、背中合わせのサブシートに座ったコリエスはベルトを確認した。
コリエスはいつものドレス姿では無く、乗馬や狩りをする際に着るパンツスタイルのぴったりとした服で、腰にはナイフを提げている。新型に乗れる緊張と喜びが混じった硬い表情で、スームからの注意を聞いて頷いていた。
「しばらくは飛行するが、実験も兼ねて後半は地上を走行する。国境についたら状況を確認してから、上空から国境の向こうを監視する」
予定では休憩をはさんで五時間程で到着する予定だ、とスームは淡々とスケジュールを語る。
「ところで、あの護衛のアルバートはどうした?」
「空を飛ぶと聞いたら、真っ青になって色々と言い訳を並べ始めて、結局別行動になりましたわ」
護衛ですのに、と頬を膨らませたコリエスを振り返りながら、スームは前回アルバートをマッドジャイロに乗せた時の事を思い出していた。ずいぶん悲鳴を上げていたな、と。
「まあ、いいか。じゃあ、ガレージをでるぞ」
「は、はい!」
起動したノーマッドは、四本の足を駆動させてぐい、と本体の位置を上げた。それだけでコクピットの高さがイーヴィルキャリアの全高と同程度の高さになる。
「大きい……ですわね」
コクピットは左右だけでなく下部も見えるようになっている。のぞき窓程度の大きさだが、五メートル程下が見える状態と言うのは、慣れていないと気持ちが落ち着かない。
四本の昆虫のような足をぐりぐりと動かしながら、ノーマッドの巨体がガレージから出ていうと、セマやボルト達が見上げているのがコリエスにも見えた。
「ほとんど揺れませんわね」
二足歩行の魔動機は、かなり揺れる。特にアナトニエでも使われているノーティアの小型機はクッション性が悪く、歩くだけでも酔う者がいる。
「二本と四本じゃバランスの取り方が違う。歩くだけなら四本足の方が安定するのは当たり前だ。一本無くなっても平気だしな」
「それで、どうやって飛ぶのですか?」
言いながら、コリエスは上を見上げる。丸いドーム状の風防があるが、マッドジャイロのようなローターは無い。
「すぐわかる。……クロック、聞こえるか?」
視線を集めながら歩き続け、無線でトラックに座っているクロックに向けて無線をつなげる。この無線技術だけはアナトニエの新型機体にも流用せず、コープスの独占を保っている。
中継アンテナ等を使えば、もっと便利になるのは重々承知の上で、あくまで国家に所属しない傭兵として、アドバンテージを守る形を取ったのだ。
『ああ、聞こえている。予定通り、わしとボルト達はケヴトロ帝国側、リューズとハニカムはノーティア側だ。リューズ達はギアが運転するトレーラーで後を追う』
「わかった。先に情報収集を進めておく」
『まだ実戦投入されていない新型だ。お前が作った機体だから大丈夫とは思うが、充分注意しろよ』
「ああ、わかってるよ。他の連中に、充分離れているように伝えてくれ」
無線が切れると、トレーラーから降りたクロックがセマ達に呼びかけているのが見えた。
リューズやセマの姿がしっかりと距離を取った事を確認しながら、スームは手早くスイッチを切り替えて行く。
「コリエス。飛ぶぞ」
「は、はい!」
ベルトを掴み、コリエスは頷いた。
直後、機体が力強く浮き上がった。
「えぇ……」
「舌を噛むぞ。黙ってろ」
原理がサッパリわからず声を上げたコリエスに、スームの声が飛んだ。
「さて、じゃあノーティア国境へ向かう」
スームが正面にあるレバーをゆっくりと押し下げると、機体はどんどん上昇していく。コクピットから見えていた基地の建物は下がって行き、屋根を過ぎ、小さくなっていった。
「うわぁ……」
あっという間に見えなくなった人々の姿を足元の窓から見ていたコリエスは、感動に目が輝いていた。
