12.迎撃戦
12話目です。
よろしくお願いします。
夕暮れの王都ルフシ。
珍しく慌ただし様子を見せている王城周辺。そこには王都を守る守備隊の本拠地があり、アナトニエ王国が保有する軍事力の実に四分の一が集中している。
彼ら王都の軍に与えられた役割は、王都へ侵入してくる敵を迎撃する事だ。そのため、長距離を高速で移動する設備は保有しておらず、非常時には魔動機が走って展開する。
だが、今のアナトニエ王国軍の兵士達は、慌ただしい戦闘準備を終えてなお、幾人もの軍人が右往左往している。
“ノーティア王国側国境より魔動機侵入”の報は受けているものの、その規模や構成、目標については全くの不明であり、軍上層部も対応の方法を決めあぐねていた。「とりあえず王都の周辺に布陣を」と唱える者もいれば、「途上にある町や村へ増援を送るべきだ」と叫ぶ者もいる。
どのような指示になっても町の外に出ることになる。それに市街地で戦うわけにはいかない、という理由もあり、結局は中級の指揮官の判断でそれぞれの部隊ごとに王都市街地の周囲に待機する事になった。
「なんだか、騒がしいわね」
「何かやってるのかな?」
次々に魔動機が移動していく振動は、コープスの基地内にも響く。
テレビやラジオが無い世界では、周囲の様子で状況を判断する以外に無い。テンプの部屋で夕食の相談をしていたリューズとテンプの二人は、そっと木戸を開いて外の様子を窺う。
五機程の戦闘用魔動機が歩いていく様子を確認して、リューズは念のために基地の防御レベルを上げる事を提案し、テンプは同意した。
「スームを狙った連中かも知れないし、いよいよアナトニエも戦争に巻き込まれるのかも……傭兵団の私達が言うのもなんだけれど、どこに行っても戦いばっかりで、いい加減うんざりするわね」
「こっちから仕掛けてるわけじゃないから、防衛するしかないよね。それじゃ、事務所に行ってくるから」
「うん。よろしくね」
事務所にある基地のコントロールパネルを目指し、ててて、とリューズが廊下を駆けて行く。コントロールパネルと言っても、いくつかのボタンが並んでいるだけなのだが、逆にそのおかげでリューズやテンプでも分かりやすい。
その中の“防御”と書かれたボタンを押すだけで、建物全体の窓や出入り口にシャッターが下ろされ、中の誰かが再びパネルを操作するか、裏口にある寄木細工のような装置を正しく動かさないと、中に入れなくなる。
ふと、廊下の先にある出入り口から、一人の女性が入って来るのが見えた。
「あれ、ハニカム?」
「リューズもいたのね。スームは?」
ミニスカドレスで、これ見よがしに腰を振りながら歩いてくるハニカムの質問に、リューズは首を振った。
「ケヴトロの国境。仕事」
「休暇じゃなかったの?」
「アナトニエのお姫様からの依頼で、緊急だったからね。それより、ハニカムはどうしたの?」
並んで歩きながら、揃って事務所へと入る。
テンプが怪我をしたことや、ノーティアの王族と関わった事など、リューズの話を聞いたハニカムは、納得したような顔で頷く。
「外で動き回ってる魔動機は、敵が攻めてくるかも知れないからって展開してるみたい」
「何それ。それなら町の人を避難させる方が先じゃない」
「でしょう?」
ハニカムがケラケラと笑うと、首に提げた仮面が揺れる。その仮面は、彼女が魔動機に乗って戦闘する際に着けるもので、目の部分に笑ったように見える細い穴が開いているだけで、後は白くつるりとしている。
趣味が悪い、とリューズは思っているが、破片が万一にも顔に当たったら嫌だ、という理由も同じ女として分からなくは無いし、別に迷惑でも無いので放っていた。
「でも、どこに攻めてくるかもわからないから、どこに逃がしても良いかすら判断できないみたいね。ほんと、無様だこと」
ハニカムの言い分も尤もだが、飛行できるマッドジャイロや、悪路を無視して進める六脚足のホッパー&ビーなど、偵察に向いた機体を保有しているコープスと違い、アナトニエ国軍は精々馬を走らせるか、車を使うのが関の山だ。
国境を通った事は解っていても、その後の足取りを見失っている現状、うかつに人を出して入れ違いになっても困る、というのが軍上層部の判断らしい。
「というわけで、王都も危ないかも知れないわけだけど、ここに来ればまず安全だし、何かあってもあたしの“ハッピー&ビー”があれば、どうにでもなるわ」
それに、とハニカムは続ける。
「状況がわかれば、クロック達も戻って来るでしょ? 他の連中も、騒ぎを聞いたらここへ来るわよ」
「なるほどね。とりあえず基地を閉鎖しちゃうけど、みんなは裏から入るから大丈夫でしょ」
事務所に入った所で、リューズはさっさと防御のボタンを押す。
手ごたえなどは無いが、各所でゆっくりとシャッターが下りてくる音がする。
「これで一安心」
「ねえ、リューズ。何か食べる物なぁい? もう日も暮れるから、何か……」
