15.歓迎会
15話目です。
よろしくお願いします。
王都を出て五分ほど街道沿いに走った場所で、コープスとストラトーはそれぞれの戦闘用魔動機を並べて待機していた。
すっかり陽が暮れてしまった通りに、ゆらゆらと揺れるいくつかの篝火の光だけを頼りに、多くの兵士が行き来している。
通りの中央は空けてあって、避難してきた市民たちが次々と王都へと入っていく。連絡を受けた地方警備の兵から指示されて逃げてきたのだろう。多くの荷物を載せた馬車がいくつも通り過ぎて行き、次第に徒歩の姿も増えてきた。
暗くてはっきりとは見えなかったが、スームの目には、誰もが顔に汗をかき、疲れと怯えを浮かべていたように見えた。時折、立ち並ぶ魔動機を見上げている人もいる。
トレーラーから降ろし、膝を着いた格好で待機しているイーヴィルキャリアのコクピット。ハッチを開いた状態でスームは休んでいた。
もし、この世界に来て最初に出会ったのがクロックでは無かったら。魔動機関を操る能力を得ていなかったら……きっと自分もあの行列にいる人々のように、戦いに恐怖して逃げまどっていただろう。
戦場で過ごした事を、幸運とも不運とも思わないが、戦う力が無いまま、この世界で生きる事になっていたら、きっと世間を恨んでいた事だろう。
「まあ、恨み言を言う前に、死んでいたかもな」
水筒の水を飲み、自嘲気味に笑う。
少し眠っておこう、と目を閉じた所で、コンコンと機体をノックする音が聞こえてきた。
「……何だ?」
身体を起こして下を見ると、ラチェットがスームを見上げている。
「スーム、ちょっといいか?」
彼の真剣な表情を見る限り、冗談とかでは無いのだろう。スームはすぐに機体から降りて、二人で篝火が届かない暗がりまで移動した。
周囲を見ても、ストラトーの整備兵たちが行き来しているだけで、こちらに注意を向けている者は見当たらない。
女性ばかりだというのに、キビキビと指示通りの準備を進めているストラトーのスタッフたちはとても美しく見えた。最も、彼女たちがやっている準備の中には、スームが依頼した“仕掛け”も含まれており、不慣れな仕掛けの設置に四苦八苦しているのだが。
「休んでいる所、悪いね」
「いや、いい。それで、話とは?」
魔力タンクを積み上げた陰に来た二人は、タンクを背にして並ぶ。ラチェットは紙巻きの煙草に火を点けたが、スームは煙草を吸わない。紙巻煙草は高価だが、それを買えるだけの報酬をコープスは払っている。
「今回のケヴトロ帝国の侵攻と、夕方にスーム達が片付けたノーティアからの侵入、繋がってる可能性がある」
「なんだと?」
「ガーラントの服の中から、コープスの本拠地とコリエス嬢ちゃんの動きを知らせる手紙が見つかったらしい。ケヴトロの工作で、ガーラントは暴走“させられた”可能性もあるね」
すらすらと話すラチェットの言葉に、スームは注意深い視線を向けていた。少しだけラチェットの方が背が高いので、自然と見上げる格好になる。
「どうして、それを知っている?」
「お城に通いで出仕している中にも、口の軽いのはいるって事だよ。特に若い女性なら、話を聞くのはそう難しい事じゃない」
ラチェットは王都の戦闘用魔動機が展開を始めた事に気付いた時点で、情報収集を始めていたらしい。
「大した情報収集能力だな」
「魔動機に乗れない、腕っぷしも無いんじゃ、他の方法を必死で探すさ。そうじゃなきゃ、こんな世の中生きていけないよ」
指先に煙草を挟み、煙を吐きながら首を振る。
煙から、普通の煙草とは違う癖のある臭いがして、スームは顔をしかめた。
「それよりも、このケヴトロの侵攻が割と大きな計画である可能性が高い事が問題だ。今回は四十機だけで入って来たけれど、もっと大規模な侵攻の前哨戦だって可能性も高いと思うよ。それに……」
不意に話を止めて、ラチェットは躊躇うような素振りを見せた。
「なんだ?」
「コリエス嬢も怪しいんじゃないかな。なんやかやでスームに近づく事には成功してるし、コープスに関する情報をいくつか手に入れていてもおかしくない」
「馬鹿言え。考え過ぎだ。第一、もうあいつはアナトニエの城に閉じ込められた。動けない駒なら役に立たないだろう」
「手紙なら出せるよ。他にも連絡手段を持っているかも」
二人は顔を見合わせた。