これから行う任務については不安もあるが、今この時点で体験している未知の世界に対する興奮の方が大きい。
ノーマッドは四本の脚部にあるスラスターからジェット噴出をすることで、かなり高速で飛行する機能がある。スラスターごとの出力は大したことは無いが、脚部の向きを調整する事で、リューズ曰く「変な動き」をする。
スラスターは空気のみを噴き出す事も可能で、ローラーとの併用でイーヴィルキャリアのように陸上を滑走する事も可能だ。
「もうベルトを外しても大丈夫だ」
各脚部の向きを設定するレバーを固定したスームは、言いながら自分もベルトを外した。鳥以外には空を飛ぶものは居ない。何かの偶然で飛行型の魔物でも出ない限り、このまままっすぐ国境へと飛べる。
許可が出てすぐ、コリエスはもどかしい手つきでベルトを外して立ち上がると、スームの隣に立った。
「これが……」
狭苦しいイーヴィルキャリアとは違い、広い視界が確保されたノーマッドからの光景には、コリエスも言葉を失った。
アナトニエの広大な農地が広がり、右手には大山地を形作る樹海と山々が見える。正面から左側にかけては、ポツポツと集落があるのが確認できるが、それよりも長く横たわる地平線が彼女の目をくぎ付けにした。
「こんなに大きな大地に立っていると、わたくしたち一人ひとりなど、本当に小さな存在なのですね……」
いつしか涙を流していたコリエスは、それだけを呟くと、いつまでも立ち尽くしていた。
☆★☆
同じ頃、ケヴトロ帝国の上空にも飛行している物体がある。
かなり遅い速度で進むそれは、分類上は魔動機である。巨大な円盤状であり、八方に向けた大きな砲塔が上下に計十六門。直径が約三十メートル程ある、空飛ぶ軍事拠点。
それはスームかクロックが見れば一目でわかる、ケヴトロ帝国滞在時に設計図を盗まれた機体“ホワイト・ホエール”だった。ケヴトロ帝国でも同様の名称で呼ばれている。
操縦手や観測手の他、各砲塔に必要な砲手と、合計二十名の乗組員を必要とするこの機体は、スームの予測を裏切り、ケヴトロ帝国の手によって建造されたのだ。
「後二時間程で国境です。そこで一度着陸し、魔力を補給します」
「そうか」
円盤中央上部にあるメインの操舵室には、操縦手と二人の観測手、そして指令を出す為に中央に座る艦長席がある。
そこに座る初老の人物は、報告に来た男に短く返答した。
彼はケヴトロ帝国でも長年の戦場経験を持つ、マイコス将軍という人物だ。彼は新造された機体の建造から携わり、初の任務に司令官として任命された。
この機体の実戦テストを兼ねた、アナトニエの新型機の調査という任務だ。
「君は、たしか軍関係の官僚だったはずだが、いつの間に軍属になったのだ?」
報告に来た男に向かって、マイコスは片眉を上げて訊ねた。軍が編成した乗組員の中に、とても軍人に見えない者が「補佐官です」と言って交ざっていたのだ。
「正式には、政府官僚の身分のままです。今回は、出向という事で参りましたエヴィシと申します」
整髪料をべったりと付けて髪をオールバックに固めた男は、切れ長の目をニヤリと歪めて一礼した。
「今回は地上からの支援に傭兵を使いますので、本来傭兵との折衝を行う役割を任されておりました私が選ばれたようです」
マイコス将軍は、すらすらと語るエヴィシを横目で見ながら、頭から足先までを観察した。細い身体をケヴトロ帝国特有のボタンの多い軍服に包んだ男は、どこか信用のおけない、冷たい雰囲気を放っている。
まったく知らない兵員どうしが作戦の為に集められる事は珍しくは無い。だが、軍属でも無い人物が混ざるのは珍しい。
「それと、現在アナトニエ王国に雇われているコープスという傭兵団ですが……」
「彼らなら、小官も知っている。奇妙な魔動機ばかりを保有しているが、実力は確かだ。一年くらい前か。戦場で助けられた事もある」
