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残光輪  作者: 涼月一那
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第一章

プロローグ部分です。この部分は「現在」第二章は「過去」になります。果たしてこの時代に眼鏡はあったのか…。そして迷ったのが「僕」や「私」等の一人称がこの時代ではどうなのか…。手探り状態で始まりましたが、正しい表現が見つかり次第修正したいと思います。

とろりとした闇が青々とした草原を覆い尽くす。

月の光一つ差さない空にはやはり星の一つも見当たらない。

そんな闇に包まれた草原に伸びる獣道をひた走る人影が一つあった。

それは小柄な壮年の男だった。着ているものは穴の空いた粗末な麻布を縫い合わせただけのもので、髷も結わない頭髪は汗と垢に塗れて顔や首にへばりついている。

だがその胸には男の身なりにそぐわない立派な書物が大事そうに抱えられていた。

「早く…、早くこれを御仁に届けなくては」

尋常ではない緊張と疲れから大量の汗が全身へ流れ落ちる。

それもそのはず、彼はここから山一つ越えた村からずっと休まずに走ってきたのだから。

彼は学者だった。

そして彼が両手でしっかり抱えている書物こそ、今巷を騒がせている人の肉体から魂魄を乖離させてしまう怪異の手がかりが記されている文献だった。

彼はそれを都で随一と呼ばれる陰陽師、御仁へ託そうと先を急いでいた。

都まではあと一息。

学者の男はやや安堵したのかここでようやく走る速度を緩めた。

「ふぅ。ここまで来ればもう大丈夫だろう。幸い追っ手らしき輩にも出くわさなかった事だし…」


「それは残念でしたね」


「……誰だっ!」

学者の男が荒い息を吐きながら獣道の端にある切り株に腰を下ろそうとした時、背後から急に低い男の声がかけられた。

その男から発せられる圧倒的な殺気に学者の男は仰天し、必死な顔で声のした方を振り返る。


「我が名は藤城。汚れなき白き罪人「白罪」が一人。遠路遙々ご足労だったが其の方の知識、我が盟主ロンファー様の理想の邪魔になる。よって覚悟願いたい」


藤城と名乗った男は一切の感情をそぎ落とした能面のような顔で学者の怯えきった顔を見た。

若い男だった。

榛色の瞳に腰まで伸ばした栗色の髪を結わずに背中へ垂らし、鼻の上に乗せているだけのような眼鏡から伸びた細い銀鎖が見た事もないような不思議な衣服へと繋がっている。

とにかく何から何まで不思議な存在だった。

藤城はこちらに向けて冷酷な笑みを浮かべ、値踏みするようにこちらを見ている。

「はっ…白罪っ。まさかあの一連の事件の首謀者の……」

「ほほう。流石は学士。中々の洞察力です。お見事ですね」

眼鏡を人差し指で軽く押し上げ、藤城は無感動に学者の男を褒め称えた。

どうやら彼なりの冗談だったようだが、学者の男からすると気が狂いそうになる一瞬だった。

「私は惨い殺戮は趣味ではありません。ですから条件次第ではこのまま其の方を生かして差し上げても構いません」

「と…取引という事か?」

「そうですね。そういう風にも取れますか」

藤城はまたもや楽しそうな様子で眼鏡に手をかける。

どうやらそれが彼の癖らしい。

「条件は何だ」

樹齢数百年は経過しているかのような大木を背に学者の男が問う。

今や男の全身は冷たい汗で水浴びでもしてきたかのようにぐっしょりだった。

「実に簡単です。其の方が我々に忠誠を誓えばそれで良いのです。其の方の知識は失うには惜しい。故にその知識を今後は我が盟主様の為に使って頂く事になる。

「くっ…。それは私に貴様らの仲間になれという事では……」

「ええ。その通りです。忠誠を誓えば其の方は我々と等しく永遠に滅びない肉体と魂魄を得る事になる。どうです?素晴らしいでしょう」

有無を言わせない藤城の瞳が月明かりも差さない闇夜に爛々と輝く。

その瞳の力に絡め取られたかのように男の行動は縛られた。

「……………」

「どうしたんです?こんな良い条件ですよ。今更考えるまでもないでしょう」

「………………永遠に滅びぬとはどういう意味だ?」

「おや。質問ですか。いいでしょう。それは即ち忌まわしき魂魄を縛る輪廻を断ち切る事ですよ」

「輪廻を断ち切るだと?それでは転生出来ぬではないか」

男の言葉に藤城の瞳がやや不快げに歪められた。

「当然です。どうして我々が汚れた神の創った束縛を受けねばならないのですか。どうやら其の方とはと思想が異なるようですね。残念ですが取引は中止です」

そう言った藤城は大きく息を吸い込むと、右手を虚空に翳した。

白く骨張った手が軋み、あっという間に皮膚が裂けその間から鋭利な弓形の刃が飛び出した。

「ひぇぇぇぇぇぇっ!」

男は悲鳴をあげて地面に腰を付く。そんな男の様子に藤城は満足げな笑みを浮かべ、ゆっくりと右手の刃に赤い舌を這わせる。

「……汚れた神へ、お祈りは済みましたか?」

闇夜に藤城の常軌を逸した笑みが不気味な陰影を描く。

そして次の瞬間、右手の刃が激しく鼓動を刻む男の左胸目がけて振り下ろされた。


…………!


