17.激突
17話目です。
よろしくお願いします。
「助けに行かなきゃ!」
ボルト達兄弟の報告を受けたコープスの面々が唖然としている中、リューズは一人、スームの救出を唱えた。だが、他のメンバーは一様に口を引き結んでいる。
「リューズ。わしも気持ちはわかるが、マッドジャイロも破損しとる。今は敵の向こう側まで回り込む程の機動性を持った機体が無い」
「でも……!」
「いい加減にしろ!」
なおも食い下がるリューズに、声を上げたのはボルトだった。
「お前な、そんなにスームが信用できねぇか?」
「そ、そんな事言ってないじゃない!」
「同じ事ですよ、リューズさん」
ナットも、兄ボルトと同様に厳しい目でリューズを見ていた。
「スームさんは強い。イーヴィルキャリアにあの人が乗って、敗けるところなんて想像もできませんよ。間違いなく、スームさんは自分の仕事をやり遂げます」
「ナットの言うとおりだ。このまま腰が引けてたら、終わってからあいつに怒られちまう」
「そうそう。それにリューズ、スームが怒ったら、約束を守ってもらえないかもよ?」
ボルトに同調したラチェットの言葉に、リューズは赤くなり、他のメンバーは首をひねっている。
「約束って、なあに?」
「なんでもないわよ! それよりクロック、今からの指示を頂戴!」
ハニカムの問いに、リューズは慌てて誤魔化した。
「落ち着け。わしとリューズ、それにハニカムは魔動機で攻撃に移る。そうだな……二分後に合図を出す。真正面から敵の目を引きつけるぞ。ギアとラチェットは、ボルト達と一緒にアールを手伝ってマッドジャイロの整備だ」
「あら、いよいよクロックも出るのね」
「当たり前だ」
腕を組み、クロックは鼻息を噴き出す。
「わしだって、こうまでやられちゃうっぷんがたまるわい」
クロックはストラトーへ連絡を入れて、状況と作戦を改めて説明した。一通りの話を黙って聞いていたミテーラは、一言だけ問う。
「スームは、大丈夫なの?」
味方が敵のただ中にいると思われる状況で、攻勢に出て大丈夫かという意味だ。最初は遠距離からの砲撃を浴びせる予定だが、それにイーヴィルキャリアが巻き込まれる可能性がある。
だが、クロックは少しも迷わない。
「問題無い。あいつは戦場で生き延びる事だけは誰よりも上手い。気にせず思いきりやってくれ」
「爆破された恨みじゃないわよね」
「決まってるだろ?」
包帯が巻かれた頭を撫でてから、両手でモヒカンを整える。
「このくらいの仕返しは当然だ」
上段とも本気ともつかない笑みを残して、クロックは背を向けて自らの機体へ向かった。
「まったく、どうしてあの二人は一緒にやっていけてるのかしらね」
わからないわね、と苦笑いして、命令を確認しに来た部下へ指示を出す。
「全機トレーラーから降りて、魔力キャノンとサーベルを装備するように。正面……と、後方から、コープスが敵の気を引くから、右手の畑を抜けて、敵を横から攻撃するわよ」
「はいっ!」
それぞれの部隊に向けて走り出した女性たちを見送り、ミテーラも自らの魔動機に乗り込む。
彼女の専用機は、ただでさえ大柄なヴォーリア系機体のさらに一回り大きい。高さは七メートルを超え、小柄なノーティア機の倍近いサイズだ。大きさに見合った分厚い装甲が特徴ながら、機動性も一般機に劣らない。代わりに、魔力の消費が激しい欠点もあるのだが。
赤く塗られた巨大な機体が先頭を進み、敵に突貫して隊列をズタズタに破壊する様は、ストラトーの代名詞にもなっている。
足場を上ってコクピットへ収まったミテーラは、ベルトを締めながら操作系統に異常がない事を素早く確認していく。
「彼にばかり活躍させるわけにはいかないわね。ステージは用意してもらったのだから、しっかり暴れてやりましょう」
金属の擦れあう音を響かせながら、ミテーラの専用機“クォキノ”はのっそりと立ち上がった。
☆★☆
「おっしゃ!」
