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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
間章 1
7/60

薬草茶(ハーブティー) 1

評価、お気に入り登録、本当にありがとうございます!!



 しん、と音の消えた深夜。

 月明かりのない暗闇の中、わずかに聞こえるのは人の呼吸の音だった。

 すぅ、すぅと規則正しく響くそれが、その者が眠りについていることを物語っている。



 横たわるのは、薄い毛布を羽織る華奢な女性だ。鞄を枕に、小さく己を抱くように丸くなっている。

 その横に同じように横たわる、同じく毛布を羽織る男性。自らの片腕を枕にしていた青年は、その瞬間前触れもなくぱちりと目を開いた。



「…………分かってるよ、ジーク」


 小さくそう呟いて、青年は、いつのまにか顔の横に近づいて鼻先をすりつけてきている子竜の頭を撫でる。それからゆっくり起き上がると、青年の体から毛布がずり落ちた。

「……まったく。ホントに旅してきたのかな」


 先ほどまで寝ていたとは思えない鮮明な声でそう呟き、傍らの存在を見てユークレースは呆れた顔を浮かべる。

 起きた気配にも気づかず、アルフィリアは小さく寝入っているようだった。


「鈍いのか、危機感がないのか、それとも俺が信用されてるのか……どれだと思う?」

「キュ」

 上半身を起こした手元に甘えているドラゴンは、その問いに首を傾げて答えた。

「……ま、いずれにせよ危ういのは同じか」

 ため息一つ。手元にいたジークハルトの頭を撫でると、ユークは音もなく立ち上がる。



「口実で護衛なんて言っちゃったけど、意外と仕事多そうだね」

「キュ」

「大丈夫だよジーク。あれくらいの気配なら俺だけで平気。アルフィ守っててね」



 フードをかぶったドラゴンは、了承したとでも言うようにアルフィの頭の傍に丸くなる。

 それを見届けると、ユークは細い剣を片手に、闇の中へ歩いて行った。
















 街と街を繋ぐ通行手段のひとつに、乗合馬車がある。

 人を乗せて運ぶ専門のものや、商人が荷物を乗せて運ぶ際に護衛として冒険者を連れて行く、といったケースなど多々あるが、目的は同じだ。

 馬車の質により値段も変わる。

 徒歩で行けなくもないが、運んでもらうほうが体力的に効率がいい。

 比較的庶民に根付いた通行手段だろう。


 クァルエイドの首都に行くには山を一つ越えるため、山中で一泊する必要がある。

 そのため、整備された街道には野宿をするための専用の広間が設けられている。そこには繰り返し使える竈や、水場、テントを立てるための簡単な小屋などが立っている。

 ランクの高い馬車だとわざわざ迂回して宿場町の宿に泊まることもあるが、今回はその馬車に乗ることもないだろう、というのがアルフィリアの見解だ。


「節約はしなければな」


 無駄に金を使うことはないだろう、とアルフィは説明する。宿付きプランは裕福層の貴族が利用するもので、冒険者たち荒くれ者はあまり利用しないのだ。



 道中の旅、退屈な座席の時間を地図と世界情勢の話で紛らわせ、アルフィたち一行は特にトラブルもなくほぼ予定通りの頃合いに広間へたどり着いた。

 それぞれ思い思いに設備を使い、思い思いの場所に就寝支度をして寝る。

 そうして一晩明かした後決められた定時に集合、また馬車の旅だ。


 アルフィが選んだのは中くらいのクラスの馬車だという。山中の宿に寄らないが、座席のクッションはそれなりに柔らかい。また冒険者以外にも一般人も交えた集団を結成するので、少人数で進む一行よりも比較的安心らしい(こういった一行の場合、たいてい馬車主が護衛として冒険者ギルドから冒険者を雇うからだ)。