「そうですか」
大げさに頷いて見せているが、マイコスの目には完全に聞き流しているようにしか見えなかった。
正直な感想を言えば、コープスが相手ならば、実験などやっている場合でも無い、とマイコスは考えている。
彼の率直な評価としては、“ホワイト・ホエール”の火力や飛行性能は認めているが、実戦でどの程度の力を示すことができるかは未知数だ。新型砲と使用されている数種の砲弾は確かに強力であり、上空から一方的に攻撃できるのは間違いない強みだ。
だが、コープスが相手となれば話は別だ。
「彼らは飛行可能な魔動機を有していたはずだ。この機体の有利を活かせぬ相手ではないか」
「ご安心ください」
全く安心できない不敵な笑みを見せるエヴィシの顔に、マイコスはだんだんこの男が嫌いになってきた。
「この機体に設置されている新型砲は、コープスが保有している飛行型の機体にダメージを与えられる事を確認しております。前回はトレーラーに固定した形で、狙撃が難しい状況でしたが、今回は可能でしょう」
「逆に攻撃を受ける可能性を考えないのは、作戦を設定する連中の悪癖だ。この機体を浮かせている気体は、火が付けばあっという間に燃え上がるぞ」
通常弾であれば、気体が抜けて降下するだけだが、それでも戦場に落下すれば、その後の事は想像に難くない。
「そのあたりは、将軍の戦場における勘を信用しておりますので、万一の場合は的確な撤退命令をお願いいたします」
やはりこいつは嫌いだ、とマイコスは結論付けた。
戦場で敗北する可能性を“万一”と言った。何をそんなに盲信しているのか知らないが、戦いになれば死は身近な物だ。
それを軽々しく否定するエヴィシを、マイコスは信用しない事にした。
「各砲手に伝達。砲弾はフレシェット弾を装填。一番から十六番まで、装填完了時に報告をさせろ」
マイコスの命令を聞いて、部下の一人が伝声管に向かって命令を復唱する。
それぞれの砲手から装填完了の声が届くまでに、ゆうに三分から五分はかかった。
「これだ……この程度の練度で戦場へ出ようと言うのが、そもそもの間違いなのだ」
「失礼ながら」
マイコスの愚痴に、隣に立ったままで控えていたエヴィシが口を挟む。
「あまり作戦本部の批判はなさらない方が賢明かと。今回の作戦には、皇帝陛下の御意志も多分に反映されておりますので」
「そうか。そいつは随分と格式高い作戦だな」
「全く以てその通りかと」
最早、マイコスは「皮肉だよ」と言う気も失せていた。
☆★☆
偵察の為に出発したノーマッドやマッドジャイロを追いかけて、コープスやストラトーの機体を乗せたトレーラーが順次王都を出ていく。
そして、王城の近くにあるガレージからも、旧式とはいえ数としてはまだ主力として運用されている人型魔動機が、これも新たに用意したトレーラーに載せられて、車列を作っていた。
人々は勇ましく出ていく兵士達に声援を送っているが、中には兵士の家族も居るのだろう。複雑な表情で手を振っている者も少なくない。
今回の作戦行動に出発する人型魔動機は計六十機。四十はケヴトロ帝国側。二十がノーティア側の国境へと配備され、状況が落ち着くまでは国境に駐留する事になる。
兵士達と共に、別の車両も天幕や食料を積んで同行し、車両が足りない分は馬車が使用される。
魔動機を積んだトレーラーが王城前から走り始めるのを、城の展望室から見下ろしている人物がいる。アナトニエ王国の王子キパルスだ。
彼は当初、王である父にかけあって戦場へ出る事を希望したのだが、すぐに却下されてしまった。彼自身、先日の騒動でセマの名声が上がっている事に焦りが無いわけでは無かった。
城内でも、「畏れながら」という枕詞を使って、その事を注意する者すら出てきた始末だ。
