21.蠢動
21話目です。
よろしくお願いします。
コープスと共闘して対ケヴトロ戦に参加した、女性傭兵団ストラトー。彼女たちもアナトニエ王国に引き続き雇われていた。主な任務は二つ。有事の防衛に協力する事と、現有戦力である人型魔動機の部隊への訓練だ。
期間はアナトニエの戦力が防衛するに充分なレベルに達するまで、という何とも曖昧な契約になっている。だが、ストラトー団長のミテーラとしては、訓練に付き合うのは自分たちにとっても有益なので、あっさりと引き受けた。金払いの良さも一因ではあったが。
「やっかいね、まったく」
愛機である大型魔動機クォキノのコクピットから見える景色に嘆息したミテーラは、機体の膝をつかせて飛び降りた。
そこに、各部隊の長が集まってきた。
「全ての部隊が準備を完了しております」
「そう。では開始まで待機なさい。これは訓練だけれど、未知の相手とやりあう事を念頭に置いて、味方の動きもだけれど相手が何をするかもきちんと見ておくこと」
「了解しました」
ミテーラは、訓練生として預かった魔動機部隊五十名を暫定的に五機ごとの小隊へ分けて、それぞれにストラトーから選抜して仮の部隊長を付けていた。
ストラトーの機体一機につきアナトニエの魔動機が五機、計六機ずつの小隊による訓練が続けられ、訓練期間終了後はアナトニエ機から小隊長機を選抜し、五機小隊が十作られる事になる。
そして今、訓練の一区切りで仕上がりを確認する目的で模擬戦を行う為に、王都近くの広い休耕地で相手と対峙している。
訓練相手は、コープスによって一から編成された新型魔動機の部隊だ。新型の部隊は三タイプ十機ずつの計三十機。数は少ないが、性能差を考えると不利ではないだろうか、とミテーラは考えていた。詳しい性能を知っているわけでは無いが、あのコープスのスームが作った機体が、“まとも”に戦うとは思えない。
「……そろそろ始まるわね」
再びクォキノのコクピットに戻ったミテーラ。彼女は今回、観戦に徹する事にしていた。背の高いクォキノからならばフィールドは大体見える。気になっていた新型の性能をじっくり見る事の出来る良い機会だ、と部下たちを気にしながらも、内心楽しみでもある。
模擬戦の会場、二軍が睨み合うその中間に、マッドジャイロが飛来して重り付きの大きな旗を落とした。楔状の重りが地面に突き刺さり、旗はやや斜めに立っている。
それが、開戦の合図となった。
新型機側からは、戦車タイプの魔動機“グランドランナー”が一斉に砲撃を開始した。グランドランナーのシルエットは戦車そのままだ。
土台となる下部はクロックの機体トリガーハッピーを運用して得たデータを参考に設計し直した無限軌道が採用され、通信使を兼ねた車長と運転手が乗り、砲塔ごと旋回する構造になっている上部パーツに装填手兼砲手が乗り込む。
グランドランナーの射程距離は人型魔動機が持つキャノンよりも長く、貫通力の無い模擬弾とはいえ威力もある。ストラトー側は開始早々に散開させられた。密集してゐては、あっという間に撃ち減らされるからだ。
グランドランナーの一斉射撃が続いている間に、飛行船型魔動機“フライングアーモンド”が一斉に離陸した。その形は名前の通りアーモンド形で、魔物の内臓から作る本体にガスが満たされ、高度調整と移動のために六つのプロペラでぐるりと囲まれている。
本体上部に操縦用の狭いコクピットがあり、下部には二門の機関銃を備えた砲手の為のコクピットがある。
フライングアーモンドの部隊は、戦場の上空を二手に分かれて左右からぐるりと回り、混乱する敵情をしっかりと観察していた。チカチカと点滅を繰り返して友軍との連絡を取り合う。
「バレバレじゃない。やっぱり反則ね、あんなの」
瞬く信号を見上げて、ミテーラは奥歯を噛みしめた。彼女は上空から監視される不利をはっきりと理解していた。伏兵が意味をなさず、部隊をどう動かそうと即応されてしまう。
