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終焉の管理者  作者: りくつきあまね
罪の在処
3/5

日常とは儚くも Ⅱ

奇跡的更新スピードです!!れ、れせぷしょんはまだですがどうぞよろしくお願いします!!

 世界創造の時より世界の中心に聳え建つ神が創造せし塔。名は『エデン』。

 古より神の代行者として世界を管理してきた『管理者』達の故郷。その最上階『審判の間』。足下は部屋の隅々まで鮮やかな花々で埋め尽くされ、頭上に見える青空と太陽。ガラス張りの天井から入る日差しが部屋中を照らす。

 部屋の中央には黒柱の慰霊碑が建ち、黒柱の表面には無数の名が刻まれていた。

 黒柱の上に映し出された一人の男の映像。

 ベルギット=タールマン。

 その映し出された映像を眉をつり上げ見上げる一人の女性がいた。

 純白の制服、人形のように整った顔立ちに白い肌。足下まで伸びる長く艶やかな金髪。

「…………」

 女性は深くため息をつき、手を映像に向け掲げる。すると映像は途切れ、青空がほんの少しだけ顔を広げた。

 女性の曇った表情は晴れることなく、しばらく慰霊碑をじっと見つめていた。

 視界の端に空間の歪みと理力の流れを感じ、そちらの方向に体を向けた。

 すると空間の歪みから長い黒髪の少年が自分同様に白の制服姿で出てきた。

 少年は「ありがとうございます」と歪みの先に声をかけ、歪みの先からは「おう、じゃあな!!」と明るい活発な声が返ってくるのと同時に溶けるように消えていった。

「おはようございます、エデン」

 少年は艶やかで美しい長い黒髪を翻し、軽く会釈をした。

「おはようございます、アーリスト。今日も可愛らしいですね」

 エデンは黒髪の少年に全てを包み込むように優しく柔らかい笑顔を向けた。

「可愛いって……一応僕も男ですからね、あまり可愛いと言われても」

「そうだとは思うのですが……ふふ、やはり可愛らしいが適切だと思いますよ」

 神理第十三節『終焉』の管理者。シヴァ=アーリスト。それがこの少年の名前だ。

 太ももの辺りまで伸びる長い黒髪に、今は湿布で右頬は覆われてはいるがそれでも人形のように整った愛らしい顔立ちははっきりとわかる。

 くりっとした大きな瞳。形の良い鼻、柔らかく血色の良い唇。男にしては小柄な体躯。

 自分の瞳に映る姿は文句なしの美少女だった。

「先程の『転移』はヤヨイですか?」

「はい、僕では『転移』を使えないのでヤヨイさんにお願いしました」

「そうですか、ヤヨイとはよく会ったり話をしたりするのですか?」

「ええ、よく修練の手伝いをする事が多いので」

「なら良いのです。貴方とヤヨイは兄弟みたいなものですからね、私としてはその方が安心出来ますからね」

 エデンはそう言うと静かに歩を進め、シヴァの右頬に手をそっと添える。

「また、増えましたね」

「…………はい」

 シヴァは苦笑いを浮かべ、エデンの手をそっと下ろした。

「『最終審判』までもう四日間程だというのに何故こうも」

「それは仕方がない事です」

 シヴァはエデンの脇を通り中央に立つ慰霊碑へと歩み寄り、慰霊碑に触れた。

「僕はリディアさんからたくさん、たくさん大切な人達を奪ってしまったから」

 自分が犯してしまった過ちを肯定するつもりなんてさらさらない。

「自分にとって大切な人を大勢奪われてしまったら、誰だってどれだけ我慢すれば酬われるとわかっていても我慢なんて出来るはずがありません」

 この慰霊碑に刻まれた多くの名は全て、自分が十年前にこの手で奪ってしまった人達の名。

「だから『最終審判』が近づいていようと僕は償い続けなければいけないんです……僕が破壊される最後のその瞬間……そしてその先まで」

 慰霊碑を見詰めたままエデンに話しかける。

「それでエデン、今日は僕に話があるとの事でしたが…………」

「ええ、本当は私と『門番』だけで事を治めようと思ったのですが……一応貴方も知っておいた方が今後の事も対策を練りやすいと判断しました」

 エデンは右手を上に向けて掲げ、

「アーリスト、上を見てください」

シヴァはその声にゆっくりと顔を上に向けた。

「『展開』」

 するといくつもの映像画面が開き、一番最後に開いた画面が大きく拡大された。

「地図?」

「はい、地図を見ながらの方が説明しやすいですからね」

 エデンは腕を降ろしシヴァの隣まで歩く。

「貴方も知っての通り、この世界は神の塔『エデン』つまり私を中心にし六つの国々で成り立っています」

 まずは神の塔である『エデン』が建つここクラウン、その隣国でミストガン。そしてクラウンから東に海を渡りあるファルゼン、その下に連なってあるクロイツェン。クラウンにミストガンをまたぎ反対の西側にあるルーゼンベルクにゼルアーガの六カ国。

