2.異世界の技師たち
まだまだ序盤。2話目です。
主にヴォーリア連邦との戦闘のために雇われていた傭兵団コープスは、国境に近い田舎町にて、小さな事務所が付いた倉庫と、全員が寝泊まりできる大きな一軒家を借りていた。
半年ほど滞在したこの場所も、ケヴトロ帝国との契約の終了により数日中に引き払うことになったので、メンバーのほとんどが書類や荷物の片付けに奔走している。
そんな中、技師であるアールという男と、戦闘員兼技師のスームは、倉庫に並べられた魔動機を前にして、整備に取り掛かっていた。移動をするにしても、急な戦闘に備えておく必要があるからだ。
「随分とボコボコにしてきたもんだな。そんなに昨日の敵は強かったのか?」
爆発反応装甲がボロボロに外れているハードパンチャーを見て、アールは少し薄くなり始めた薄茶色の短い髪をガシガシとこすった。彼はコープスの中で唯一整備を専門に担当している。
五十過ぎくらいの歳で、元はどこか国の軍で整備兵だったらしい。戦闘員であるハニカムの伯父にあたるらしいが、アールの方は豪放で嫌味なところは無い。
「攻撃のせいというか、攻撃を防御した結果と言うか……とりあえず、この装甲は全部俺が取り外すし、装甲表面の補修もやるから、“マッドジャイロ”の方をお願いしたいんだけど」
「冗談じゃねぇ」
豪快に笑い飛ばしながら、スームの提案をキッパリと断った。
「空飛ぶ魔動機なんざ、お前にしか整備できねぇよ。リューズの嬢ちゃんに何か言われたんだろうが、こっちの方がよっぽどわかりやすくて楽だぜ」
年寄りには楽をさせろよ、と返事も聞かずにアールは反応装甲の取り外しにかかった。
ありがたい、とスームは声には出さずに一礼する。
マッドジャイロの機構は特殊すぎてスームしか理解できない。それに、イーヴィルキャリアは自分の手で整備したいというスームの気持ちも、アールはしっかり理解してくれている。
「んじゃ、俺はマッドジャイロでも弄りますか」
倉庫の中で最も出入り口寄りに置かれた“マッドジャイロ”の機体。スームが乗るイーヴィルキャリアよりも一回り大きい。巨大なローターがあり、左右にもプロペラを内蔵した翼を持つ大きなジャイロヘリに手足が付いた、異様な形をしている。この世界で稼働する魔動機の中でも唯一であろう、飛行可能な魔動機。それがマッドジャイロだった。
他の機体には無い複座式になっており、操縦と攻撃を分担して行う。この機体のパイロットはボルトとナットという兄弟で、見た目は全然似ていないが、息の合った二人のために、スームが自分の趣味を盛り込みつつ作り上げた。
故に、整備も楽しい。
「スーム。ちょっといい?」
最後の作業であるローターのバランス調整が終わり、次に自分の機体へ取り掛かろうとしていたスームに声をかけたのは、傭兵団には似つかわしくない、家庭的な雰囲気の女性だった。
「テンプさん。何か用?」
テンプという名前の彼女は、傭兵団コープスの中で唯一の事務専門スタッフで、団の経済と胃袋を取り仕切る母親的存在なのだが、三十路前の彼女に向かって、たとえ謝意を表すためでもそれを言ってはいけない。
以降の食卓がしばらく悲惨なことになる。
「ええ、ラチェットの事なんだけど」
「あいつが何かした?」
「昨夜から帰ってないみたいなのよ」
「またかよ……」
スームたちの機体を乗せるトレーラーを運転するドライバーであるラチェット。軽い雰囲気に違わず、遊び回るのが大好きで、共同生活をしている家に帰ってこないことは日常茶飯事だった。
「普段ならいいんだけどね。流石に撤収作業をサボるようだと……」
テンプが握っていたスチール製のペンが音を立てて潰れた。折れた、では無く潰れたのを見たスームは、冷や汗が背中を流れるのを感じた。
「ああ、サボり野郎のラチェットのことだから、昨夜にでもどこかの女でも引っかけたんだろうさ。トレーラーに荷物を積み込む時にこき使ってやればいい」
「そうね。書類を詰めた箱は全部ラチェットに運ばせようかしら。あ、それとこれね」
じゃらり、と音がする小さな布袋を差し出し、テンプはスームの手を包み込むようにしっかりと握らせた。
「今回の報酬。しばらくお休みになるけど、無駄遣いしないようにね?」
こういうところがお母さんっぽいのだが、喉まで出かかった言葉を飲み込み、スームは代わりの言葉を口にする。
「わかってる。どうせ拠点に籠って、魔動機を弄ってるよ。リューズの機体も改造しないといけないし、イーヴィルキャリアーにも積みたい武装があるし」
