14.女性だけの傭兵団
14話目です。
よろしくお願いします。
城内の会議室へ案内されたスーム達は、セマが国王へ報告に向かっている間、紅茶を出されて、待たされている。コリエスと護衛のアルバートは同席していない。セマと共にアナトニエ国王に会いに行っている。
おそらく、コリエスは会議室へは来ないだろう、とスームは考えていた。
「ねえ、スーム」
隣に座るリューズが、カップを置いて声をかけてくる。
「コリエスは、どうなるの?」
「なんだ、気になるのか。仲が悪かったんじゃなかったのか?」
「別に悪いわけじゃないよ……」
俯いてブツブツ言っているが、スームには良く聞こえない。二人は同じ十八歳で、なんだかんだと会話はしていたらしい。
そういえば、ケヴトロ国境へ向かう時も、何か話していたな、とスームは思い出した。
「コリエスの立場は、ノーティア王国の出方次第だろうな」
ノーティア王国がガーラントの行動についてどう説明するかによる。コリエスはガーラントの暴走であり、ノーティア王国の本意ではない、と説明しているだろう。実際にそうなのだろうが、こじれる懸念が無いとは言えない。
問題は今起きているケヴトロ帝国の侵攻が、どう影響するかという部分だ。ケヴトロが優勢となれば、ケヴトロ同様、少なくない食料をアナトニエから輸入しているノーティア王国も動かざるを得ない。
その時、ノーティアの防衛に助力するという選択をするのであれば良いが、ケヴトロに取られる前に、とアナトニエの農業地帯を削り取りにかかる可能性も無くは無い。
「ノーティアは敵になるか味方になるかわからない、って事?」
「そうだな。コリエス自身は現在の協調路線を維持したいようだがな。本国があいつを切り捨てて、ケヴトロ同様の強硬策に出ないとも限らん」
「……スームは、今からどうするの?」
「さっき言っただろ?」
セマからの協力依頼は受諾した。少なくとも、クロックやその背後を追うケヴトロ軍が王都へ到着するまではあとたっぷり八時間はかかるだろう。途中の町や村を狙うということであれば、もっとかかる。
だが、ボルト達が確認してきたケヴトロ軍の編成は、魔動機メインで速度を重視したものだった。いちいち町や村を制圧している程、人員に余裕も無いだろう。
「おそらく、早期に王都を押えて降伏させる、その辺りが狙いだろうな。食料を安く手に入れたいか、兵士の頭数を増やしたいのか、その両方か。目的はわからんけどな」
「ノーティアも攻めてきたら?」
不安げに見上げてくるリューズの顔を見て、スームは顔をしかめた。
「なんて顔してるんだ……まあ、ここに来るなら戦う。アナトニエが雇うと言うなら、俺もクロックも、受け入れるだろうな」
「二国相手にして、勝てるかな……」
リューズの頭を掻きまわして、スームは笑う。
「勝つか負けるかなんて、国の偉いさん達次第だ。俺たちは、俺たちに与えられた戦場で負けなければ良い」
「アナトニエが占領されたら、私たちはどうなるの?」
「さあな。戦闘に参加した不正規兵の扱いなんざ、どうなるかわからないからな」
「じゃあさ、もしそうなった時は、一緒に……」
リューズが何か言いかけた時、不意に会議室のドアが開いた。
足早に入室してきたのは、見覚えのある文官たちと、兵士と思しき男をを引き連れたセマだった。
「お待たせしました。早速ですが……」
「ひ、一つ教えてください! コリエス、様はどうなったのですか?」
微妙な敬語で質問をしたリューズに、文官たちは顔をしかめた。平民が軽々しく質問する事自体が不愉快なのかも知れないが、スームからすればその平民を守る力も無い行政官など、鼻で笑う以外に対応する方法が無い。
「コリエス様は、使者がノーティア王国へ持参する予定の親書に対する返答があるまで、ここに待機していただく事になりました」
セマ自身、想定していた質問だったのだろう。すらすらと答えた。待機、としているが、人質に取っているも同然だ。
「それよりも、すぐそこまで迫っている危機についてです」
「その認識はおかしいんじゃないか?」
