彼女がデレたとき
……ここは……
大河は一室のベッドの上に寝ていた。
「あ、起きた。」
隣にはナデシコが居た。
「!!一体、どうなった!?」
大河は慌ててベッドから立ち上がろうとした。
しかし、安静にしろとナデシコに引き留められる。
ナデシコが言うには、あのあとナデシコの魔法により体を麻痺させ、トールを解放するように指示を出した。それに素直に受け答え、町の管轄であった東の国に引き渡した。今はそれから丸一日後のことである。
「でも……僕って死んだよな?」
「そ、それは――」
ナデシコは顔を赤らめて大河から眼をそらした。
大河は不思議に思いながらナデシコを見る。
――一日前――
大河は親玉の魔法により絶命した。着ていた鎧は魔法の否定により、防御力を失っていた。
ナデシコは大河を助ける前に、親玉を拘束する事を先決した。
「錠の呪文"麻痺"」
親玉の全身に電気が流れるような感覚が陥り、体の自由を奪われる。
「がっ……!!」
「口は自由。早くトールを解放して。」
ナデシコは首に撫子を当て、脅すように言った。
それに親玉は素直に応じ、トールは玉の姿に戻った。
そしてナデシコは大河を救助しようと試みるが、ダメージがあまりにも多く、最早手遅れだった。
「そんな……。」
いや、でも、世界を破滅させる原因が無くなったのだ。本来ならば喜ぶべき所。ナデシコならば、尚更だった。しかし彼女は喜ぶどころか、焦りを感じていた。それが何故なのかは彼女自信にも分からなかった。
その時
ダインスレイフが光を放った。
大河もそれに呼応するように光った。
大河の眼が開く。その瞳は赤くは無かった。
「『否定』を否定する。」
大河がそう言った。
するとダインスレイフが元の指輪に戻る。
「な、なんで……?」
ナデシコは動揺した。死んだはずの大河が声を出したからだ。
「それは、アカリちゃんの能力だからだよー!」
大河がそう言った。ナデシコは明らかにいつもとは違う口調に戸惑った。
「あ、ボクはタイガの個人能力である指輪のアカリです!よろしくね。えっとね、なんでボクがタイガの体で話せているかって言うと、主が絶命した場合、一時的にだけど指輪が持ち主の体を借りて、生き返ろうとする。まぁ一種の憑依魔法だね。」
「生き…返る…?」
「そ。でも、生き返るには強大な魔力と戦いの経験からなる圧倒的な力を持つ美少女…そう、貴方の力が必要。」
ナデシコはそれ聞き自分が大河を生き返らせられるという優越感に苛まれた。しかし、それと同時に自分の中の使命感にも苛まれた。三銃士として、この"グランドアース"の世界の住民として、ここで大河を生かしておいて良いのだろうか。いや、良いわけがない。
「私は……」
出来ない。
言おうとした。言おうとしたのに――言えなかった。
やはり脳裏に浮かんだのは自分が生け贄に行くことを拒んだあのときの大河。
大河に対して特別な感情を抱いている――?
