10.国境からの侵入者
10話目です。
よろしくお願いします。
『と、飛んでる! 飛んでますよ!?』
『当たり前だ! そういう機体なんだよ!』
イーヴィルキャリアの通信機から、アルバートとボルトの声が聞こえてくる。
それを聞いて、スームが座るシートに後ろからしがみついているコリエスが目を丸くしていた。
「これは……どうしてアルバートの声が聞こえてくるのですか?」
「通信機だ。同じタイプの通信機を積んでいれば……そうだな。300メートルくらいの範囲なら問題無く会話ができる」
「そんなものがあるのですね!」
素晴らしいですわ、とコリエスは目をキラキラさせて通信機を見ていた。手は出さないようにスームに厳命されているのと、マッドキャリアに吊るされて飛行している不安定な状態で、小さな予備シートにお尻を乗せているだけなので、両手をスームの座るシートの背もたれにあるバーから離せないのだ。
『コリエス様の声が!』
『いいから黙ってろ! スーム、魔力が無駄になるから切るぞ!』
「了解」
スームの短い返答と共に、通信は切れた。
コリエスもアルバートもひどく驚いていたが、スームとしてはこの通信機の出来には満足していない。何しろ、電子機器と言うものが存在せず、魔動機関を駆使してどうにか電波を発生させる事はできたが、安物のトランシーバー以上の物は作れなかった。
いずれ新しい方式を思いついたら、遠距離でも通じる通信機を開発しようと狙っている。
「こういうものがあると、とても便利ですわね」
「少し離れると使えなくなる。それより、もうすぐ現地に着くぞ」
「もうですの? まだ三時間ほどですわ!」
「道なりに走るのと、空を飛んで山沿いに走るのとでは、違って当たり前だ」
滑るように空を滑空するマッドジャイロの下で、三本のワイヤーだけを頼りにぶら下がった状態で空を飛んでいるのだが、コリエスは少しも臆していない。騎士であるアルバートは、もっと安定したマッドジャイロの前方シート、ボルトの後ろに座っているのだが、先ほどの通信を聞いた限りでは軽くパニックになっているらしいのだが。
どちらかと言うと、コリエスはこの世界では珍しい完全オリジナルの魔動機に乗れた事による興奮の方が勝っているようだ。
「あの空飛ぶ機体も、スームさんが作られたのですか? 一体どうしてあのようなくるくる回る棒で飛べると気付いたのでしょう?」
スリットから入り込む風で髪が乱れないように、紐で括ってはいるものの、コリエスの前髪は乱暴に踊っている。それも全く気にならない様子で、コリエスは真上を指差した。
「企業秘密だ」
「そうですか」
スームがぶっきらぼうに答えても、コリエスはニコニコとした笑顔を崩さなかった。
「もっと高く飛びませんの?」
「これが限界だ。性能じゃなくて、俺たちのな」
マッドジャイロは、メインローターの出力だけ言えば、高度三千メートル位までは上がれる、とスームは試算していた。元の世界にあるヘリよりも随分低いが、手足など余計な荷物があるのと、魔動機関で作れる出力や材料強度の限界もある。
だが、今は五百メートルほどの高さを飛行している。
甲虫型魔獣から取った被膜で作成した風防によりコクピットをカバーしているマッドジャイロですら、最高高度の半分が乗組員の限界だ。試に最高度テストを行ったが、二千メートルを超えたあたりでボルトが寒さで気を失った。操縦担当のナットが頑丈だった為に、大きな事故にはならなかったのが幸いだった。
今回はスリットという穴あきコクピットタイプのイーヴィルキャリアをぶら下げている以上、重さもあるので余計に高さが取れない。
それでも、大山地の麓をなぞる様にして飛ぶには充分な高さであり、数日かかる距離を数時間で駆け抜ける速度は、この世界では異常とも言える。
『あと三十分程でノーティア側国境へ到着します』
「わかった。敵影が確認できたら教えてくれ。大山地の飛行型魔獣の縄張りに入らないように気を付けろよ」
『了解です』
通信を切り、スームは指を絡めてほぐす。戦闘前に指が滑らかに動くように、だ。特に寒い上空を通り過ぎているのだから、ある程度温めておくに越したことは無い。
「コリエス、寒くは無いか?」