スームは、セマの言葉尻にかぶせるようにして発言した。
「私の認識が、何か?」
「すでに敵は国内に入っている。危機は迫っているんじゃあない。すでに始まっている。それとも、王都だけが大事で途中にある町や村はどうでもいい、という事か?」
「傭兵風情が、殿下のお言葉に難癖をつけるとは! 殿下、このような者を頼らずとも、我々にお任せいただければ!」
「イアディボ将軍。先の発言は私が間違っていました。それに、スームさん達に対して、こちらが頭を下げねばならぬ立場です。口を慎んでください」
大柄で短く刈り込んだ頭のイアディボは、スームの憎々しげに睨みつけて押し黙った。その表情には、反省など微塵も見られない。
国軍があるというのに、戦いが始まる前から傭兵に依頼する事に反対なのだろう、と想像して、スームは笑った。
「確かに、スームさんが言われる通り、すでに侵入されている状況を無視した軽率な発言でした。私を含め、この国は戦争の経験が浅い。それを認めたうえで、どうかご協力をお願いしたいのですが」
「その返答はしたはずだ。戦闘の準備は進めている。数時間後、夜明けには敵がここまで来るだろうその時、お前たちはどうするのか。俺はまず、それが聞きたい」
籠城するのか打って出るのか、住民の避難はどうするのか、開戦予定時間までに集められる戦力は? 兵たちや避難民を養う食料や傷病兵を治療する物資は? 戦いを始める前に、責任者が把握しておくべき事は多い。
スームからそれらを質問され、ほとんど答える事が出来なかったセマは、文官たちに命じて急いで確認に走らせた。
「あんたは動かないのか、将軍」
「その必要は無い。聞けばケヴトロの部隊はたった四十機。大してこの首都にある我が軍の機体は百機だ。倍以上の機体があるのに、負けるわけが無かろう」
第一、お前の言う事は間違っている、とイアディボは立ち上がってスームを見下ろした。
「周囲から戦力を糾合した場合、戦力を削られた町が手薄になるだろうが」
「わかったわかった」
「分かったなら良い。そのまま口を噤んでおれ」
満足したように頷きながら腰を下ろしたイアディボを、スームは鼻で笑った。
「お前と話す価値が無い事がわかった。セマ、話を続けてくれ」
「貴様!」
「座りなさい、イアディボ将軍」
激高して再び立ち上がったイアディボに、セマは低い声で命じた。
「スームさん。私にもわかるように教えていただけますか」
「今の状況でも、敵が王都を目指すと仮定すれば、侵攻ルートから外れる町は割り出せる。そこにいる魔動機が無駄になる。王都が落ちればそいつらも無駄になるんだ。使える機体と兵士は、戦場に予め集めておけ」
「侵攻ルート上の兵士は?」
「連絡が間に合うならば、念のため住民を避難させるのに協力するくらいだな。一つの町に十なり二十なりいても、あっという間に破られて終わりだ」
「我が国の兵士が、時間稼ぎにもならぬと言うのか、貴様は!」
大声を上げるイアディボに、スームは冷たい視線を向ける。
「国境をあっさり破られておいて、何を言ってるんだお前は」
それに、百機では足りない、とスームは指摘する。
「機体の性能差を考えろ。俺の知る限り、一般兵の機体性能はケヴトロ帝国は他国より頭一つ抜けている。武装についてもそうだ」
折れるんじゃないかと思う程、歯を食いしばっているイアディボをひと睨みしてから、セマは口を開いた。
「では、連絡が間に合う距離にある町へは、そのように伝えましょう。物資を奪われる可能性もありますが、大事の前の小事と考えます。それと、機体性能についても分かります。ノーティア側からの侵入にも、これと言った抵抗もできなかったのは事実として受け止めなくてはいけません」
テーブルの上、細い指を絡め合わせている両手に、力が入る。
「私は、今回の件で国王であるお父様より、防衛についての指揮を任されました。お父様とお兄様には、王城内を鎮めるのに専念していただきます」