「ここクラウンを除いて、残りの五カ国である事件が起きています」

「五カ国で?全部同一犯の犯行ですか」

「ええ、ほぼ間違いなく」

 地図の画面が消え、代わりに女性五人が映る。

「これは」

「これが事件の犠牲者です」

 シヴァはエデンの言葉に引っかかりを感じてしまい、無意識に繰り返し口にしてしまった。

「犠牲者?」

 今、エデンはこの女の人達を『被害者』ではなく『犠牲者』と言った。そう、被害者と犠牲者。この二つの言葉は似ているようで意味合い的には全く別な意味合いになる。

「犠牲者って……」

「はい、この女性五人全員が殺害されています」

 鈍器で殴られたような衝撃が頭に響く。

「ただ殺されたというわけではありません。この方達全員同一の殺害方法でなくなっています」

 エデンは至って冷静に話を進め、また映像を切り替える。そこに映し出されたのはあまりにも凄惨で残酷な情景だった。

 場所で言えばただの商店街の通り。だが、地面や露店の壁、鮮やかに咲き誇っていたであろう草花達。そのどれもが飛び散った大量の血で深い闇のようにドス黒く染め上がられていた。

 そして壁に釘で打ち付けられた見るも無惨な遺体。

「っ」

 喉の奥から込み上げてくる嘔吐感に耐えながら殺害現場を見詰める。

「全員が喉から腹部までを引き裂かれ、内臓を全て外に引きずり出されています。引きずり出された内臓の中で二つ、無くなっていたものがありました。それは心臓と子宮です」

「心臓に子宮って……」

 シヴァは掌で顔を覆い、嘔吐感を飲み込み膨れあがるある感情に耐える。

「目的はまだ絞り切れてはいませんが二、三思い当たるものがあります。一度そちらに関係のある資料に目を通さなければ確実とは言えませんが……っ!?」

 不意に場を支配する荒れ狂う感情の波が熱波として伝わってくる。

「っ、アーリスト」

「くっ!!」

 今にも怒りで狂ってしまいそうなほどの感情の激流。

 切り裂かれた遺体の切り口、まるで子供がプレゼントを包んでいる包装紙をビリビリに引き裂くようにずたずたになっている。刀剣といった部類で切り裂いた跡じゃない。あれは素手で切り裂いた跡。

 遺体から伝わってくる歪な殺意が教えてくれる。

 一分一秒、より長く苦しむようにワザとああいう殺し方をしている。

 ズタズタに引き裂く事で女性に苦しみを長く感じさせた上で肋骨を全てへし折って、綺麗に引き抜こう何て全く考えず内臓を引きずり出してる。

「あっ…………と」

 まず間違いなく、この犯人は殺す事を楽しんでる。

「アー、す…………トッ!!」

 楽しむなんて軽いものじゃない。人を殺す事に快楽さえ覚えている。この犯人は生粋の快楽者だ。

 こんな奴が生きる事なんて許されない、許されて良いはずがない!!

