20.インターミッション
20話目です。
よろしくお願いします。
「二足歩行ってのは、はっきり言って恐ろしくバランスが悪い」
人型魔動機は、基本的にペダル踏み込みで前進、後退が出来るようになっており、歩行・走行は勝手にやってくれる。だが、ひとたび何かでバランスを崩せば、自動的に足を進めて踏みとどまるわけでも無く、大概の場合はそのまま転がる羽目になる。
「しかし、人間は二本足で立っていますよ?」
「だから、ちょっと躓いただけで転ぶだろ? 転びそうになったら咄嗟に足を出すが、コクピットで素早くその操作ができる奴は少ない」
セマの質問に答えながら、リューズに魔動機の扱い方を教え始めた頃、彼女が驚くほど人型魔動機への親和性が高く、ある種の天才だとスームが舌を巻いたのを思い出していた。
大きな石を踏んでしまいバランスを崩してしまった際に、リューズは素早く機体を操り、地に着いた側の膝を曲げてバランスを取ったのだ。その判断力は、スームにも不可能だろうと思わせた。
「基本的に戦闘で必要な事は、素早く展開し、可能な限りの打撃を与え、状況が終わればさっさと撤退する事だ。移動するのに敢えて“足”である必要は無いし、射撃をするのに“腕”がある必要も無い」
パーツの数が違い、そのため製造費用も段違いで変わる。魔動機関にインプットしなければならない情報も少なくなるし、整備も楽だ。それはつまり、パイロットだけでなく、整備のための人員を育てるのも楽になるという事だ。
「戦争は始まる前にどれだけ人員と兵器を準備できるかどうかが鍵だ。特にこんな単純な戦いをやるんだったらな」
「単純な……?」
他にどのような戦争があるのだろう、とセマは質問しようとしたが、スームはそんな余裕は与えず、次々と説明を続けた。
いくつかの打ち合わせを終え、セマはなるべく早く希望の資材を届けさせると約束して、コープスの基地を後にした。
用途を明確にした機体を大量生産し、新兵が戦場に出られるまでの育成期間を短縮する。さらには練兵と同時に適性ごとに振り分けるための案として、国が運営する士官学校を作る事まで話した。
指導者が育つまでは不可能な方法だが、貴族向けの寄宿舎学校などは存在するので、目的が貴族向けの教養から軍事訓練に置き換わり、対象が貴族から入隊希望者に替わるだけだ、と説明すると、セマは納得したようだ。
一度に色々と詰め込まれ、混乱した状態で城へと追い返されたセマは、城へ戻って文官たちに仕事を割り振り、計画の内容と状況を父であるアナトニエ王に報告する事になる。
彼女たちを見送ったスームとクロックは、再び事務所に戻り、二人で茶を飲んでいた。
「ふふっ……」
「気持ちの悪い若い方をするなよ、スーム」
「気持ち悪いとは失礼だな。俺の狙い通りに話が進んでいるんだ。楽しくなるのは当然だろう?」
呆れるクロックに、スームは楽しげに口を歪めた。
「アナトニエは、かなり強くなれる。セマは素直に俺の話を聞いているし、反論ができるような魔動機の専門家が存在しない。城の連中が付いてこれるギリギリの速度で話を進めてやろう。気付かないうちに、ケヴトロ帝国やノーティア王国の攻撃なんざ、楽に跳ね返せるようになるさ」
「軍人の比率が増えるな」
「雇用を増やしたと行って欲しいね」
クロックは、自らの国が軍事力を強化する事については歓迎している。今の戦力のまま、再びケヴトロやノーティアが攻勢に出たら、いつまでもコープスやストラトーの戦力だけでは押えられない。
だが、スームの変化に戸惑っている面はあった。
「スーム。お前、アナトニエにここまで肩入れして良いのか? わしとしては家族の安全につながる事は大歓迎だが、あれほど一国に関わるのを嫌っていただろう?」
「条件が違うからな。好き勝手に魔動機を弄らせて貰えるなら、それが一番だ。別に国に所属するわけでも無いからな。契約が切れたら終わり。金が払われなくても終わり。……それに、アナトニエもケヴトロと同じような真似をするって言うなら、その時も終わりだ」
