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残光輪  作者: 涼月一那
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第三章

宿命のヒロイン、桔梗の登場。緋桜の官位等の設定はこれが初出かもしれません。彼の出自からすると、それ程出世しているわけではない。中流よりやや下くらいだなというイメージは漠然とあったのでこれが妥当ですかね。

緋桜が都岐を引き取ってから数日程過ぎ去り、季節は初夏から本格的な夏へと移行しつつある。


「全く…。御仁にも困ったものですわ」

「本当に。あのような素性の知れない童などを拾われて……」


ここは緋桜の館。

御簾の向こうには水干姿の都岐が文机の前で書物を必死に睨んでいる。

それをのぞき見するように緋桜が創った式神の女官たちがコソコソと囁き合っている。

「おやおや、お前達、職務を放り出してまでする程、重要な会話をしているのですか?」

「はっ…。主様。べっ…別にそのような事は」

不意に軽く手を叩きながらやってきた館の主の姿を見た女官達は慌てて散り散りになる。

緋桜はやれやれといった様子で肩を竦めた。

緋桜は内裏の陰陽寮に出仕している官吏で、従七位上相当官である陰陽師だ。

いくら最高峰の術者だと囃されていても後ろ盾となる者もなく、出自や経歴の一切が不明という事もあり、位自体はそう高いものではない。

緋桜は女官達が去ったのを確認すると、ゆっくりと踵を返した。

そこに流れるように美しい黒髪が視界に一瞬走る。緋桜は目を細めた。

「桔梗……。どちらに行くつもりですか?」

「えっ、もう分かったの?」

御簾に上手く隠れたと思ったらしい小柄な人影がのっそりと顔を出す。

現れたのは長い黒髪に緋桜と同じ金と紫の左右非対称の瞳を持った美しい少女だった。

緋桜は緩く癖のある金の髪に右目が金、左目が紫の瞳をしている。桔梗の瞳は逆で右目が紫。左目が金色をしている。

とても美しい兄妹だった。

「分かりますよ。どうせまた都岐をからかうつもりなのでしょう?」

呆れたといった様子で緋桜はため息を吐く。

「ちょっと、兄様。からかってなどいなくてよ。ただ、都岐が兄様以外の人間に中々懐かないから…」

「桔梗。それはもっと時間をかけてと言ったではないですか。あの子の心は我々が想像する以上に傷ついているのです」

「それは分かっているけど…」

桔梗は俯いた。

都岐はこの館に来てから一切自分の事を話そうとしなかった。

身なりや立ち居振る舞いから、ずっと浮浪者のような生活をしていたのだろうと窺えるが、多分緋桜が想像する以上の過酷な体験をしてきたに違いない。

自分も流れ者だった過去がある以上、緋桜は無理に都岐の事情を聞き出そうとはしなかった。

だが桔梗はそれが知りたいらしく、何度も話しかけては無視されている。


「でもそれではいつまでも「家族」になんてなれないと思うの。やっぱり行くわね」

「桔梗……」

次の瞬間、桔梗はもう都岐のいる室へ向かっていた。

緋桜は困ったような笑みを浮かべる事しか出来なかった。

年頃だというのに御簾を飛び出して活発に飛び回る桔梗。それを悪く言う者も存在する。

だが彼女には出来るだけ自由でいて欲しい。そして願わくば都岐にもそうであって欲しい。

緋桜はそんな想いで二人を見た。


「都岐っ!何しているの」

桔梗は書を読む都岐に回り込んで顔を覗き込んだ。

「…………………」

都岐は驚く事もなく、視線を文面から逸らす事もない。

「ふーん。あたしには何も話してくれないっていうのね」

金と紫の瞳をくるくるさせながら都岐の前に屈み込む。

一方、都岐の方は険しい顔つきでぷいっと横を向いてしまう。その動作に都岐の高く結い上げた黒髪が馬の尾のように跳ねた。

「あのさ、あんたっていつもそうやって感情を中に閉じこめちゃうけど、それって子供らしくないよね。でもさ、あたしはそんなあんたの事、可愛いって思ってるよ」

桔梗が警戒心を持たれないよう優しげに笑って都岐の頭に触れようとした瞬間、都岐は咄嗟に桔梗の手を強く振り払った。

「あっ……」

パンっと乾いた音が響く。

桔梗は瞳を曇らせた都岐に対して気にした様子もなく、母親が浮かべるような笑みを浮かべた。

「大丈夫よ。あたしは大丈夫だから」

都岐の瞳が戸惑いに揺れ、そっと桔梗に近寄ろうとしたところで牛車の止まる音が聞こえた。

緋桜が出かける為に呼び寄せたのだろう。