「アーリスト!!」

 耳元で怒号のように響く声に、

「うあっ!?」

後ろへ後退り、キィーッン!!と耳鳴りをする耳を押さえ声の主を睨み付けた。

「いきなりびっくりするじゃないですか!!」

「すみません、何度も肩を叩いたり名前を呼んだりしたのですが……」

「そ、そうなんですか?すっすみません」

 申し訳なさそうに謝るシヴァに、エデンは軽く咳払いを手を掲げる。

「話を元に戻します。私と『門番』で引き続きこの件を調べてみます、何か詳しい事がわかり次第貴方にも話します」

「わかりました」

「もうすぐ『最終審判』ですからね、少しずつ身の回りの物を整理しておいて下さい」

 開かれていた画像が全て閉じ、視線を慰霊碑に向ける。

「…………出来る事ならこの慰霊碑に貴方の名前を刻みたくはないのですが……やはり、気持ちは変わりませんか?」

 慰霊碑に触れ、消えてしまいそうな小さな声でシヴァに問い掛ける。

「はい、十年前のあの日。レノアおばさん達を殺めてしまったあの日から決めていた事ですから……でも」

 シヴァは悲しみに表情を曇らせ、慰霊碑に触れる。

「でも?」

「慰霊碑に僕の名前は刻まないでください」

「…………」

 エデンはシヴァの言葉に驚くこともなく、さも予想通りと深くため息をついた。

「この慰霊碑には世界に希望を託してくれた人達が眠る場所です」

 コツンッと額を付け、

「自分の身勝手な欲望の為に他の誰かの幸福を奪って、壊して……未練がましく存在する僕には資格がないんです」

祈るように瞼を閉じる。

「父さん」

 慰霊碑にそっと体を寄せる。

「あの時、約束したよね」

 亡き父と交わした約束。

「たとえどんな事があっても、たとえ誰が敵になっても」

 その決意を示す為に犯した罪。その罪は今も犯し続けている。

「絶対に護ってみせるって」

 でも、罪を重ねるのもあと少し。

「……もうすぐだよ、もうすぐ……っ!?」

 喉の奥から容赦なく込み上げてくる激しい流れ。それと一緒に体から力が消え失せ、花々を押し潰しながら膝を突く。

「ッ!?アーリスト!?」

 唇から溢れるドス黒い液体。それを抑えようと手で唇を覆うが、嘲笑うように指の隙間から止め処なく流れる深淵。咳き込む事すら許されず、全ての罪をかき出されているような虚無感。

 駆け寄ってきたエデンが血で汚れるのも気にも留めず膝を突くのと深淵が止んだのは同時。

「カッハ……ァア、ハッ……」

 全ての生を否定するかのように生気に溢れた色鮮やかだった花々を黒が支配し、シヴァを飲み込むように広がる血だまり。

「大丈夫ですか!?アーリスト」

「だ、大丈……夫です」

 シヴァは口元を袖で拭いながらゆっくりと力無く立ち上がり、白のズボンを払う。

「…………」

「もうすぐ、みたいです」

「あと、どれだけ残って」

「もって五日、だと思います……多分」

「五日……」

 シヴァは静かに微笑む。

「本当はリディアさんが成人するまでは持つはずだったんですが、今は『最終審判』までもてば充分です」

 慰霊碑を一瞥し、

「もう、僕にできることはそれくらいですから」

エデンに手を差し出す。

 エデンは差し出された手を支えに立ち上がり、

「それほどまでに時間が無いのですね」

「はい」

「この件は記憶の隅に置いてくれるだけで構いません、貴方は『最終審判』の事だけを考えてください。貴方が待ち望んだ大切な時……貴方の望む事を為してください」

そのままシヴァの小さな手をそっと握る。

「私からの話はこれだけです。貴方からは何かありますか?」

「いえ、僕からは何も……全部ヤヨイさんにお願いしてありますから」

「そう、ですか……」

 自分に向けて小さく微笑む少年。

 どうしてこの少年は自分に残された時間が限りなく無へ向かっているというのにこうも笑えるものなのだろう。まだ十五歳というのに既に自分はここまでなのだと、どうして笑って言えるのだろう。

「次に会えるのは『最終審判』の時ですね」

「ええ」

 悔しかった。自分は神に造りだされ遥か悠久なる時を、世界が創造された時から世界の『管理者』として存在していた自分。限りなく神に近い位置にいながら、自分はこの少年に何一つ力になれない無力な存在。

「それでは僕もこの後家の事が残ってますから帰りますね」

「そうですね、貴方も忙しい身ですからね。私が送ります、場所は家の前でかまいませんか?」

「はい、助かります」

 もう一度、柔らかく笑い嬉しそうにする少年。

 無力な自分にこの少年にできることはただ祈ることだけ。

 この子が死を迎えるその瞬間。その瞬間まで願おう。この子に許された時間の中で、数多くの幸せがあることを。自分自身の選んだ選択が正しかったと、全てを失っても幸せだったと。

