13.侵攻
13話目です。
よろしくお願いします。
「大丈夫かなぁ」
「問題無いだろ。俺たちは俺たちの仕事をするだけだ」
ボルトの返答を聞いて、ナットは「兄さん戦闘中以外は操作しないじゃないか」とぼやいた。
王都上空にてスームとコリエスが乗ったイーヴィルキャリアを投下し、騎士アルバートと捕虜として確保した兵士を詰め込んだ機体を王都郊外に下ろしたマッドジャイロは、基地の裏で魔力タンクを換装し、現状をクロックへ伝える為にケヴトロとの国境へ向かって飛行していた。
「それにしてもよ。ノーティアは何だってこの時期に入って来たんだ?」
「えっ。コリエス様の話が本当なら、僕らやスームさんを狙って、って事でしょう? だとしたら、コリエス様がスームさんと仲良くなると、都合が悪いって事じゃない?」
だから急いで行動を起こしたんじゃないかな、とナットは答えたが、ボルトは納得しなかった。
「コリエスの嬢ちゃんがスームを落とそうと企んでるのを、何で今になって知ったのか、って事だよ。嬢ちゃんは俺たちが仕事をキャンセルして帰って来るより前からアナトニエに入ってた。でも、今になって妨害を試みたわけだ」
「それは、僕たちが帰ってきたからでしょ? コリエス様は本国に連絡くらいしてるだろうし……」
「本国への連絡を、ガーラントが見たってか? いくらなんでも、王族の手紙を見るのは不可能じゃないか? 封印だってされてるだろ」
封蝋による手紙の封印が一般的であり、貴族や商人などは、印璽を押して未開封である事を示すのが通例だった。コリエスがそれをしていないとは考えられない。
馬車が行き来する街道が眼下に見える。見たことも無い空を飛ぶ魔動機を見て驚いている人もいるかも知れないが、そこまでは黙視できなかった。
「ノーティアの中の誰かが、わざとガーラントをけしかけた、という可能性も……いや、敢えて言うなら、ノーティアの奴じゃないかもな」
「それって……」
ボルトが言い始めた事について、ナットはさらに突っ込んだ話をしようとしたが、ボルトの叫びに遮られた。
「ナット! 話は後だ。高度を下げて正面を見ろ!」
ボルトは視界の先に不自然に立ち込めている砂煙を見つけた。
ケヴトロの乾いた荒野と違い、アナトニエの土地は普通の馬車ではそれほどの土を巻き上げるようなことは無い。もっと重量のある何かが勢いよく通り抜ける必要がある。
すぐに高度を下げたナットが見たのは、猛烈な速度で走るコープスのトレーラーと、アナトニエ王家の家紋が付いた自動車だ。
「何をあんなに急いでいるんだろう?」
「追いかけられてんな」
さらにケヴトロとの国境方面からも別の集団が迫ってきている。
それはコープスが使っているような魔動機を運ぶためのトレーラーで、その特徴でボルト達はすぐにケヴトロ帝国軍の車両だと分かった。
「どうやら、あっちの国境も突破されたらしいな」
「どうしよう、兄さん。トレーラーはきっとクロックさんだから、あっちに合流しようか」
「そうだな……だが、その前に多少の妨害はしておこう」
折角だからご挨拶だ、とボルトは誤射防止のためのカバーを上げた。
味方トレーラーの上空を通過したマッドジャイロは、左右に機体を振りながらケヴトロ帝国のトレーラーへと近付く。
以上を察知したらしく、荷台にあるいくつかの機体が動き始めた。
「遅いな」
「行くよ、兄さん」
ぐい、と大きく機体を振り、敵トレーラーの上空を右から左へと通過。そして完璧なタイミングで黒い塊が投下された。
「出会いのプレゼントだ。受け取れ」
ナットが素早く確認したケヴトロ軍のトレーラーは二十台。全てにきっちり魔動機を積載しているとすれば、実に四十機の機体を乗せて入り込んできたことになる。国境でもいくらかは待機しているとすれば、合計五十機は出撃している可能性がある。
そんなトレーラー群の先頭集団の上空にて投下された塊は、マッドジャイロから離れた瞬間にバラバラに別れた。中に入っているのは、鋭利な金属製のシンプルな槍。
ホッパー&ビーが使うランスを小型化したようなそれは、それぞれに小さな音を立てて圧搾空気を吹き出し、少しだけ範囲を広げながら地面に向かって高速で突き刺さる。
トレーラーも魔動機も、紙のように突き破り、先頭集団はハリネズミ状態になって停止した。
人的被害も出ているだろうが、周囲の畑に入って回り込むか、畑の柔らかい土でスタックする可能性を避けてトレーラーの方を片付けるか。いずれにせよしばらくは足止めを食らうだろう。
「とりあえずはこんなもんだろ。ナット、砲撃される前に引き返して、クロックのトレーラーに乗るぞ」
「了解、兄さん」
ぐるりと大きく円を描いて飛行し、改めてケヴトロ軍の規模を確認すると、マッドジャイロは高度を上げて、クロックが乗っているはずのトレーラーを追った。
☆★☆
「どういう事だ! なぜこうなった!」
