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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第2章
9/60

白ご飯のおにぎり 1

お待たせしました!

「ランクDの任務はこちらになります」


 受付嬢が笑顔で開いた冊子には、いくつかの手配書が挟まっていた。礼を言ってそれを受け取り、アルフィリアは一枚一枚それをめくっていった。


「魚の捕獲、キノコの採取、薬草採取。……採取が多いな」

「薬草の依頼は薬剤師様からのご依頼です。なんでも最近、採取ポイントが魔物に荒らされて、新しい採取ポイントを探しているとかで」

「魔物……」

 オウム返しに呟くアルフィに、受付嬢は頷く。

「キノコ採取もそうですよ。キノコの生える場所で魔物がうろうろし出したそうで。一般人では手が出せなくなったから代わりに採ってきてほしいと」

「……やはり最近、狂暴化してるんだな」


 聖王都で噂されていたことも本当だったのだなと、アルフィは思う。同意するように受付嬢が頷いた。


「とくにここ最近は魔物がらみの依頼が多いですよ。まったく、何とかしてほしいものですね」

「……そうだな」


「薬草採取はこの絵柄にあるものと同じものを一束取ってきていただければ報酬を差し上げます。群生している場所を見つければ特別報酬が出ます。受けますか?」


 アルフィに薬草の書かれた紙を見せ、受付嬢が流れるように説明する。絵柄を見たアルフィは、しばらくして頷いた。


「あと、このキノコ採取にも参加させてもらおう」

「指定されたキノコを指定された数量分取ってきてもらいます。……こちらがふたつの依頼書です。どうぞ」


「ありがとう。ところで受付のおねーさん、ひとつ気になることがあるのだが」

「なんでしょう?」

 首を傾げた受付嬢に、アルフィはどこか微妙な顔をしてひとつの依頼書を指差す。


「……浮気調査、もあるのか?」


「匿名希望様からのご依頼です。主人が最近夜遅く帰ってくるので尾行してほしいと」

「……冒険者の仕事?」

「お仕事です」

「……Dランク?」

「Dランクです」

 達人でさえ気配を消すのは意外と難しいというのに、なんてこっそりアルフィは思う。

「冒険者ギルドは町の人の味方です。どんなご依頼もお受けします」

 受付嬢はにっこり笑う。


 少しの疑問さえ打ち消すような、鉄壁の笑顔だった。











「というわけで、明日は山に入ってキノコ取りに行くぞ」

「その話の流れだと浮気調査も選んでくると思った」


 胸を張ったアルフィリアに向かってユークレースは苦笑を浮かべながら、目の前のスープに視線を落とした。目の前のスープを注文したのはアルフィリアだったからだ。ホカホカと湯気の立つ、キノコが入ったスープ。


「私もそれがいいかと思ったんだが、あまりにもネタすぎると思ってな」

「ネタ?」


 アルフィとユークが座るテーブルは他にも皿がある。

 焼き立てのパンが入った籠。

 木のボウルに入ったサラダは葉物野菜にベーコンを焼いたものが乗せられていて、チーズクリームのソースがかかっている。

 その横にはこんがり焼いた骨付きの鶏肉。


「いわゆる〝寝かせ〟クエストだ。Dランクでしばらく置いて、誰も達成できなかったらランクを上げていく。依頼するにも金がかかるからな、特にランクを高く設定すればそれだけ依頼料も多くなる」


 目の前に置いてあったほうれん草とポテトのグラタンを取り分けながら、アルフィはそう説明した。備え付けの木のスプーンで山盛りすくうと、それを自らの皿に乗せる。半分ほどすくったところで木のスプーンを差し出した。


「ユーク、グラタンいるか?」

「うん、ちょーだい」

 ユークは素直に受け取ると、皿を寄せてもらって同じようにした。

 その間、アルフィは自らの銀のスプーンを片手に説明する。


「冒険者として駆け出しのDランクに、気配消しの技術などあるわけがない。面白がって受けた輩があっさり調査対象の旦那にばれて、失敗として打ち切られるか、あるいは誰にも見向きされず期限切れとなり、依頼元の奥さんが依頼料を上げて高ランク任務として提出するか、だ」


