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空色電車

作者: 結寿

暗闇の中、踏み切りの前に立ち尽くす

風が吹いた瞬間に、空色(そらいろ)の電車が目の前で停車した

僕はそれを黙って見ていた

電車の扉はスムーズに開いて、中に僕を誘ってきた

その不思議な感覚に従って、電車の中へ僕は足を踏み入れた



電車の中は普通で、薄い水色の座席がある

薄い水色の座席は珍しかったけど、それ以外は変哲も無い電車だった

綺麗な車内の床は汚れ一つない

汚れどころか、靴の跡さえない

その綺麗さはまるで誰もそこを歩いたことがないようで、そこに足を踏み出すことを躊躇してしまう


顔を上げると、窓から入ってくる優しい太陽の光が頬を撫でる

窓の外の景色も普通で、綺麗な住宅街を走り抜けてる

景色に目を奪われて、視線が自然と後ろへと流れる、外の建物を追いかける

追いかけて、白い物体を見つけた

白い物体は頭で、その下には顔と体があって、頭を壁に預けて座っている

その顔についてる口は弧を描いていた

目が合って、会釈すると話しかけてきた

透き通る、声


「初めまして。君、あたしが見えるの?」

『・・・・・・・・』

「あれ?目が合ったのは気のせいだった?」


少女は、楽しそうに顔を歪める

その表情は歪んでいて、笑ってるとは表しにくい

真っ直ぐ表すなら、気味の悪い笑み


「ねぇ、見えてるんでしょう?」

『・・・見えてます』

「よかった。無視されてるのかと思っちゃった」

『してました』

「うわぁ、酷い」


嘘っぽい、乾いた嗤い声を上げる

その嗤い声も、笑いというには掠れた声で

喉を絞めたような声を上げる

少女の足は裸足で、床に足が着かないのか揺れている

視線は常に動いていて、窓の外の風景を追っている


「どうしたの?席なら空いてるよ」


少女の瞳が、一瞬だけ僕を捕らえる

瞳には、光が一切無かった

恐怖でひきつる足を動かして、少女とは向かい側の座席の真ん中に座る

座り心地の良いシートで、自然と肩の力が抜ける

正面には座席と窓だけ

窓の外の景色はさっきと変わって、住宅街は無くなってデパートが見える


「何でこの電車に乗ったの?」

『知らない』

「自分の意思で乗ったんじゃないの?」

『自分の前で停車したから』

「それだけの理由?」

『うん』

「そっか。変な子だね」

『君も変わってるよ』

「失礼だね。あたしの名前、(いおり)。君の名前は?」

『唐突だね。(うみ)