こと魔動機の話になると、楽しそうにぺらぺらと喋り出すスームに、テンプは困った顔を見せた。
「休みの日まで魔動機に齧りついているつもりなの? たまにはリューズでも誘って遊びに行ってきたら?」
「なんでそこでリューズなのさ。俺としては、テンプさんと飲みに行く方が良いね」
「ラチェットみたいな事を言わないの。それに私は亡くなった今でも旦那の事が一番なの」
べぇ、と小さな舌を見せて、テンプはエプロンを揺らしてアールへと報酬を渡しに向かう。大きなお尻を振って歩く後ろ姿を見ながら、スームは苦笑いでフライトジャケットのポケットに報酬をねじ込んだ。
薄い布を通して、コインの感触が指先に当たる。
「こんだけロボットがあるのに、紙幣も無ければ鉄道も無い。飛行機も無いとは。もう慣れたとはいえ、妙な世界に来ちまったもんだ」
もう五年になる異世界生活。大好きなロボットを組み上げて操って戦うのは、色々と苦しい事もあるが、総じて楽しめている。
☆★☆
拠点へ戻って数日。撤収の準備が整い、翌日には出発することになった。
今日の内に寝具を残して荷物をトラックに積み込み、魔動機もトレーラーへと移すことになった。
それぞれの機体に乗り込み、二台のトレーラーに慣れた操作で移動する。
『ちょっとスーム。装甲が元に戻っただけなんだけど』
通信装置からリューズの苦情が届く。
「お前の要望に適うのが思いつかなかった。休暇のうちに頭捻って考えて、防御兵装を何か付けておくから、我慢してくれ。それとも、休暇中にハードパンチャーを使う予定があるのか?」
『そ、それなら良いのよ!』
プツ、と通信が切れた音がするが、再びつながった。
『スーム。あんた休暇中も魔動機に触ってるつもり?』
「みんな同じこと言うな。俺にとっちゃそれがストレス発散なんだから、良いんだよ」
『たまには別の事をしようとか思わないの?』
「さあなあ。思いつかないな」
元の世界では、色々とやりたいことはあったし、実際にやっていた。
同級生と遊びに出たり、本を読んだりゲームをしたり。プラモデルを組み上げたりフルスクラッチに手を出したり。特に、PCと高価な擬似コクピット端末で遊ぶネットゲームには熱中したことを思い出す。懸命にポイントを集めてパーツを手に入れ、メインフレームから組み上げていく。
クラフトとロボットアクションを楽しめる良作で、元来のメカ好きもあって毎日のようにワクワクしながらのめり込んだ。
その経験があったからこそ、良くわからない異世界でもやっていけている。いや、むしろリアルに乗り込む機体を自分で組み上げる興奮に触れて、あっという間に帰郷への願望は消えていったほどだ。
『じゃ、じゃあさ……』
通信機からの声に、スームは浸っていた思い出から意識が戻った。
『私も特に予定が無いから、その整備に付き合ってあげる!』
「あ~……まあ、調整には実際に乗った方が良いか。暇なら頼むわ」
『オッケー、約束よ!』
何がそんなに楽しいのか、軽快なテンションで念押しすると、リューズからの通信が切れた。
正面のスリットから見ると、ハードパンチャーがどかどかとトレーラーに乗り込んで行く姿が見える。トレーラーから顔を出したラチェットが、乱暴に乗り込むリューズに抗議しているようだ。
ハードパンチャーがトレーラー内部の固定フックにしっかりと機体を固定したのを確認し、スームもイーヴィルキャリアの足を進める。
騒音を響かせて荷台へ踏み込んだハードパンチャーと違い、スームが操るイーヴィルキャリアは滑るようにトレーラーへと乗り込む。機体背面をトレーラーのフックに引っかけて、魔力供給をトレーラーの魔力タンクからのものに切り替えた。
同時に、トレーラーと通信のチャンネルを開いた。
「乗せたぞ」
『流石はスーム。乱暴なリューズとは大違いだぜ』
「テンプさんに絞られた割には元気だな。ラチェット」
『思い出させないでくれ……。俺にだって付き合いってのがあるんだよ』
「どんな付き合いだか」
傭兵団コープスは、階級も無く少人数なので、傭兵と言っても軍隊のような雰囲気はほとんどない。こと戦闘状態にでもならない限り、若い者も多く全体的に軽い雰囲気が強い。家族というにはバラバラだが、それなりにお互いに気を使ってバランスを取っているような状態だ。
フラフラと遊び回っている事の多いラチェットと、人をおちょくるような言動が多いハニカムを除いて。