だが、王に止められては逆らうわけにもいかない。加点が欲しいが減点は何としても避けたい。その消極性が彼の王としての資質にマイナス評価を与えているのだが、生まれ持った性格はそう簡単に変えられる物でも無い。
王としては状況がはっきりしてから動けば良い、というつもりで止めたのだが、キパルスにはそこまでは読めなかった。
妹は自らの立ち位置を作っている。それに対して自分はどうか、と自問する日々に、彼はこの数ヶ月苦しんでいた。
「殿下。こちらにおわしましたか」
「誰か」
誰もいない展望室に、杖をついた見知らぬ一人の老人が入って来た。
「ラプタート子爵と申します」
「その子爵が何の用だ?」
着ている服はそれなりに質の良い物のようだが、何とも嫌な笑い方をする、とキパルスは老人を評した。しわの深い顔に、鷲鼻の下に見える歯はいくつかが金でできているようだが、宝石をやたらと散りばめた杖と合わせて、いかにも下品に見えるのだ。
「畏れながら、城内で聞こえてきております殿下のお話に関しまして……」
そら来た、とキパルスはあからさまに不機嫌な顔をした。
「おれにどうせよというのだ。戦場にて結果を出そうにも、父上に止められてはどうともできぬ」
「さて、それは……陛下の御心を良くお考えになられるべきでしょう。老婆心ながら申し上げますと、殿下はわずかながら思い切りが足りませぬ」
「貴様は、王国貴族でありながら、父上の命に背けというのか」
キパルスは語気を強めた。
忠告は聞き流すにしても、謀反を唆すような輩は放っておけない。
「いえ、いえ」
ゆっくりと頭を振った老子爵は、またニタリと笑った。
「何も戦場で敵を討ちとる事だけが成果ではございますまい。そう、例えばセマ殿下ですら失敗された事を成功させたとすれば、即ちキパルス殿下の優秀たる事の証明となるでしょう」
「何の話だ?」
老子爵の話に、キパルスは思わず聞き返した。
これが他の誰かがいる場所であれば、無視しただろう。だが、誰にも聞かれてない状況と、今でも感じている無力感が、彼に聞き返させた。
「スームという傭兵団の若造の取り込みに関する事でございます」
「確かに今までで上手く行ってはいないが、失敗と断ずるのは早計であろう」
「此度の騒動が収まれば、傭兵どもの性質を考えれば、敵国へと流れる可能性も否めませぬ。機会はそれほど多くは無いかと」
「それで、おれに何ができると言うのだ」
いらだつ声を上げたキパルスに、老人は「落ち着いてくだされ」としわくちゃの手を翳した。
「戦場から戻った所で、スームという小僧を捕縛するのです」
「馬鹿な事を言うな。名分無く捕まえたとあっては、我が国は傭兵全てを敵に回すことになる」
今はまだ、傭兵の助力が無ければ防衛も万全では無い事をキパルスも理解している。その為に王が穏便な策を選べとセマへ言っていた事も理解している。
「名分ならございます」
「何だと?」
「あの者は敵国であるノーティアの姫を連れ出し、現在は二人で行動しております……これを利用いたしましょう」
ニタリと笑った老子爵は、杖をついて一歩だけ進みだし、声を潜めて言った。
「城に閉じ込めていた敵国の姫を連れてノーティアへ向かった。しかもその提案はかの小僧から出たと聞きました……利敵行為として査問するには、充分でございましょう」
「な、何を言っているのだ……」
「何、諸々の準備は私めにお任せください。殿下はただ、命じていただくだけで結構でございます。それだけで、小僧から情報を絞り出し、殿下に大きな成果をお届けできるでしょう」
たっぷり二十分程悩んだキパルスは「間違いなく成果があがるのだな?」と何度も繰り返したあげく、老子爵の案を飲んだ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