「……なんかギルド信じられなくなってきた」

「アレアは聖王都と違って田舎だからな。ここは個人経営なのだろうし、そのようなあくどいこともできるんだろう」

 まぁ、冒険者ギルドに浮気調査を依頼するほうも依頼するほうだが、なんてアルフィは肩をすくめる。

「あ、ユークそこの粉チーズとってくれ」

「はい、どーぞ」


 近くにあった木の筒を渡しながら、ユークは「そういえば」と首を傾げた。


「依頼って自分のランク以上のものも受けられるんだよね」

「あぁ」

「逆に、ランク以下のものも受けることができる?」

「だと言っていたぞ」

 聖王都にてギルドマスターから聞いた説明では、とアルフィは付け足す。


 ユークは葉物野菜のサラダを取りながら続けた。

「なら、その浮気調査の依頼も、ランク以上の人が受けてくれる可能性もあるんだね。気配消しの技術を身につけたAランクあたりの面白がった冒険者とか」

「可能性は否定できんがな。まぁ、ランク以下の依頼を受けるのはメリットも少ないしギルドからも良い顔されないから、あまりやらないらしいが」

「というと?」

「報酬額も少ないし、やっても名誉にならんだろう。それにギルドにしてみればDランクの冒険者に斡旋する仕事がなくなってしまうからな」

「そうだねぇ。簡単な依頼もいくつかないと、新人が育たないしね」

 グラタンを口に運びながら、アルフィは肩をすくめた。

「まぁ、その新人Dランクの私たちから見ればまだ関係のないことだがな」




 現在、アルフィリアとユークレースは、クァルエイド国の玄関口とも言われる町に居た。

 町の名前はアレアという。

 乗合馬車を下りて、二人はそれぞれ別行動をとる。ユークレースは町の見物ついでに宿探し、アルフィリアは冒険者ギルドへ下見だ。その後合流し、ユークが見つけた「有名じゃないけど、みんな美味しいって言ってたよ」という、小さな食堂に来ていた。