そんな傭兵団なので、仕事が打ち切りになっても沈んだ雰囲気は無い。実力があり、名も通った彼らだから、国単位だけでなく町ごとや金を持っている個人からすぐに仕事は入るだろう。最後に揉めはしたものの、ケヴトロ帝国から受け取った報酬もそれなりの金額だ。機体を補修してもそれぞれ二月はのんびり暮らせる。
戦闘員は自分の機体のコクピットへ。それ以外のメンバーはトレーラーの座席へ乗り込み、のんびりした骨休めのため、ケヴトロ帝国の隣、大山地を回り込んだ向こう側にあるアナトニエ王国へ向けて出発した。
☆★☆
トレーラーにもスームによる調整の手が入っている。
この世界、ひとたび町を出ればインフラは皆無に等しい。トレーラーを導入し、碌に舗装もされていない荒地を初めて走った時、シートならまだしも、荷台の機体にあるコクピットの中でシェイクされたスームは、汚れたシートを拭きあげてから、徹夜でトレーラーのサスペンション作りに取り掛かった。
当時はまだラチェットもハニカムもアールもいない、クロックとスーム。そしてテンプの三人だけだった。一台のトレーラーで戦地を渡り歩いて、仲間を増やしながら実績を積み上げていった。
今でもそうだが、当時は異世界に来たという実感が出ず、夢を見ているような気分で日々を過ごしていた。
クロックに助けられながら何とか日々の戦いをこなしていた中で、他でも無い魔動機の存在が、スームの心を支えていた。趣味としてあった機械への偏執は、直接に手で触れるリアルとなり、自分で作り上げた機体で戦場を生き残るという日々の繰り返しの中で、彼にとってのアイデンティティとなった。
あちこちの陣営に加わり、作業と戦いに追われるクロックとテンプが気付いた時には、魔動機関連を一手に引き受けていたスームの技師としての腕前は他の追随を許さないレベルになり、魔動機への執着もまた、同様に覆しがたい物へと変貌していた。
持てる知識を投入したトレーラーは、荒野を突っ切るように伸びる、適当に均されただけの道を、大した揺れも見せずに進んでいる。
『スーム。ちょっといいか?』
「クロック? どうしたんだ?」
揺れるコクピットの中でハードパンチャーへ装備する防御兵装をじっくりと考えていたスームは、通信機から響いた声に反応して顔を上げた。
『テンプにだけ話したことだが、お前にも伝えておこうと思ってな』
クロックがそう言った時点で、スームは素早くスイッチを切り替えて他の回線が入って来られないようにした。
「内緒話か? 珍しいこともあるもんだ」
『事情が事情だからな。少し慎重に構えておきたい』
基本的に大ざっぱで明け透けな性格のクロックがここまで慎重になる事はほとんど無い。それだけ重大な問題か、とスームも構えた。
「何がおきた?」
『スーム。お前の魔動機技術が狙われている。一部は漏れた……かもしれない』
「……冗談だろ?」
たった十人の傭兵団コープスが世界的に名を広めたのも、一番の要因はスームが現代日本から持ち込んだロボットの知識だった。思想と言っても過言ではないかも知れない。
武器を持って戦うために、人型であれという固定概念から抜け出すことができなかった異世界の人々は、戦争の為の魔動機も人型を基本とした。単に大きくした武器を持たせ、大砲を背負わせたり曳かせたり。
コープスが使う小型のハンドガンタイプの武装を真似て、ようやく各国も小型で取り回しの良い射撃武器を作り始めたくらいだ。最も、技術的にはお粗末で、ケヴトロでの最後の戦闘でもあった通り、コープスが誇る魔動機の装甲を撃ち抜くには至らない。
逆に言えば、それだけコープスが持つ技術は飛びぬけているわけだ。
「売れだの寄越せだのは毎度の話で、クロックやテンプさんがブロックしてただろ? まさか、実力行使に出た奴が?」
『まだそこまでは行っていない。だが、時間の問題かも知れん。今回漏れた可能性があるのは、内部からのデータ持ち出し、だな』
可能性の段階だが、とクロックは補足したが、彼が口に出して言うからには何かの根拠なり証拠なりを見つけたのだろう。
『誰かが手引きしたか直接か。盗みに入ったという可能性も無くは無いが……』
「被害は?」
『“ホワイト・ホエール”の設計図が持ち出された形跡があった』
それはスームが設計のみ作り、予算ととある事情によりお蔵入りとした機体だった。紙に描いたそれが、整理された棚から一度抜かれて戻されたようだ。
スームは両手で目を多い、肩を震わせる。
そして、我慢できずに笑い出す。
「……くくっ、あっはっは! アレを持ち出したのか!」
『なぁんで笑うんだスーム。俺はあの設計は見積もりを聞いて即座に却下しただけで、内容はそこまでしっかり見ていないんだが……何か仕込んだのか?』
