あ、やっぱ俺ってチートだわ
あの日―――俺は大切なものをたくさん失った。
それは家族。
それは友達。
それは教師。
あの猟奇的な事件を最後に俺は―――
僕になった。
「大河くぅーん。」
フードを被った女が言った。
大河は意識はないが確かにその声が聞こえていた。
何故こんなことが起こっているのか。大河は先程、ゾーラによって殺されたはずだ。
(誰……だ?)
「ひどいなぁー。さっき一緒にお話したじゃない。」
(さっ……き?)
大河はなんのことかさっぱりわからなかった。
自分が相田大河だということさえも忘れていたのだ。
「さて。どうする?ロードの大河くん。このままじゃゲームオーバーで大河くんの人生が終わっちゃうよ?」
そして言葉を続ける。
「まぁ、ここで終わるのもまた一興だけどね。でも、それでいいのかな?それで、愛梨ちゃん喜ぶのかなー?」
(!!)
大河は反応した。愛梨という人物の名に。
「大河くんはロード以前に世界が憎かったんじゃなかったの?」
(う……)
「大河くんは世界に復讐したかったんじゃないの?」
(僕は……)
「さぁ。唱えなさい。今自分が拒絶するものを。『否定』しなさい。」
(僕は……世界を……)
否定する。
僕は世界が憎い。
この理不尽でクソみたいな世界が憎い。
『大河君』
大河は聞こえた。彼が一番大切な人物の声が。
「さぁ、早く。早く『否定』しなさい。この……世界を!!」
フードの女が催促した。
僕は……
「ぼ…くは…」
その時、死んだはずの大河から声が発された。
「ぼ…くは…」
フードの女がニヤリと微笑む。
「これで…やっと…」
「世界が終焉を迎える。」
女はそう言って両手を空へ掲げた。
僕は憎い。
この世界が憎い。
でも、世界のすべては憎めない。
大切な人たちが居たから。
愛梨が居たから。
僕は憎い。
あの頃の僕が。
「僕は……『僕』を否定する。」
フードの女はその声を聞き、一瞬、時が止まったかのように感じた。
そして、どこからともなく風が吹き荒び、大河の周りを包んだ。
大河は息を吹き返す。
それと共に空に暗雲が立ち込める。
大河は目を開く。その目は紅く、鈍く光っている。
それと共に雨が降り、強風が吹く。
大河は立ち上がる。
それと共に雷鳴が起き、兵士たちや国王、三銃士の二人、フードの女、ゾーラさえも驚き戸惑う。
「な、なんで……なんで…なんでなんでなんで!!!!!?」
女は叫び狂う。
ゾーラは周りの気象の変化から少し驚きながらも、大河を蛇でこうげきした。
「俺は『力の差』を否定する。」
大河はそう言い、右手を前に差し出し、蛇を素手で迎え撃った。
本来ならば人間の腕などゾーラにとってはマシュマロのような柔らかさな故、いとも容易く貫通することが出来るはずだ。しかし、力の差を否定したことにより全世界の『力』という概念そのものが均等になった。それにより、生物においての皮膚の堅さや筋力に差がなくなったことで素手でゾーラの蛇を受けることが出来たのだ。
周りの人間は皆大河に注目していた。
何せ、世界を破滅に追いやる者の能力が覚醒したからだ。
「ク…キィィエェェ…」
大河は転がっていた瓦礫の破片を手に取り、言った。
「俺は『空気抵抗』を否定する。」
そう言って大河は、瓦礫をゾーラに向かって投げた。
空気抵抗を否定したことにより、空気抵抗の概念が無くなった。それにより瓦礫は今、重力しか力を受けていない。そして力の差を否定されたこの世界では生物の堅さなどが無くなっているため、瓦礫が爆発的な威力をもっている。
瓦礫をすんでのところで避けるゾーラ。
しかし、大河はもうすでに六つほど瓦礫を投げていた。
それぞれがまんべんなく散らばり、避けるのは難しい。
しかしそれでもゾーラはSSランク。見事かわしてみせた。
「ちっ。流石にこの程度では死なないか。」
大河は何かをひらめいたように、ニヤリと笑い瓦礫を手にした。
ゾーラは反撃にうつる。
破壊された少し大きめの瓦礫を、蛇を巧みに使い、持ち上げた。そしてそれを大河に向かって投げた。
大河は横に猛スピードで走り、避けた。
瓦礫が城にぶつかり、穴が開いた。そして、その衝撃にともない、地揺れも起き、周りの兵士たちがバランスを崩す。
大河はある程度の所まで来ると立ち止まり、瓦礫をゾーラに向かって投げた。
一つではなく、先程のようにまんべんなく散らばるよう数個投げたのだ。
そして言った。
「俺は『視覚』を否定する。」と。
それにより、全生物の視覚が絶たれた。もちろん、大河を含めて。
ゾーラは視覚を絶たれているため、瓦礫がどの位置にあるのかを正確に把握できないのと、突然の闇に驚いて一瞬思考停止してしまったのだ。
その隙により、瓦礫を避けきれず、何個かゾーラの身体に衝突した。
その莫大な威力がゾーラの体を粉々にした。
周りの人間は視界を絶たれ、パニックに陥ったり、状況が理解できなかったりしている。
「終わったか。俺は『否定』を否定する。」
大河がそう言うと、今までの『否定』が否定され、それらが互いの存在意義を相殺し合ってもとの世界に戻ったのだ。つまり、『力の差』『空気抵抗』『視覚』が否定された事を"否定"したのだ。
全員の視覚が戻る。
「……」
全員が言葉を失う。
しばらくの沈黙。
そしてその沈黙が破られた。
「……ふぅぅぅ。やっとおわったー。」
相田大河によって。