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ある刀の一生

作者: 捨石

 熱い。それはぼくの体の隅から隅まで真っ赤に燃えているから。

 痛い。それはぼくの体を何かで打ちつけているから。

 けれどその熱も、その痛みも、なぜかは知らないけれど耐えられる。それはぼくがただの鉄くずから他の何かになることを知っているから。

 カン、カン、とおじいちゃんが一心不乱にぼくに向かって槌を振り上げ、下ろし、そしてまた振り上げては下ろすを執拗に繰り返す。この人がぼくを生まれ変わらせるんだ。

 ほっそりとした腕からおじいちゃんの想いが伝わってくる。


 強く、もっと強く、

 そして美しくお前はなるんだ。

 今までにない、美しい刀になっておくれ。


 うん、なるよ。なってみせるよ。ぼくはおじいちゃんの想いに応えるように返事をする。

 ぼく、素晴らしいカタナになるよ。

 だからお願い、ぼくを生まれ変わらせて。


 ぼくを仕上げてからおじいちゃんは床に臥せてしまい、そのまま亡くなった。葬式にはおじいちゃんの子供がぼくを抱えて立ち会った。ぼくを鍛えている時とは打って変わっておじいちゃんの顔は青白くて、優しそうだった。

 ううん。おじいちゃんは優しかった。声には出さなかったけどぼくには分かる。槌を通して聞こえてきたのは、ぼくへの想いがあふれてくるものだった。

 おじいちゃん、ぼくを見てよ。ほら、すごいでしょ。この反りも、このきれいな刃紋も、みんなおじいちゃんが鍛えてくれたおかげなんだよ。


 だからおじいちゃん。

 ぼくを見てよ。

 ぼくを置いてかないでよ。



 ぼくに、ぼくに相応しい名前をつけてよ。



 名前をもらうことなくぼくはとある侍の手に渡った。侍が初めてぼくを見た時、これはすごい、と鼻息を荒くしてしげしげと見つめてきた。

 そりゃあ当たり前さ。ぼくは一番のカタナなんだから。他のと比べられちゃ困るよ。

 そうして、ぼくの最初の主人が決まった。


 侍は酒が好きで、人を集めては毎晩浴びるように杯を傾けた。

 確かに侍の腕は悪くなかった。どこかの指南役を任されたこともあったが、仕事などでもらったお金はすべて酒に代わり、ぼくを構えるより徳利を持つ機会の方が多い侍の腰にいたぼくはうんざりした。 

 だってぼくはあのおじいちゃんが造ったカタナなんだぞ。

 それなのに、いつもお酒お酒で嫌になる。ぼくはあんたの酔いどれ姿を見るために造られたんじゃない。

 結局、酒癖の悪さのおかげで剣術指南役は二月ほどしかもたず、それからも酒ばかりを買い漁る日が続いて、最後の最後にぼくを質に入れる事になった。僅か一年に満たない期間だった。



 質屋の奥にしまわれてから何年経っただろうか、とある大名の使いがぼくを手に取りすぐさま店主に掛け合い大名へと献上された。腹のふくれた大名はぼくを抜刀するとほほう、と侍の時と同じような声を上げた。

 そうして次の主人はこの大名となった。

 無銘の刀というのがさらに気に入ったのか、ぼくは大名の寝所である枕元に飾られた。

 特に不満があったわけでもなかったけれど、充足感があったとは言い難かった。刃の手入れは週に二度やってくれたけれど、いつもいつも同じ場所にいるものだから質屋にいた時と何ら変わらないのだ。

 変わったことといえば、時折夜中に大名が女を連れてきて、女にまたがり何やら腰を振って遊んでいるのを見るくらいで少しも変化がなかった。少なくとも前の主人だった侍の毎日は色んな場所へ行って人に会って会話をして、という当たり前のような変化があったが、ここにはそれがまったくないのだ。


 これからずっとここで暮らすのかなと思い始めた時、待ちに待った変化が訪れた。一揆だ。

 目を白黒させながらまごつく大名を後ろからばっさりと斬られるのを見た時は少し可哀相な気もしたけれど、聞くところによるとあの大名は農民が払えないような年貢を要求していてああなるのは当然の事だ、と皆が皆口をそろえて言っていたからきっとそうなんだろう。



 次の主人は、その村一番の剣客。

 彼は一旗上げようと江戸を目指し、行く先の道場という道場を破って連戦連勝で、江戸に着くと彼の名は幕府にまで届いていて将軍様を守るお仕事に就くこととなった。

 けれどなぜか仕事は京都ですることとなり、派手に染め抜いた羽織に袖を通して毎夜他の仲間と一緒に町を巡回していた。いつもいつも同じような道をぐるぐる回るだけの仕事で、ぼくはあくびが出るほどだれた気持ちで彼の腰にぶら下がっていたら彼が急に足を早めて走り出す。ぼくはびっくりしてあたりをきょろきょろと見回した。

 彼はある店の中に土足で上がりこんでいた。中にいた人がぼく達を見ると、すぐさま抜刀して斬りかかってくる。仲間の一人が踏み込んで腹を掻っ捌くと、どくどくと血を流して床にうつぶせに伏せた。

 次から次へと店の中から人が溢れてくる。が、背後からも仲間と思われる足音が聞こえてくる。彼はすでに数合斬り結んでいる仲間に遅れまいとぼくを構えて飛び込んだ。




 そういえば、初めて人を斬ったんだな。

 騒動を終えて呆然と立ち尽くす彼の手の中でそんな事をぼくは思った。これまで色んな人に使われてきたのに、と変な気持ちになってしまった。

 乾きかけた血とドロドロとした脂が体中にまとわりつく。不快に感じたが自分ではどうすることもできない。と、その時。

 生き残りの一人が突っ立ったままの彼に向かって突進してきた。男は満身創痍で、だらだらと血を流しながら言葉の意味をなさない叫び声を挙げている。彼はすぐに反応して男の斬りかかってくる刀をぼくで受け止め、


 キン、と儚い音を立てて

 ぼくの体は折れ、意識を失った。




 気がつくと、ぼくは彼女に抱かれていた。まだ十を過ぎてない子のようで、無邪気な顔をして縁側に寝そべってうたた寝をしている。

 自分の体を見てみると意識を失う前の記憶は正しいようで、自分の体が半分以下の長さになっている。小柄ほどの長さになった自分を見てぼくはため息が出そうだった。

 と、彼女がわずかに呻いて寝返りをうつ。そしてうっすらと目を開けて鞘に包まれたぼくと目が合う。

 おはよう、と彼女ははにかんで笑ってみせてくれた。その顔に、ぼくはどこか今まで感じたこともなかった温かさを感じた。

 いや、違う。これは一番最初に感じたものだったんじゃないのか。

 おじいちゃんから感じたものと限りなく似た感覚。なんの混じり気もない純粋な感情。

 ぼくはそうして、最後の主人に出会った。

主観で書き進めているため、説明描写が少なく雰囲気で読むようになってしまいました。

どのような感想でもお待ちしております。一言でもいいのでよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言]  刀の作られてからとある女の子の手元にたどり着くまでの変遷を淡々と書いていく文章に好感が持てました。  刀の名前が最後の女の子に命名されたらオチがついて個人的には好みです!
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