19.改革へ向けて
19話目です。
よろしくお願いします。
診療所。個室にて眠るリューズを見ながら、スームは表情の抜けた顔で座っていた。
着ていたTシャツは治療の際に裂かれたらしく、前合わせの簡素な服を着せられたリューズ。穏やかな顔で眠っている事が、スームの気持ちを多少なり落ち着かせた。
「スーム」
病室へ入って来たクロックは、もう一つの椅子に座り、少し離れた位置から二人を視界に収めた。奥歯を噛みしめる。傭兵である以上、こうなる可能性は覚悟している。もっと悪い状況も、だ。
だが、だからと言って状況を甘んじて受け入れられる訳では無い。
「クロック、戻ってきたのか」
視線をリューズに固定したまま、スームが口を開いた。
「ああ。ケヴトロの連中は大人しく国へ帰った。あの王女さんが意外と早く国境警備を復旧させたからな。これで、一旦今回の戦闘は終了だ」
「あの男はどうなった?」
暗い視線を受けて、クロックは目を細めた。
スームが言う“あの男”というのは、イアディボ将軍の事だ。
「……リューズを撃った事と、味方に甚大な被害を出した事で、今は王城近くにある政治犯の収容施設に収監されている」
セマがトップとなって行われている調査が終わり次第、イアディボの処分が決まるだろう、とクロックは説明した。
「ケヴトロへは抗議文を送るそうだが、まあ無視されるか“軍部の暴走”で終わらせるんじゃないかと思う。いつものやり方だからな。ノーティアの方にも連絡は行っているようだが、まだ返答は無いようだ」
「他の連中はどうした?」
「休暇の続き、だな。最も新しい仕事が入りそうだから、アールあたりは数日もすればまた呼び戻す事になるが……悪いとは思うが、これがまたデカい仕事でな」
その件について相談したい、とクロックは言い、そのために移動しようと促したが、スームは立たない。
「ここで良いだろう。リューズに聞かれて困るような事じゃない」
「……悪かった。わしが妙な事を言ったせいだとわかっている。だが、結果として良かったと、わしは思っているぞ。少なくとも、お前がこの世界で生きる事を選んだわけだからな」
「恥ずかしい事を言うなよ。女に流されただけだよ。それより仕事の話をしろよ」
スームは歯を食いしばるようにして笑い、傍らにある水差しからカップに水を入れ、一気に呷った。
「それが終わったら、俺からも話がある」
「そうか……。仕事だが、今回はセマ王女からの依頼じゃあない。アナトニエ王国そのもの……いや、王様からの依頼だと思って良いと言われたな」
「国家事業か。そりゃ大したもんだ」
椅子の位置を変えて、スームは壁に背を預ける格好になった。腕を組み、しっかりとクロックを見据える。
「だが、パイロット連中じゃなくて、整備士のアールが必要ってのはどういう事だ?」
「戦闘する事が依頼じゃない。なんというか……こういうのはわしにとっても初の依頼でな。まだ依頼の受諾はしていない。条件もまだ提示していない。お前と相談してから、と思ってな」
じゃり、と音を立てて髭が伸び始めた顎を擦った。
「国境を接する二国……ケヴトロ帝国とノーティア王国に対応できる防衛力の構築をするから、立案の時点から協力しろ、と言ってきた。新たな機体の開発から軍の編成まで、根本から指導をお願いしたい、と来た」
どうする? とクロックが尋ねると、堰を切ったようにスームは声を上げて笑い出した。
「おい、スーム……」
「はっはっは……いや、悪かった。アナトニエ王家も随分と大胆な事を考えるな。たかが傭兵に、国防の基礎から手伝わせるか。大方、自前の戦力が酷過ぎる事に気づいて浮足立っている所に、あの姫さんがねじ込んだんだろうが」
「それで、お前の意見を聞きたいんだが」
「受けよう」
スームは頷く。
「ただし、伝統とか血筋、家柄なんぞを盾にして文句を付けてくるような奴がいたら、俺たちの判断で排除できる事を確約させろ。そして魔動機開発の為に充分な資材を用意する事」
「……こいつは、下手をするとお前の能力をアナトニエ王国に晒す事になる可能性が高い。いや、魔動機の開発に関われば、まず間違いなくバレる。それでも良いのか?」