「……セマ王女は自分の能力を把握している方だ。およそ無茶な事はすまいよ」
「だと良いがね」
「それにしても、あの三つの機体は、俺が知る限りお前の趣味とはかけ離れているように見えたんだが」
クロックは、テーブルの上に残された図面に視線を落とした。
「俺たちのように、少数で行動するならある程度の汎用性は必要だからな。何かトラブルがあれば、その場でやらないといけない事は多い。本当なら、全部の機体を飛べるようにしたいくらいだ」
「ああ、勘弁してくれ。もう空を飛ぶのは二度とごめんだ」
大きな手で顔を覆って、クロックは小さな悲鳴を上げた。ずいぶん前の話だが、マッドジャイロに乗せられた時の事を思い出したらしい。以来、自分の機体事吊るされるのも断固拒否している。
「それよりも、クロック。少し面白い物を作ってみようかと思うんだが」
棚からまた新しい紙に描かれた図面を取り出し、クロックへと見せた。
それは、戦闘用魔動機では無く、トレーラーを改造したようなフォルムだった。
「何だ、こりゃ?」
「ノーティアの国境を超える為に、橋を架ける車両だ。先日の戦闘に対する謝礼もたっぷり入ったからな。クロックが許可するなら、造らせてもらいたい」
「……何に使うつもりだ?」
「言っただろう?」
クロックの問いに、スームは肩を竦める。
「ノーティアとの国境にある“狂い谷”を超えるための装備だよ。それがあれば、ものの数分で魔動機が渡れる橋が架けられる。……クロック。俺はノーティアが動く可能性も考えている。ケヴトロは一時的に退却したが、アナトニエへの侵攻を諦めていないうちは、ズルズルと結論を引き延ばして状況を観察する可能性が高いと思う」
結果として、再びケヴトロ帝国が攻勢に出た時点で、またノーティアが動く可能性がある、とスームは予想を語った。
「となると、あのコリエスとかいう王族の嬢ちゃんは切り捨てられる事になるな」
「コリエスはノーティア王家と言っても、王の従妹の娘に過ぎん。継承権も有ってないような順位でしかない……あいつの国がどう扱うかはわからないが、状況次第では……」
「国の秘密を守る為に、口封じされる可能性もある、か。可哀想だが、王族やら貴族やらがやる事だからな」
自分たちがイアディボに何をしたかを忘れたようなクロックの口ぶりに、スームは思わず吹き出してしまった。
「笑うなよ。わしらは傭兵で、正義の味方じゃない」
「ああ。どこにも属していない傭兵だ。だから、使えるなら何でも使う」
茶が入ったカップを煽り、飲み干したスームは唇を舐めた。
「ノーティアとやりあうなら、あいつは使える」
「お前……」
「まあ、ノーティアとアナトニエの偉いさん次第だな。残念ながら、俺には魔動機を弄って戦うしか能が無いからな」
そう言って、笑いながら立ち上がったスームは、再びガレージへと向かった。
残されたクロックは、腕を組み、目を閉じて考え込んだ。
「……スーム。お前のやりたい事は、本当に“自作の魔動機を使って世界の戦場を渡り歩く”事だけか?」
クロックは、スームがリューズを受け入れる事で、元居た場所への未練を断ち切り、完全にこの世界の人間として生きる事を決めたと感じていたし、スーム本人の口からも、そういう内容の言葉を聞いていた。
だが、もっとも親しい付き合いをしている彼にも、何かを明かさずにいる事もまた感じている。
「そのうち話してもらうぞ、スーム」
それくらいの仲ではあるはずだ、とクロックはスームからの言葉を待つ事にした。
☆★☆
アナトニエの軍事改革が始まって、約二ヶ月が過ぎた。
その間、クロックは度々王城へと打ち合わせに訪れていた。セマ王女もまた、コープスの基地を度々訪ねては、拠点の建築状況を報告し、スームから魔動機についてのレクチャーを少しずつ受けて、王への報告をまとめていた。
「それで、状況はどうなっておる?」
「はい、お父様」
王の執務室は広々としており、多くの資料や秘書たちが使う机などが並び、警備の兵も部屋の内外に数名ずつ立っている。重厚な調度品が並んでいるが、どちらかと言えば華美よりも実用性を主眼にした物が多い。
