キサラギの任務 2
大河たちはツアーを終え、宿屋に戻ろうと町を歩いていると「そういえば食料が無いのでした。買わなければいけません。」とエウリアが思い出したように言った。
「じゃあ私が買い出しに行きます。皆さんは先に帰っておいて下さい。」とサラキが言う。その言葉を聞いてエウリアは自分も行くと言った。
「じゃあ私も――」
一緒に行くと言おうとしたヒラキ。だが
「ヒラキはタイガさんと一緒に宿屋へ帰りなさい。」とサラキに止められた。
「…はぁーい。」
残念そうになりながらも、従うヒラキ。
「まぁまぁ。僕と一緒になれるなんて良いことじゃないか!」
「そだね。」
「……むっちゃ棒読みやん。」
思わず出身の関西弁が出てしまう大河。
そうして、サラキとエウリアは買い出しに、大河とヒラキは宿屋へ先に戻ることとなった。
「――にしても、北の大陸最強の騎士達がこんな普通の生活してるって思うとなんだか変な感じだよなー。」
帰り道でふと大河が呟いた。
「まぁね。こう見えても結構庶民派なんだからね?」
「まぁでも美しさは庶民のそれを越えているよね。グヘヘ。」
「……最後のグヘヘが無かったら素直に喜んだのに……。」
しばらく歩いていると先に宿屋が見えた。
「おっ、着いた。」と大河が言った。
二人は宿屋に入り、部屋へと向かった。
部屋へはいると、大河はベットに寝転がった。
「うわ、すっげぇふかふか。寝てまうぞこれ。」
そう言いながら目を瞑る大河。
「しばらく寝ていいよー?起こしてあげるから。」
「……襲うなよ?」
「死んでも襲わない。」
そう言って笑いながらベランダの窓の横にある本棚に向かい、本を手に取るヒラキ。
大河は眠る気なんて無かったが、次第に眠くなり、眠ってしまうのだった。
大河は目を開ける。
どのくらい時間が経ったのかはすぐには分からなかったが、外はまだ明るく、太陽も暮れていないので、昼間だということは分かった。背中が痒かったので掻こうとしたが、手錠がはめられているせいでうまく掻けなかった。
時計を見るとたった二十分しか寝ていなかった。エウリアとサラキはまだ帰っていないようだ。よく見るとヒラキも居ない。
「どこ行ったんだろうか。」
まぁいいや。と大河はトイレへ行こうとその場を立ち、向かう。
扉を開けると何故かそこには―――
裸のヒラキが居た。
「……ええええええええ!?!?!?」
「きゃあああああ!!!」
反射的に扉を閉める大河。
なんで、ヒラキが裸で!?ここトイレじゃねぇかよ!!
しかし大河は最初にこの部屋に来たときの事を思い出す。確か、入ってきて最初にトイレへ行ったのだ。その時、左の方に風呂場が扉越しに連結していたのを思い出した。
(って事は風呂に入ってたのかっ…!!)
とりあえず大河はその場でヒラキが出てくるのを待つ。
扉が開いた。
「……。」
恥ずかしさからか、ヒラキは顔を赤くして扉を開いた。何故か服を着ずにバスタオルを巻いただけだった。それは、ただ単に服を更衣室に持ってくるのを忘れたからだ。その姿はかなり色っぽく見え、大河の心を跳ねさせる。
「ごっ、ごめんなさい!!!トイレと風呂場が繋がってたのを忘れてたんだ!!」
大河は殴られるのを覚悟で、頭を深々と下げて謝る。
「い、いいよ、もう。」
覗こうとしていなかったのをその謝りで分かったヒラキはすぐに許した。
「あ、ありがとう。」
大河の顔が赤かった。それを見てヒラキは思う。
(いつもはHなことばっかり言ってるくせに、以外とこう言うのには素直なんだね。ほんと、変わってるなぁこの人。)
しかしヒラキは大河の今の姿勢に違和感を覚えた。なぜなら、謝る時に腰から傾けて、謝っていたのだが、その姿勢をいつまでたっても戻さない。
「いや、もう許したから、もとに戻っていいよ?」とヒラキは言う。
「え?あ、ああ。ありがと……。」
しかし大河は元の姿勢に戻さない。
それは別にどこかを覗こうとしているわけではない。大河は今、ヒラキの裸を見てしまって興奮してしまったのだ。健全な男子諸君ならば、どうなるか分かるよね?