目の前から迫る青い機体が滑るように迫ったかと思うと左隣に居た機体をカイトシールドで殴りつけた。
同じ瞬間、右隣りの機体が、前のめりに転倒する。横に白い機体のナックルガードを付けた腕が見えた事で、後ろから殴り倒されたらしいと想像できた。
「なんという……」
見れば、もう一機いた僚機も、いつ魔にかランスに貫かれて沈黙している。
残るはガーラントのみ。
「おのれ……」
傭兵団コープスが保有する機体はたった五機。しかも元軍人はほとんどおらず、正規の訓練も受けていない。中には女性すら含む。
ガーラントが持っていた情報はその程度だった。二年前に国境で援護を受けた時も、射出式の兵器を使われたことしか知らず、コープスの戦闘力を見る機会は無かったし、聞く気も無かった。
「傭兵ごときが!」
最も近くにいる白い機体が最も危険と判断したガーラントは、腰の後ろから剣を取り外し、横なぎに振り回した。
白い機体は想像以上の速さで後ろへ下がったが、剣は胸部に届き、小さくパーツ分けされた胸部の装甲を潰し、破片をまき散らした。
「脆いな」
ガーラントは、剣が霞めただけで分離する装甲を見て、ニヤリと笑った。所詮は小さな傭兵団の機体。打撃力はあっても、それだけなのだ、と。
「剣も持たずに……」
そこまでで、ガーラントの言葉は止まった。
機体ごとランスで貫かれ、身体の中央部分をごっそりと持って行かれたのだ。
「……」
何が起きたのか理解できず、突然腹に生えた巨大な鉄の筒を一瞥して、力尽きた。
「ハニカム。コクピットは潰すなと言っただろう」
『だってぇ。急に動くんだもの』
最後の抵抗をした機体がランスに貫かれた形で、コープスの防衛戦は終了した。
ハニカムの全く反省していない声を聞いて、スームは基地内を見回した。ガーラントの部隊は、生きていたとしても三人だろう。他は完全にコクピット部分を潰している。破損状況を見れば、リューズとハニカムのどちらがやったかはすぐにわかるが、今はそれどころではない。
『スーム。状況を教えて』
「ケヴトロ国境で調査をしていたら、ノーティア側からの侵入の連絡があった。侵入したのはこいつらと、他で捕まえた連中で全部だな。国境の警備兵が全滅しているのを確認して、俺はマッドジャイロにぶら下がってここまで来たんだよ」
話しながら、スームはイーヴィルキャリアを基地の裏手へと向かわせて、そこで機体から降りた。
そこには、手足が無くなったノーティア機と、その機体から目を離さないようにと厳しい表情で立っているコリエスと騎士アルバート。そしてなぜか、コープスのドライバーであるラチェットがいた。
「なんでお前が」
「ああ、お疲れ様、スーム」
ヘラヘラと笑いながら、ラチェットは近づいてきたスームに向かって、手を広げて迎えた。
「今日はこの近くに住んでる子の所にいたんだけどさ、何だかきな臭い雰囲気じゃないか。念のため、仕事になるかと思って来てみたんだ。そうしたら、可愛い御嬢さんがいて、声をかけたら王族だって言うし、基地に入ったらテンプも怪我しているし、どうなってんの?」
説明してくれよ、と話すラチェットに、スームは丁度いい、と言って笑った。
「丁度いい?」
「今戦闘が終わった所だからな。敵機から生き残りを引きずり出すのを手伝え」
コリエスにもついてくるように言うと、スームはラチェットの襟首を掴んで引きずっていく。
「おいおい、服が伸びちまうよ」
ちゃんとやるから、と言って解放してもらったラチェットは、襟を正した。
「少し聞き込みをしてきたんだ。ノーティアから攻めてくるかもって話があったけど、ひょっとして……」
「ああ、こいつらだ」
建物の正面。十機の機体が倒れているのを指して、スームは言う。
「なんだ、今度はアナトニエに付いて仕事するのかい?」
「いや。違うな」
リューズやハニカムが機体から降りて近づいてくるのを見ながら、スームは首を振った。
「俺の……俺たちのトラブルに、アナトニエが巻き込まれた、が正しい」
☆★☆
「ああ、畜生。俺の運が悪いのか、こいつの運が悪いのか」
ランスを引き抜いた機体の一つから、ガーラントの死体を発見したスームは悪態を吐いた。目を見開いて凄まじい表情をしているが、その顔に見覚えがあった。
他の機体から、二人は生きているのを確認したが、後はコクピットごと潰れているか、衝撃で内臓に傷を受けたのか、血を吐いて死んでいた。
ひどく歪んだ機体から無理やり敵兵を引き摺り出し、生きている方は縛り上げ、死体は敷地に並べる。
ガーラントを発見したのは、そんな作業の終盤だった。
近くに来ていたコリエスを、機体の上から見下ろす。
「ガーラントは死んだ」
「……そうですか」
しばらく考え込んだコリエスは、スームを見上げた。
「その死体を回収していただけますか? わたくしは、アナトニエの王城へ説明に向かわねばなりません」
「はぁ……」
ため息をついて、機体の脇に座り込んだスームは、ガーラントの死体を一瞥した。