「“仕込んだ”は止してくれ。どうせ俺にしか理解できないだろう部分があって、そこを別の紙に描いた。んで、それが偶々重要な部分だった……うくくっ……あっはっは!」
ひぃひぃ言いながら、目の前のハッチに付けている鉄板を蹴り飛ばす。
『スーム? おい、大丈夫か?』
「ああ、悪い。それよりも、ホワイト・ホエールの設計図が不完全だってのは、技師が見ればすぐわかる。誰がやったか知らないが、残りを探してまたやるぜ。もしくは……」
『実力で奪いに来る、か』
「可能性は高いだろうな。拷問でもして吐かせるか、殺して荷物をひっくり返すか」
それだけの価値がある設計図だ、とスームは自負している。戦争の展開をひっくり返す可能性がある機体なのは、写し取られた分でも充分わかるはずだ。傭兵団なら無理だが、国家であれば予算は何とかなるだろう。
「下手人の目星は?」
『わからん。片付けの途中で偶然気付いただけだからな』
「なら、向こうの出方を待つか」
『その必要も無さそうだ』
「あん? うおぅ!?」
トレーラーが突然ブレーキをかけたかと思うと、荷台を振り回すように無理やり方向転換したらしい。
『敵襲だ! 昼間っから堂々と待ち構えてやがる!』
ブツブツと途切れるような音の後に、クロックの声が聞こえた。回線をチーム全体へ向けて開いたらしい。
『全員トレーラーを降りて迎撃しろ!』
『ちょっと! あたしの機体が動かないんだけど!』
ハニカムがヒステリックに叫ぶ声が聞こえたが、スームの耳には聞こえていない。
「お出ましか! 俺の血と汗の結晶を盗み見た罪は、その命で償ってもらわないとなぁ!」
『おい、待てスーム! 生かして所属を確認しないと……クソッ! あの魔動機馬鹿が!』
『待ちなさいよ! 私も行くから!』
クロックとリューズの制止を無視して、スームはイーヴィルキャリアを素早く起動すると、魔力供給をトレーラーから内蔵の魔力タンクへと切り替える。エンジンやモーターで動く元の世界の機械と違い、振動はほとんど感じない。
その代わりに、スームは魔動機関の鼓動を感じる。他の誰にも理解されない感覚だが、魔導機関に魔力が到達し、コクピットに集中しているコンソールと、各部の可動部が繋がったことが手ごたえとして伝わってくる。
「イーヴィルキャリア、出るぞ!」
宣言と同時に立ち上がった青い機体は、荷台を蹴りつけてトレーラーから飛び降りた。
同時に、ホバーを起動し、片膝をついた姿勢で滑り出す。
目標は、もう視界に入っている。
人型のスタンダードな形でやや小柄な魔動機が五体、こちらへ向けて剣を握りしめて構えていた。
「ノーティア王国で良く見るタイプだな。塗装は違うが」
スームは自分の機体や設計に、無断で手を出される事を嫌う。
「鹵獲品を使って身分を誤魔化しているのか、それも偽装でケヴトロの連中か」
高圧的に技術を寄越せと言ってきた国もあるし、傭兵団もあった。言葉だけなら適当に無視していたが、盗みや襲撃などの実力行使はスームの逆鱗に触れる。
魔動機は彼がこの世界で生きる柱であり、存在の全てだ。敬意を表して教授を乞うならまだしも、盗んだり強奪したりなど、決して許せることでは無かった。
相手を殺すほどに腹を立てるくらい、許せなかった。
「機体があればいくらでも調べられるからな! 大人しくするなよ。お前らの魔動機、その全てを見せてみろ!」
むちゃくちゃな事を言いながら、牽制のためにハンドガンを撃つ。同時に、スームは狭いコクピットの横にあるスイッチを叩いた。
土埃を上げて滑るイーヴィルキャリアのバックパックが開く。先日使用したミサイルも補充し、ミサイルも砲弾もより取り見取りだ。
「機体の破損は最小限にしておきたいな。……クラスターで行くか」
スームの呟きと同時に、バックパックから一発のミサイルが射出された。
敵に向かってではなく、空に向かって打ち上げられたそれは、目に見えるかどうかの高さまで到達すると、弾けた。
そして降り注ぐ、小さな矢の形をした弾丸。
雹が降ったようなバタバタという音を立てて、敵機を貫き、地面へ無数の穴を穿つ。
急ブレーキでイーヴィルキャリアを止めたスームは、油断なくシールドを構えた状態で、穴だらけの機体が倒れていくのを見ていた。
「あの世で反省してろ」
吐き出すように呟くと、通信機からクロックの返事が聞こえた。
『やりすぎだ、馬鹿野郎』
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。