だが思わず強く瞼を閉じた男の胸に衝撃は訪れなかった。

その代わりに乾いた金属の音が目の前で響いた。

「くっ……。誰ですっ!」

藤城がやや焦った声をあげた。

見ると右手の三本ある内の一本が根本から折れて数歩先の地面に突き刺さっていた。

藤城は鬼神のような形相で横やりを入れてきた闖入者の方を睨む。


「惨い殺戮は趣味じゃないんだう?」


すると闇の中から溶け出してきたかのような黒い狩衣を纏った青年が姿を現した。

年の頃は十代後半といったところか。

烏帽子から覗く髪は闇色。意志の強さを現す瞳もやや紫を帯びた闇色。そして額には鮮やかな炎を模した印が刻まれていた。

それだけで都に住まう者ならば、彼が何者か理解するだろう。

それは国内最高峰の術者である「御仁」の証だった。


「全く。あんた一人で勝手に行っちゃって…」

「そうだそうだ。僕は普通の人間なんだからな。殺気だの気配だのは全く感じないんだ。一度はぐれたら後を追うなんて無理だぞ」

その後から青年を追ってきたらしい二人組が喧しく喚きながら合流した。

一人は魔的な美貌をもった青年で御仁よりもいくつか上、二十代前半くらいの年齢だろう。

青味を帯びた銀髪に紅玉を埋め込んだように紅く輝く瞳を持っていた。

名を里見朱雀という。

そしてもう一人は筋骨隆々といった精悍な青年で、年の頃は二十代後半くらいだろう。

職業は医者をしている。名を吉野誠司という。

二人とも御仁の親友で、御仁が怪異を祓う際には必ず同行していた。

だが御仁は二人を見た瞬間、盛大なため息を吐いた。

「朱雀、誠司……。ついて来るなと言ったはずだ」

御仁…、彼の名前は御門都岐。年齢は御仁を継いだ十八のまま止まっている。

その都岐は軽く肩を竦めつつも、本気で厭だという様子もなく柔らかく微笑んだ。

「まぁまぁ。御仁の行くところ常に俺たちありだ」

「ははは。俺様はただの見物」

朱雀は本当に手伝う気はないらしく、見物する気満々の様子だった。

すると彼らの登場にやや面食らっていた藤城が何かに気付いたとでもいうように軽く頷いた。


「おやおや。誰かと思えば君はあの時の童ではないですか」

弓形の刃を都岐へ向け、藤城は新たな得物を見つけたというような深い笑みを浮かべる。

都岐の方はそれが分かっていたのか、不敵に笑った。

「何だ、今頃気付いたのか。都岐はもう気付いていたぜ。白罪……藤城。いや…鷹藤」

「それはそれは。私もまさかあの時の童がこんなに立派に成長しているとは思わなかったもので……。そうですかやはり「御仁」を継いだのですね。確かにあの時よりも良い瞳をしている」

感慨深く藤城は目を細める。

「……おい、知り合いか?」

その様子に誠司は隣の朱雀に声をかける。

すると朱雀は人差し指を誠司の分厚い唇に強く押し当てた。邪魔はするなということだろう。

誠司はやれやれ…といった様子で口を閉じた。


「お前は都岐と師匠を裏切った……。そして桔梗の心までも裏切った。だからお前だけは許さない。ずっとお前を探していたんだ。絶対に斬るっ!この師匠と桔梗が託してくれた残光刀でっ!」

都岐の手元の刀が紫雷の輝きを放ち、目の前の藤城へと襲い掛かる。

だが藤城は一歩も動かなかった。

そして軽く都岐の懐へ飛び込み、優しく耳打ちする。


「桔梗は生きてますよ」


「えっ……」

囁きは一瞬だったが、都岐の動きを封じるには十分な力があった。

「桔梗が生きているだと?」

その瞬間、都岐の脳裏に様々な記憶が次々と蘇っていった。

桔梗……。都岐の大切な家族。そして師匠である緋桜のたった一人の妹。

緋桜と桔梗の兄妹は都岐という存在によって運命を大きく変えられてしまったのではないだろうか。

都岐と出会わなければ二人ともあのような非業の死を迎えなくてもよかったはずだ。

それでも二人とも最期まで都岐を責めなかった。

願ったのはただ一つ。残された都岐の幸せ。それだけだった。

桔梗は笑っていた。

いつも優しく都岐を導いてくれた緋桜。

女人だというのにいつも凛々しく、強かった桔梗。

そんな二人に憧れていた。

二人のような大人になりたかった。

だけどそれは道半ばで断ち切られてしまった。

そう、あの出会いが全てを変えてしまったのだ。

第二章は過去、先代の御仁のお話になる予定です。

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