「コリエスが城に行くなら、俺も護衛としてついて行かないとな。……ラチェット! ボディバッグを持ってきてくれ!」
「私も行く!」
リューズが手を上げて同行を申し出た。
「行くって、お前ね……」
「私なら、何かあってもちゃんと護衛の役に立つから!」
渋るスームに、リューズは拳を握って鋭いワンツーを繰り出して見せた。豊かな胸が揺れる事につい視線が逸れるが、突きの速さは確かだ。
「はあ……わかったよ」
コリエスとアルバート、そしてリューズを乗せて、スームは人員輸送車を発進させた。他には、ガーラントの死体と生き残った四人のノーティア王国兵も乗せている。
「コリエス。こいつらを連れて城に行って、どうするつもりだ?」
「不正規に侵入した兵の確保が終了した事と、我が国がアナトニエへ侵攻するつもりが無い事を、まず証明せねばなりません」
すでにノーティアの兵による犠牲が出ている以上、謝罪だけで済まされる状態には無い。コリエスとしては、現状が戦闘状態では無い事をしっかりと説明したうえで、ノーティアからの担当者が到着するまでは、母国の代表兼人質として、アナトニエ王国との対話をする必要がある。
「スームさん……」
「なんだ?」
運転するスームの隣に座るコリエスが、走り始めた車の中で話しかけてきた。
「城に到着し次第、わたくしの身柄はアナトニエ王国の預かりとなるでしょう。その時点で、わたくしの護衛は終了といたします」
金銭なり技術供与なりで最終的には決着となるにしても、それまで自分は王城から出る事はできなくなるだろう、とコリエスは語る。
「そうか……雇い主が言う事だ。わかった。そうしよう」
「依頼料は、本国から送らせますから」
「ああ。団長には伝えておく」
それから、二人の間には会話は無かった。
三十分程車を走らせると、王城にかなり近づく。
郊外にある基地の周辺と違い、流石に城下ともなると店も増えて人も増えるのだが、今は多くの住民たちが家に閉じこもっているようで、商店は悉く戸締りをしている。状況を知らされないままで兵士たちは巡回し、どこか怯えたような顔で周囲を見回していた。
「うん? なんでマッドジャイロが城に来るんだ?」
「どこどこ?」
後ろから身を乗り出してきたリューズに、スームは前方を指差した。
「ほんとだ」
閉ざされた城門の向こう。城の前庭部分にゆっくりと降下してきたマッドジャイロから、先にボルトが飛び降りて、続いてセマ王女が梯子を使って恐る恐る降りてくるのが見えた。
「ボルト!」
車から降りたスームが大声で叫ぶと、ローターの音が響く中でも、何とか届いたらしく、ボルトの視線が動いた。
「スームか! どうしたんだ? ……ああ、うるさい! ナット、ローターを止めろ!」
手振りで弟へ指示を出したボルトがスームへと駆け寄る。
鉄格子状の城門を挟んで、スームが基地の状況を伝えていると。セマも歩いて来た。
「スームさん。ノーティア側国境の件はボルトさんから伺いました。それで、侵入者の方は……」
「全て俺たちで片付けた。責任者を含めて大概死んだが、何人かは残っている。責任者の死体と生き残りは連れてきた。コリエスもな」
スームに促されて、セマは停車している車の助手席に座るコリエスを見た。互いに視線を交わして、セマは頭を振る。
「本来ならば、我が国の軍が動かなければならない所です。申し訳ありません。そして、被害が広がる前に敵を打倒してくださった事、感謝いたします」
「まあ、こっちの都合もあったからな。経費だけでも払ってもらえたらいいさ」
それよりも、とスームは笑った。
「色々聞きたい事はあるが、まずは鉄格子を挟んで話すのを止めよう。見世物になった気分だ」
「へっ、見世物ならもっと気楽な時に見たいぜ」
「なんだ、ボルト。何かあったのか?」
スームが聞くと、ボルトは苦笑いで首を振り、代わりにセマが答えた。
「ケヴトロ帝国の軍が、我が国へ侵入いたしました」
鉄格子の隙間から、細い腕を突き出してスームの右手を握りしめ、セマは瑠璃色の瞳に焦りの色を揺らしながら言う。
「このままでは我が国は……どうか、スームさんの力を貸してください!」
意外と力強い圧力を受けながら、スームはボルトを見た。その視線を受けて、ボルトはニヤリと笑う。
「今頃トレーラーを運転してこっちへ向かっているはずの、クロックから伝言だ。“スーム、お前の好きなようにやれ”だとさ。さぁ、どうする?」
「やれやれ……ボルト、ナットと一緒に基地で補給してから、アールとギアを探して基地で待機してくれハニカムとラチェットはもう基地にいる」
「わかった。装備は市街地戦向けで良いのか?」
「馬鹿言え」
スームも、ボルトに向かって歯を剥いて笑った。
「野戦用重装備だ。たまには派手にやろうぜ」
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。