11.敵の名は
11話目です。
よろしくお願いします。
マッドジャイロが砂埃を上げながらイーヴィルキャリアの近くに着陸すると、ローターは回したまま、ボルトとアルバートが降りてきた。
「おう、これからどうする……って、何やってんだ?」
「……掃除」
シート下に格納していた、飲用や消火に使うためのタンクを逆さまにして、スームはコクピット内を水洗いしていた。電装品が存在しないのでできる事だ。
「敵は?」
「悪いけど適当に回収してくれ。イーヴィルキャリアが汚れた状態で放っておくのは我慢できない」
不機嫌を露わにしながら、バシャバシャと水を撒いているスームに、ボルトは触れない方が良さそうだ、と判断した。
そして、近くに立っていたコリエスへと目を向けると、金属製のカップを抱えて、水を吐き出す姿が見えた。アルバートは慌ててコリエスへと駆け寄って行く。
「見た目はいいんだけどなぁ……」
イーヴィルキャリアの方からまだ漂ってくる臭いで状況を察知したボルトは、頭を掻きながらシールドで串刺しにされた機体を確認する事にした。
「相変わらず、すごい腕だな……」
小柄な機体を地面に縫い付けたカイトシールドは、うまくコクピットを避けて、ハッチを変形させることなく、パーツを断つように突き立てられている。
これが偶然では無く、狙ってそうしたのだ、とボルトは確信していた。
腰のホルスターから拳銃を引き抜いて、安全装置を外す。これもスームの手製で、他の拳銃よりもはるかに小さく、扱いやすい。
「気絶でもしてくれてたら、楽なんだけどよ」
右手で銃をハッチの方へ向けながら、左手でそっと開閉レバーを回す。そのままレバーを引いてハッチを開きながら、開いた隙間の前に立たないように移動する。
ハッチの隙間が二十センチ程になった瞬間、中からナイフが突き出された。手ごたえがない事がすぐに分かったらしく、舌打ちが聞こえる。
「遅ぇ!」
ハッチを踏みつけて、飛び出した腕を挟む。そして、すかさず手の甲を撃ち抜いた。
「ぐあっ!」
男の悲鳴と共に、ボルトは勢いよくハッチを跳ね上げ、中を覗き込むと同時にパイロットの左肩を撃った。
ベルトが外れている事を確認し、襟首を掴んで引きずり出す。
両手をだらりと垂らし、痛みに顔を歪ませながらされるがままになっているノーティア王国兵を、ボルトは機体から降ろし、スームの前へと引き摺って行く。都合よく、ノーティア兵は紐で縛るタイプのブーツを履いていたので、その紐を使って逃げられないように手足を縛る。
さらに、マッドジャイロで引き摺り回した二機の元へと向かい、先ほどと同様にパイロットを回収する。一人は気を失っていたので楽に回収できたが、もう一人は、どうやら何かのタイミングでシートベルトが壊れたらしく、壊れた操り人形のような恰好で、血に塗れてコクピット内で事切れていた。
今さら、自分が敵を殺した事でショックを受けるようなボルトではないが、つくづく自分たちが装備的に恵まれている、と改めて思う。
「さて、そろそろスームの掃除も終わっただろ……クソ、重てぇな」
気を失った一人の兵士を抱え上げ、ボルトはスームの元へと向かった。
「申し訳ありませんでした……」
「俺も不用意な事を口にしたから、今回はもういい。それよりも、こいつらから話を聞き出せ。内容次第で次の行動を決める」
すっかり気落ちしているコリエスは、スームの言葉に頷き、座らされている二人のノーティア王国兵の前に立った。
気絶していた方も、縛り上げて両頬を叩いて起こしている。武器は全て取り上げられ、膝を着いた状態でスームやボルトを睨みつけていた。
「わたくしの顔をご存知ですか?」
コリエスの問いに、二人の兵士は答えない。彼女の顔を睨むように見ているあたり、誰かはわかっていないようだ。
「わたくしはノーティア王国国王の従姪であるコリエス・ノーティアです」
名乗りに対して、懐疑的な顔を見せた兵士に向かって、コリエスは右手の中指に付けたリングの宝石部分を摘み上げた。蒼く光る宝石の裏側、台座の部分に刻まれた紋章を、兵士達に見えるように目の前へ差し出すと、二人の顔が驚きの表情へと変わる。
