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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
間章 3
56/60

※(砦の夜)


――――守りたいものがあった。

 なにがあっても、どんなことがあっても、守らなければいけない約束があった。








 冷たい石畳を歩く靴音。

 耳は風の音を聞く。肌はキンと冷えた空気を感じ、吐息は白く残滓を残す。

 誰も居ない砦の廊下を、青年は一人、歩いていた。


 冷えた空気は、けれど体の高揚を鎮めてはくれなかった。

 仲間からは眠れと言われたが、明日のことを考えれば眠れるはずもなかった。




 ……――――明日、全てが終わるのだ。



 背負ってきた夢も。志半ばで潰えた命を想って泣いた夜も。歯を食いしばって望んだ希望も。全てをかけて、明日、剣を取る。







 兵もまた、眠れぬ夜を過ごしているのだろう。明朝満ちる朝日を待ち望む者と、恐れる者と。

 それぞれ思い思いの夜を過ごしているのだろう。愛しい者への別れをするのか。共に歩んだ仲間と杯を交わすのか。それとも一人自分の心に耳を傾けるのか。



 明日が終わった後、何人、残っているのだろう。



 なるべくなら彼らの思う通りにさせてやりたいと、通達はしてあった。悪事に手を染めない程度なら多少羽目を外すことも必要なのだと。

 副官は何かを言いかけ、それから頷いた。貴方の思うままに。そう言って頭を下げた。





 兵の中には小さな宴を開いている者もいるらしかった。ささやかな喧噪が要塞を包んでいるという。

 だがこの場所までその声は届かない。

 耳が痛いほどの静寂を切り裂いて、ユークレースは己の靴音を聞きながら歩いている。




 足元に自らの影が落ちる。ふと、無意識のうちにユークレースは立ち止まった。

 靴音が消える。佇んだそこはちょうど窓と重なった。月明かりに誘われるように、窓の外へ視線を向けた。

 切り取られた窓の向こうに欠けた月が浮かんで、穏やかな光を夜の闇に落としていた。





 静寂。



 そこに、ユークレースはただ一人。













―――――眠れぬ夜は、どうしていただろうか。

 思考は意識しない場所で回っている。思い出される光景はやがてひとつの答えを導き出す。










「こーんな時まで竜の世話かよ。もーちっと肩の力抜こうぜー?」

「ユークは竜好きだもんね~」

「そのうち戦竜と結婚するとか言い出しそ……ってあいだ! なにすんだジーク! わー炎こっち向けんな! おいユークお前の相棒が臨戦態勢になってるぞ笑ってないで助けろ!」



「なに、眠れない? それなら酒いくか。酔っぱらったら嫌でもオチるだろー」

「もージャスパー、明日の戦に差し支えたらどうすんのさ~。ユークは主戦力なんだよぉ? 二日酔いになったら冗談じゃなく命取りだよ~」

「ならどうすんの」

「だから、二日酔いしない程度に呑めばいいんじゃな~い?」



「おばさーん、料理おかわり―」

「アンタたちは呑気ねェ。明日は重要な日だってのに」

「緊張してても仕方ないし。これぐらいのほうがみんなも安心するよ~」

「はぁ、まったく。これで傭兵団一二を争う実力者たちだって言うんだから。ほら、追加だよ。あと肉野菜炒めオマケだ!」

「お、マジで!? ありがとうなおばちゃん!」



「あー、センセ寝ちゃってる。おーい誰か手伝えよー、運んでやろうぜー」

「お酒弱いのにこの人は……まったく」

「この人呑んだら奥さんと娘さんの話ばっかりなんだよなー。散々話してがっくり寝ちまいやがるんだぜ」

「幸せそうでいいじゃん。聞いてやりなよ、普段怖い上官の話ぐらい」



「はい、ボクの勝ち~」

「げ、またお前の勝ちー?」

「軍師さま強すぎます!」

「だって本業だもの~うふふ」



「……大丈夫だって、総隊長。俺らが一緒にいる」

「約束したでしょ? キミの信じるその道を、一緒に走るためにボクらはいる」



 ……――――だから、一緒に行こう。ユーク。

















 はっと、気付く。



 先ほどまで描いていた光景が掻き消え、静寂が訪れた。目の前には欠けた月。冷えた空気。



 ユークレースは周りを見渡した。冷たく薄暗い廊下には人影もない。足音もない。酒もない。明かりもない。あたたかさもない。笑顔もない。声もない。竜も居ない。



「……――――ッ」



 息を、飲む。













 ただ、一人だけだ。ユークレースはそこに、ただ一人だけ。



 もう、ユークと呼んでくれる人はいない。

 もう、酒に誘ってくれる友人はいない。

 もう、賭け事に強い友人はいない。

 料理の上手なおばさんはいない。酒に弱い上官はいない。懐いてくれた竜たちはいない。笑顔を浮かべていた仲間たちも、もう。



 その時に、気付いた。


















――――あぁ、俺は。


――――何を、守りたかったんだっけ?









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