初手から敵のど真ん中に突撃したスームは、走りながら発射した成形炸薬弾は、狙い通りに先ほど発射された新型砲に命中し、爆発と共に砲身をスクラップに変えた。
発射前後から次々に敵の魔動機から砲弾が打ち出されるが、ホバーによる高速移動をするイーヴィルキャリアには中々当たらず、ヒットしてもシールドを撃ち抜くには至らない。
「あと二つ!」
横滑りして敵機に体当たりをしながら向きを変えると、手にした手投げ弾を砲台が据え付けられたトレーラーへと投げつける。
持ち手が付いた手投げ弾は、くるくると回転しながら放物線を描く。
「新作だが、どうかな……うおっ!」
砲身に激突する直前に弾けた手投げ弾。普通の火薬では無く、魔道具を応用して圧縮した高濃度の酸素に引火する仕組みになっている。
爆発的に炎が膨らんだかと思うと、熱を孕んだ突風がちりちりとイーヴィルキャリアまで届き、機体が揺れる。
「あっちぃ!」
悲鳴を上げつつ、スームは熱から逃げるように機体を走らせる。カンカンに温めたオーブンの真正面にいるような暑さに、全身からびっしょりと汗をかいた。手を滑らせないように、手のひらを交互に服へこすり付けた。フライトジャケットを脱ぎたかったが、そんな余裕などあるはずもない。
見ればトレーラー上の砲塔は歪み、周囲にいた魔動機は動きを止めている。おそらくは、機体が歪んだか、中の乗組員が蒸し焼きになったか。
「残り一つ!」
敵の周りを囲むように滑るイーヴィルキャリアは、不意に急角度で曲がると、新型砲塔へ向けて後方から接近した。
「邪魔だ!」
妨害しようとした敵魔動機を突き出したシールドで払い退け、そのまま砲塔の根元部分へカイトシールドの先端を突き刺す。
トレーラーが逃れようと前進したせいで、刺さった部分から砲塔の部品が破損し、完全にスクラップと化した。
さらにハンドガンを抜いてトレーラーの運転席とタイヤに向けて数発撃ちこみ、行動不能にすることも忘れない。
べダルを踏み込み、一度敵集団から離脱すべく、周囲に弾丸を飛ばしながら機体を反転させると、上空から飛来する何かが目に入った。
「これで最大の脅威は潰せたな……ん?」
小さな黒い点はどんどん大きくなってくる。
すっかり陽の昇った明るい空に浮かんでいるそれは、近づくと黒ではなく赤と白のツートン・カラーであることがわかった。
スームは一瞬、随分おめでたい色だと暢気な考えが浮かんだが、その正体に気付くと、慌ててペダルを踏みつけた。
飛来物の正体は、クロックの機体である“トリガーハッピー”が装備している砲弾の一種だ。カラーリングで砲弾の種類がわかるようになっており、紅白は焼夷弾である事を表している。
「クロック、あの野郎!」
砲弾の威力を知っているスームは、全速力で戦場を離脱する。
敵からは多少の弾が届くが、その程度は背面装甲でも充分に弾けるはずだ。
数秒後、後方からくぐもった音が聞こえ、いくつかの悲鳴も上がっていた。
「あっぶねぇ……」
集団の中央に落ちた焼夷弾は、炎のカーペットで戦場を舐めまわした。着弾点の近くにいた機体は、黒焦げになって倒れ、離れた場所にいた機体も、少なくないダメージを負っている。
トレーラーを盾にしていた機体や、充分に距離を取っていた機体には影響が無いようだが、それでもスームが倒した分も含め、十機程度は沈黙させたようだ。
「ふぅー……」
かなりのダメージを負ったケヴトロ軍へ、さらに砲弾が届き始め、中にはホッパー&ビーのランスも見える。
後方からの突撃に対応している最中に、前方からの攻撃が始まり、ケヴトロ軍の機体は右往左往していた。隊長格の機体と思われる魔動機がアームを振り回して収集を図っている。
だが、攻撃はそれでは終わらない。
「はぁ~。相変わらず、大迫力だ」
側面から数十の赤い機体が猛然と迫ってくる。
麦畑を踏み荒らし、千切れた穂を撒き散らしながら進む軍団の戦闘には、規格外なほどの大きさを誇る人型魔動機が走っていた。ミテーラが操る機体、クォキノだ。