飛行船からの連絡を受けたのだろう。バイク型の魔動機“エアスライダー”が信じられない速さで疾走し、牧羊犬のようにストラトー側魔動機を誘導し、そこへグランドランナーからの的確な射撃が突き刺さる。
エアスライダーは前方二輪、後方一輪の三輪バイクで、ライダーを守る為にぐるりと上部にカバーが付いている。武装はフライングアーモンド同様に二門の機関銃だ。車輪だけでなくイーヴィルキャリアから流用したエアスラスターによるトリッキーな動きも可能な、一人乗りの機体になっている。
監視下で組織的に動く新型軍に対して、ストラトー側は良いように撃ち減らされていく。ミテーラは当初から一方的な流れに持ち込まれた部下たちを見て、落胆する事は無かった。もし自分が当事者であったら、同様の状況になっていただろうから。
「最初に空の奴らを撃ち落とさなくちゃいけないんだけど……敵の弾幕を掻い潜ってそれをこなせというのは酷というものよね……あの子たちには美味しい物でもごちそうしてあげないと」
今回の戦闘で、部隊長として動いた部下たちの精神的な疲労を考慮して、慰労のプランに考えがそれていく。もはや戦闘を見ている必要を感じなくなっていた。
「これでアナトニエの新鋭部隊が実戦配備されて、またケヴトロが攻めてくるような事がれば、戦争も大分様変わりするわね」
☆★☆
新型魔動機の有効性が実証されてから二ヶ月が経った。
突貫工事で作られた郊外の新型魔動機部隊の為の拠点はほぼ完成し、毎日訓練を行う兵士達の姿が見られる。その人数は日に日に増えて行き、稼働する魔動機も比例して増えている。
コープスはその業務をほぼ終了した状態であり、あと数週間程度でお役御免という形で話が進んでいる。
そして、再度の戦いはケヴトロ帝国から始まった。
「再び、国境に動きがあります」
クロックとスーム、そしてストラトーを城に呼びつけたセマは、会議室に集まった人員を見回して話始めた。
「具体的には、以前と同様に魔力タンクを含めた資材が集められているようです。以前のように露店では無く、もう少し離れた場所に簡易の倉庫を建ててそこへ集積しているようですね。空からの監視により発見いたしました」
セマは本来魔動機については完全な素人であったが、集中して勉強し、スームが開発した魔動機をうまく活用していた。飛行船型魔動機“フライングアーモンド”を三機ずつ国境警備に配備して監視業務を行わせている。城へ日に数回の報告もさせていた。
他の新型機も、ある程度機体操作に習熟した兵士を付けて配備している。
「数日内に動きがあるかと思います……それと、もう一つ懸念事項が」
一呼吸入れて、セマは手元のメモに視線を落とした。
「ノーティアも国境周辺で動きがあるようです。具体的な狙いはまだわかりませんが、複数の魔動機が集められているのを確認しています」
「それで、アナトニエとしてはどうするつもりだ?」
スームの質問を受けて、セマはしばらく彼の目を見ていた。スームの表情は探る様な視線と愉悦に歪んでいる。
この数か月、セマは度々スームと会話をしていたが、彼と特に親しくなれたという実感は無かった。どちらかと言えば、面倒な奴だと思われている節がある。どうやら、王が狙った穏便な取り込み策は失敗したらしいと判断して、セマは次の戦いが始まれば、そこできっかけを見つけてスカウトする事を考えていた。
「基本的には、新型機を中心とした部隊を使い、国境での迎撃を考えております。そこに、コープスとストラトーにも協力をお願いしたいと考えております」
「わたしの方は問題無いわよ。元々そういう契約だし」
ミテーラはすんなりと了承した。
「ありがとうございます。コープスはどうですか?」
クロックとスームを見据えて、セマはじっと言葉を待った。
スームは腕を組んだまま黙っており、クロックが口を開く。