執務の合間を選びセマを呼んだ王ヴァシリウスは、息子である王子キパルスと並び、報告を求めた。キパルスはこの国の次代の王である。目立つところは無いが、父と同様に身体を鍛えており、通りの良い声で話す青年だった。
セマはこの兄が嫌いでは無いが、好きでも無い。どこか立場に甘えた所があり、兄として尊敬できなかった。事実、彼はケヴトロ帝国軍侵攻の際、王城内で父親が貴族や王都内の民衆への呼びかけを行っている間も、城の奥から出てくる事が無かった。
そのせいか、王城内では密かにセマを次期王に推す話題が多少流れているらしい。アナトニエでは過去に女王はおらず、彼女自身その気も無かった。むしろ兄がしっかりしてくれなければ、余計な揉め事が表面化してしまう、と危惧している。
「コープスより受領した試作機についてですが、この一ヶ月程の訓練にて、選抜した兵士達は問題無く扱えるようになりました。近く、戦闘訓練に進められるかと思います」
一ヶ月前にスームが数台ずつ試作した戦車、バイク、飛行船タイプそれぞれの機体は、コープスのスタッフによって操縦の指導が行われている。兵士たちの状況を見て、バイクが三輪に変更されたり、飛行船の視界変更が行われていたりと調整も進められていた。
「戦力になるのは、いつ頃になるか」
「もう一月も有れば、とりあえずの戦闘には参加できるだろう、というのがスーム氏の見解です。簡単な修復程度であれば、現在研修中の者たちで可能であり、彼らによる機体の量産も始まっております」
既存の王国軍機用のガレージを間借りして生産されているそれらの機体は、完成した端から訓練に使用され、建築中の拠点にガレージが出来上がる頃にはまとまった数が揃う予定になっていた。
「順調と言って良いペースです。スーム氏の計画通りに進んでおります。計画の進捗次第では早めに数機ずつ国境へ派遣する事も可能かと」
セマの言葉に、王はしっかりと頷いた。
「では、そちらの方は問題無いようだ。そのままセマに任せる」
「畏まりました」
「準備が終わるまで、騒動が起きなければ良いのだが……ノーティアの件だが、余からの親書にもコリエス殿からの報告にも、現時点で返事は無い……キパルス、お前はどう思う?」
不意に王から話を振られ、ぼんやりと話を聞いていた王子は明らかに狼狽した様子で口を開いた。
「え、の、ノーティア王国の動向ですね? ンン、ノーティア王国からの侵攻は考えられないかと。すでに一度失敗した者がいるのですから、同じ手を使ってくるとは考えられません。再び軍部の暴走という言い訳をすれば、ノーティア王国の恥を重ねるだけになりますから」
「ケヴトロ帝国はどう出ると思うか」
王がさらに質問をすると、キパルスはしばらく考え込んでから、意見を並べる。
「報告にあった新兵器については、これといった成果を出せずに作戦そのものを失敗しています。ですが、我が国の王都をまっすぐ目指していた以上、アナトニエ王国そのものを狙った動きである事は間違いないでしょう。であれば、ヴォーリア連邦やノーティア王国との戦闘が一時的にでも落ち着きを見せれば、再び侵攻してくる可能性は高いかと思います」
「そうだな。余の考えも同様だ。以前よりも大きな戦力で攻めてくる可能性も考えるべきだろうな」
よく考えながら王子が並べた言葉に、王と同様セマも少しだけ安心していた。周囲にいた秘書たちも同様だろうか、とセマは考えていた。
王が予めレクチャーした可能性もあるが、少なくとも他の者たちがいる前で、しっかりと意見を語り、王の同意を得た事は正統な後継者として王が認めているという一つのアピールにもなるだろう。
「そこでだ、セマ。我々は一つの危惧すべき状況について対策を考えねばならぬ」
「危惧すべき状況、とは?」
「我々が得る事のできた技術を、他の国が入手する事だ」
新たな魔動機の開発が出来た時点で、アナトニエはあくまで魔動機戦の経験不足を補えるかどうか、という程度の立ち位置でしかない、と王は説明する。