 しかし、そのような集団の中にもやはり、一人二人荒くれ者はいる。

 特に冒険者という職業は、ならず者上りが多い。そのような輩は、時に同業者に対し、盗賊まがいのことをしでかすこともある。

 アルフィとユークは、旅人と分かる格好とはいえ一見すればやさ男とか弱い女性。ギルドカードを見せなければ観光で旅をする仲の良い兄弟、または恋人同士に見えなくもない。

 頭の悪い輩がちょっかいを出すのに、良い標的となるのだろう。




 馬車の面々は思い思いの場所に寝床を構え、一晩明かす。

 その暗闇に紛れて良からぬことを企む輩も存在する。要は口を封じてしまえばいい。周りは林だ。月明かりもない。

 声を上げなくさせてしまえばいいのだ。


 例えば全員に振る舞われる食事に睡眠薬か何かを混ぜ、護衛の冒険者もろともぐっすり眠ったところを、目星をつけたターゲットに猿轡か何かで叫べなくさせ、人知れず林に攫い、そして。

 護衛に雇われた冒険者も見回るものの、隙をつかれてしまえばなすすべもない。つまり自分の身は自分で守る。貴重品は肌身離さず。


 集合時間に間に合わなかった者は、ある程度捜索されるとはいえ、見つからなかった場合は放置される。そうした失踪事件は一時期後を絶たなかったそうだ。見かねたどこかの国の王が、馬車の護衛にひとつ仕事――夜の見回り――を付け足したという。また、馬車に乗るお客が(不可抗力以外で)怪我あるいは失踪した場合、クエスト失敗と見なされる。






――――というわけで、今回の護衛の皆様は食いっぱぐれるのだろう。




 そんなふうに結論付けたユークレースが剣を振るうと同時に、がす、と痛そうな音がして、ならず者の一人が地面に沈んだ。

 暗闇に慣れた目が、最後の一人が動かなくなることを確認して、剣を下ろす。相変わらず鞘に包まれたままだ。


 馬車に乗り込むときから、アルフィに向かう不躾な視線に気づいていた。同時に感じるわずかな殺気にも。

 冒険者に紛れた盗賊か、冒険者のならず者なのだろう。

 ねっとりとした獲物を定める視線はユークの神経を少なからず不快にさせた。だがあの視線を受けても顔色一つ変えなかったアルフィは、気付いているのかいないのか。


 ため息一つ。気に食わない理由はもう一つある。

「……――仕事はちゃんとしてくださいよ。金もらってんでしょう」

 暗がりに声をかける。

 ぽ、っと柔らかいカンテラの明かりが灯った。


「いやぁ、すまんすまん。あんまりにも兄ちゃんが鮮やかでなぁ」



 林からがさごそと出てきたのは、今回の護衛役である冒険者であるはずだった。







「見事だな。綺麗に急所を打って昏倒。暗闇に紛れて盗賊どもに気づかれることもなく、大立ち回りをするまでもない。

兄ちゃん剣士かい? だとすれば相当な腕を持ってるんだな」

「慣れているだけです。奇襲戦法も、睡眠薬も、こういうのも。

褒めて誤魔化そうったって無駄です。アンタらが仕事をしないから余計な労力使う羽目になる」


 ほのかに明るいカンテラ片手に佇むのは、大柄の男性だ。暗闇でも分かる赤い髪は短く、がっしりとした体格は獅子を思わせた。背負った獲物はハルバードと呼ばれる戦斧だ。年の功は五十代だろうか。けれど年齢を感じさせない若々しい笑みで、参ったなと悪びれなく肩をすくめる。