巨大であるという事はそれだけ威圧感がある。
威嚇射撃がバラバラと届き始めており、さらに近づいてくるクォキノの巨体に圧されるように、ケヴトロの軍はじりじりと片側に集められ、すでにほとんどの機体が麦畑へ踏み込み、トレーラーを移動して盾にする事で防御態勢を作っている。
「うん?」
予定では正面からコープスの機体も接敵するはずだったのだが、その兆候が見られない事に、スームは目を細めて訝しむ。
クロックの考えで変更があったのか、と考えたが、その答えはすぐに分かった。
「あのバカ将軍か……!」
ストラトーの部隊とケヴトロの軍が今まさに激突しようとしている向こう側に、スームは街道を整然と進んでくるアナトニエ軍の機体を見つけた。
「あいつらは町の前に待機していたはずだろうが! ここにきて獲物を掻っ攫うつもりか!」
叫んでいる間に、ストラトーの部隊は砲撃から直接攻撃に切り替えたらしい。彼女たちがサーベルと呼ぶ、細く長い刀身を振り回す。見た目に反して非常に硬く、貫通性能も高いサーベルはストラトーの主力武器の一つだ。
対して、ケヴトロ帝国の一般的な近接武器はメイスだ。先端に矢羽のように広がるプレートがあり、思い切り打ち付けると装甲に突き刺さる。
リーチはストラトー。一発の打撃力はあるケヴトロの両軍が激突し、耳触りが金属音が戦場に満たされる。
戦場のど真ん中にはミテーラの機体が仁王立ちとなり、両手に掴んだマシェットを振り回している。おそらくは、近づいてきているアナトニエの軍に気付いていない。
「これで、アナトニエの連中が畑に回り込んでケヴトロの背面に入ればいいんだが……」
スームは、自分が口にした言葉ながら、まるっきり信じられなかった。過去数年、戦場を渡り歩く中でこういったパターンは幾度となく経験してきた。
世の中の指揮官には、柔軟に状況に合わせた策を打てる人物もいるが、正面から敵に味方をぶつける以外の方法を思いつかない指揮官もいる。
そして、案の定乱戦の渦中へと、アナトニエ王国軍は飛び込んで行った。
☆★☆
偉大なる。少なくともアナトニエ王国内及び本人の口からはそのように宣伝されているイアディボ将軍の命令を受けて、進軍して来たアナトニエ王国軍が最初に発見したのは三機だけでケヴトロ帝国の軍へ向けて射撃をしているコープスの部隊だった。
数が減ったうえ、遠距離戦を苦手とするハードパンチャーもハンドガンを握り、当たるも八卦とばかりに乱射しているのだが、全体の作戦進行には問題が無い状態だった。
農家に申し訳ないとスームが言いながら立案した作戦に沿って、ストラトーの部隊二十機が側面から押しつぶしにかかる。しばらくは混戦になるだろうが、ある程度の打撃を与えたら、ストラトーの退却に合わせて、再びコープスが射撃による援護を行うことになる。
だが、その作戦内容を、イアディボもアナトニエの兵たちは知らない。
たった三機の魔動機が、滅多矢鱈に敵の方へ向けて、碌に狙いも付けずに射撃している様は彼らの目にどう見えたのか、その答えはイアディボの叫びが示した。
「もはやここまで減らされていたとは! しかも碌に動けそうにない機体ばかりが残っているとは……どうやら大半の傭兵共は、逃げ散ってしまったか!」
ごくごく単純に、使いを出すなり自分で行くなりして、コープスに戦況を尋ねれば、少なくともストラトーと共闘して一定の戦果を得る事はできただろう。
だが、イアディボはそうしなかった。いや、そういう発想が出来なかった。
自らの機体の腕を振り回し、部下たちに突撃の指示を飛ばす。
ある意味で良く鍛えられた兵士たちは、速度を上げて目の前の戦場へと走り出す。周囲に沢山いる仲間たちに勇気づけられながら、愛機を信じて初めての実戦に進んで行く。
『おい、どういうこった!』
通信機からクロックの怒鳴り声が聞こえて、射撃に集中していたリューズは肩を跳ね上げて驚いた。おかげで、一発の弾丸が全く関係の無い方向へ飛んで行く。