 護り続けてきた彼女に壊されるその瞬間まで。

 そう…………この子の全てが終わるまで。

「門を開きます。少し下がっていてください……『転」

 エデンが理を発動しようとして突然『審判の間』にけたたましい警報音が鳴り響き、穏やかで済んだ青の世界は紅色に染まった。

「エデン!!これは!?」

「第三二五異界『カムイ』からです!!映像映します」

「これは…………」

 赤色の空に映し出される場景。そこは土煙が舞い上がり、その中で幾度と無く飛び散る火花。

「誰か戦ってる」

 シヴァは摂理『展開』によって映し出された画面を食い入るように見つめ、あることに気づいた。

 理力の気配が全くしない。

 普通、理力は『理』を発動していなくても歩いたり走ったり、働いたり寝たりといったごく自然な生活の中でも微量ながら漏れ出しているもの。

 それが全く感じられないなんておかしい。

「エデン、今『カムイ』にいる人達は?」

「今、検索しています」

 エデンは眉間に手を添え、

「現在『カムイ』にいるの二名、使用許可が出ていますが」

画面中に飛んでいた火花が止み、次第に土煙が収まっていく。

「使用者は」

「っ!!」

 土煙から姿を現した二つの人影。一つは黒の外套に身を包み、仮面で顔を覆った人物。そしてもうひとつは自分と同じ長い黒髪の少女の姿。

「リディアさん!?」

「ハートライトとファルケン女王です」

 土煙が完全に晴れ、外套の人物の足元には一人の女性が全身余すことなく傷だらけで倒れていた。

「オリウスさん!!」

「どうやら襲撃を受けて」

「エデン!!早く僕を『カムイ』に!!」

 考えるよりも体が動いていた。エデンから距離を取り、

「『召喚』!!」

右手から螺旋状の閃光が放たれ、純白の細剣が握られる。

「『転移』!!」

 それに答えるようにエデンの『転移』の発動。シヴァの前方の空間が波を打つ。

「フッ!!」

 自分の意思に従いあふれ出る理力。

その力を体に留め、その強大な力を行使する摂理『身体強化』。

「お願い!!間に合って」



「ぐっ…………ぁ」

「あっけないものですね」

 男は顔を上げ、リディアの首を掴む手に力をこめる。

「一国の主たる貴女がこんな小娘一人護りきれないとは」

「り、リディア」

 リディアから立ち上る青白い光。それは男が左手に持っている赤い紅玉に流れこみ、紅玉は自らが放つ淡い赤い輝きを強めていく。

「しかし、この理力の絶対量……感嘆に値しますね」

「あ、あ……っくぁ」

 何、これ?体から力が抜けてく。体の中から力を全部奪われていくみたい。

 次第にリディアの瞳から光が薄れ四肢は力なく垂れ下がり、右手に握っていた軍刀が手から放れ地面に突き刺さる。

「十年前で既に私より上だったのにまさかここまで増大しているとは……これならば『対価』を収集しなくても構いませんでしたね」

「対、価……?」

 リディアは朦朧とする意識を保とうと言葉を紡ぐ。

「これだけ『略奪』で理力を奪っているというのにまだ会話をする力が残っているとは、さすが『宿主』ですね」

「『宿主』?」

「今から死ぬ貴女には関係のないことですよ」

 男はケラケラと笑い、更に首を絞める手に力が増し、体を襲う脱力感も強まっていく。

「ぐっぁ……ぁ、あっ」

 も、もう意識が。

「その子を、放しなさい!!」

 オリウスは軍刀を地面に突き刺し、それを支えにゆっくりと立ち上がる。

 男は手の力を緩めることなく、オリウスに顔を向けた。

「その体でよく立ち上がれますね、あまり無理をしずぎると死にますよ?」

「その子を護れるなら死んだって構いやしないわ」

 目が霞む。結構しんどいわね。

 軍刀を引き抜き、正眼に構える。

 完全に不意を突かれた。『業火』と『光雨』の相殺でこっちの気が緩んだ時に『身体強化』に間合いを詰められた。理力には何の揺らぎもなかったから、その場にいると思ってたのに……。

