開始前
六博はルールがよく分からないので、かなり適当なものになります。
ガラガラと教室のドアが開く。
「あ、オハヨー、宇佐美ン」
宇佐美ンと呼ばれた彼女、宇佐美 アムは、クラスの華だ。水原マリッサはそう思う。
快活で、器量よしで、勉強よしで、運動よしで。
何よりも、眩しいほど混じりの無い笑顔は、夏の青空を連想させた。
が、
「おはよ・・・・・・」
曇っている。
「おはよう」
マリッサがもう一度声をかけるが、宇佐美は返事もなく曇った表情を顔を隠すようにして自分の机に突っ伏した。
「あー、どうしたの?宇佐美ン」
「告白された」
マリッサは小さく頷いた。だが、宇佐美には恋人がいるのだ。学校の行き返りも、休みも一緒のまさに蛤の貝殻のような恋人の三隅シバが。だから他の誰かに告白されて、そして思い悩んでいるのだ。
「シバに、告白された。付き合ってって・・・・・・」
「・・・・・・まだ付き合って無かったのかキサマラッ!?」
思わずマリッサが掴み掛かる。
「な!?」
宇佐美は驚いて立ち上がった。
「私とシバはそんなカンケーじゃないし!タダの友達だし!学校の行き帰りと休みに一緒にいるだけだし!例えるなら蛤の貝殻だし!」
「結婚しろ」
マリッサは頭を抱えた。代わりに、マリッサの横にいた、金髪をウェーブさせた人影が宇佐美に微笑みかける。
「ダメよ、宇佐美サン」
「あなたはクラスの恋愛マスター日下部院さん!?」
「恋に嘘は禁物。貴女はシバ君のことが大好きなのよ?」
「・・・・・・うう・・・・・・」
余りにも一直線な日下部院の瞳に宇佐美はのけぞった。
「そうだぜ宇佐美!」
「キミは隣のクラスの恋愛マスター壁村君!?私と話したこと無いよね!?」
「恋なんて押して押して押し捲れ!熱いハートが未来に進む原子力だ!」
サムズアップする壁村の勢いに後ずさりながら、宇佐美は恐ろしいことに気がついた。
空気だ。教室の空気がおかしい。
誰も彼もが宇佐美を凝視し、一語一句を見守っている。宇佐美には、彼らの意図が理解できない。
「宇佐美ン」
マリッサが宇佐美の肩に手を置く。マリッサには教室内の全員の無言の言葉の意味が分かる。
「つきあっちめぇ」
「・・・・・・私は」
バンッ!と音を立てて宇佐美が机から立ち上がった。
「私とシバは今の関係が一番良いんだ!シバが私をどう思おうと知ったことか、うわーん!」
嵐のように走り去る宇佐美を見て、マリッサはため息をついた。
「結構クズよね、あの子」
思わず出た一言に、反論するものはクラスには居なかった。
「それが彼女の良いところなんだけど」
でも、言い過ぎたので一応適当にフォローしておく。
翌日――
空は晴天ではあるし、宇佐美の表情も晴天ではあるし・・・・・・
「おい」
「フッフフ」
曇っているのは自分の心だけなんじゃないか、という思考が彼、三隅シバを襲う。
「おい、アム」
「フッフフ。よく恐れずに来たな、シバよ。運命の子よ」
シバは心の中で悲鳴をあげる、言葉にすればそう、『絡み辛ッ』だ。
「待て。アム。宇佐美 アム」
「えッ?何?」
宇佐美がきょとんと首をかしげる。
「何だこのギャラリーは」
「私が呼んだ。フッフフ。彼らはこの歴史的な出来事の証人となるであろう」
「バカか。そうか」
シバは頷いた。ここは学校の校庭、シバと宇佐美の間には机が一つとその上に意味ありげな模様のついた板。そして、二人からかなり離れて観衆。さらに実況席(実際にそう書かれた紙が張られている長机)には、宇佐美のクラスの水原マリッサと恋愛マスター日下部院が座っている。
一言で言うなら、早く帰りたい空間であることは間違いない。
「今、貴方はこう考えてるはず。『もういっそ、告白の答えとか有耶無耶で良いから早く帰りたい』」