「この作戦の内容と、命じた者の名を言いなさい」
互いの顔を見合わせた兵士達のうち、スームが倒した隊長と思しき男が口を開いた。
「こ、今回の作戦は、ガーラント・ノーティア閣下の指示によるものです……」
「ノーティア? って事ぁ」
「王族、か」
コリエスは、拳を握りしめて震えている。
「あの男……。それで、何を目的としてアナトニエ王国の国土を侵犯したのですか」
「……ターゲットは、コープスという傭兵団です。強襲してそのメンバーを確保する事が作戦内容です」
「どういう事ですか! コープスへの接触は、わたくしの任務です!」
コリエスが激高するが、一兵士に理由など知らされていないのだろう。ノーティア兵は黙り込んでしまった。
「少し、気になる事がある。質問させてくれ」
ボルトが進み出て、不良のような座り方でノーティア兵と視線を合わせた。
「入ってきたのは、お前たち三機だけか? 大方大山地の樹海を抜けて来たんだろうが、いくらなんでも傭兵団と事を構えるには少なすぎる、と俺は思うんだけどよ」
スームも、ボルトと同様の疑問があった。
もし、樹海の中で魔物に襲われてそこまで数が減ったという事であれば、作戦中止を検討するだろう。しかし、ノーティアの兵たちはたった三機で王都へ向かっていた。
「……もう、遅い」
隊長が呟いた言葉に、ボルトは素早く銃を抜いた。額に銃口を突き付けると、男は少しだけ震えている。すでに二度撃たれて、その威力を良くわかっているからだ。
それをコリエスは止めようとしなかった。怒りの表情で自国の兵士を睨みつける。
「彼の質問に答えなさい」
「……我々は、首都への連絡と背後から攻撃される可能性を無くすため、本隊と別れて国境にいたアナトニエの守備隊を殲滅しておりました。我々は、本隊が戻ってきた所で合流し、本隊が牽いて行った魔力タンクで補給をする予定です」
スームは鼻から大きく息を吐いた。
彼ら三機は、始めから王都まで到達する事を考えていなかった。だから予備の魔力タンクも持っていないのだ。
魔力タンクを乗せたキャリアを取りつけた機体が本隊に同行しているのだろう。そして、王都でコープスの本拠地を襲撃する予定だったのだ。どうやら、襲撃からもう一日近く経っているらしい。鳥の通信も王都を経由して来た分、タイムラグがあるらしい。
何とか王都へ連絡を取ろうとして、魔動機を使わずに生身で散り散りに動いて抵抗するアナトニエの兵を殲滅する事に手古摺り、壊滅後に一時休息を取っていたらしい。
予定では、もう数時間で王都へ到着するという。
「そのような真似をして、アナトニエと戦争をするつもりだったのですか!」
「私に聞かれても、そういう命令を受けた、としかお答えできません。それよりも、殿下はノーティア王国の王族という事であれば、私達を助けてしかるべきではありませんか? アナトニエの田舎町で何をなさっておいでかは存じませんが、この者たちに同国人が殺されて、傷つけられているという状態なのですよ?」
「貴方は……貴方は、何を勘違いしているのです」
「何ですと?」
大きなため息と共に、コリエスは兵士の頬を張り倒した。
「な、何をするのです!」
「友好国に侵攻し尚且つコープスを襲うという無謀かつ愚かな作戦を行う大ばか者を止めなければならない、というのがわたくしの立場なのです。貴方を叱責なり処分をする事はっても、協力などする訳がないでしょう」
確認するようにコリエスがアルバートを見ると、彼は神妙に頷いた。
「間違い無く、ガーラント様の暴走でしょう。王族がいる国に入り込むというのに、コリエス様へ連絡が無いとは考えられません」
つまり、ノーティア王国としては“軍部の暴走”扱いだ。アナトニエ国内に入った兵士は、何かあっても正規の軍人とは扱われない。帰国したとしても、処罰される可能性も高い。
国家から見放されたに等しい発言に、二人の兵士は青ざめた。