「んん、ポテトがホクホクしてて美味しいな! ほうれん草の塩味も効いてる!」

 グラタンを口に運ぶなり、アルフィの顔が綻んだ。その表情を見ながら、ユークも同じようにグラタンを口に運ぶ。

「うん、美味しい」

「チーズかけるともっと美味しいぞ」

「ありだと。んー、アルフィ、スープも美味しいよ。パン浸して食べると美味しい。パンとろっか?」

「欲しい、くれ。あ、その丸いやつとレーズン入ったやつ!」

「クロワッサンも美味しかったよ」

「じゃあそれも!」


 町の中心部から少々離れたそこは、一階が食堂、二階が宿というありふれた個人経営の民宿だった。

 昼を少し過ぎた頃だったからか、まばらに客は居たものの混み合うほどでもなく、二人はすんなり席に着くことができた。

 そこで情報交換をしているのだが。


「アルフィ、がっつきすぎじゃない?」

 骨付き肉にかぶりついていたアルフィは、その姿勢のまま顔を上げた。目の前のユークは少し意地悪そうに口元を上げている。

「うまいんだから仕方ないじゃないか」

「……女の子ってもっとおしとやかに食べるんじゃないの? なにその男らしい食べかた」

「ナイフとフォークを綺麗に使うやり方など知らん。このほうが美味い」

「それは否定しないけどねぇ」


 相槌を打ちながらも、ユークはこれ見よがしにナイフとフォークを使って、骨付き肉を切り分けていく。使い慣れたその仕草を、アルフィはしばし見つめた。

「……慣れてるんだな、ユーク」

「まぁね。でもやっぱアルフィみたいにかぶりつく方が美味しいけど」


 早々にナイフとフォークを置いて、ユークもまた、アルフィと同じように骨の部分にかぶりつく。その間こっそり切り分けた肉をテーブルの下へ運んでいた。

 膝に置いた鞄の中――ジークハルトに、こっそり差し入れをしているらしい。肉を切り分けたのはアルフィをからかう目的ではなく、ジークに与えるためなのだろう。

 顔は面白そうに笑っているが。


「まぁそもそも、公式の場では取り分け方に気を使いすぎて味とか分からないんだけどね。食材とかきっと美味しいはずなのに、マナーを気にして楽しめないし」

 ユークの言葉の違和感に、ついアルフィは口を滑らせた。

「ユークはそういう場に行ったことがあるのか?」

「…………まぁねぇ。といっても真似事みたいなものだったけど」

 数秒の沈黙の後、ユークは何気なくそう答える。

 だがユークの視線が若干泳いだのをしっかり見てしまったアルフィは、それ以上突っ込むことはなく話題を変えることにした。


「ユーク、あの炒め物も頼んでいいか?」

「……ホント良く食べるねアルフィ」

 ユークが呆れた顔をした。





「はい、どうぞ」

 やがてあらかたテーブルのものを食べ終わり、一息ついた二人の前にとん、とん、と小さな皿が置かれた。見上げると、エプロンをつけたやや恰幅のいい女性がにっこり笑っている。