事務所のソファに腰を落としたハニカムが空腹を訴えた瞬間、大きな振動が基地を襲った。
明らかに基地の建物を狙った何かがぶつかった、とリューズは判断し、すぐにガレージに向かって駆け出した。
「テンプさんをお願い! ドアが開いてる部屋だから!」
「ちょ、ちょっと!」
「あいつが戻ってくるまで、私が基地を守らなくちゃ!」
小柄な体を弾ませるように走っていくリューズを見送り、ハニカムはため息をついた。
「まったく、スームったらモテモテね。リューズにケヴトロ、それにノーティア、ね」
ニヤリと笑ったハニカムは、そっと立ち上がった。
☆★☆
ガレージへ続くドアを蹴破る勢いで通り抜け、膝をついた格好で佇むハードパンチャーの機体を駆けあがる。
起動キーを慣れた手つきでスロットへ差し込み、暗証番号を叩きこむ。
すぐに魔力が機体全体へと行きわたり、身じろぎするように立ち上がろうとする中で、もどかしい手つきでベルトを身体に巡らせてしっかりと固定する。
「さあ、行くよ!」
立ち上がった直後、ハッチを開いたまま一歩踏み出したハードパンチャーは、両手を突き出した。金属が擦れる音が響き、前腕の一部が拳を覆うようにスライドする。
がっちりと拳の周りに展開されたナックルガードを、大きな音を立ててぶつけると、ハードパンチャーの白い機体が歩き出す。
丁度、降りていく途中のシャッターから覗き込むように顔を出した機体がある。リューズは直感的に敵だと判断した。実際にそれは王都へ侵入を果たし、事前の下調べ通りにコープスの拠点へとやってきたノーティア機の一体だった。
だが、リューズの判断としては「不法侵入だから」というだけだ。
それだけで、リューズはハードパンチャーの拳を叩きこんだ。
右足の後部からアウトリガーを出して身体を支え、腰を回して打ち込んだ右ストレートは、敵機のコクピット部分を完全に叩き潰した。
ここで初めてハッチを閉じ、停止した機体が支えになって停止したシャッターを潜ってから、敵機を蹴り飛ばしてシャッターが完全に閉まるようにする。
「さて、敵はどれくらいかな?」
ハードパンチャーは、コープスの機体の中で最も人体に近いシルエットをしている。頭部があるのも特徴の一つで、スームが乗るイーヴィルキャリアなどは、バックパックを前方へスライドさせるために邪魔になるという事で、頭部が無い。
完全オーダーメイドの機体であるハードパンチャーは、リューズが自分の身体を動かしているような感覚で使えるように、と視界を頭部に付けたミラーから確保する構造になっている。電子部品など無いので、鏡を使った単純な機構なうえ、頭部を破壊されると使い物にならなくなるのだが、リューズはこれが気に入っていた。
上部から伸びるパーツを引き下げ、そこに映る光景を確認する。それはハードパンチャーの頭部から見える光景だ。まるで自分が巨大な人間になったかのような視界は、他の機体よりも高く、アームに視界を邪魔されることも無い。
「ふふん、しっかり整備してるじゃない。良く見える!」
視界が高く、広いというのは格闘戦において大きなアドバンテージを発揮する。
「あと九体ね! やってやろうじゃない!」
九体すべてが肩の砲塔を自分へ向けてくるのを、リューズは舌なめずりしながらみていた。
「町の中でも遠慮する気はゼロってわけね。それにしても、アナトニエの兵隊は何やってるのよ」
ぼやきながらも、足元はしっかりと前進のペダルを踏みつける。
迷うことなく敵機の一体へと接近し、抉る様な左フックがコクピットを狙う。
「ちぇっ! この!」
腕を降ろしてコクピットへの直撃を防いだ敵機は、砲撃を諦めて腰の剣へと手を伸ばした。だが、それを許すリューズでは無い。
右腕で敵の膝関節を破壊し、前のめりに倒れかける機体の腹部へ激しい二連撃を叩きこむ。
「おっと」
コクピットを完全に潰されたノーティア機を掴み、素早くその後ろに回り込む。
直後に二発の衝突音が聞こえる。他のノーティア機からの砲撃だ。盾にしたノーティア機に二発が直撃。残り数発が市街地へと飛んで行った。
僚機を盾にされて怯むかと思ったリューズだったが、さらに次の砲撃を準備しているのがわかり、薄情ね、と呟いた。
ハードパンチャーにも、ハンドガンという遠距離攻撃武装が一応ある。だが、リューズは街に近い場所で使うつもりは無かった。射撃下手なリューズが撃っても、どうせ外れるからだ。
二機の敵機が、機体を丸ごと真っ二つにするかのような、巨大で四角い剣を振り上げて迫ってくる。
「剣はちょっと、困るなぁ」
片方の敵には盾にしている機体を投げつけ、もう一方の剣をかろうじて躱す。
いくら防御力の高い追加装甲をしていると言っても、重量のある剣が関節部に当たれば、破損の可能性は高い。万一、コクピット部に当たれば、死にはしなくとも衝撃で気絶する可能性もある。
「だから、使えなくしておくよ!」
