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4 お邪魔虫

 夜会が終わって数時間。こっそりと片づけを手伝ったわたしは、夜中に飲む……かもしれないから、と水差しを手に部屋に戻る途中だった。まぁ、その水差しは二つあるのだけど。

 一つはわたしの。

 もう一つは、領主様のもの。

 だいぶお疲れらしいので、簡単な甘味物も持参する。寝る前にものを食べるのはよくないというけれど、疲れをそのまま明日まで引きずるのはもっとよくないし。

 魔法で燈るランプの明かりも弱い、夜の廊下。すっかり慣れた場所を進み、目指すのは領主様がお休みになられる寝室だ。いや、実際はその手前にある自室だけど。

 もし眠っているなら、こっそりと水差しとお菓子を置いて退散。

 起きていらっしゃったら、今日のことをを謝罪しなきゃ。わたしのせいで、騒ぎになってしまったわけだから。……だから、寝ていますようにと祈るわたしよ、消えてしまえ。

 さて、部屋の前に到着だ。

「領主様、起きていらっしゃいますか?」

 一応声をかける。返事は無い。物音もしない。どうやら眠ってしまったらしい。そう時間が遅いわけでは無いけれど、もてなす側だからいろいろ疲れるのだろう。

 わたしは失礼します、と声をかけて部屋の中に入り。


「……あら、とんだお邪魔がきましたわねぇ」


 そこで、久しぶりに同姓の裸を見た。

 前に見たのはだいぶ昔。姉のすばらしく整ったプロポーション。思わず触ってしまった。どことは言わない。とてもやわらかくて、女として、妹として生まれてよかったと思いました。

 そんな思い出を破壊しかねない、目の前の光景。

 すけすけの、もはや着ている意味が無いネグリジェを纏い、ソファーに横たわっている領主様に馬乗りになっている姪御様。よく見れば、ほとんど脱げているじゃないか。

 もはや布地は、身体の起伏に引っかかっているだけだ。

 一方の領主様も、服はだいぶはだけているように、わたしには見えた。さすが今も鍛えているだけあって、なかなかたくましい胸板を……じゃない、そうじゃなくて、それは違くて。

 とにかく、二人が今からめくるめく大人の世界に耽るのは、わかった。いざ耽ろうとしたところでわたしが空気も読めず、ズカズカと乱入してしまったのだ。

 領主様はわたしを、ひどく驚いた目で見ている。きっと、年端も行かない姪に手を出す男だと思われた、とか考えているのだろう。大丈夫、わたしはちゃんと理解している。

 領主様は彼女を、娶ることにしたのだ。


「えっと、水差しここに置いておきますので、ごゆっくり」

 さっとおいて、ささっと部屋を出た。

 そして、脱兎の如く逃げ出した。

 部屋に戻るのも何なので、そのままいつもの裏庭に飛び出す。どうしてか、わたしは何かあるとここに逃げ出すことが多い。裏庭といいながら、結構開けているからなのだろうか。

 そのままいつもの泉へ。

 そのほとりに座り込んで、ひざを抱えた。

 まぁ、わかってはいたのだ。領主様はいずれ結婚して、つまりそういう行為もすると。その程度の現実は見えている。わかってもいる。なのに、実際に突きつけられるとこうだ。

 相手が姪御様だったからなのか。

 わたしが知らない相手だったらよかったのか。

 答えは無い、出るわけが無い。だって、一つしかないから。


 ――他の誰でもない、わたしじゃなきゃ嫌。


 でもそんなの言えないし、迷惑というかもうどうにもならないし。

 年齢も違う、身分だって違う。何一つとして追いつかない。もしわたしに巫女としての力がなかったら、傍にいることさえ許されない。それぐらいに、わたしとあの人は違うんだ。