 置かれた皿には紫色のアイスクリームが添えられていた。上に乗せられた小さな葉が綺麗な彩りになっている。


「女将さん、とても美味しそうなのだが私たちは頼んでないぞ?」


 アルフィが首を傾げて問いかけると、女将は腰に手を当てて得意そうに眉を上げた。

「アンタたちがあまりにも美味しそうに食べるから、こっちも嬉しくなっちゃってね。サービスの葡萄アイスさ」


 思わぬ答えに、アルフィの目が見開かれた。みるみるうちに瞳を輝かせて、おぉぉと感嘆の息を漏らす様子に、ユークは思わず苦笑を浮かべる。


「いいのか!?」

「いいさ、お代もいらないよ。こちらもあれだけうまそうに食べてくれたんだ、作り甲斐があったよ」

 厨房の旦那も許可したんだと女将が言えば、アルフィは満面の笑みで「ありがとう!」と言った。


「ありがとうございます、俺にまで」

「甘いモノは好きかい? こっちで勝手に作っちまったけど」

「甘いモノも好きですよ。なにより特産の葡萄が食べられるなんて嬉しいです」

「おや、知ってたのかい」


 さっそく口をつけるアルフィたちをしばらく見下ろし、女将はそのまま腕を組む。

「アンタたち、旅人さんだね。このへんには観光で?」

「うむ。葡萄が季節だと聞いたのでな。特にクァルエイドは甘味所が多いと聞くから、食べ歩きをしてみたかった」


 横目で店を見渡せば、お客の姿も閑散としている。ピークも過ぎてひと段落したので、世間話を持ち掛けたのだろう。

 了承してアルフィが答えれば、追いかけるようにユークが補足した。

「町の評判を聞いてこちらのお店に来たんですけど、評判通り美味しいですね」

「おや、嬉しいこと言ってくれるね!」

 途端、破願した女将にばしんと肩を叩かれる。わずかにユークが眉をしかめたのを、アルフィは気付かないふりをした。


「食べ歩きをしたいなら西の方にあるお菓子屋さんにも立ち寄ってみると良い。季節限定の珍しい菓子を売ってるんだ」

「おぉ、それは本当か?」

「餅を甘辛いたれをつけて焼いたものなんだ。香ばしくてモチモチして美味しいよ」


 きらきらと瞳を輝かせて身を乗り出すアルフィに、ユークは呆れた顔を浮かべる。

「まだ食べるのアルフィ」

「いや、さすがにお腹いっぱいだ。腹ごなしをして小腹がすいたころに伺うとしよう」

「結局食べるんじゃない」

「悪いか?」

 半眼で睨まれ、ユークは両手を上げて降参のポーズをした。

「ま、甘い物は別腹って言うからね」

 女将もまた、アルフィに味方をする。


 それから今度はユークに視線を合わせた。

「どこから来たんだい?」

「聖王都からです。今朝この町に」

「ほぅ、やっぱりそうかい。最近多いんだ、その冒険者の人たちが。アンタたちも勇者様の儀式を受けたのかい?」


 悪気ない問いかけに、アルフィは笑顔で答える。


「うん、でもやっぱりダメだったよ」


 旅を始める際、二人でいくつか決め事をしたが、そのルールのうちのひとつだ。勇者の選定式に行ったことにする。理由はそのほうが自然だからである。

 聖王都の冒険者ギルドのマスターのように、〝説明をしなくても良い〟相手ではないからだ。


「そうかい」


 女将もまた、特に気を留めることなく答えた。さして珍しいことでもないとでも言うように。

「冒険者ならウチにも泊まれるね。もし宿が決まってないならこのまま止まるかい? 部屋が空いているんだが」

「それはいい、こんな料理が美味しい場所に泊まれるなんて。ぜひお願いしたい」

 女将の言葉に首を傾げるユークに、アルフィは一度女将に答えてから視線を合わせた。ユークは小さくこくりと頷く。

「宿帳を持って来よう」

 新たなお客を一組勧誘できた女将は、そのまま上機嫌に踵を返した。

 エプロンの裾が隣の部屋に消える頃、アルフィはユークに向かって説明する。


「冒険者用の宿と、一般旅行客も泊まれる宿とあってな。冒険者用宿はそんなに長く泊まれないんだ」

「へー」

「小さい宿だと、長期滞在がいると部屋が回らなくなってしまうからね」

 例外もあるだろうが、とアルフィは付け足して、食べ終わったスプーンを置くと水を飲む。ずず、とすする音がした。







 と。


 ふとユークが横を向いた。そのまま微動だにしない様子に、アルフィも視線を向ける。


 女将が出ていった食堂の入り口から、小さな少女が顔を出していた。体を半分壁に隠し、伺うようにこちらを覗いている。


 白い肌に、トウモロコシのような鮮やかな黄色の髪をツインテールにしている。着ている物はピンクのワンピース。どこか怯えたように、その青い瞳を揺らしながら、ちらちらと目線を送っていた。


 アルフィたちではなく食堂全体を見ているのかと思ったが、どうにも視線が合うし(合うたびにそらされるが)目の前のユークが目線を外さないことから、こちらに意識を向けているのだと悟った。


「……どうしたの、お嬢ちゃん? なにか用事かな?」

 やがてユークが、人好きのする優しい笑みを浮かべて話しかける。少女は一度ビクッと体を強張らせ、体を引っ込ませたが、しばらくするとまたひょこりと顔を出した。


 こちらを見つめたままの二人にもう一度ビクリとしたが、今度は隠れず、そのままおずおずと姿を現す。それから意を決したように顔を上げ、軽い足音を立てて二人のテーブルに歩いてきた。

 ユークが優しい笑みを浮かべたままだったから、後押しをしたのかもしれない。


 テーブルの横に来た少女に体ごと向き直り、椅子に座ったままユークは少ししゃがみこむ。少女の背丈は、立ったアルフィの膝あたり、視線はテーブルより少し下だった。

「なにか用事?」

「……」

 少女は迷うように瞳を揺らがせ、俯く。

 その間も、ユークは人好きのする笑みを浮かべて沈黙を辛抱強く待っていた。


 やがておずおずと顔を上げた少女は、か細い声でこう言う。


「……それ、ネコさん?」

「……ん?」


 見つめる青い目は涙をたたえて潤んでいる。その視線の先は、ユークが膝に置いている四角い鞄。

「…………えーと」

 ユークが口元を引きつらせた。

「……これは、猫じゃないよ。荷物だよ」

「さっきパンあげてた」


 ユークの体が、あからさまにビクッとした。




見られてたよ、ユーク。



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