「協力するのはやぶさかではありませんな。こちらとしても、機体が実戦で使えなけりゃ意味がありませんからな。ですが、二つお願いがありましてね」
「伺いましょう」
セマが頷いたのを確認して、クロックは続けた。
「ケヴトロ帝国側とノーティア王国側、両方にわしらを半分ずつ派遣していただきたい。それと、わしらも新しい機体を試したいので、その許可もいただきたいんですがね」
スームは口を開かずに笑っている。対して、横に座っているクロックはどこか苦い顔をしていた。
「それは……わかりました。具体的な事は軍議にて打ち合わせをお願いいたします。報酬についても後程担当者から説明させます。一つお聞きしたいのですが、コープスの新型とは一体どのような……」
「ああ、新しい機体については……」
クロックが説明しようとするのを、スームが手を翳して止める。
「見たければ、現場に来ると良い。あと、一つ提案があるんだが」
「なんでしょう?」
「ノーティアの動きを観察するのに、丁度良い人材がいるだろう?」
一瞬キョトンとした顔を見せたセマ。まだ十代だというのにここ数か月は眉間から皺が消えなかった彼女が、久しぶりに見せた素顔は年相応に可愛らしい。
「え、と……私が知っている方ですか?」
「ノーティアの人間が城にいるじゃないか。コリエスだよ」
☆★☆
コリエスはノーティア王国からのガーラント暴走の一件以来、この数ヶ月アナトニエ王城から出る事を許されていなかった。
ノーティア本国からは時折手紙が届くものの、挨拶程度の内容でしかなく、ガーラントの事件については一切触れられず、進展も無い。
王族の一人として、部屋や食事などの待遇は最上の物である。だが、セマが時折話し相手として部屋を訪ねてくる以外は、腫物を触る様な扱いを受けていた。世話役として宛がわれた侍女たちもほとんど口を開かない。
護衛である騎士アルバートも、幾度も本国へ向けて現状の報告を送っているそうだが、それも返事の内容は芳しくないようだ。
「わたくし、このままここで枯れていく運命のような気もしますわ……」
心配から食欲も落ちてきたコリエスは、少し痩せてきた腕に目を落として独白を零した。
手紙が行き来するにも日数が必要であり、待つ時間も苦痛だが、さらに返信を見てからの落胆にも心が疲れてくる。
今までは王族としての矜持が彼女を支えているが、何かあればポッキリと折れてしまいそうだった。見捨てられたのではないか、という考えを頭から追い出すのも、もう疲れてしまった。
「コリエス様!」
自室で何を思うでも無く、無心でぼんやりと紅茶の入ったカップを見つめていたコリエスは、不意に響いたノックで我に返った。
室内に控えていた侍女が来訪者を確かめ、コリエスへと向き直る。
「セマ殿下がお見えです」
「セマ様ですか。お通ししてくださいな」
いつもの訪問だろう、とは思ったが、何もしないよりは同性相手におしゃべりしていた方が多少なり気持ちは楽になる。
一礼した侍女がドアを開くと、セマに続いてもう一人の人物が入室してきた。その人物が何者かに気付いたコリエスは、思わず貴族としての仕草を忘れて勢いよく立ち上がった。
「スームさん!?」
「久しぶりだな」
部屋の中央にある応接にてスームと向き合ったコリエスは、緊張気味に話しかけた。
「それで、本日はわたくしにどのような御用ですか?」
国に見捨てられたわたくしに、という自虐的な言葉を飲み込む。
「ノーティアに動きがあった」
「……わたくしは何も聞いておりませんわ」
説明を求めたコリエスに、セマが先ほどスーム達に説明した国境での動きについて説明すると、コリエスは目に見えて落胆した。
「つまり、わたくしは用済みとう事ですか?」
王族にふさわしい扱いをすれば、当然高い経費が掛かる。ノーティア王国に対するカードになりえるので生かされている事を理解しているコリエスは、役に立たないとなればアナトニエが自分をどう扱うか、それなりに覚悟はしていた。