「いい名前だね」

『ありがとう。ねぇ、この電車はどこに行くの?』

「どこにでも」


庵の目が、僕に向く

光のない、濁った瞳


何処にでもいく電車

だけど、この電車は一度も停まっていない

窓の外はいつの間にか暗くなっていた

周りに光はない

身を捩って窓の外を見て、驚いた


『あれ、海があるよ』

「海の中を走ってるんだもん。当たり前だよ」


海の中を走ってる

外の景色はまさにその通り

でも、光が一つもないから、暗闇の中を走ってるようにも見える

そう、何もない

月灯(つきあか)りも、車内の灯りも、海には反射していない


「驚きすぎじゃないかな?」

『普通驚くよ』

「普通、ね」


庵が嗤う

目元を歪めて、つまらなそうに視線を動かす


「この電車は何処にでもいけるよ。願わずとも、勝手に。朝も夜も関係なく、走り続ける」

『庵はずっとこの電車に乗ってるの?』

「うーん、ずっとってどれくらい?」

『ずっとはずっとだよ』

「そう。きっと、ずっと乗ってるんじゃないかな」


ずっと、長い間この電車に乗っている

ただ、座席に腰掛けて頭を壁に預けて、視線で外を追うだけ

それは、とても退屈そう


『降りたくならないの?』

「さあ。分からないよ」

『この電車が好きなの?』

「あたしは、この電車から降りれないから。降りるなんて、考えたことがないの」


降りられない

それは誰が決めるのか

それを庵は知っているのか

でも、一番最初に聞かなきゃいけなかったことは一つだけ


『庵』

「なに?」

『この電車は、一体なに?』

「電車じゃないかな」

『そうだね。でも、なに?』


庵の素足がじたばたと動く

足の動きと一緒に、座っている座席が上下している

それを僕は目で追う

視線に気づいたのか、庵が動くのを止めて、つまらなそうに嗤う


「別に。ただ、この電車に乗った人は、次があるだけ」

『次、なんだ』

「うん。それだけだよ」


「この電車に乗る人を、沢山見た。でも、みんなちゃんと降りてったよ」



窓の外は何時の間にか明るくなっていた

庵の後ろの窓に、誰かが立っている

それに気づいて、頭をずらしてくれた

正面の窓に、母さんたちが立っていた

顔を両手で覆う母さんに、俯いて肩を震わせる父さん


『何で、いるの』

「これは未来」

『未来?』

「うん、未来。君に訪れた、未来」

『僕に、訪れた未来なの?』

「正確には、君だったもの、だけどね」

『過去形なんだね』

「じゃあこの景色に覚えがある?」

『ないね』


僕は知らない

真っ黒な服を着て、涙を隠す母さんたちの姿なんて


電車は停まらない

だから、母さんたちの姿も後ろへと流れていく

自然と座席から立ち上がって、見えなくなるまでその姿を目で追った

姿が見えなくなった外の景色は、どんよりとした街中を走る

そう、街中を走っていた


『本当にどこにでもいくんだね』

「そうだよ」


視線が自然と窓の外に向く

喋っているのは庵なのに、僕は景色にばかり目を奪われる

少しの間に外は色々な場所になる

今より幼い僕が、初めて公園のブランコに座ったところ

母さんと手を繋いで歩くデパートの中

雷雨の激しい空の下にある森の道

見たことのない、煙突のついた建物


知らない場所と、知ってる場所をランダムに走る電車

過去と未来を、自由に走り回る電車

この電車は、一体なに?