「どうしたの?」
『アナトニエの軍ね。今さら何しに来たのかしら?』
ハニカムも気付いているらしい。ランスの半数を撃ち終え、先に射撃を終了していた彼女は、機体ごと後方に向き直って確認していた。
『わしらの邪魔をするつもりか? 少なくとも、今混戦になったらストラトーの連中が危ない!』
クロックも射撃を中止した。ストラトーの突撃は始まっているので、タイミングとしては悪くないだろう。だが、後ろから迫る大問題に対応しなければならない。
機体を旋回させる。クロックが操る機体“トリガーハッピー”は、一言で言えば戦車の上に腕が付いている形をしている。
無限軌道は悪路走破性が高く、速度こそ出ないが多少の障害は踏みつぶして進む事が出来る。装甲も分厚く、新型の砲弾でも撃ち抜くのは難しいだろう。
卵のようなカーブを描いたドームが乗っかっており、そこがコクピットになっている。左右のアームは可動範囲が広く、機体後部にあるカーゴから武器を取り出して射撃するか、ドームの上にある砲台から撃ち出す事で攻撃する機体だ。
主に後方から射撃にて援護しつつ、味方に指示を出すためにスームが設計・開発し、クロックの苦情を延々と聞きながら改良を続けてきた。ちなみに、スームはトリガーハッピーの意味を、まだクロックに教えていない。
いくつもの戦場を共に抜けて来た機体を操り、クロックは街道の中央へと進み出る。
それでも、兵士たちは止まる気配が無い、二機程はトリガーハッピーのアームに捕まれて停止したが、大多数はコープスの機体を無視して進んで行く。
『止まれ! 止まらんか!』
ガルウイングのようにカプセル横を引き上げるタイプのハッチを開き、クロックは身を乗り出してアナトニエの機体に怒鳴りつけた。
「お前らの隊長は誰だ! 一度進軍を止めろ!」
だが、クロックが睨みつけている機体から、兵士が出てくる気配はない。対応を迷っているのか、どうか。クロックはもう片方の機体にも声をかけたが、反応は芳しくなかった。
「あ、あれ!」
そんな中、ハンドガンの弾を半分消費したリューズは、機体の向きを変えた所で、一際目立つ機体が、隊列の後部にいるのを発見した。金の模様が入ったイアディボ機だ。
それが隊長機で間違いないだろうと踏んだリューズは、機体を進めてがっちりとその機体の両肩を掴み、動きを押えた。ハードパンチャーに比べれば、ノーティア機を改装したアナトニエ機は一回り小さく、出力もスーム作のハードパンチャーの方がかなり強い。
しばらく抵抗していたイアディボ機だが、ほどなく動きを止めた。
「乗ってる人、出てきて!」
念のため、姿勢制御のアウトリガーを展開してハードパンチャーの姿勢を固定すると、リューズはハッチを開いて、直接呼びかけた。
「作戦が進んでるの! 今邪魔されたら……」
リューズの言葉の途中で、イアディボ機のハッチが開いた。ハードパンチャーが腰を落とした姿勢を取っているので、ほぼ同じ高さで向き合う事になる。
「え……」
ハッチの中の光景に、リューズは絶句する。
中にいたのはアナトニエの将軍であり、彼が握っているのはスームが嫌っている不格好な拳銃の魔道具。その銃口は、リューズを捉えている。
「傭兵風情の小娘が、俺たちの邪魔をするとは。万死に値する」
腹部に銃弾を受けたリューズの小柄な身体を、シートはしっかりと受け止めた。
着弾の衝撃で気を失ったリューズ。その腹部に滲む血を見る事も無く、イアディボは肩を怒らせてハッチを閉じた。
乱暴に機体を暴れさせて拘束を逃れたイボディアの機体は、部下達を追って戦場へ向かう。
戦いは、スームの狙いからは大きく外れて、混迷へと突き進んでいく。
お読みいただきましてありがとうございます。
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