「いや、答えは貰うぞ。そう言って俺を呼んだのはお前だからな」
「フッフフ。屁理屈だけは上等だな、シバよ。運命の子よ」
「いや何キャラだお前」
シバが頭を抱える。
「何キャラなんでしょう!日下部院さん」
「これはですね水原さん。宇佐美さんは恥ずかしいので、ふざけた事をして無いと三隅君と話せないテンションになっているんでしょうね」
「あ、もう実況してくれてるんだ。って手で顔を隠すな!当たってたの!?」
「フッフフ。それはともかくとして、だ。」
顔を隠していた手を宇佐美は悠然と伸ばした。
「まず前提として、聞け。シバよ」
「おう」
「まず前提として、私はシバが好きでシバは私のことを好きだといってくれていたが、しかしそれ自体はうれしいが、私としては今のこの関係以上の変化という恐ろしい、そう、恐ろしいとしか形容しようの無い変化、メタモルフォーゼ、変異といってもいい、不可逆の変更というのは恐ろしいとしか形容できず、それを受け止める度量が私にあるかどうかも分からないという恐怖もあるが、恐怖といえば、シバがこの件で私の煮え切らない態度を理由に私を嫌ってしまうという恐怖もあるわけで、そういった恐怖、フィアー、そんなもののアセスメント的に、どちらをとるかという問題もあり難しく、その難しさゆえに私は、煮え切らない態度、優柔不断な行いでもってシバに不誠実な行いをしてしまった件についてはお詫びするしかないというか、まっとうな感じで誤ったら拒絶されてしまいそうなそんなかんじなので、それも恐ろしいので、それはそれとして、アセスメントの話に戻すとアセス!メント!みたいな、そのやつだから、最終的に私には決めきれないと推測されるが、保留したい、ごまかしたい、でもやはりシバの言葉に嘘はなく私と付き合いたいといってくれた思いには応えたい、シバ大好き勢の私としてはずっとシバと今の関係を維持していければいい、今の関係といえばいつまで、という疑問もあり、私としてはシバのお嫁さんになりたいなぁとかもっと確固としてビジョンが、今のようなボンヤリとして感じではなく明確に想起できるようであればそのときが私の望みでありそのときを提案する――つまりシバの今から付き合う案と私の私の好きなタイミングで付き合う案の折衝であり、評価としてどちらがいいかという話になりここでもアセスメントの話として決めきらない煮え切らない態度になりかねず、また本心を言うならばシバの納得の行くような形で私の案を受け入れていただきたいという邪心は否定できないながらも、やはりしかし、この場合は例えばゴッドいわゆるゴッデスに頼むことで明確な結論が出るのではないか、または闘争!簒奪!僭称!の算段活用で解決できるのではないかという考えを持つにいたりましたので」
「ので?」
「ゲームで決着つけようぜ!」
宇佐美は右手に箱型の駒、左手にサイコロを握り締め、両腕をクロスさせた。
「ゲームに勝って!私はシバと着かず離れずの関係を維持する!かわいそうだが、お前が私と付き合える日は永遠に、私の気が向くまで、来ない!」
宇佐美は右手に箱型の駒、左手にサイコロを握り締め、両腕をクロスさせた。
シバは絶句した。何だ。何を考えているんだこの女は。
「アムよ・・・・・・」
シバはため息をついた。
「アムよ・・・・・・なんでお前が勝つ前提で話が進んでいるんだよ?」
シバは腰を落とし前刃の構えを形をとった。
「まったく自然な流れでゲームが始まりそうですが!日下部院さん?」
「いいえ、三隅くんを良く見て。実質告白は明確に拒否られたから――」
日下部院がシバのガクガクと震える膝元を指差す。
「結構足に来てる」
「うるせー!」