クロックが危惧するスームの能力“魔動機関の解析と書換”は、魔道具や魔動機を容易に作り出せるうえ、他の研究機関では到底追いつかない程の高効率な魔力使用を可能とする。
マッドジャイロやホッパー&ビーなどはその最たる物で、たとえ鹵獲されて分解されても、再現は難しい。それだけ、魔動機関にインプットされた命令は複雑なのだ。他の技師では、理解すら難しいだろう。
それ故に、クロックと相談してスームは自らの能力をひた隠しにしてきた。傭兵団コープスの機体開発の際も、アールすら遠ざけて基本フレームは一人で作成した程だ。
「そろそろ良い頃合いだろう。もうコソコソやっていくのは飽きた。この世界で生きて行くと決めた以上は、もう遠慮もしない」
「スーム……。それが、お前が話したかった事か?」
「コープスの連中には、折を見て俺から話す。今回の依頼を説明する時で良いだろう「
そこまで言ってしまうと、憑き物が落ちたような顔をしてスームは立ち上がり、眠っているリューズの頬を撫でた。
「う、ん……」
と、小さく声を漏らしたリューズに、スームは微笑みを向けた。
「クロック。もう一つ、アナトニエに条件として提示して欲しい事がある」
「なんだ?」
「王都の郊外に、新たな防衛拠点を作る事を約束させて欲しい。開発の拠点であり兵たちの宿舎であり、機体の保管場所でもある建物と、広大な土地が必要だからな。周囲の畑を買収する必要があるだろうな」
不可能では無い、とスームは踏んでいる。彼が住んでいた現代社会と違い、この世界における王族や貴族の力というのは理不尽なまでに強い。
武力と戦果があるコープスやストラトーのようなレベルの傭兵団であれば多少は物言いもできるが、一般の平民にとってお上の言葉は絶対だ。土地を確保するのは難しくない。
金銭的な面についても、アナトニエは決して貧しい国では無い。他国へ輸出する側の立場であり、資源も豊富にある。他国の目を気にして軍事力に寄らない防衛を指向した結果が現状であり、軍備の方面への予算が少ない事が、今の貧弱な魔動機部隊を生み出した。
「とにかく金を出させろ。まずはそれからだな」
「……楽しそうだな」
「ああ。楽しいよ、クロック。もう何も我慢しない。そう決めたら、心が軽くなった気分だ。他にも、いわゆる“将来の夢”ってやつを考えてみたんだが……これは計画がまとまってから教えてやるよ」
聞くのが怖いな、とクロックは肩を竦めた。膝を叩いて立ち上がり、病室のドアノブに手をかけた。
「じゃあ、城へ行って今の話で調整してくる」
「そうだ、クロック。一つ確認してきてくれないか?」
呼び止められたクロックは、振り向いて驚いた。
スームの目が、ギラギラと怪しい光りを放っているように見えたからだ。
「“あの男”がいる建物について、詳しく調べて来てくれ」
「スーム、お前……」
「止めろ、とでも言う気か?」
「いや……」
クロックは大きな手で自分の口を押えて考えていた、ほどなく結果を出した。
「わしにもやらせろ」
「それでこそ、俺たちの団長だ」
☆★☆
「スームさん、この度はアナトニエ王国の危機を掬っていただき、感謝しております」
「……あんたといいコリエスといい、王女というのはフラフラ出歩くのが流行りなのか?」
戦闘から五日ほど経ったある日、基地のガレージで機体の修理を行っていたスームの元へ、ゾロゾロと数名の護衛を連れた王女セマが訪ねてきた。
「ようやく拠点の建設が始まりましたので、そのご連絡も兼ねて、スームさんに直接お礼を申し上げたいと思いまして」
「それだけか?」
「別に、報告とお願いがございます」
「……丁度、クロックも居る。事務所で一緒に話を聞こう」
先に手を洗ってくる、とスームは立ち上がり、周囲の魔動機に手を触れないように伝えてガレージを後にした。裏手の井戸に手を洗いに向かったのだ。
残されたセマと護衛の兵士たちは、物珍しげにガレージ内の魔動機を眺めていた。今のガレージには、コープスが所有するすべての魔動機が収められている。
先日の戦闘には全ての機体が先頭に出たため、その記録をセマは思い出していた。以前もこのガレージに来た事があるが、その時はしっかりと観察する事はできなかったが、この機会にしっかりと見ておこうと思った。