ラチェットは煙草を咥え、じりじりと音を立てて生まれた煙を吸い込み、吸殻を落とした。
「ったく、高いのにあっという間に燃え尽きてしまう」
「煙草なんか止めておけよ。身体に悪い」
「そうだね。考えておくよ」
「俺も、お前の話について考えておく……他にこの話を知っている者は?」
スームが訪ねると、ラチェットは煙草の火を踏み消しながら肩を竦めた。
「誰にも。後はスームの好きにしたら良い」
「そうか」
「じゃあ、俺はストラトーのお嬢さんたちと交友を深めてくる」
「接敵したら、お前にも仕事があるんだ。ほどほどにしておけよ」
立ち去ろうとしていたラチェットは、スームの言葉を聞いて立ち止まり、Uターンして戻ってきた。
「スーム。悪い事は言わないから、今のうちにもう少しリューズと話をしておくと良い。いや、話すべきだ」
「何だよ、急に。リューズに何かあったか?」
「彼女じゃない。スーム、君の方だよ」
スームの両肩に手を置いて、ラチェットは笑みを浮かべた。
「異邦人はどこまで行っても“よそ者”だ。スーム、君の顔立ちからの想像だけれど、君はどこか遠い所の出身だろう?」
ラチェットの言葉に、スームは黙って目を見ていた。
「孤独は人間を歪める。誰か一人でも二人でも、信用できる人間と、その温もりを知っておくべきだ。三年前、君に出会ってコープスに入る事になった時より、今のスームの顔は割とマシになった。でも、本当の意味で誰も信用していない。いや、生きている一個の人間として見ていない」
「何を馬鹿な事を……」
「いいから聞いてくれ」
より力強く肩を握られ、スームは痛みを感じたが、何も言わなかった。
「リューズなら、君の全てを受け止められる。俺の勘でしかないが、外れてないと断言するよ。彼女の温もりを知って、ここに生きている人間を見てくれ。自分と同じ人間が周りにいる事を知ってくれ。……異邦人が異邦人のまま生きるには、この世はちょいと辛すぎる。クスリや暴力に狂うよりは、人に溺れた方が幾分マシだよ」
「ラチェット、お前……」
「俺には似合わない、つまらない話をした。だけど、リューズと話して、できれば、もっと親しくなっておくべきだというのは本心だよ」
また後で、と言ってラチェットは夜の闇に消えて行った。先ほどの宣言とは違い、ストラトーのメンバーが作業している方とは反対方向へ。
「ふぅ……お節介な奴が多いな、この傭兵団は」
☆★☆
リューズは愛機ハードパンチャーのコクピットに座っていた。スームがそうしていたように、ハッチを開けたまま、目を閉じている。
彼女の姿を見つけてから、しばらく逡巡していたスームだったが、一度の深呼吸の後、ラチェットがやったように、機体の足をノックした。
「あれ? スーム、どうしたの?」
「ああ、なんというか……メンバーの様子見だ。明け方には戦闘になるだろうからな」
「そうなんだ。お疲れ様」
ハッチに乗り出して、ひょっこり顔を出したまま、リューズは笑った。篝火の明かりに照らされて、癖のある髪が揺れる。
笑顔よりも、拗ねている顔の方を多く見てきた気がするが、不思議とリューズの笑顔は印象に残っている。最初に出会ったのは三年程前で、笑顔を見せるまでは三か月程の期間が必要だった、とスームは憶えている。
孤児院を出て、仕事を探している所でクロックに拾われたリューズ。最初は裏方をさせる予定だったのが、変に腕っぷしが強くて体力も有ったので、スームが魔動機の乗り方を教えたのだ。
入隊した頃はムッツリと真顔を崩さず、隊の誰とも馴れ合うどころか、碌に会話も交わさなかった。彼女も、孤児という事で世の中から追い出されたような気持ちだったのだろうか。想像するしかないが、スームには正確な事を知る事はできそうになかった。
だが、彼女は今、笑っている。
「リューズ。この前の蚤の市で見せたドレスな。今考えたら、どっちもお前には似合ってないぞ」
「ちょっと、今になってそれ言う?」
怒らせるような事を言って、ふくれっ面を楽しむのも、もう何度目だろうか。
「大体、俺もお前もそれなりに稼いでるんだ。あんな中古品じゃなくて、新品をオーダーしても罰は当たらねぇよ……落ち着いたら、また買いに行こう……うおっ!?」
スームは、必要な分だけ伝えたら、自分の機体に戻るつもりだったが、リューズがコクピットから飛び降りて、そのままスームを下敷きにした。