そんな訳でたっているのを隠すために腰を曲げているため、元の姿勢に戻るわけにはいかないのだ。
「…変なの。」
そう言ってヒラキは服を取り、再び更衣室へ戻るのだった。
「あ…トイレ…。」
更衣室に入るということはトイレに入るという事でもある。その後大河はヒラキが出てくるのを待ち、出てきたらトイレを済ますのだった。
大河がトイレから出てくると、ヒラキはベランダに出ていた。外を眺めているのだろう。
大河もベランダへ出て、ヒラキの隣に立った。
「……私って、時々こうやって物思いに耽ることがあるんだよね。」
はにかみながらヒラキはそう言った。大河は黙って聞く。
「…ね、私の話…聞いてくれない?」
ヒラキは顔を大河の方へ向け、そう言った。
大河はその動作を横目で見ながら頷いた。
「へへ。ありがと。いつもは自分の胸のなかにしまうんだけどほんとは誰かに話さなきゃやってらんなくてさ。」
大河はいつものようにおちゃらけた態度ではなく、真剣な姿勢でヒラキの言葉を耳にする。それは、大河自身がヒラキの言葉に同感だからだ。
「あのさ…実は、私とおねぇって実の姉妹じゃ無いんだよね。」
「!…そうなのか?」
「うん。私たちは昔、孤児院に居たんだ。親に捨てられてね。で、その孤児院が国の騎士を養成する場所だったから今、私たちはこうして騎士になったの。」
大河は黙して続きを待つ。空を見ると、さっきよりも太陽が傾いているように見えた。
「おねぇと知り合ったのも、その孤児院で、本当の姉妹のように過ごしてきたよ。親がいなくても、家族のように大切な日々を過ごせたから、それで満足なんだ。でもね…私の思うことがあるのは、そこじゃないんだよ。」
大河は顔をヒラキの方へ向ける。その横顔は何処と無く悲しそうで、すぐに壊れてしまいそうだった。
「さっきさ、私がおねぇたちの買い物についていくって言ったとき、タイガと一緒に居ろって言われたじゃん?あれ、何でかわかる?」
「…俺がいつアリアに襲われるか分からないから…か?」
「そ。タイガはロードって言っても不意打ちに対応できるとは言えないし、一人にするのは危険なんだ。でも、恐らくアリアはおねぇを最優先に狙うはず。」
それを聞いて大河は目を見開く。
「…何でなんだ?」
「…その、昔に居た孤児院を経営してた長が、アリアの幹部だからだよ。」
「!?」
「名前はデアトル。そして、何でおねぇを狙うかっていうと、それほどおねぇの力が昔から凄かったからなんだ。」
ヒラキは遠い目をしてそう言った。
「……おねぇはきっと、私を巻き込まないようにわざとタイガについていかせたんだと思う。私の力なんて、おねぇと比べたら天と地程の差だからね。」
「…それの何が不満なんだ?」
「…私も、おねぇと戦いたい。私は、いつもおねぇに守られてばかりの妹的存在。そうじゃなくて、たまには私もおねぇを…サラキを守りたいよ…。」
ヒラキの目に涙が貯まる。その言葉は大河にとって妹としてではなく、一人の友人としての言葉に聞こえた。
「もう、私は必要とされてないみたいで…悲しいよ…。」
実際はそんなわけがない。サラキがヒラキを必要としていないなんて考えられないからだ。それをヒラキはちゃんと分かっている。分かっているのだが、ヒラキにとってはその不安な思いが積み重なり、こうして心を不安定にさせているのだろう。
―――――――――――――――――――――――
所変わって数分前、エウリアとサラキが買い出しを終え、宿屋に帰ろうとしていた。
「とりあえず今日の深夜まではアリアも動かないはずだし、しばらくゆっくり出来ますね。」
エウリアは買い物袋を片手に下げて、サラキにそう言った。
「はい。しかし、いつ私達を狙ってもおかしくはありません。常に気を張っていくべきだと思います。」
「相変わらず、用心深いですね、サラキは。」
苦笑いしながらエウリアは言った。
「いえ、用心深くしていなければ、守れるものも守れなくなるので。」
サラキのその言葉を聞いてエウリアはふと、真剣な顔をしてサラキに尋ねる。
「…ねぇ、サラキ。それは…ヒラキのこと?」
「……。」
エウリアの問いかけに答えず、真っ直ぐに唇を結ぶサラキ。その目は真正面を見ていた。しかし、それはどこを見ているかは分からない。
「あの、買い出し行く前ですけど、なんであんな風にヒラキを突き放したんですか?時々、あんな風にきつくするときありますよね?」
正直、エウリアは聞きづらかったのだ。それでも、あそこまであからさまに突き放さなくても良かったのではないかという個人的感情からこの質問をするのだった。
「……私は、昔、自分自身の力でヒラキを殺しかけた事があります。」
サラキの言葉を聞いて、エウリアは目を見開いてサラキの方を見た。
「私は、昔から能力が高く、孤児院の方達からは、高い評価を受けていたのを今でもはっきりと覚えております。」
エウリアはサラキたちが孤児院出身で、義理の姉妹だということは知っていた。
「しかし、あの頃の私は幼かった故に、力の暴走がしばしばありました。その力の暴走のせいでヒラキを殺しかけたのです。その時のヒラキの怯えた顔は忘れられません。……あ、あの子と一緒にいると…あの時のように……。」
サラキは立ち止まる。
「サラキ……。」
普段は冷静に、クールな佇まいをしているサラキが、目を泳がせ、冷や汗を頬に伝わせるほど取り乱していた。それを見てエウリアは、どのようにしてヒラキを殺しかけたのか。それを聞くことは出来なかった。
「…でも、サラキ。聞いてください。こんなことを私が言うのはおこがましいかも知れませんが――」
***
「サラキは、待っているんじゃないのか?」
大河はヒラキに向き合って言う。ヒラキはその言葉を聞いて、大河の方を見る。
「ヒラキが、もっと積極的に思いを伝えることが出来たら、サラキもそれに答えてくれるって!」
「っ…!」
***
「ヒラキがサラキに近付いていこうとしているのは、昔のことを気にしていないとアピールしているのでは無いんですか?きっと…距離を少しでも縮めようとしているんですよ。貴方は、姉として、それに答えなくてどうするんですか!」
「……。」
サラキは俯いた。
交差する二人の思い。それぞれの考え方や気持ちは違えど、距離を感じ、それを縮めようとする者と突きはなそうとする者。
はたして彼女たちの距離は近づくのだろうか――