それを説明するのは、とても難しそう


「あたしね、ずっと見てきた」

『過去を?』

「過去も未来も、両方。あ、もうすぐ海は降りれるよ」

『分かるの?』

「何となくだけどね」


『ねぇ、何でこの電車を降りるの?』

「さっき説明したじゃないか」

『もう少し、わかりやすく』


そう、と言いながら庵が思案する

沈黙してるけど、庵の視線は僕に固定されてる

この視線が少し、怖くなる


「あたしは、降りられない。

 次を、期待してないし、望んでないから」

『じゃあ、僕は次を期待してるんだね。

 よく分からないけど、次って、未来のことだよね』

「ちょっと違う。君が海で『いられる』のは、この電車の中だけ。

 この電車を降りたら、君は海では『いられない』。新しい君になる

 君は、次の『人生』を歩むことになるのさ」


庵の瞳が、少しだけ輝いた

無意識に、壁に預けていた体を起こしてしっかり座席に座る

宙に浮いていた足が、床に着く

頬を歪ませるのを止めて、大きな瞳を細めた



「この電車は、いなくなった者を次に運んでくれるのさ。新しい人生の出発地点に」

『凄い電車だね』

「確かに、凄いよね」

『庵は、どうして降りないの?』

「降りたくないよ。次なんて、面白くない」

『面白くない?』

「そう。だって、目的がないから」


細めた目が、窓の外を見る

首を捻って振り返ると、庵が立っていた

白い髪じゃなくて、普通の黒い髪に丈の長いワンピースを着て立っていた


『あれ、庵だよね』

「そうだね。はじめて見る」

『今まで見たことのない庵?』

「きっと、訪れるはずだった未来だね」


一度首を戻して、庵の表情を伺った

死んだような瞳に戻っていて、でも泣きそうな顔をしていて

僕が口を開こうとすると、庵が先に言った


「あたし、泣きそうだね」

『うん。どうして?』

「悲しい。あんな未来、あったのかな」


あんな未来

窓の外に目を凝らす

外にいる庵を、誰かが抱きしめてる

庵の肩が小さく震えていて、泣いているようにも見える

抱きしめてる人は男みたいだけど、背丈が庵とほとんど変わらない

顔を上げた庵は、頬を涙で濡らしていて

でも、笑顔で何かを言ってた


突然、電車がスピードを上げた

車内が大きく揺れる

庵は動かない

僕は立ち上がって窓に張り付いた

外の二人と、目があった

庵を抱きしめていた男が、口を開いた

凄いスピードで走る電車の車内は揺れてるのに、たしかに見えた

口パクで、伝えてきた


視界が白くなった

外の景色が、なくなった

白い空間を、音もなく電車が走る

深呼吸して、振り返る


庵が、嗤った


「時間だね。海、君は降りれるよ」

『もうすぐ電車が停まるの?』

「うん、すぐに停まるよ」



『ねぇ、庵』


「何かな?」


『一緒に降りよう』


「・・・・・・・・・・・」


『次を、望もうよ』


「いや」


『何で?』


「もう、苦しみたくない。あたしは『庵』を自分なりに昔、頑張った」


『もう一度、頑張らないの?』


「あたしは弱虫だから、目標もなく頑張れない」


目を閉じると、足をまたばたつかせる

子供が駄々をこねるように、落ち着き無く体を揺らす


『庵、この電車は未来にもいくんだよね?』

「そうだよ」

『新しい未来にも、いってくれるって知ってた?』

「新しい未来?」


新しい未来

庵はこの電車で、『庵』の過去や未来を見続けた

でも、今見た未来は違う

あれは『庵』の未来じゃない


『さっきのは、君の未来だ』


「あたしの未来?」


『そう。庵の未来じゃなくて、君の新しい未来だ』


「嘘だ」


『嘘じゃないよ』



黒髪の君は、誰かを泣きながら抱きしめてた

それは、きっと僕だ

あの目は、確かに僕だったんだ

君たちが僕に言ったんだ



『僕は君にもう一度出会う


 新しい未来で、君を見つける

 

 この電車の中じゃ、そのときが訪れないよ


 未来じゃないと、そう出来ない』



「君が、あたしを抱きしめてくれるの?」


『うん。絶対に』


「未来への希望は、望む理由は、君との絆?」


『そうだと嬉しいな』


座席から、庵がはじめて立ち上がる

ずっと長い間座っていた場所から、自分の足で立ち上がる


瞳は、濁ってなかった

気味の悪い笑みはなくて、歪みもない、綺麗な顔




「やっと、許可が下りるね」


『許可を取らなかったのは、君だろう』


「そうだね」


君の手を、僕が取る


「次、逢うときは海じゃないのね」


『僕が海じゃなくて、君が庵じゃなくても、逢うから』




「thank you」



僕は、君の手を握って扉に立つ

扉は、迷いなく開く




『さあ、いこうか』




君を抱きしめた、僕が確かに言った


『一緒に』


一緒に、新しい未来へ





 

ありがとうございました


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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく、良かったです。 何がよかったとか言い出すときりがないんですが。 私はこの書き方が好きです。 憧れます。 [一言] 初めまして、凜香です。 結寿さんの書き方に純粋に惹かれました…
2013/03/16 12:12 退会済み
管理
[良い点]  詩のような書き方で文章を進めていくのが斬新でした。韻を踏んでみたり、言葉のリズムをもう少し音楽的にしてみたらもっとよくなるのではないかと思いました。 [気になる点] 誤字報告 十三行目 …
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