※ とあるえいゆうのはなし 2
※3話連続投稿、こちらは2話目となります。
俺には憧れがあった。小さい頃から戦争に巻き込まれた俺は、戦争のない世界が見たいと思っていた。
もちろん故郷を焼き払った帝国を恨まなかったわけじゃない。
でも同時に、誰も死なず、誰も夜の恐怖に怯えず、誰も泣かない。そんな世界にしたいって言っていたら、賛同してくれた人たちが周りにできて、それがいつのまにか大きくなったって感じがする。
大切な人を守るために、ずっと戦っていた。
団長が差し伸べてくれた手に恥じないように、あの人を目指して、あの人が掲げた理想を受け継いで、戦った。
俺はいつしか〝銀竜の英雄〟なんて呼ばれていたよ。……そんな大層なものでもなかったのにね。
ただがむしゃらに、ひたすら戦った。
前だけを見ていた。ただ、前だけを。未来を。自分が信じた信念を。
周りの人が幸せでいてくれる世界を。
そうして。
俺は、すべてを失った。
いつも厳しい顔で俺達を育ててくれた人は、戦場で死んだ。最後は鬼神のような強さだったって。「英雄ユークレースは俺が育てた」って、こっそり自慢してたんだって。奥さんと小さな娘さんを残してさ。
朗らかに笑い合っていた他の団員たちも、それぞれの戦場に散って行った。死んだ者もそうじゃない者もいると聞いた。
その作戦は俺が指示したものもあった。俺が作戦を立てたものもあった。
俺が、命令したものも、あった。
食堂のおばさんは自分の息子が戦場で亡くなったと聞いて、食堂を辞めたらしい。
町の人たちとはもう話せる身分ではなくなった。俺は気にしなかったんだけど、町の人たちが気にするんだよね。俺は気軽に外出できる身分じゃなくなったから。
他の竜たちも同じように戦場に散ったり、怪我をして戦える状態じゃなくなったり。
そうしてひとり、ひとり。俺の大切な人たちがいなくなっていった。
それから、さ。
血気盛んな幼馴染は、帝国ガーネヴィアの重要都市を落とす大事な作戦で命を落としたよ。敵の隊長と一騎打ちして共倒れした。すごく名誉ある死だった。戦況的に考えればね。
俺が最後に覚えているのは、あいつの後ろ姿だった。剣を持っていた。
すぐ帰るから、って言っていた。
マイペースだった幼馴染は、戦場に出向いた時、部下を庇って傷を負った。その傷が元で死んだ。最後まで笑顔を絶やさない奴だった。へらへら笑いながら「ユークならきっと勝てるって、信じてるよ」なんて笑いやがった。傷が痛いだろうに、熱を持って苦しいだろうに、最後まで戦場に立って指揮を振るった。
今でもよく覚えてる。熱いのに、冷たくなっていく手のひら。
もう見えないだろう目で、必死にこっちを見て、笑った。笑いやがった。
二人とも、笑いやがったんだ。
そして、呆気なく。俺一人が残された。
俺は、泣くわけにはいかなかった。
その頃はもう、軍主だったから。反乱軍を背負っていたから。俺が象徴だった。俺が、歩みを止めるわけにはいかなかった。
だから俺は泣かなかった。
親しい友も犠牲にしてでも、己の信じた未来の礎を築けと。
この悲しみを、苦しみを糧にして、信じた未来を掴みとれと。
苛烈になっていく戦いを制するために、兵士たちの士気を上げなきゃいけなかったから。
心が死んでいくようだった。
それでも俺は、戦場に立った。それしか、残ってなかったんだ。
最初に夢を見るようになった。暗い闇に引きずり込まれるような悪夢。
そのうちに眠れなくなった。寝るたびに怖くなった。
酒の力に頼るようになった。
眠るのを止めてじっとしているのもあった。がむしゃらに仕事をしたし、ひたすらに剣を振るった。
それでも歩みを止めなかった。
止めることは出来なかった。前だけを見た。ただ必死に、俺は何も考えなかった。
……だからあの時、考えてはいけなかったんだ。
想っては、いけなかったんだ。
帝国ガーネヴィアの首都を攻め込む、最後の戦いの前日。
幼馴染のいない軍議を終えて。ひたすらに歩いた廊下の先。
そう。こんな、静かな夜だったよ。
ふと見上げた月が、綺麗でさ。でも少し欠けていたんだ。
なんか、なんにもなくて。がらんどうで。
こんなときどうしてたかなって。そうだ、眠れなくて落ち着けない時は幼馴染と酒を飲んでバカ騒ぎしたなって。他の団員も巻き込んでさ。アンタたち緊張感ないねって笑うおばさんの料理を美味しく食べてさ。最後はいつも参加したがるくせにすぐ酔っぱらって寝ちゃう上官を、毎回頑張って部屋まで運ぶんだ。あと竜たちの世話をしたり、他愛ないゲームをして、賭け事をしたりして、不安を吹き飛ばして。
そのとき、もう居ないって気付いた。
民衆は俺のことを〝銀竜の英雄〟と呼ぶ。ユーク、って呼んでくれる人はいない。
俺のことを知っている人がいないんだ。みんな、みんな、絵物語の勇者を見てるみたいにさ。
その時に、気付いてしまった。
俺はただ、みんなを守りたかっただけなのに。
みんなを守る力が、欲しかっただけなのに。
俺の周りに居る大切な人たちが笑っていれば、それだけで良かったのに。
それなのに。
故郷も。
家族も。
仲間も。
自分の周りにいる大切な人たちも。
いつのまにか誰も居なくなってしまった。
そこには、もう誰も居なかった。
俺は、
本当に自分の守りたかったものをなに一つ守れていなかったんだと、その時に気が付いた。