「わ、我々は命令を受けて動いただけで……!」
「決して、国に逆らうつもりはありません! 本当です!」
先ほどまでの反抗的な顔はどこへやら、二人とも今にも泣き出しそうな顔をして、コリエスに頭を垂れている。
眉間を押えて首を振るコリエスの後ろで、スームとボルトはすました顔で会話している。
「さて、どうすっかね」
「どうって……マッドジャイロで王都に行くしかないだろ? クロック達が戻るにはまだ時間がかかるだろうし、王都の守備隊がどの程度役に立つかわからん。それに、テンプさんも心配だ」
「基地に閉じこもっているだけでも、充分耐えられるんじゃねぇか?」
ボルトが首をかしげると、スームは頭を振って否定した。
「良く考えろ。留守番はリューズだぞ? あいつが攻撃されて黙って籠城なんて選ぶとおもうか?」
「だっはっは! 確かに!」
手を叩いて笑っているボルトを、コリエスもアルバートも、兵士たちも唖然として見ている。
「リューズさん達の危機ではありませんか。ずいぶん落ち着いていらっしゃるのですね」
薄情な、とでも言いたげなコリエスの表情に、スームはニヤリと笑った。
「市街戦なら、リューズの機体が……いや、リューズが俺たちの中で一番強い」
万一遅れたとしても、数時間なら楽に持ちこたえるだろう、と軽く請け負ったスームに、ボルトも自信ありげに頷いた。
☆★☆
スーム達が捕まえた兵士から聞き出した、王都急襲部隊は十機。完全にアナトニエの反撃を軽視した数だ。
武装は、スーム達が倒した機体と変わらないが、高速移動のための補助装備を使用している。
ボードと呼ばれる、他国より小柄で軽量な機体を使うノーティアのみが利用する装備で、二つ折りにして収納するタイプの台車そっくりなフォルムをしている。それに乗り、取っ手に捕まった格好のノーティア機は、街道沿いに疾走を続ける。
十機のうち三機が、台車の後ろに荷車を曳き、予備の魔力タンクと食料を積んでいる。移動にのみ特化したボードは速度が速く、重量物を積んでいると言うのにかなりの勢いで王都へと近付いていた。
だが、そんな速度をいつまでも維持できるものでは無い。高い出力を誇る分、魔力の消費も激しい。製造コストもランニングコストも高いため、ノーティアでも大量には生産されていない程だ。
そして、驚く事に件の王族ガーラントもこの隊の中にいた。
「ちっ! また補給か!」
先頭を走る機体が大きく右手を振る。全体に停止を促す合図だ。
すぐに部隊は停止し、兵士達の機体はボードから降りて、魔力タンクを交換していく。
動き回る魔動機を見ながら、いらだつガーラントはハッチを開き、近くの魔動機を手招きした。
「まだ到着せんのか!」
赤黒い髪をオールバックに撫でつけた強面のガーラントは、額に血管を浮かべて怒鳴りつけた。
近くに来てハッチを開いた兵士が、敬礼をして答える。
「今のペースで行けば、後三十分ほどで到着します!」
休憩を一切取らない強行軍だが、ガーラントは疲れよりも苛立ちを感じていた。
「タンクの交換を終了しました!」
「では、すぐに出発する!」
再び進み始めた機体の中で、ガーラントは二年ほど前の事を思い出していた。
その頃、ガーラントは今の任地とは真逆の、ケヴトロ帝国との戦線にて二百機の魔動機を有する大隊の長だった。戦場の花形である魔動機乗りを率いていた彼は、ある時ケヴトロ帝国を相手に作戦遂行に失敗し、傭兵たちが詰めている国境の基地に逃げ込んだ。
そこで彼を助けたの傭兵達の中にコープスがいた。
彼らは他の傭兵団への指示を出し、無事に彼を含めたノーティア王国の兵士の多くをケヴトロ帝国の追撃から守り切った。
だが、スームやクロックの機体から発射されたミサイルが近くに着弾した事を、ガーラントは無事に基地へと逃げ込んでから、酷くクレームを付けた。
王族である自分を狙ったのではないか、下手くそな無礼者め、と。
怒鳴りつけられたクロックとスームは肩を竦め、ガーラントを鼻で笑った。そして、スームはガーラントの頬を一発殴り、悲鳴を上げて尻餅をついたガーラントを見下ろして言ったのだ。