スームが操るイーヴィルキャリアは人型だが首が無く、巨大なシールドとバックパックを有し、脚部に特徴的な機構を有し、膝立ちの状態で滑るように移動するという。
イアディボに撃たれたリューズという少女が乗るハードパンチャーは、コープスの機体の中では比較的一般的な戦闘用魔動機に近いシルエットを有している。だが、白い機体は全体的に可動範囲が広く、人間に近い動きが出来るとされている。
団長であるクロックの機体は、あまり戦場には出てこない。無限軌道と呼ばれる特徴的な車輪を有し、ドーム型の上部に二本のアームと一本の砲塔が付き、機体後部に多くの弾薬を背負う。
ハニカムという女性が乗るホッパー&ビーは、一見して異様な機体だ。三対の虫を連想させる脚部を持ち、細い上半身に細いアーム。蜂の針のような槍を数本背負っている。槍は射出する事ができるらしい。
最後に、ボルトとナットという兄弟が乗るマッドジャイロだが、セマにはこれが魔動機には見えなかった。魚のようなフォルムの本体から情報に棒が伸び、そこから四方に伸びた板が見える。手足はついているが、どうにも人からかけ離れている形だ。しかも、この機体は空を飛ぶ。他の魔動機では考えられない事だ。
「お待たせしましたな」
急に声をかけられ、セマは肩をぴくりと震わせたが、すぐに微笑みに切り替えて振り向く。
「クロックさん。こちらこそ、急に伺いまして……ご迷惑ではありませんでしたか?」
「いやいや、気にしないでいただきたいもんですな。で、いかがですか、わしらの機体は」
魔動機を観察していたのがわかっていたようで、クロックは真正面からセマに尋ねた。
「特徴的な……そう、とても特徴的な機体ばかりです。私はあまり魔動機には詳しくありませんが、どの魔動機もユニークですね。……いくつかはスームさんが作られた機体でしょうか?」
セマは、答えを期待せずに尋ねた。彼らコープスが少人数ながら傭兵の世界でトップランクにいるのは、この特徴的な機体の性能が大きい。いうなれば軍事機密。世間話で聞けるような物では無い。パイロットでありながら技師でもあるスームの存在は有名だが、あまりにも機体の特徴が違いすぎる事から、別に製作者が存在するのだろう、と踏んだ。
だが、クロックは隠さなかった。
「これは全てスームが作った物ですな。わしにも良くわからん考えで色々作ってくれますんで、まあ、任せておるだけです」
「えっ……そ、そうなのですね」
護衛たちがざわつき、小声で何かしら話し合っているのを、セマは窘める気にもならなかった。それよりも、明け透けに教えてくれる意図が気になる。
「尋ねておいてこういうのも変なお話ですけれど、よろしいのですか?」
「さて、本当の事ですからな。本人も、もう隠す気が無いようですし。立ち話もなんですから、どうぞ事務所に。スームももう向かっているでしょう」
今までは伏せていた情報だ、とクロックは分かりやすく披歴した。本当かどうかまではセマには判断が付かなかったが、クロックに躊躇うそぶりは見られなかった。
「ええ。案内していただけますか?」
「もちろんです。どうぞ、こちらへ」
事務所の前に護衛たちは待たされ、セマのみが入室した。室内には他にスームとクロックがいて、ナットがお茶とお菓子を置いて出て行った。
「リューズさんのお加減はいかがですか?」
「目を覚ましたよ。腹が減ったと五月蠅かったみたいだが、まあ大人しくしているよ」
スームは、リューズの病室を毎日訪れていた。個室でどのような会話をしているのか、余人は知る事が無いが、スームが帰ってしばらくはリューズも機嫌が良く、医師の言う事を良く聞くので、治療院としては助かっているらしい。
「もう二十日も寝ていれば治るだろう」
「それは良かったですね……それで、彼女を撃ったイアディボについてですが」
出された茶に視線を落としたように見せて、セマはさりげなくスームの反応を観察していたが、彼女の言葉に特に反応は示さない。
「味方への発砲と、兵の損耗の責任を、その命で償ってもらう事になりました。最も、民衆への影響も考えて、表向きは病死とする予定でしたが……」