「大丈夫ですわ! むしろ何だか暖かくなってきたくらいです!」
「そうか……」
それにしても、とスームは考え込んだ。
アナトニエ王国とノーティア王国は、大山地の南側にある“狂い谷”という幅百メートルを超える深々とした谷で分けられている。そこにある橋も、魔動機の重量に耐えられるようなものでは無い。
飛行タイプの魔動機でも開発できたというのなら別だが、技術レベルとしてはまだ難しいだろう、とスームは睨んでいる。コリエスがこれほど驚いているのものその証拠だ。
だが、ルートが無いわけでも無い。
「大山地へ入って、狂い谷を迂回する方法なら、可能だな」
スームは右手のスリットから、深い森に囲まれ、鋭くとがった山頂をいくつも突き出した山々を見た。目算で六千から八千メートル級の山が並び、晴れた空に雪を被った山頂はキラキラと輝いて見える。
森から山にかけて、多くの魔物たちが住み、それぞれの縄張りを守って互いを餌にしようと争っている。動物のようなものから昆虫型、鳥形など種類は様々だが、一般的に力が強く、牙や爪などの強力な武器を持っていたり、強い毒を持っていたりする。
時折の例外を除いて、大山地のエリアから出てくる事は無いが、逆にそのエリアに立ち入れば、たちまち魔物が集まってくる。深い森も高い山も合わせて、人が立ち入る事が難しい場所なのだ。
「だが、最小限の侵入で狂い谷を回避するだけですぐに樹海を抜ければ何とかなる……かも知れない」
谷は大山地の麓へ向かって続いている。何度かアタックをして、谷の幅が狭い場所でも見つかれば、そこに鉄板を渡して通る事は出来るかも知れない。浅い場所であれば、それほど強力な魔物とも遭遇しないだろう。
「そのような事が可能なのですか?」
「ある程度の犠牲が出るかも知れないが、不可能じゃあ無い」
ギリギリまでトレーラーで運び、魔動機で速度優先の移動を行えば何とかなるだろう。
「だが、やったとして大量の人員が移動できるわけでも無い。一戦やって撤退するのが関の山だろうな……まともに防衛ができれば」
ふと気になったスームは、マッドジャイロとの通信を再び開いた。
「ボルト、ナット。ちょっといいか?」
『はい。大丈夫です』
『どうした?』
「アナトニエ側の国境防衛は、どの程度の戦力でやっているか知ってるか?」
『さあ、知らね』
あっさりとギブアップしたボルトに、ため息が通信から聞こえた。
『僕が知る限りでは、ケヴトロ側国境と大差は無いはずです。ただ、あちらと違って大型の馬車や自動車も通りませんから、士気と言うかやる気と言うか……』
『ようするに、気が抜けた連中が多いってか』
火器担当のボルトは、単なる移動の間は暇なのだろう。笑い声交じりで会話に割り込んでくる。
『何にせよ。もうすぐ確認できるだろ? ほら見えて来たぜ』
「これは……」
漏らすようにうめいたのは、コリエスだ。
スームもスリットから前方に見える光景を見て歯噛みした。
「遅かったか」
おそらくは詰所だったらしい木造の建物は無惨に破壊され、ケヴトロ側でも見たタイプの機体が周辺にいくつも転がっている。
起動前に壊されたのも多いのだろう。半数は建物跡の横で同じような格好で擱座していた。
さらに近づくにつれて、それら残骸の周辺に小さな人影がいくつも倒れているのも確認できた。
ちらり、とスームはコリエスを一瞥したが、すっかり黙ってしまっている彼女は、目の前の光景から目が離せないらしい。
「よく見ておけ。これが戦争の結果だ。終わってしまっているようだが、始まりに過ぎん」
『スームさん。敵影は見えませんが、足跡は見つけました』
「良い目をしているな、ナット。それを追ってくれ。すぐに追いつけるはずだ。どちらの方へ向かっている?」
『南西……王都ルフシ方面ですね』
ノーティア機を発見するまで、三十分とかからなかった。
重い機体が残していく痕跡のせいもあるが、速度の違いが大きい。
「コリエス。このまま戦闘になる」
「お待ちください! 一度わたくしに呼びかけの機会をください!」
「聞こえたか? ボルト、ナット」
『雇い主のお願いだ、しょうがねぇよ。まあ、威嚇射撃くらいはやらせてもらうけどな』
『では、高度を落として並走します』
打てば響くといった即答ぶりに、スームは満足してOKを出した。