「いってぇ……何考えて……」
「今の言葉、嘘じゃないよね?」
顔が近い。
腹の上から胸に変えてぴったりとくっついている身体の暖かさと柔らかさに、スームの心臓はかつてない程に激しく震えている。
「嘘をついてどうするよ。俺も服が欲しいからな。誰かに選んでもらいたいんだ」
言い終わると、リューズの青い目がじっとスームを見つめて、不意に距離が近づき、唇が重なる。
「車出してね! 折角だから、あちこち回ろうよ。お礼を先払いしたから、約束破ったら許さないからね!」
「ああ、わかってる」
絶対だよ、といいながら、リューズは顔を真っ赤にしてスルスルとハードパンチャーを上り、コクピットに飛び込んで行った。
自分ではわからないが、きっと同じくらい赤くなっているだろう、とスームは夜の暗さに感謝した。
しばらく呆然とした後、スームもイーヴィルキャリアのコクピットへ戻り、仮眠を取る。碌に寝付けなかったのは、仕方が無かった。
☆★☆
「大丈夫かな?」
ナットは、小さな声で不安を零した。
今、彼が操縦するマッドジャイロは、夜明けの近い街道を添うように飛行している。任務はクロック達が乗るトレーラーを見つける事と、偵察だ。
「暗いな」
複座の前方に座っている兄のボルトが、舌打ち交じりに呟いた。
飛べる、というアドバンテージを、クロックやスームは攻撃よりも情報収集の方に利用する事が多い。攻撃を担当する兄には、それが若干不満なようだが、ナットとしては自分たちが持ち帰った情報によって、仲間が安全かつ確実な方法で戦う事が出来るというのを誇りに感じていた。
これは、彼らだけにできる方法なのだ。
ちなみに、マッドジャイロ開発者のスームですら、空中での空間把握能力が今一つで飛行適性が無かったので、この世界で、マッドジャイロを操縦できるのは彼ら兄弟のみだ。
「ナット、ライトが見えた。多分クロックのトレーラーだ」
「こっちの照明はもう消しているよ、兄さん」
「月を背にするなよ。見つかる」
「了解」
次第に、巨大なトレーラーの輪郭がはっきりと見えてくる。
途中で離脱したのか、アナトニエの自動車は見えない。
「クロックのおっさんは問題無いだろう。ナット、改めて敵の上空まで行くぞ」
ボルトの指示を受けて、ナットは機体を前傾させて素早く移動する。
「……数は、前見た時と変わらないな。不幸な事に、連中のトレーラーにはトラブルは起きなかったらしい。お手入れはしっかりできてますってこった」
「じゃあ、やっぱり二十台で、魔動機は四十機?」
「多分な……いや、あれは!」
ケヴトロ軍のトレーラーは、クロックのトレーラーの数百メートル後ろを進んでいた。台数は以前確認した時と変わらなかったが、後方の一部のトレーラーに違和感を感じる。
「もう少し近づいて……いや、すぐに上昇しろ! 逃げろ!」
ボルトが叫ぶと同時に、マッドジャイロは真上に向けて急上昇する。急激な圧力が二人を襲うが、歯を食いしばって耐えていた。
一瞬遅れて、何かの飛来物が弾幕となってマッドジャイロを襲い、そのいくつかが機体の底部を叩く音が響いた。
「クソッ!」
ボルトがペダルを踏み込むと、機体の下に突き出た足が動き、折りたたまれた状態から足の裏を下に向けるように動いた。そして、ふくらはぎ周りのスラスターから勢いよく空気を噴き出し、機体の上昇速度をさらに上げる。
「こんな高さまで届く攻撃? 兄さん、これは……」
「そうだ、トレーラーに乗っているのは魔動機だけじゃあ無ぇ! デカい砲塔がこっちを向いたのが見えた! すぐに引き返して、クロックの所まで戻るぞ!」
スーム達の元では無く、クロックのトレーラーを目指すという兄の言葉に、ナットは一瞬だけ疑問を持った。
それに気づいたのか、ボルトはべダルを操作しながら叫んだ。
「今の攻撃は俺たちを狙ったんじゃない! クロック達を狙った攻撃だ!」
ハッと気づいたナットは、機首を回した機体を傾け、空中を滑り下りるようにクロックの後を追う。
「あいつら、ここから戦闘準備に入るつもりだ! トレーラーを狙ったのは見せしめのつもりか? クソが!」
トレーラーにはすぐに追いついた。