「決定的犯行があるまで、つまり手ェ出すまでオレらは見守らなきゃなんねーのさ。それに加勢しようかと思ったが、お前さんには逆に邪魔だろうと思った」


 言ってることは正論で、思わずユークは黙り込む。確かに、夜中にコソコソしているだけでは、怪しい行動ではあるが防衛する理由にはならない。


「……でもだとしたら、なんで寝たふりなんか」

「ある程度泳がせて様子見ろって言われてたんだよ。どうやら別のギルドで無法を働いて出禁喰らった輩らしーから、正当な理由つけてギルドもしょっぴきたかったんだろー」


 なるほど、すでにマーク済みだったらしい。事態を飲み込んで、ユークレースは臨戦態勢を解く。

「だとしたら、俺のほうが邪魔しましたね」

「いやいいんじゃねぇの? 兄さんら狙ってんのバレバレだし。正当防衛っつーことで」


 そのかわりコレやったのオレってことにしといてくれや、と赤髪の男は笑う。

 大柄な体格の割に愛嬌のある笑みだった。

「……そうしてくれると、助かります」

 大事にしたくなかったので、ユークは素直に頷いた。




 赤髪の男が持ってきていた縄で盗賊たちを縛る。朝になれば荷物と一緒に運ぶのだという。そしてクァルエイドの冒険者ギルドに突き出すのだ。


「観光でもしてんのかい?」

 作業中、赤髪の男が問うてきた。手伝いながら、ユークは首を振る。

「冒険者です。なり立てだけど」

「ほう、同業者か。どうりで腕が立つと思ったな。ランクは?」

「えーと、」

 答え方が分からず、首に下げた冒険者カードを引っ張り出した。口ごもるユークの顔の横にカンテラを持ってきて、ユークのカードを覗き込んだ男が答える。

「緑、ってこたDだな。ホントに新米か。今まで傭兵でもやってたんか?」

「あー……いや、その」

「ずいぶんと戦い慣れてたから、てっきりBかAランクかと思ったんだがな」


 ユークは曖昧に笑う。赤髪の男は一度顎に手を当てると、自らもごそごそと懐を探り、カードを引っ張り出した。


「オレはガイアスだ」

 カンテラに浮かび上がる文字は『ガイアス・マラツ』横に記された色は――


「……赤? ってことは、Aランク?」

「まぁな。一応」


 ユークは思わず目を見張る。冒険者ランクの説明はギルドで聞いているからある程度知っている。

 Aランク。上級色のはずだ。ユークにはまだそのランクがどれほど重要で、どれほどすごいことかは知らないが、それでもこの男がただの冒険者ではないことは見て取れた。


「……Aランク冒険者が、こんな馬車を守ってたの?」

 仕事内容が割に合わないのではないかと眉を寄せると、赤髪の男――ガイアスは肩をすくめる。

「まぁ確かに若干物足りねぇが、護衛の数からしちゃ妥当だよ」

「……」


 ユークとしては相場が分からないので何とも言えない。つまりこの馬車は護衛の数が普通より少ないのか、と頭で反芻した。


「しかしまぁ、今回は助かった。オレがやっちまうと大きな音立てちまうからな」

 盗賊を縛り終え、作業を終えたガイアスがにかりと笑う。

「お前さんほどの腕なら、すーぐAランクなんざ登っちまうだろうな」

「……ありがとうございます」


 率直な賛辞に顔を綻ばせる。ガイアスはよいせ、と盗賊の一人を抱えた。

「あとはやっとくからお前さんは帰んな。連れの嬢ちゃん、一人にさせとくにゃあぶねーよ」

「あー、うん。そうします」

 ジークに任せておいたからある程度は平気だろうが、確かに長く間を開けるのも良くない。

 促されて踵を返す。ならず者は退けたし、あとはガイアスに護衛を任せれば、この分だと今日はこのまま眠れそうだ。



「兄ちゃん」


 背中を向けたところで呼びかけられた。振り向くと、ガイアスが暗がりの中でも分かるくらい笑っている。

「クァルエイドにはしばらくいるのか?」

「連れの気分次第だけど、その予定です」

「オレもそうだ。ならこの礼といっちゃなんだが、どっかでまた会ったら飯おごらせてくれよ」

「……連れが喜びます」

 その土地一番の美味しい店を教えてくれたら、更に言うことはないだろう。

 苦笑してそう返す。

「ま、同業なんだしそのうち会えるだろ」

 次は連れのお嬢さんも紹介してくれという言葉へ適当に返して、今度こそ踵を返した。



もうひとつ続きます。

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