マッドジャイロはゆらりと機体を傾け、イーヴィルキャリアを揺らしながら飛行コースを調整し、高度と速度を下げていく。
三機、並んで走る敵機は、マッドジャイロからすればかなり遅い。
突然、操り人形のように吊るされたイーヴィルキャリアが現れたことに敵機はお互いに密集するように動き、背に担いでいたキャノンを肩へ背負い始めた。
どうやら、相手の正体を確認する気も無く、戦闘を始めるつもりのようだ。
それに対し、ナットはマッドジャイロを横滑りさせるような姿勢で固定したまま、敵機との速度を合わせて並走を続ける。スームにも、これほどうまくマッドジャイロを扱う自信は無い。ナットは図体が大きい割に、細やかな操作が上手い。
敵機に向けて真正面を向く形になったスームは、横風を受けながらハッチを開くと、足場のようになったハッチに踏み出す。
「来い! 顔を見せないと意味が無いだろう! 声が聞こえると思うな。手ぶりで止めさせろ!」
「わかりましたわ!」
スームに抱えられる形で、コリエスが顔を見せると、一機のみがキャノンの砲口を下げた。だが、残った二機はしっかりとこちらへキャノンを向けている。
「止まりなさい!」
細い指を目いっぱい開いた手を、懸命に降るコリエス。
それを観察しているのかどうか、ノーティア機は射撃を取りやめている。通信はできないので、互いにマニピュレータを動かすか、肩で出し入れする旗を使って意思の疎通を図るのが通常のやり方なのだが、そう言った動きも見えない。
「動きの順番からして、隊長機の動きを待っている、と言ったところか」
おそらく中央を走っているのが隊長機だと思われるが、外見的な区別はつかない。機体は全てノーティア王国が一般的に運用する機体で、ケヴトロ帝国の機体よりも一回り小さい。
その代わり機動性は高く、魔力効率も良いので、稼働時間はやや長いのが特徴だ。今までにスームが見てきた機体と同様、背中に背負っている魔力キャノンによる実弾砲撃と、腰の後ろに備えた分厚い中華包丁のような形の剣が、装備の全てらしい。
「言う事を聞きなさい! わたくしが誰かわからないのですか!」
「おっと、時間切れだ」
「きゃっ?」
コリエスの腰を抱えて、飛び退くようにコクピットの中へと引きもどした瞬間、隊長機と思しき機体が持つキャノンが火を噴いた。
五十ミリの直径を持つ弾丸は、コクピットからは外れてイーヴィルキャリアの腰あたりの装甲に弾かれた。
激しい金属音が響く中、攻撃に気付いたらしいナットが、一旦速度と高度を上げて距離を取る。
その間に、スームは手早くハッチを閉めた。
「攻撃されたな。お前の顔を知らなかったのか、見えなかったのかはわからんが、とりあえず、試すのはここまでだ。今から交戦状態に入る……が、お前が希望するなら、どこか離れた場所で待っていても良い。一度離脱して、また追いつくくらいは簡単だからな」
「あ……」
これもスームの気遣いだ、とコリエスはわかっていた。問答無用で攻撃された事にショックを受けたが、それ以上に、コリエスの中には憤りがあった。誰の命令かは知らないが、王族の一人がいると言うのに、そこへ攻め込むなど言語道断である。
敵国の人間だと判断されれば、その場で幽閉して人質。悪ければ処刑されてもおかしくないのだ。
「いいえ! わたくしも戦場にお供しますわ! アルバートとお話できますか?」
スームは、黙って通信機のスイッチを入れた。
「喋れば伝わる」
「アルバート、聞こえますか?」
『コリエス様! ご無事ですか!』
通信機から、アルバートの安堵の声が聞こえた。
「今からスームさん達が実力にてあの部隊を止めます」
『しかしそれは……』
「これはわたくしに対する攻撃も同然です。この国にわたくしがいることは、軍上層部も知っているはずです! にも拘らず、この侵攻作戦が実行されているのはゆゆしき事態です。責任者を糾弾するため、事情を知るあの部隊の兵は確保しなければなりません!」
『……了解いたしました。スーム殿。聞こえていますか?』
「ああ、聞いてるぞ」
『コリエス様を、何卒お願いいたします』
「そうだな。その仕事もちゃんと覚えている」