どうやら放物線を描いて飛来したのは、スームが作ったクラスター爆弾と同じタイプの、広い範囲に小さな弾丸をばら撒くタイプの攻撃だったらしい。過去、このような砲撃をケヴトロどころか他の国も使った事は無い。
荷台を中心にあちこち穴を穿たれたトレーラーは、先ほどに比べて明らかにふらついていた。
「ナット、運転席の状況が見える高さまで下がれ」
左右に振れているトレーラーに近づくのは危険だが、それができるのはナットしかいない。
額からこぼれた汗を拭う余裕も無く、ナットは慎重に操縦桿を押し込む。
「……ああ、やっぱりか!」
ボルトが吐き捨てるように叫んだ。トレーラーの運転席では、頭から血を流したクロックが、しがみつくようにしてハンドルを握っているのが見える。彼の向こうに見える助手席には、国境で見た覚えのある鎧を着たアナトニエの兵が、肩ごと片腕を吹き飛ばされて死んでいた。
悪態を吐きながら、ボルトは素早くシートベルトを外す。
「ナット。俺はトレーラーに飛び移ってクロックの代わりに運転していく。お前は急いで兵器の事をスームに伝えろ!」
「でも……」
「今、俺たちにできる事を考えろ!」
ハッチを開くわけにはいかないので、ボルトは内側から留め具を壊し、ガラス代わりに嵌めこまれていた透明の魔物素材を外した。
途端に、そこから暴力的な風が入り込んでくる。
「少し寒いが、我慢しろよ!」
「兄さん……ああ、もう!」
ナットが機体を助手席側に回すと、ボルトはためらいなくトレーラーに飛び移った。
窓は空いていたので、そこから潜り込んで行くのが見えたかと思うと、ドアが開いて兵士の死体を蹴り捨てていた。
「後で怒られるよ。もう……。とにかく、待ってるからね!」
ナットが機体の高度を上げると同時に、トレーラーは速度を上げた。
☆★☆
開いたハッチから吹き込んだ風と、猛烈なローター音にたたき起こされたスームは、ナットからの説明を聞いて急ぎ準備を進めた。
ナットはマッドジャイロの魔力を補給しつつ待機し、残った機体は全て前線に立たせている。ハードパンチャー以外は、遠距離攻撃の用意をしており、ストラトーの機体も同様に、キャノンタイプの武器を構えていた。
それら魔動機たちからやや離れた場所で、ストラトーの整備兵たちが緊張した面持ちで、地面に据え付けた一つの魔道具の前に待機している。
「おっ、来たな」
スームは、開放したままのハッチの上に立ち、遠方から猛スピードで迫るトレーラーを見つけた。ほどなく、その後ろをついてくるトレーラーも発見する。
『私にも見えたよ』
通信機から、リューズの声が聞こえる。
視界の高さはハードパンチャーが最も高いので、ストラトー整備兵への合図は、彼女が機体を使って出すことになっているのだ。
「よし、予定の場所をクロックのトレーラーが通り過ぎたら合図を出してくれ」
『わかった』
それから数十秒。
『通った!』
という声と共に、ハードパンチャーの右腕が勢いよく上がる。
そして、一拍置いて、正面の街道と両脇の麦畑が“爆ぜた”。
『うわうわうわ!』
「よっしゃ!」
驚いているリューズの声を聞きながら、スームは拳を握って快哉を叫ぶ。
地面に埋め込んでいた大量の五十センチ四方の板。それらは魔力を伝えるケーブルによって繋がれ、陣地からの操作で上方に向けて派手にはじけ飛ぶ構造になっている。魔動機関を惜しげも無く使い、そこそこ手に入る黒色火薬も混ぜ込み、上にかぶせた土や石も手伝って、敵のトレーラーをひっくり返す威力を持っていた。
その勢いは、荷台を持ち上げられた味方トレーラーをも、ひっくり返したほどだ。
『……スーム。貴方クロックを殺したかったの?』
「あれくらいじゃ死なねぇよ」
ハニカムからの通信にスームは肩を竦めた。
敵のトレーラー群は、全てではないが前方の集団は大半が横倒しになり、魔動機の中にはトレーラーの下敷きになっている機体もあるようだ。
一台だけ横倒しになって、スームの前に向かって滑ってきたトレーラーから、クロックとボルトが顔を見せた。クロックは怪我をしているようだが、それはナットから聞いていた分で、二人ともしっかりとした足取りでトラックから脱出していく。
「ほらな?」
あのモヒカンがどれだけ頑丈なのか俺は知ってるんだ、とスーム笑った。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。