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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第1章
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炭火焼ハンバーグ 6

「ほらよ。これがお前の証明書だ」

 カウンターの上に置かれた四角いカードには、冒険者ギルドの文字と、名前が記されている。

 名前の横に白色の、長方形のマークが刻印されていた。促され、そこに指を置く。

 するとピリッ、と指が強張り、長方形のマークが青い光を帯びた。その光は筋となってアルフィの指に一瞬だけ纏わりつき、しゅるしゅると消える。

 指を離すと、白色だった長方形が薄い緑色に変わっていた。


 ギルドのマスターはそれを見届けた後、簡単な説明をした。

「これで登録は完了だな。

横の印はルーキーの証だ。達成した依頼のランクによって色が上書きされる。緑はDランクの色だな。

色は薄緑、濃緑、青、赤、銀、金と変わっていく、貼り出された依頼ボードに色が割り振ってあるからそれを参考にしな」


 続いてマスターは、昨日アルフィが達成したサイン済み依頼書をカウンターの横にある小さな箱に広げて入れ、ボタンを押す。

 ぽう、と赤いランプが灯ると同時に、マスターはアルフィのカードを箱の上にある切り込みに滑らせた。

 ぴ、という音がする。

「昨日の依頼達成を登録した。ほら、これが報酬だ」


 アルフィの前にカードと、いくつかの銀貨を置いていく。受け取りながら、アルフィは興味深そうにマスターの操る装置に視線を向けた。


「ずいぶんと面白い魔法なんですね」

「何年か前だがな、奇才と呼ばれる変人魔法使いが開発した〝トーロクソーチ〟だそうだ。まぁ、おかげでこっちはいちいちカードに書き込む手間がなくなったし、楽になったもんだよ」


 そこでようやく、ギルドマスターはアルフィの横に立ち、目を丸くしている青年の存在に気付く。


「………………どうしたにぃちゃん、毛の逆立てた猫みたいな目ェして。そんなに魔法が珍しいか?」













「指で触れたのは小さな魔法装置だ。最初に触れた人間の〝情報〟を登録する。

別の読み取り専用装置にて、本人の指とカードの情報を〝照合〟する。それが本人の証明になる」


 やがて冒険者ギルドを後にして、二人は近くの食堂で朝食を取っていた。


 昨日の説明時、割愛したことをアルフィは説明する。

「この魔法に触れたのは初めてか?」

「……てゆーか、魔法ってのを初めて見た」

 なにそれ、と首を傾げるユークを、アルフィもまた首を傾げる。


「魔法を知らんのか。また面白い過去を持ってるな。

……具体的に説明しろと言われたら困るが、特定のキーワードをもちいて発動する超自然現象、ってやつかな」

「……特定のキーワード?」

「魔術言語と言われるものだ。知っていれば初心者でも扱えるが、特定の発音と呼吸が必要だ。また何故か体力を著しく消耗するから、一般人にはお勧めしない。下手すると衰弱して命を落とす」


 ユークが眉を寄せた。何それ怖い、と呟いている。

 アルフィは一息入れるため、目の前のコーヒーをすすった。


「さっきのはあらかじめ組み合わせた魔術言語を刻み込んで、特定の動作をすると発動するようにした魔法装置だな。詠唱の必要がないので便利だが、設置にはかなり費用が掛かるから普通の人じゃ手を出せない」


「……魔法って、誰でも使えるの? 俺でも使えるかな」

「キーワードを知って、決められた発音と呼吸で詠唱すればな。けれど組み合わせが複雑だし、難しいから、訓練された者でないと予期せぬ効果が現れて暴走したりする。興味本位でやるならお勧めはしない」