ナデシコはそれを自覚していた。しかし、好きという感情ではない。生まれて数少ない自分を心配してくれた人物。そのかけがえのない人物をナデシコは失いたくなかったのだ。
「けってーだね。じゃあ生き返らせ方言うね。」
ナデシコは否定せず、生き返らせることに決定した。
「マウストゥーマウス。つまり、チューしちゃってくっさぁ~い(はぁと)」
ナデシコは眼を見開いた。
「キス……?こ、この男に……?」
「そそ!しかもディープな方でおねゃしゃす!!」
ディープという言葉を聞いて顔を赤くした。
「そ、そんな……の…出来…ない…。」
そもそも、何故キスなのか。それは唾液による体内からの直接的な魔力の回復を要するのだ。
この世界の人間は全員が魔道を心得ている。そしてその身体は魔力を中心に作られている。
傷の治癒は魔法による魔力の給油によって回復しているのだ。
大河の場合は極めて特殊で、魔力の高い…そう、三銃士ほどの者から究極に自然な状態で、直接的な給油によって蘇生すらも可能となるのだ。(まぁそれはアカリのお陰が大半なのだが。)
それがキスによる唾液を飲ませる事だ。
この理屈をナデシコはアカリから伝えられた。
「さ、早く!」
「っ……!」
ナデシコは屈辱的だった。普段はセクハラばかりで感に触る者に今はキスをしなければならない。それでもってそれほど拒絶が出来ていない自分が居た。
ファーストキスは大河でもいい……と。
一歩ずつ大河の元へ近付いていく。
大河がナデシコの肩を掴む。ナデシコは肩をビクつかせた。
二人は唇を近づけ……あと二センチ。
キスをした。
大河は即座に舌をいれる。ナデシコはそれに驚きながらも、抵抗せずに必死に舌を絡めた。そのうちに口に唾液が溜まっていく。
大河は絶えず舌を動かした。二人の舌はじゃれあう親猫と子猫のように入念に絡み合い、お互いを確かめあった。ナデシコはその心地よさにトロンとした気分になり、眼をうっとりさせた。
そして最後にナデシコの唾液を大河の口に一気に流し込む。そして大河はそれを飲み込んだ。
「…っぷはっ…!」
二人の口に唾液の糸を引いている。
「なかなか良かったよぉ~ボク、百合に目覚めちゃいそうだったよ。でもおかげで主は再生を始めている。」
再生という言葉を聞いてナデシコは驚く。
「さ、再生って――」
「主は…タイガは"不死族"の末裔だよ。」
――――――――――――――――
とまぁこれがナデシコが恥ずかしがる原因。もちろん本人には言うわけがない。
「と、とりあえず。生き返って良かったね。」
とナデシコはあまり良かったと思っていないように言った。
「お?僕を心配するってことはやっぱりデレた――ぐへっ!?」
ナデシコは大河の腹を殴った。
「あっ!!手錠と足枷が……はぁ…。」
大河は手錠と足枷が再生していることに気付き項垂れた。
「そういえば」
大河はナデシコに言った。
「えっと…盗賊の親玉と戦ったときに酷いことしようとしてごめんな。」
大河は真剣な顔で謝った。
「わ、私こそ、…貴方を傷付けようとした。」
いつもはふざけてばかりの大河が珍しく真剣な顔で言ってきたので、そのギャップに戸惑いながら返事をした。
「……じゃあお詫びに乳を揉ませ――ごほぉっ!?」
ナデシコは思いっきり大河の腹を殴った。全く、この男は。そんな風に思いながらも何処か嬉しい気持ちになった。
「全くー。素直じゃないなぁナデちゃんは――あっ……!」
大河はナデシコのことを"ナデちゃん"と言ってしまってから口をつぐんだ。
しまった、怒られる――
しかしナデシコはそれどころか
「良いよ。ナデちゃんで。ほんとなら、ライラしか駄目。けど、タイガなら良いよ。」
そう言って彼女は笑った。
普段は無表情で淡々とした口調の彼女が、感情を込めて、笑顔で言ったのだ。そのあまりの美しさに返す言葉がなかった。
(今…タイガって…。)
こうして、大河の初めての試練が幕を閉じたのだった。
―――――とある山奥のアジト――――――
「カリサ。」
仮面を被った男が言った。その仮面は泣いている人のような仮面だった。
「はいはーい、デアトル、何か用?」
カリサとは、ナデシコが戦った仮面の女である。
「何故トールの宝玉を持ち帰らなかった。」
デアトルと呼ばれる仮面の男が言った。
「いやね、東の三銃士が邪魔してねぇ。」
「お前なら"人魚"の力があるぶん有利だっただろう。」
カリサはニヤリと笑う。仮面はナデシコに半分に斬られ、口元が露となっていた。
「ウチもね、楽しみたいんだよ。こんな退屈な世界に娯楽なんてこれっぽっちも無いだろう?その数少ない娯楽を見つけたんだ。」
デアトルは溜め息をついた。
「アリア様がお怒りになっても知らないぞ。」
「なぁーらないって!あの人はやっさしーから!」
そう言ってカリサは愉快そうにスキップしながら何処かへ去っていった。
デアトルはその薄暗い部屋の唯一の光である照明を見る。
「……ロードが覚醒する日も近い。」
デアトルはそう言って何処かへ去った。