その音を耳にして都岐はすぐに駆けだした。

「ちぇっ。結局は兄様なわけね」

桔梗は肩を竦めた。

視線を向けると緋桜が都岐を抱き上げて笑っている光景が目に入った。

早く自分もあの中に入りたい。

「ふぅ…。頑張るしかないもんね」



それから都岐が館に来て更に時間は流れた。

都岐は相変わらず緋桜以外の者とは口をきかず、女官や従者たちにも懐かなかった。桔梗も根気よく話しかけているのだが、中々都岐は心を開かなかった。

そのたびに桔梗は淋しそうな顔をするのだが、都岐には笑顔だけを見せた。


今日は卯月の中の酉の日。加茂祭の為に緋桜は朝から館を空けていた。

その為、普段都岐は緋桜と一緒でないと食事を摂らないので、留守の間、都岐の事を頼まれた従者たちは一様に困り果てていた。

「ねぇ、都岐。一緒にご飯しよう?」

その時、従者たちの横を颯爽とすり抜け、朱塗りの美しい膳を都岐の前に持って来た桔梗は広い室の中で都岐と向き合った。

「………………」

また例によって都岐は黙りを決め込む。桔梗それも分かっていたので気にした様子もなく膳を勧める。

「ねぇ、少しだけでも食べてみない?兄様がいなくてもちゃんと食事出来るってところを皆に教えてあげようよ」

怒りを出さずに出来るだけ優しく都岐の小さな手に膳と箸を持たせようとした。

「………っ!」

都岐が嫌がって膳を放り出そうとする。

「待ってよ。これ、今日の食事はあたしが作ったの。あまり家の事ってした事ないから美味しくないかもしれないけど、都岐の為に頑張ったの。だからお願いっ!」

緋桜に似た桔梗の美しい容貌が悲しみに歪む。よく見ると桔梗の白く綺麗な手にはいくつもの傷があった。この食事を作る為に彼女がどれ程の努力をしたのかが窺える傷だった。

元々手先の器用な方ではない桔梗の気持ちが伝わり、都岐は膳を桔梗の手に返した。

そして庭の方へ出て行こうとする。

「待ってよ。どうしても食べないっていうならいいわよ。あたしも付き合うから。都岐がちゃんと食事するまであたしも食事しないっ!」

桔梗は都岐に向けてきっぱりと言い切った。

本当の事を言うと桔梗はこの食事を作る事に夢中で昨日の夕餉から何も食べていなかった。

そんな状態での断食はかなり苦しいものになるだろう。

それでも桔梗は意志を曲げずに都岐の前に勢いよく正座した。

「……馬鹿者が」

都岐は憎々しげに呟くと、桔梗の座る真後ろに背中を付けるようにして座った。

どうやら桔梗の根比べの提案に乗ったつもりらしい。

「よ…よーしっ!負けないんだから」


ぐぅぅぅぅぅ………。

時刻は亥の刻。

緋桜は今日の内には戻らない。

桔梗と都岐の根比べは未だ続いていた。

だが桔梗の空腹は既に限界で、先程から腹の虫が盛大に騒いでいた。

「…………………」

都岐は背中越しに桔梗の様子を感じるとため息を吐いた。


そして更に半刻後。

遂に桔梗の華奢な身体が板の間に崩れ落ちそうになった時、後ろの都岐が動いた。

「……ちっ。しゃーねぇな。食ってやるよ」

「えっ…?」

朦朧とした意識の中、桔梗が顔を上げた。

言うが早いか都岐は箸を取ると勢いよく膳の中の固くなった飯を掻き込んだ。

「……やったぁぁぁ。食べてる。あたしの勝ちよ」

弱々しく桔梗が言うと、都岐がもう一つの膳に飯をこんもりと盛って桔梗に突き出した。

食えと言うのだろう。

桔梗は礼を言うと、都岐と肩を並べて食事を始めた。

「どう?あたしのご飯は」

「……固くて不味い」

「ちょっと、何よそれ。大体あんたがすぐに食べないからでしょ」

「……るせぇな。悪かったよ」

そう言って都岐は赤くなった顔を隠すように膳を高く掲げて飯を頬張った。

桔梗の飯はどれも生煮えだったり、味付けが中途半端だったりで、どれも食べられたものではなかったが、都岐は全て残さず食事を終えた。

そして食事を終えて都岐は一言桔梗に呟いた。

「これから桔梗が作った不味い飯は都岐が食ってやる。こんな不味い飯は身体に良くないからな。緋桜に食わすわけにはいかない」

「ふふふ。可愛いんだから」

桔梗はにっこり微笑んだ。


次回は更に長くなりそうです。次回はいよいよ白罪のうちの一人が登場するわけですが、これもちょっと複雑な事情を抱えています。つまりお約束な「都合が悪い時の記憶喪失」…この必殺技を使っているのです(笑)その不自然さをいかに自然に見せるかが課題…ですね。

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