 姪御様は血の繋がりで、彼の傍にいることが許される。

 わたしより、あの人はずっと近いところにいる。

 羨ましいなと思い、妬ましいと思う。精霊がざわついて、少し賑やかになる。

 でも、わかっているの。彼女をこの世から消したって、わたしが同じ場所に立てるわけでは無いんだってことは。結局のところ、わたしは彼にとって娘か、それに等しい存在。

 どうやったって、この差は埋まらないのだから。

「――」

 唇を開く、旋律を解き放つ。

 そして歌った。

 わたしが好きな、他愛の無い子守唄を。

 それは昔、お母様が好く歌ってくださったもので、精霊がわたしの声で一緒に歌いだしたりするものだから。だんだん、眠くなって、わたしはそのままころんと横たわった。

 目を閉じると思い出すのは、さっき見た光景。

「ヤダなぁ……」

 一度ぐらい、何か行動していれば、よかったな。



   ■  □  ■



 こんなところにいたのか、と声がする。

 うるさいなぁ、と思ったけれど、身体は動かない。

 揺さぶられたり、肩をたたかれた気がする。でもやっぱり身体が動かない。

 そうこうするうち、抱き上げられた。ふわりと香るのは懐かしい香り。懐かしくて、それから大好きな香り。じゃあ、このままほっといてもいい。この人は安全な人だから。

 悲しいくらいに安全なひと、だから。

 ゆらゆら、とゆれる。どこかに移動しているようだ。精霊が、わたしがもう悲しくないよう念入りに『歌ってくれた』おかげで、わたしの意識はかなり深いところまで落ちている。

 いつも、寝て起きたら笑えるとか言ったり、実際にそうだったからだろう。

 あの子達は、基本的に物覚えもよくてやさしい子だから。

 誰かに横抱きにされて、わたしはどこかに運ばれているようだ。わたしは華奢だけど決して軽いとは言いがたい。なのにやっぱりこの人は、軽々とわたしを抱きかかえてみせるのだ。


「どうして!」


 声がする。

「なぜそんなバケモノなんですの! わたくしの方がおじ様にふさわしいし、誰もが認める花嫁になりますのにっ。お父様だってそう言いましたもの。それにそのバケモノの姉が、わたくしをコケにしましたのっ。殿下をわたくしから奪うなんて、バケモノのクセに……っ!」

 女の子の声だ。少女の声、かもしれない。泣きそうな声だ。どたばたと暴れ、聞きなれた男性の声が彼女をいさめる。その声はわたしの傍から聞こえ、とても冷たい色をしていた。

「お前は彼女にひどいことを言ったな。挙句、俺の寝室に勝手に入り込んだ。今も彼女の家族を侮辱している。それは彼女らの父に子を任された俺に対する、侮辱でもあるな」

「だ、だってわたくし、おじ様に」

「明日の朝、王都に帰れ。でなければお前の発言を、王都の大神殿に届けてもいい。どうせ俺は兄とは縁を切る予定だからな。そっちがどうなろうと知ったことではない」

「おじ様……っ」

「これを傷つけることは許さない。それが誰であってもだ」

 連れて行け、と冷たく言い放ったあの人は、また歩き始める。

 おじ様、おじ様許してごめんなさい。悲痛な声が遠ざかる。どこかに、朝まで押し込んでおくのだろうと思うけど、一応は姪で、女の子なのだから優しくしてあげてもいいと思う。

 しかし、それをいうことはできないまま、わたしはまた運ばれる。

 屋敷の中のことはかなり把握していると思うけど、さすがにこう目を閉じた状態で運ばれるとどこだかわからない。階段を上ったから二階か三階のどこか。目的地はどこだろう。

 わたしの部屋は二階の隅っこに、彼の部屋は最上階である三階に。三階は基本的に屋敷の主とその家族のための部屋で、子供部屋にちょうどいい部屋が三つ四つあったと思う。

 そして、裏庭に面する部屋が書斎で、中央をはさんだ反対側が夫婦の部屋。


 二階に行くだけにしては、ずいぶんと距離がある。

 ……じゃあ、三階?


 でも、どうして。

 ゆっくりと意識が浮かんでいく。わずかに、身体が動くようになった。けれど、わたしが自分の身体を取り戻すより先に、背中がふわふわしたやわらかくて心地よいものに触れる。

 あぁ、これ、知ってる。

 ベッドだ。

 ずっと昔にあの人とお昼寝した、あのベッド。

 もう長い間このベッドには触っていない。そもそも寝室にも入っていない。いつから、といわれると記憶があいまいだけど、もう数年単位なのは間違いないだろう。

 そんな風に甘えることができない相手だとわかったから、できるだけ距離をとったのだ。

 だけどわたしは、その場所に寝かされたらしい。どこかつつくように、頬を撫でられる感覚がある。少しごつごつした、お父様を思い出させる指先が、優しくてくすぐったくて。


 そして、わたしがぱちりと目を開けた。

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