「逃げるのに必死で、後ろから何が飛んで来たか見て無かったのか。血筋だけで戦場に来る奴はこれだから……こんなのについて行く兵士が可哀そうだな」
スーム達はそのまま踵を返して出て行き、コープスはノーティア王国との契約を解除した。
その後、作戦失敗と強力な傭兵団との諍いに対する責任を取る形で、戦闘など起きようが無いアナトニエ側の国境警備責任者へと異動させられた。最早出世も活躍も見込めない。
「待っておれよ、下郎め……」
この二年間、不満を溜めこみ続けたガーラントは、本来の性質もあって怒鳴り散らす日々を過ごし、彼を慕ってついて来ていた部下たちも、いつしか異動して離れて行った。
そこに、首都にいる元部下からの手紙が届いた。
同じ王族のコリエスが、コープスとの接触に成功し、友好的に条件を詰めている、という内容だった。
「ふざけるな! 俺をこんな所へ飛ばした奴らに対して、友好だと?」
執務室の上にある物を手当たり次第に投げ、手紙を握りつぶして怒り狂ったガーラントは、同じ王族が自分よりも重用されていると感じ、さらには憎むべき相手との繋がりで成果を上げようとしている事に対して、必死で思考を巡らせた。
机を殴りつけて立ち上がったガーラントは、声を張り上げた。
「傭兵ごときを、笑顔で出迎えるなど王族の恥だ! あの程度の下郎など、殴りつけて連れてくれば、大人しく言う事を聞くものだ!」
コリエスが迂遠なやり方を選んだというのなら、自分はもっと直接的で素早いやり方で、先に成果を上げてやろう。そうすれば、王も自分を見直すだろう。自分の能力を認めるだろう、とガーラントは結論付けた。
多くの反論を押しのけ、「これは秘密作戦である」として兵士たちを黙らせ、この作戦を強行した。
「ふん……待っておれよ。コープスの平民どもめ。怯えながら連行される貴様の顔を、思い切り殴ってやるわ!」
☆★☆
『ガーラント? ガーラント・ノーティアですか?』
再びマッドジャイロに吊るされたイーヴィルキャリアの中で、王都に向かう間にナットはボルトやスームから状況の説明を受けていた。
二人のノーティア兵は、手足と頭部を外された一機のノーティア機に詰め込まれ、イーヴィルキャリアの後ろに吊るされている。今頃は初めての空中散歩に悲鳴を上げている頃だろうが、通信機は無いのでまるで聞こえない。
「知ってるのか?」
『どうしてスームさんが憶えてないんですか……二年くらい前、撤退してきたガーラント隊を守る戦闘の後、文句を言ってきたガーラントを殴り飛ばしたのは、スームさんですよ』
「ああ、あいつか」
スームとしては、物のわからない奴が自分を棚に上げて文句を言って来たから殴っただけで、相手が誰か、までは気にしていなかった。なんとなく、偉い奴くらいの認識でしかない。
ナットが当時の話をすると、スームの後ろから首を伸ばして顔を寄せてきたコリエスが「その件は知っています」と言った。
「彼は王族と言う出自もあって、対ケヴトロの攻撃部隊を指揮していましたが、その時の失敗もあって、アナトニエ側の守備隊責任者へと異動させられたそうです」
ガーラントは今年で四十歳。長い軍隊生活の中で一平卒を経験した事が無いのもあり、部下に対して非常に横柄な態度を取る事で有名らしい。
「わたくしも嫌いな人物ですわ」
一年半ほど前から軍務に携わるようになったコリエスも、王城で顔を合わせた経験があるらしい。印象は非常に悪かったようだ。
「なるほどなぁ」
『そいつぁ、可哀想にな』
通信機から入ってきたボルトの声に、コリエスは首をかしげた。
「どういう事ですの?」
「他人に対して怒鳴ったり見下すような奴、リューズが一番嫌いなタイプなんだよ」
徹底的に叩きのめされるんじゃないか、生きていればいいけどな、とスームとボルトが二人で手を叩いて笑うと、ナットのため息が通信機から聞こえてきた。
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