通信はそのままで、スームはコリエスに予備シートへ戻って身体を固定するように指示し、自らもシートベルトでがっちりと固める。
「ボルト、適当な所で落とせ。真ん中の奴を確保する。残り二機は任せた」
『よっしゃ! やるぞ、ナット! 騎士の兄ちゃんもしっかり捕まってろよ!』
『飛ばすよ! 兄さん!』
一気に高度を下げたマッドジャイロは、フックを解除したイーヴィルキャリアが地面に擦れの所から音を立てて落下すると、大きく弧を描きながら高度を上げて敵機の後ろへと向かう。
そして、イーヴィルキャリアは盾を構えた状態で膝立ちになり、煙を上げて敵の真正面から突撃を開始した。
吹きすさぶ風の音と、盾に弾かれる砲弾の音が、不思議と心躍るリズムを奏でている。
「コリエス! お前が勉強した戦闘用魔動機の戦術は?」
「え、遠距離から砲撃して、敵が崩れたところに突撃、と教わりました!」
コリエスは、突然の質問に貴族を対象とする本国の指揮官教育課程で教わった事を思い出しながら答えた。
「じゃあ、敵が砲撃を防ぎながら突撃してきたら、どうする?」
「え、そ、そんなこと……」
魔動機の砲撃は、投石機などよりもはるかに強烈な威力を持つ。
普通ならば、同じ魔動機でも仰向けに倒される事が珍しくない。
「じゃあ、見てろ! これが俺たちのやり方だ!」
足元のレバーをさらに踏み込むと、イーヴィルキャリアはさらに速度を上げて滑る。
下部を突き出すように構えた大きなシールドは、空気抵抗を減らすウイングになると共に、敵の砲弾に対して傾斜装甲の役目を果たす。
互いに前に進んでいるので、あっという間に彼我の距離は縮まる。
「な、何を……きゃあっ!?」
真正面に迫る砲口が視界に入り、コリエスは思わず悲鳴を上げて頭を下げた。
だが、スームは笑っている。
「ギリギリを攻めて、相手を驚かせないとつまらない、ぞ!」
イーヴィルキャリアの姿勢をさらに低くして、速度は落とさないままで敵の隊長機をはねた。
車高の低い車に轢かれた人物よろしく、敵機は足元をすくわれてシールドの上を転がり、回転しながら頭部から地面に激突する。
頭部パーツを無惨に潰しながら転がる敵機に向かい、弧を描いてさらに突撃する。
起き上がろうともそもそしている機体は、腕部も脚部もかなりのダメージを負っているようで、うまく動けずにいるようだ。
スームとしては、落下の衝撃で気絶しなかっただけ、大したものだと思う。
「悪いが、起きるのを待つ気は無い」
すぐ横に滑り込み、そのままの勢いで立ち上がったイーヴィルキャリアは、カイトシールドを突き立て、敵機の剣を根元からへし折ると、さらに胸あたりに突き立てて完全に機体の動きを封じた。
「さて……コリエス。改めて話をしろ。お前に任せる」
「あ、は、はい! わかりましたわ……残りの二機は、どうなったのでしょう?」
コリエスの質問に、スームは国境方面を指差した。
そこには、巨大な8の字を描くように引きずり回され、手足のパーツをあちこちに取り残したまま倒れ伏して、動く気配の無い二機のノーティア機があった。
「ノーティアの兵は、ちゃんとシートベルトをしているか?」
スームの説明によると、イーヴィルキャリアを運んだワイヤーフックを使って二機を纏めて引っかけ、引きずり回したらしい。
「ちゃんとシートに身体を固定しているなら、胃の中のを物をぶちまけるだけで済む」
「もし、ベルトをしていなければ、どうなるのでしょうか?」
コリエスの質問に、洗濯機、と言おうとしてスームは咳払いで誤魔化す。
「開けてみればわかるが、コクピット内が真っ赤に染まっている光景は、あんまり見て気持ちの良いものじゃ無いぞ?」
「真っ赤……うぷっ……おええ……」
「おい、ここではやめろ! やめろおおおお!」
スームの言う真っ赤なコクピットをイメージしたコリエスは、予備シートに座ったまま、イーヴィルキャリアの中で盛大に吐いた。
愛機のコクピット内を汚されたスームの叫びが、静かな戦場に木霊した
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
※書籍『呼び出された殺戮者2』のイラストを、活動報告にて二日連続で掲載しております。
良かったら、見てみてください(^_^)