技術はいずれ他国に流れる事を覚悟すべきであり、戦いの可能性がある以上は、技術開発を進めなければならない。
「終わりの無い競争だ。できれば我が国は無縁でありたかったが……。そこで、鍵となるのがスームという人物だろう。傭兵として自由な身である彼だが、どうにかして我が国に所属させる事はできぬか?」
「それは……例のコリエス様も失敗しておりますし、難しいかと」
「ふむ……あまり無理強いをして関係を悪くするわけにもいかぬか。セマ、もし機会があれば、その点についても動くのだ。爵位や領地を与える事も考えて良い、と思っている」
「わかりました」
セマは退室して自室へ向かう為に廊下を歩く間、王が語った言葉の裏を考えていた。爵位を与えてでも囲い込まねばならぬ人物という事は、つまり他国へ流れる可能性があれば、処分を考えるという事だろう、と。
「最も、すぐに判断を下すわけでも無いでしょう」
父はそこまで軽率ではない、とセマは信じている。
だが、他に不安材料がある。イアディボと同様、傭兵を見下す者も城内に少なからずいるのだ。彼らは国家の予算を使って人型でも無い魔動機を作り、新兵をそれらに乗せて軍隊を名乗らせる事に反感を覚えている。
「……妙な事をする人がいなければ良いのだけれど」
念のため、スーム本人に伝えておくべきだろう、とセマは手元の書類に書きつけ、マルで囲んだ。
☆★☆
セマが頭を悩ませ、クロックは新兵たちへの教育を手伝い、傷が癒えたリューズとテンプが夕食のメニューを相談している頃、スームは基地のガレージを締め切って、一人床にどっかりと座っていた。
明り取り用にぽっかりと天井近くに開けられた穴から差し込む光。周囲の薄暗さが一層引き立てる明るいスポットの下で図面を開き、ニヤニヤと笑っている。
「ようやく、これに手が付けられるな……」
広げている図面は、一年ほど前に作成したものの、製作の為の機材と素材不足、時間が無い事もあって断念していた機体の設計図だ。
いつか作ってみせようと、大事に大事に保管しておいた物なのだが、いよいよ日の目を見る事ができる。
スームの心は、跳ね回らんばかりに興奮していた。
「正直、イーヴィルキャリアも良い機体だけど、やっぱり変形が……」
「スーム!」
突然、背後から声をかけられた。
スームが振り向くより前に、たたた、と軽い足音が聞こえ、背中に柔らかい物が飛びついてくる。
「痛えな、リューズ。そんなに走り回るなよ。傷が開くぞ」
「もう完全に治ってるわよ、ほら」
Tシャツの裾を捲りあげ、縫い跡が残る腹を指差す。少しだけ色が変わっている縫い跡以外は、つるりとした白い肌だ。筋肉は目立たず、強烈なパンチを繰り出す身体には見えない。
「そうなのか」
「ひゃあっ!?」
スームが無意識に傷跡をなぞると、くすぐったいのかリューズは可愛らしい悲鳴を上げた。
「何すんの!」
今までであれば拳が飛んでくる状況だが、退院してからは代わりに飛びついてくるようになった。中々の腕力で、油断すると絞め落とされるほどのパワーがあるのだが、感触は悪くない。
「なにこれ?」
床に広げられた図面が目に入ったリューズは、スームを解放して横に座った。
「新型の魔動機だ。完成したら一緒に乗せてやろう。楽しいぞ、これは」
「そんな時間あるの?」
「問題無い」
実質、スームの仕事はかなり減っていた。戦闘指導についてはクロックに任せてしまったし、開発も一区切りついたので、後は時折来る整備についての質問に答えれば良い。先日の戦闘で得た報酬も大きく、資材もたっぷり手に入る。
スームにとって、完全に趣味の機体を作るのに絶交の機会だった。
「ふぅん……それにしても」
スームが鼻息荒く語るのを、いつもの事だと聞き流しつつ、リューズは図面を見ながら呟いた。
「変なカタチ」
どうやら、リューズは彼の趣味を理解するつもりは無いようだった。
およみいただきましてありがとうございます。
ようやく20話目まで到達いたしました。
次回もよろしくお願い申し上げます。