言葉にはしなかったが、王位継承者一位の兄が戦場で万一の事があっては問題である、とセマが父親に詰め寄って、半ば脅迫に近い形でもぎとった立場だったのだが。もちろん、セマが現状を最も正確に把握しているという点も大きい。
「それに、兵力が少ない件については、すでに手を打っております」
援軍は間もなく到着する予定です、とセマが微笑むと、すぐに会議室のドアがノックされた。
セマが了承すると、一人の女性が会議室へと姿を表した。
その人物を見て、リューズは驚き、スームは苦笑いを浮かべた。
「お待たせしたかしら? セマ殿下」
「いいえ。これから軍議に入りますから、ちょうど良いところに来られました。ミテーラさん」
寒冷地の多いヴォーリア連邦の軍が着ている、大きな襟が付いた軍服を大胆に改造し、豊かな胸の谷間を惜しげも無く披露しているその女性は、ゆるいウェーブのかかった緑の髪を揺らし、ヒールの音を響かせながらスームの向かい側に来ると、ウインクした。
「見知った顔もいるけれど、一応自己紹介しておくわね」
赤いルージュをひいた唇を片方だけ上げる特徴的な笑みを見せる。
「傭兵団ストラトーの代表、ミテーラ。よろしくね」
☆★☆
ミテーラはセマからの依頼を即決で受け入れ、そのまま軍議は続いた。
結果として、アナトニエ王国軍と二つの傭兵団は別行動となった。
セマとしてはスームが指揮を執る事を希望して、ミテーラもそれに同意したのだが、イアディボはそれだけは、と頑なに拒否したからだ。
これについては、スームもイアディボに賛成した。一国の指揮権を国に所属していない人間が握る危険を冷静に考えるべきだ、という表向きの意見を言ったのだが、戦後の責任を押し付けられる事を避ける狙いもある。
そして今、コープスの基地に、ミテーラ率いる傭兵団ストラトーの機体二十機と、団員の約半数という七十名の隊員が集まっていた。戦闘前の準備を行いながら、パイロットたちは基地内の部屋を使ってそれぞれ休息を取っている。
「急に慌ただしくなってきたわね」
「ケヴトロも出て来たんだ。割と大きな戦いになるから、準備もしっかりしておかないとな」
スームの見舞いを受けて、テンプは苦笑いを浮かべていた。廊下を早足で行き来する足音が聞こえて、落ち着かないらしい。
「少しはお手伝いできたらいいんだけど」
「気にする事は無い」
不意にノックが聞こえて、ミテーラが入って来た。
「失礼するわね。スームがここに居るって聞いたものだから。ちょっと話したいのだけれど、良いかしら?」
「わかった」
ミテーラは、包帯が巻かれたテンプの腕を見るなり、顔をしかめた。
「怪我をしているのね。どうしたの?」
「ケヴトロの工作員、と思われる誰かさのせいだよ」
「ちっ、女を傷つけるなんて、腹の立つ連中だわ。騒々しくて申し訳ないけれど、少しだけ我慢してもらえると助かるわ」
テンプの頬に触れて、ミテーラは申し訳なさそうに声をかけた。
「大丈夫よ。お役に立てなくて申し訳ないくらいだもの」
「ありがとう。何かあれば、うちの団員に言ってね」
傷に触れないようにそっとテンプを抱きしめて、ミテーラは小さく手を振って部屋を後にする。
「よくやるよ」
廊下で待っていたスームに、ミテーラは「当然の事よ」と答えた。
「今からしばらくお世話になるんだもの。それに、怪我や病気の時は人寂しくなるもの。貴方だって、それをわかっててお見舞いに来てたんでしょう?」
スームは答えず、頭を掻いて誤魔化した。
「事務所に行こう。他の連中もそこにいる」
「照れ隠しが下手ね」
「そんな技術、戦場で必要になった事もないからな」
傭兵団ストラトーは、構成員全てが女性という、傭兵団としては異例な集団である。
元はヴォーリア連邦の魔動機乗りであったミテーラは、軍の中で女性が邪険かつ格下として扱われる状況に腹を立て、執務室で自分に覆いかぶさってきた上官の股間を軍靴で蹴り潰して除隊となった過去がある。
その後、他国の軍の中にも女性と言うだけで正当に扱われずに悩む女性兵士がいる事を知り、女性だけの傭兵団“ストラトー”を立ち上げた。
