机上の戦場へと
六博はルールがよく分からないので、かなり適当なものになりますよ。
「コロセ!コロセ!」
観客の声だ。彼らはこれから始まる血で血を洗う戦いで自分の快楽をむさぼるために存在する、意思無き亡者なのだ。
「・・・・・・フッフフ」
不敵な笑みを零している女は宇佐美アム。その手はサイコロを弄んでいる。
「・・・・・・」
そして、猟犬のように注意深くその様を凝視する男、三隅シバ。
「こうして見ると、知性のありそうな人いないですよね。日下部院さん」
「勿論私たちも含んでですね。水原さん」
実況席(そう書かれた紙が張ってある)に座る水原マリッサと日下部院。
ここは学校の校庭であり、宇佐美とシバを囲んで実況席と観客がいる。宇佐美とシバの間には机と、意味ありげな文様の描かれた遊戯盤がある。
三隅シバは宇佐美アムに告白し、紆余曲折あってこうなったのだ。
「ゲームに俺が勝ったら、お前は俺と付き合ってもらう」
「ゲームに私が勝ったら、シバは私の彼氏候補であり今までの関係を続けつつ、私がそういう気分になったら私と付き合ってもらう」
二人の視線を交差させた。
シバが拳を突き出す。瞳がギラリと光る。
「では、そのゲームは!?」
宇佐美はサイコロを高く放り投げ、優美に笑った。
「古代中国において、また中国で信じられた霊界においてすら一大ムーブメントを引き起こされたとされる伝説の遊戯。その名を『六博』!」
宇佐美が落下したサイコロを掴み取る。手のひらにはサイコロと六つの駒。
日下部院が立ち上がった。
「六博ですって!?」
「知っているんですか!?日下部院さん!」
「六博は、古代中国において爆発的に流行ったゲームです。自軍敵軍で合計12駒をサイコロで動かす現代の双六やバックギャモンに近いゲームとされてはいますが、正確なルールは遠い過去に失われています。まさか実際にこの目で見ることが出来るとは・・・・・・」
「そう!伝説の遊戯が今!この場で新たな息吹とともに生き返る。が!」
宇佐美は遊戯盤に駒とサイコロを置いた。
「生憎私は駒とサイコロは一人分しかもっていない。1時間待ってあげるからサイコロと駒を調達してくることね。それとも私の不戦勝かしら?」
「うわぁ・・・・・・そこまで勝ちたいんだぁ・・・・・・」
水原が顔をしかめた。日下部院も同様だ。
シバは、ドンとその拳を遊戯盤に叩きつけるように置いた。
宇佐美はビクッと体を震わせて、視線を泳がせた後自分のバッグに手を伸ばす。
「あ・・・・・・その・・・・・・スペアならあるから、もし良かったら――何ィッ!?」
「どうした?さっさと始めようぜ」
シバの手には宇佐美のものと同様のサイコロと駒が握られていた。
「分かっていたさ。お前のようなクズがどんな手を使ってくるか」
シバは事前に用意していたのだ、サイコロと駒を。
シバは目を瞑って思いをはせる。一週間前のあの出来事に。
「一応、聞くけど、三隅くんは宇佐美ンが好きなのよね?」
そんなマリッサの声も回想の中に消えた。
一週間前――
「ねぇ、シーバぁ。こっちこっち」
宇佐美アムと三隅シバは二人で博物館に来ていた。
「どうした?アム」
博物館なので、声は小さくなる。自然、顔も近づいた。
「この像、ゲームしてるみたい」
「何々、六博をする像。副葬品だってさ。『あの世でも大好きなゲームを楽しんでね』って」
目の前には陶製の像が飾られていた。二人の男性が遊戯盤を挟んで談笑している。
「ふーん。そんな面白いなら、今度機会があったらやってみたいかなぁ」
宇佐美はねだるようにシバに視線を向けた。
「そうだな。それまでに必勝法でも考えとくかな。アムを涙目にさせるような」
「あ、ひどー。フフフ」
「ハハハ」
「分かっていたさ。お前のような人間のクズがどんな手を使ってくるかな!」
シバの眼光が煌く。
「2回も言った!?ホントに好きなの!?」
宇佐美は肩をすくめ、小さく笑った。
「だが私の有利は変わらない。何故なら、この空間は私がセットした場所。観客!実況ともに私の味方!そうよねマリッサ!」
「え!?つきあっちまえよ」
「くっ!」
シバが喉もとの汗を拭った。確かにゲームの席につけないかもしれないという凶悪なトラップは回避した。だが、それでやっと五分と五分。そしてアウェーは全て敵。
「いや、つきあっちまえよ。実況席は三隅君の味方だよ!?」
宇佐美は駒を盤上に、まるでピアノを奏でるかのように配置した。
「孫子曰く『勝つべくして勝つ』。あなたは既にわたしの策に嵌まっているのよ」
シバは、願うように、一つ一つ駒を盤上に置いた。
「ならば俺はこう応えるよ。『勝ったら勝ち』『負けたら負け』。お前の勝つべくして行った策が、本当に勝利に値するものなのか、それは戦いが終わるまで分からない」
「さあ水原!」「さあマリッサ」
「!?」
突然名前を呼ばれて、水原が目を泳がせる。
「え?あ・・・・・・。し、ゲーム開始ぃー!」
水原マリッサ、彼女は空気の読める女である。