「……そういうもんか」


 残ったパンの欠片を口に放り込み、はぐはぐと咀嚼して、飲み込んだユークがそこで首を傾げた。

「アルフィは使えるの?」

「…………あー、まぁ。一般的なやつなら」

「へぇ、すごい」

 目を丸くして純粋な憧れを見せたユークに、アルフィはいささかばつの悪そうに視線を逸らした。







 魔法は便利だが扱いが難しい。

 先ほど言ったとおり、ひとつでも詠唱を間違えれば暴走し、予期せぬ効果を生み出すからだ。

 それゆえに、人々が使う〝魔法〟がらみのことはすべて、『魔術師ギルド』への登録が義務となっている。(冒険者ギルドの登録装置も、魔術師ギルドに申請を上げて使用許可をもらっている)

 申請なしで魔法を扱う場合、魔術師ギルドから調査が入り、場合によっては投獄され罰を受ける。

 他のギルドとは違い、かなり厳しい管理体制をとっているのが通例だ。



 魔法装置の理論が開発されたおかげであのように一般人でも使用できるようになり、身近なものとなったが、そんなもろもろの理由から魔法自体を扱える者はまだまだ少ない。

 便利だが謎が多く複雑な魔法を扱う者は自然と研究者が多くなり、また変人が多いとされる。ちなみに登録装置を開発した魔法使いは人間嫌いで有名な変人らしい。

 魔法使いと聞くと、尊敬と畏怖を込めた目で見るのが通常である。


 ユークのような反応は、そのような常識を知らないがゆえの反応だった。

 それを教えるか否か。少しアルフィは迷う。





「しかし便利だねぇ。俺も使えるようになりたいな」

 まじまじと自分のカードを見ているユークの呑気な様子に、アルフィは結局指摘するのを止めることにして、話題を変えた。


「して、ユーク」

「なに?」

「もう一度聞くが、ユークは勇者選定の儀に行かないのか?」


 尋ねると同時に、今はユークの膝の上に置かれているだろう、四角い鞄のある方向へ視線を落とす。

 ……なんとなく、ユークは選定の儀へ行っておいた方がいいような気が、するのだが。



「……うーん。そうだねぇ」

 冗談で言っているのではないと、ユークも察したのだろう。一度視線を天井に上げ、考えるように唇を尖らせた。

「昨日も言ったと思うんだけど。俺には、世界を救う責任なんて負えないよ」

「……そうか」

「それにね、アルフィ。たぶん薄々気づいてると思うんだけど、」

 言葉を区切り、ユークは困ったように笑うと、声を小さくして呟くように言った。


「…………俺ね。ワケありなの」









 朝食があらかた終わったので、店を出る。

 朝の空気は日中と違って少し肌寒い。市場は買い物をする人々がちらほらと姿を見せていた。太陽がもう少し高くなれば、昨日のように賑わうだろう。



 人目をつかないように家の裏に入り込む。それから、先ほどの店でユークの皿からこっそりもらってきた豆のパンをジークに与えた。


「……詳しく聞かないんだね」


 はむはむと鞄に入ったまま、美味しそうに食すジークを見下ろして、ユークはぼんやりと呟く。


「……聞いた方が、いいんだと思うがな」


 壁に背を預け、行きかう人々から一人と一匹の姿を隠すように立ち、アルフィはぼんやりと腕を組んだ。


「面倒臭いことになりそうだから聞かない」

「うわぁ、冷たい率直な意見をアリガトウ」

「……私の中で、ユークは〝記憶喪失〟ということになっている」


 アルフィはあえて視線を合わせず、壁を見つめたままそう告げる。ユークもまた、アルフィを見ることはなかった。見ずに、けれど少しだけ目を細めた。


「……そうだね。そんなもん、なのかな」

「だから何かを知らなくても、今更驚かないし、警備兵の詰所に連れて行く気もない」

「うん」

「ユークレースとは昨日たまたま意気投合し、昼ご飯を一緒に食べた。……それだけの、関係だ」

「……うん」

 深入りするつもりはないと、伝わったろうか。アルフィは思う。


 好奇心はある。知的探究心は、アルフィは人一倍あると自負している。特に助けるわけでもないのに知りたいと思ってしまう、野次馬精神ももちろんある。