実力はあるのに性別だけで重要な任務を任される事無くくすぶっていた女性の魔動機乗りは多く、ストラトーは結成直後から着実に成果を積み上げ、今ではコープスに並ぶ精強な傭兵団として認知されている。
以前のノーティア王国における防衛任務など、コープスとストラトーは仲間として戦った事もあるし、敵同士になった事もある。だが、傭兵として誰もがそこは割り切っている。終わった戦いの事をあれこれと恨みがましく言うような者は、傭兵家業を続けられない。
「少しだけ機体を見せて貰ったが、良く整備されていた」
「世界一の魔動機馬鹿にそう言って貰えるなんて、嬉しいわね。わたしも久しぶりにコープスの機体をガレージで見かけたけど、相変わらず変な形のばっかりよね」
「あの機能美を理解できないとはな」
この世界の連中は、と言いかけて、スームは口を閉じた。
「それで、今回の戦いはどうなの?」
「勝てる、とは思う」
数の上で言えば、ケヴトロが最新鋭機を出してきたとしてもコープスとストラトーの戦力があれば負ける事は無いだろう。パイロットの練度にもよるが、撃退するのは問題無いだろう。
「問題はアナトニエ王国軍の方だな。変に動かれると、こっちまで巻き込まれて窮地に立たされる事もある」
今回の軍議の中、思った以上にイアディボ将軍の性格が激高しやすいのだと確認したスームは、王国軍の手で成果を上げる事に固執するであろうイアディボの動きが気になった。
「初心者なのよ。優しくしてあげれば良かったのに」
「初心者でも玄人でも、相手はやり方を変えたりしないだろう。全力で殺しに来る。たとえ腹を下していても、気にせず来るのが敵って奴だ」
話しながら事務所へ入ると、リューズとハニカム、ボルトとナットの兄弟。そして整備士のアールやトレーラードライバーのギアもいた。
ムッツリと黙っているギアの横で、アールは深いしわが刻まれた顔で、ニヤニヤと笑いながら水を飲んでいた。
「おう、スームか。ホッパー&ビーとハードパンチャーはトレーラーに積んで置いたからな。いつでも出られる」
アールの言葉に、スームは首をかしげた。
「俺のは?」
「トレーラーに予備なんか無い。マッドジャイロで吊るされて行け」
「またか……」
再び宙吊りが確定したスームは、ミテーラにソファを進めて、自分はデスクチェアに腰を下ろした。
「まあ、仕方ない。それじゃあ、悲しくも休暇を返上して戦う羽目になった経緯を説明するぞ」
「スーム。そいつは不要だぜ」
ボルトが、スームの話を止めた。
「俺にわかる分は説明しておいた。それにな、俺たちにとって必要なのは戦う理由じゃない、どう戦うか、だ」
「クロックさんやスームさんがそうする、と決めた事ならば、その通りに僕たちは頑張るだけです」
兄の言葉を補足するように言うナットの言葉に、コープスの面々は頷いた。
「あんたがやるべきは、私達に指示をする事でしょ? 難しい事なんて聞かされても分からないよ。良いから、早く言いなさいよ。どこそこに出撃しろ、って」
「あ~……わかった。それじゃ、今回の戦い方を説明する。意見があれば言ってくれ」
中央に引き出してきたローテーブルの上に、王都及び周辺の簡単な地図を広げると、コープスのメンバーは全員がそこに注目して、誰もがスームの声を聞き逃すまいと口を閉ざした。
その光景を見ていたミテーラは、口の端を上げて笑顔を見せた。
「ほんと、良くまとまったチームだわ。それじゃ、わたしも参加させてもらうわね」
「ああ。頼む。まず、クロックをここで出迎える」
スームが指差したのは、コープスの基地から一番近い、街道から王都へと入る道の途中。基地からトレーラーで二十分程の場所だ。
「折角だから、盛大に出迎えてやろう。新しい装備を試す良い機会だしな」
うっとりとした顔を浮かべたスームを見て、全員が変な顔をした。きっと、クロックは大変な大歓迎という名の爆音で迎えられるだろう事が、容易に想像できたからだ。
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