一般的な人型魔動機の中で最も脆いのがマニピュレータ、手の部分だ。細かい動きをするためにパーツが小さく複雑で、衝撃に弱い。
ハードパンチャーを長く乗りこなし、幾度となくナックルガードを展開し忘れてマニピュレータを壊した経験のあるリューズは、それを良く知っている。
「それっ!」
掛け声と共に、打ち下ろすように放たれたパンチが、剣を持つ敵機のマニピュレータを叩き潰した。
轟音を響かせて落ちた剣を無視してリューズは両足のアウトリガーを展開すると、下半身をがっちりと固定した強力なストレートで敵機を吹き飛ばした。
僚機の下敷きになった方は、他の僚機に手助けされているものの、まだ起き上がれていない。
「うーん……」
それを見ながら、リューズは唸る。
敵は残り七機だが、立ち回りを考えなければいけない。
「やっぱ、牽制射撃でも無いと大変だなぁ」
負けるとは思わないが、一体ずつしか攻撃できないハードパンチャー一機では時間もかかりそうだ。戦闘が長引けば、アナトニエの兵も来るだろうが、どれほど役に立つだろうか。単に町へ侵入されているあたり、とてもじゃないが当てにはできない。
『お困りかしらぁ?』
通信機から、ハニカムの声が聞こえた。
同時に、ガレージのシャッターが開いていく。
『リューズの戦い方はうるさくて仕方ないのよ。ガッチャンガッチャンと、振動も酷し。テンプだってゆっくり療養できないわよ』
「むぅ……」
三分の二程開いたシャッターから、昆虫が歩くように六脚の足がウネウネと流れるような動きで進み出た。
全体にグリーンを基調としたカラーリングを施し、昆虫の上に人の細身の上半身が乗った独特のシルエットを持ち、両肩から伸びる細いアームには、馬上槍が握られている。
さらに、背中には同形の槍が放射状に八本伸び、まるでクジャクが羽を広げているように見える。
『あたしの“ホッパー&ビー”にも出番を頂戴』
「はいはい、よろしくね」
『良いお返事ね』
ハニカムの機体は、通信が切れたと同時に跳躍した。
細く軽い機体は、金属の塊とは思えない程に軽やかに飛び跳ね、ガレージ前から事務所がある建物の前へと移動する。
すかさず、そこへ砲撃が集中したが、すでにホッパー&ビーは二度目の跳躍を行い、そこにはいない。
どかどかと壁にぶち当たる砲弾は、壁を貫通する事能わず、激しい振動は与えつつも、金属板を張られた外壁はわずかに凹んだ程度だ。
山なりの軌道で敵の頭上から襲いかかったホッパー&ビーは、勢いそのままにランスを突き刺した。
腹部を貫かれた機体は、ランスを生やしたまま仰向けに倒れた。
「ちょっとハニカム! 基地に攻撃が当たってる!」
『大丈夫よ。壊れてないから』
「すっごい揺れるんだから、気を付けて!」
『はいはい』
軽く返事をしながら、ハニカムは機体を基地の屋上へと移動させた。
『それより、射撃するから気を付けてね』
「ちょっと……」
背中から予備のランスを取り出し、脇に抱えるように構える。
その姿は細い曲線的なフォルムも合わせて、女性騎士が馬上でランスを構えているようにも見える。下半身は昆虫のそれだが。
ハードパンチャーは敵の混乱に紛れて一機を殴り倒し、ガレージの陰に隠れるように離れた。
敵機は今、再び突撃してくるであろうホッパー&ビーを見上げて、砲を格納して剣を掴んだ。
『あら、撃った方が良かったのに』
ハニカムの声が聞こえてから、ランスの先端が勢いよく射出された。ガチン、と金属音を残して一直線に飛んだランスは、一機のノーティス機を貫通した。
想定外の攻撃を受け、慌てて剣を納めて砲撃に再度切り替えようとしているノーティス軍に、ハードパンチャーが猛烈な勢いで近づき、そのまま殴り倒し、再び大きく基地の裏へ向かって走った。
それを追おうとした機体に、またランスが突き刺さった。
残り四機。半数以下に減らされたノーティア軍は、算を乱して撤退を始めた。
だが、その判断は少し遅かった。
リューズ達に背を向けて、敷地の前に待機させておいたボードへと向かうノーティア軍の前に、上空から飛来してきた魔動機がある。
薄いブルーに塗られた、頭部の無い人型機体。大きなバックパックとカイトシールドを装備した、イーヴィルキャリアだ。
「遅い!」
『悪かったな。こっちにも事情があるんだ……それより、半分以上減らしたのか』
見た目で区別がつかないので、ガーラント機が残っている中にあるかどうかはわからない。
『まあいい。悪いが確保したい奴が残っているかも知れん。コクピットは潰さないでくれ。それ以外なら、好きにしていい』
スームの言葉と同時に、イーヴィルキャリアとハードパンチャーは挟み撃ちにするようにノーティア軍の前後から走り出し、ホッパー&ビーは次のランスを掴み、再び槍を撃ちこんだ。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。