「まだ、ノーティア王国が動くとは限りません。アナトニエの警備が変化した事に対応して、単に監視強化を進めているだけという可能性もありますから」
「それでは、わたくしに何をさせるつもりですか?」
「偵察だ。上空から見て、ノーティアが国境で何を狙っているか確認する。お前が見てわかるレベルの人間がいるかどうか……その目で確認してもらいたい」
さらりとスームが放った言葉は、他の何でもない、自国の情報を話せという事だ。
「お断りいたしますわ」
拳を握り、コリエスはきっぱりと言い放った。
「結論を急ぐな、先に条件を聞け」
スームが睨みつけると、コリエスは強い視線のままで彼の言葉を待った。
「良く考えろ。ノーティアとアナトニエが戦うのを望むか?」
「そんな事は考えておりませんわ」
「であれば、協力する方が双方最小限の被害で済むと考えろ。うまくいけば、ノーティア側にも被害無く終わる。その為にお前が的確な情報を寄越す必要がある訳だ」
スームが語る間に、コリエスは次第に目が泳ぎ始めた。確かに、彼女は味方の情報を与えるわけにはいかない、と単純に考えて拒否したのだが、もしノーティアがアナトニエに再び攻め入る事があれば、間違いなくコープスとも事を構える事になる。
ガーラントがどのような最期を迎えたかを知っているコリエスには、ノーティア側が勝てる未来が想像できなかった。
「……ですが、わたくしが協力したからと言って、双方にとって今ある問題は残ったままになりますわ」
「そこで、スームさんから頂いた提案を、我が国は飲む事にいたしました」
セマは一枚の書面をコリエスへと手渡した。
「これは……!」
それはアナトニエ国王からノーティア国王へ宛てた文書であり、しっかりと署名もあった。内容は、長くお預かりしていた姫君をお返しするといった事が書かれている。
「我が国としてはノーティアと長い緊張状態を保つ事を良しとしていません。今回の件が終われば、コリエス様を解放いたします。帰路はスームさんが送ってくださいます。多少の賠償金の請求はさせていただきますが、先日の侵攻についての説明は求めないとお約束いたしましょう」
セマは殊更に恩着せがましい言い方をしたが、アナトニエの “二国を相手に戦うのは嫌だ”という、戦争下手な国情が裏にはある。
戦争で無駄金を使うよりも、国としての度量を見せた形で手打ちにすれば良い、というスームの意見を、王が飲んだのだ。
「信用していただくために、急ぎ書面もご用意いたしました」
「もう一つ、良い話を教えてやろう」
いたずらを企むような顔で笑うスーム。
それはコリエスに取って、魔動機を扱う時に彼が見せる表情で、彼女にとっては胸が躍る出来事の前触れを知らせる顔でもあった。
「偵察には、俺が作った新型の飛行可能な機体を使う。それにお前が初めて同乗する事になるわけだ」
「うぐ……」
新型で飛べる魔動機という言葉、コリエスは耳が熱くなるほど興味がある。
「わ、わかりましたわ! これもノーティアとアナトニエの関係修復の為! 仕方なく、そう、仕方なく協力させていただきますわ!」
大きな声で誤魔化すように承諾したコリエスは、自分が知らず笑顔になっている事に気づいていなかった。
「決まりだな」
翌日の早朝から現地へ向かう事になり、先ほどまでの萎れた花のような雰囲気から打って変わって、コリエスは血色を取り戻した顔で興奮していた。
自分の護衛騎士が、すっかり飛行恐怖症になっている事を完全に忘れて。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
※誤字が多くて申し訳ございません。
ご指摘いただきました分は全て確認しております、
時間を見て修正いたしますので、少々お時間を頂ければ助かります。