敵を撃退したのは事実だ。であるのに総大将が処刑されるとなると、民衆にも兵たちにも動揺が広がるのでは、という意見もあり、そうなったらしい。だが、結局処刑は行われなかった。
「処刑の予定日……昨日だったのですが、イアディボは牢内で死んでおりました」
「ふぅん……」
「そうですか」
セマはスームとクロックの反応に違和感を感じた。仲間を傷つけた男についての報告を聞くにしては、落ち着き過ぎている気がする。
「誰かが侵入したようです。見張りは気絶させられ、イアディボは格子に縛り付けられた状態で腹部を何度も刺されていました」
「貴族やら城の重鎮ってのは、敵も多いからな。大方、そういう奴らにやられたんじゃないか?」
「その可能性もあります。犯人は、今の所はわかっておりませんが」
「いや、とりあえずあいつが死んだなら、俺としても清々する」
「そうですか」
セマは考えている。目の前の男たちが牢へ侵入し、裁きを待たずしてイアディボを手に欠けたのではないか、と。動機はある。技術的にもその程度の事ができても不思議では無い。
だが王は、その点については追及せぬように、とセマに言った。今はコープスがアナトニエと対立する立場になる事は避けたい。イアディボ一人の命で彼らが納得するのであれば、敢えて口を開かぬ選択をせよ、と。
「では、本題に入りましょう」
セマはテーブルに置いた二つの大きな羊皮紙を開いた。一枚は王都の地図であり、一枚は建物の簡素な図面だ。
細い指で地図の一部を指差し、セマは顔を上げた。
「提案をいただきました新しい軍の拠点ですが、この基地に近い街道側出口に新たに土地を取得する方向で進めています。ケヴトロ・ノーティア両国へ向けて出動するのに、丁度良い位置でしたので」
「良い場所だと思う」
「では、了承いただいたという事で。すぐに工事に入らせましょう。畑を一部潰し、ガレージと管理棟を優先して作らせます。しばらくは兵を通わせる形になりますね」
図面の説明をしながら、スームとクロックは魔動機を扱うにあたって必要な設備や構造について幾つかの指摘を行い、セマは素直にそれを受け入れ、布で包んだ炭の欠片を走らせて、図面へと変更部分を書きこむ。
さらに、その拠点へ配属される兵士は、半数が現在募集をかけている新兵となる。この国に多くいる農家の二男、三男を中心に、数だけはすぐ集まるだろうと予想される。
「ですが、よろしいのですか? 魔動機を扱った事の無い兵士ばかりで……」
「問題無い。どうせ普通の人型魔動機を作っても、金と資材の無駄だ。それに兵士を訓練させるのに時間がかかる」
「では……」
「簡単に動かせる魔動機であれば、訓練期間は短くて済む。さらに言えば、これなら製造も速く、防弾性能も高く、威力のある武装を積める」
戸惑うセマの目の前に、スームは三つの図面を広げた。
素人が見ただけで性能や構造がわかるはずもないが、大まかな形はわかる。それは人型どころか、何かの生き物の形ですらない。一見して魔動機には見えず、セマにはこれがどのように使う物なのかすら、判断できない。
「俺たち少人数の傭兵と違うんだ。一国の軍隊なら、役割分担と数が重要だ、そうだろ?」
スームは説明を聞いており、その内容を知っている。狙い通りに行けば、アナトニエ王国軍はこの世界で異質かつ精強な軍隊を持つことになるだろう。
それらの図面は、戦車、バイク、飛行船の形をしており、戦車タイプと飛行船タイプは複数人で操縦するようになっている。
食い入るように図面を見つめて固まっているセマに、スームはメモを渡した。
「とりあえずそれぞれ一機ずつ作って見せてやる。そこに書かれた資材を用意してもらおうか」
スームは戸惑うセマを見て、笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「どうせ大鉈振るうなら、この国の軍隊を世界最強にしてみようや」
お読みいただきましてありがとうございます。
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