 けれどそれをすべて押し込めてでも、ユークの事情を聴くのは避けようと、そう思った。



 アルフィは人間だ。聖人君子でもない、自分勝手で自己中心的だ。

 これ以上背負いたくない。……自分のことで、手いっぱいなのだ。





「……――俺ね、この世界に愛着がないの」



 独り言のように、ユークがそう呟く。

 相槌を期待していないようだった。だからアルフィは何も言わない。


「守りたいものが、ないの」


 ぽつりと。

 何の感情も籠っていないような声が、落とされた。


「だから、こんな俺が聖剣を抜いても――――世界を、救えないよ」







「……そうか」

 それが答えかと、そう解釈した。





















 キュイ、とジークが鳴く。ご飯のお礼を言っているようだ。

「うん、どういたしまして。また鞄に入っててね」

 ユークはジークの頭を撫でてから、そっと鞄に押し込める。

 その一連の動作を、ぼんやりとアルフィは見つめている。


「終わったか」

「うん」

「なら、行くか」


 そろそろ次の目的地に行くための馬車を見つけなければならない。時間を調べ、目安をつけて、簡単な買い物を済ませる。

 別れの時間だ。



「ユークは、次は何処に行くのだ?」

「決めてないんだよね。アルフィはあるって言ってたっけ」

「うん。馬車を見つけなくては」

 まだ少ない人通りを、街の入り口に向けて歩く。乗り場は入り口近辺にある。

 広場を通り抜け、階段を下りていく。



 数歩降りたところで、ふいに背後から声がかかった。






「あのさ、アルフィ」

「うん?」



「…………護衛、雇う気ない?」




 いささか緊張した声に、アルフィは足を止めた。振り返ると数段上の場所で、困ったように笑うユークが居る。


「女の子一人旅はいろいろ危ないでしょ? 今ならお得な人材知ってるけど」

「……ほう。お得、とな」

「少なくとも腕は立つよ。旅慣れてもいると思う。

ただね、ワケありっぽくて、この世界の常識とか情報とか知らないんだ。ひとつ厄介事な相棒ももれなくついてくるし」

「とんだ不良物件だな」

「うん。だから、お値段お買い得」


 階段下で、アルフィはユークに向き直って腕を組んだ。片眉を上げ、挑戦的に笑みを浮かべる。


「で、いくらだ?」

「情報と……――ご飯の美味しい店、教えてくれるなら」










「じゃあ、それにひとつ付け加えだ。

――連れているドラゴン、触らせてくれ」


「…………うん、って言いたいとこだけど。本人次第かなぁ、俺からも頼んでみるけど」



























 面倒事は抱えたくないと思っていた。

 ただ、気ままに旅をしたいと思っていた。


 世界を救う。――関係ない。

 聖剣。――関係ない。

 勇者。――関係ない。

 魔法。――関係ない。

 魔族。――関係ない。


 気ままに旅をして。気ままに美味しいものを食べて。気ままにいろんなところへ行って。


 そうしていつか――――自分のことを〝許せる〟なら。

 そうしていつか――――自分がいることの〝意味〟を、見つけられるなら。




 けれど、頷いてしまったのは何故だろう。


 いろいろな理由がある気がした。知的好奇心。打算的感情。野次馬根性。自暴自棄。同情。

 表の理由も裏の理由も、説明しろと言われればいくらだって取り繕うことができるだろう。



 だから、こう思うことにした。



 〝食べ物の趣味が合ったから〟

――きっと、一緒に旅をするなら面白いんだろうなと。そう、思ったから。













 クァルエイドの国へ行く馬車の切符は、二枚。掌にある。

 特産の葡萄が美味しいらしい。そう言ったら、楽しみだと青年は笑った。



読んで頂きまして、ありがとうございます。

誤字脱字など報告いただければ幸いです。


ほんの少しの間、二人と一匹の旅を見守ってください。

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