 今の『身体強化』もそうだけど『土柱』や『光雨』の時もそうだった。

 全く理力の波や気配を感じられない。

「…………全く」

 男は落胆したと言いたげに首を横に振り、肩を窄めた。

「貴女を見ていると彼を思い出してしまいますね」

「彼?」

「『終焉』のことですよ」

「しゅ……え、ん」

 終焉、その言葉にリディアの四肢にわずかに力が戻る。

「ん?」

 腕を握られる感触に男はリディアに視線を戻す。

「まだ、死ねない……こんなところで」

「ふふ、最後の悪あがきですか」

「あいつを、ころさな……きゃ」

「次期女王候補が殺すとは穏やかではないですね」

 男は「ふむ」と小さく呟き、

「死に逝く貴女の代わりに私が殺してさし上げましょう」

「いやよ、あいつだけは、私が、殺す!!」

 消えかけていた瞳に微かに敵意の光が宿る。

「私は、みんなっの仇を討たなきゃ、いけないのに…………こんなところで、死ぬわけにはいかないの」

「みんなの仇とは……」

「『終焉』だけは……私が」

 男の手を引き剥がそうと、両手を掛けるが。

「貴女が『終焉』を殺す?」

 男の声に明確な殺意が込められ、

「貴女のようなゴミにできるはずもない!!彼を『終焉』を殺すのはこの私だ!!」

首を絞めている手に力が入る。

「かはっ!?」

 骨ごとへし折られそうになるくらい強い力で首を絞めつけられ、意識が捥ぎ取られる。

「彼は私の崇高で至高の研究を妨害し、あまつさえ十年前に貴女のようなゴミのために神を捨てた!!」

 今まで軽口を叩いてた男が初めて見せる感情の変化。

「『神の欠片』を宿していなければ何の価値もないゴミ風情が!!彼を殺すなどと口にするんじゃない!!」

「うっぁ…………」

「ゴミがっ!!」

リディアの首元から紅色の閃光が迸り、

「リディア!!」

オリウスはリディアを助け出そうとするが、足元がふらつきその場に倒れてしまう。

「ぐぅっ」

「『紅弾』!!」

 閃光が一層強く放たれ、オリウスはリディアの首元が吹き飛ぶ光景が浮かぶ。

「リディアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 オリウスの絶叫が世界に響き、リディアは瞼を閉じ一筋の涙が流れる。

 お母さん、お父さん……ごめんなさい。

「消えて無くなれ!!」

「あなたが消えてください」

男の怒声を静かに切り捨てる穏やかな声。

「何っ!?」

 男の側面の空間が螺旋状に歪むのと同時に現れた純白に身を包んだ黒髪の少年。

「ハァッ!!」

 紫電一閃。

 少年はリディアの首を掴んでいる腕を肘から切り落とし、リディアを抱きとめる。

 男は腕を切り落とされる刹那、反射的に後ろへと跳ぶ。

「…………間に合いましたね」

 少年はリディアの首から腕を外し、首筋に触れる。何秒かしてほっと安堵のため息をつく。

「うっ…………」

 リディアは薄れていく意識の中で自分を抱き止めている人物に視線を合わせ、

「………………っ」

姿を確認しようとしたがそれで限界だった。必死で繋ぎとめていた意識は助け出されたという安心感で暗い意識の底へと誘われてゆく。

 瞼をゆっくりと閉じ、暗闇に飲み込まれながら感じたもの。

 それはとても優しくて、とても温かくて、陽だまりにいるような安心感。それがとても懐かしくて。

「おかあ、さん」

 リディアはそう小さく呟くと完全に暗闇に意識を沈めていった。

「…………」

 少年は白の細剣『罰』を地面に刺し、オリウスの元へと歩み寄る。

「…………シヴァ」

 オリウスは少年の姿に緊張の糸が切れたのか、その場に座り込みシヴァを見上げる。

「遅くなってすみません、リディアさんをお願いします」

 シヴァはオリウスにゆっくりとリディアを渡し、

「オリウスさんは『転移』でリディアさんと。エデンの所に……あとは」

地を貫きたつ一本の白い剣『罰』に向かい立ち、柄を握る。

「僕がやります」

「久しいですね、『終焉』」

 男は腕を切り落とされたということを全く気にしていないようで、耳障りな軽い口調に戻っていた。

「ええ、十年振りですね」

 シヴァは『罰』の柄を握り直し、引き抜いた。

 この剣を握る度に思う。


 ――――――重い。


 この剣の重みがではない。自分がこの剣で奪ってきた命の重さ。幸せの重さ。未来の重さ。そしてそれらを奪ってしまった罪の重さ。その全てをこの剣に、心に刻んできた。

「私がわかりますか?」

「ええ」

 こうして対峙しても理力は一切感じられない。おそらく理力察知を完全に無効化する新しい『理』を造ったのだろう。人が『理』を造り出すのには『対価』が必要なのだが。

「ここ最近、同一犯の犯行と思われる殺人事件が五件ありました。犠牲者は全員女性でした。覚えはありますか?」

「私ですよ」

 男は何の感情も感じない声で即答した。

「そう、ですか」

 十年前から変わらない不快極まりない威圧感。たとえ、理力を感じることができなくても目の前の男が誰であるかを教えてくれる。

「ふむ、少し話をしたいのですが」

「いえ、あなたと話す事は何もありません」

 男から視線を外すことなく、剣を構える。

「ベルギット=タールマン」

 十年前に果たせなかった約束を今ここで果たす。あの人達と交わした約束を。そして自分が犯してしまった過ちを。

「あなたを排除します」

「貴方にできますか?こんなゴミ、そしてこの腐りきった世界の為に時間を無駄にした貴方に」

 自分が造り出してしまった憎悪と絶望の運命の螺旋を永遠に終わらせる為に。

 自分の中に残された理力はわずか、一片たりとも無駄にはできない。余計な探り合いなんていらない、最初から全身全霊でこの人を殺す。それが今の僕にできるあの人達への贖罪だと思うから。



「神理第十三節『終焉』シヴァ=アーリスト…………押して参る!!」

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