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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
間章 3
54/60

ドラゴンまんじゅう 1

長らくお待たせいたしました。

※シリアス章です。注意


 その小さな宿場町は乗合馬車の終着点だった。

 上から見れば細く縦に長いような作りで、両側は山に囲まれていた。ぽつぽつと簡素な建物が立ち並び、荷物を載せた馬車と旅人の衣服を身につけた人々が行き来を繰り返している。

 人通りは多いほうではないが、廃れているという印象は受けない。今は聖王都のほうに人が流れていくから少なく見えるのだと、買い物をした店の主が肩をすくめていた。



 道具屋で簡単な買い物を済ませたユークレースは、旅人用のマントを羽織ったまま、片手に紙袋を抱えて歩いていた。青灰色の髪が山間を抜ける風にあおられ、緩く踊っている。

 簡単な休憩を挟んで、これから次の町まで歩く予定だ。歩く道は旅人が良く使う整備された道らしく、昼過ぎに出発しても夕方には町に着くだろうとの予想である。


 ユークレースのマントの下には茶色く四角いカバンがあった。頑丈な革でできたもので、見るからに真新しいそれは、以前の町で吟味に吟味を重ねて購入した相棒ジークハルトの新しい居場所だ。

 以前まで持っていたものと少しだけ違うのは、手提げ用の短い紐が肩からつりさげられる長い紐に付け替えられることにある。斜め掛けにすると両手が空き、そのことは思いのほか重宝していた。

 ユークのもう一人の相棒であるアルフィリアも気に入って「いい買い物できたな」と笑っていた。


 相棒である白銀の竜は、本日も文句ひとつ言わずカバンの中に入り大人しくしていた。なんとはなしに空いた手でカバンの四角い表面を撫でたユークは、そこでようやく前方に探し人の姿があることを発見した。




 成り行き任せの付き合いで、共に旅をしている仲間だ。長い付き合いとは言えないが、もう何年も一緒に居るような気軽さがある。

 胡桃色の髪を背中に回し、ゆるく三つ編みにしている華奢な少女。いや、少女と呼ぶにはそろそろ限界だろう。なぜなら彼女は数日前、成人の年を迎えたと言っていたからだ。

 こちらへ背中を向けて、なにかおろおろと落ち着かなげにしている。道の真ん中で立ち止まったままだったため、通行人がいささか迷惑そうな顔をしてすれ違っていくのが見えた。

 その姿を見て、ユークは首を傾げる。

 待ち合わせの場所はもう少し先の、乗合馬車が集まる馬屋の近くだったはずだ。

 そろそろ時間だったが、彼女はここで何をしているのだろう?


「どうしたの? アルフィ」


 大股で近づいて、その背中にぽつりと問いかけた。特に気配を消すことはしていなかったが、少女――アルフィリアは大げさなほど肩を強張らせた。

「ユーク!」

「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど」

 彼女の持つ新緑の色をした瞳が大きくなって、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。振り向いた彼女の顔は例えるならば「やばい」と青ざめて、引きつっている表情だ。

「は、速かったなユーク!」

「そう? 待ち合わせ時間だと思ったけど」

 アルフィのように懐中時計を持っていないユークは、周辺で時計を探すか、感覚で時間を把握するしかない。そろそろ時計を買わなければいけないかも、と頭の隅に書き留めつつ、アルフィの言葉を確かめようと視線を巡らしたところで、とん、と軽い衝撃を受けた。

 アルフィが両手で肩を掴んでいた。そのままくるりと反対方向に向けられる。

「と、とりあえず行くぞユーク!」

「え、いや、アルフィ、こっち反対方向、」

「あっちに食べたい屋台があった!」

「はぁ」

 ぐいぐいと背中を押され、困惑するも特に抵抗せずユークは歩き出す。アルフィは意外と思慮深い性格をしているので、理由もなしに奇行に走る人間ではないことを知っているからだ。

 何か見られたくないものでもあるのかな、とユークの中で結論付けたところで、背中から野太い声が聞こえてきた。



「さぁいらっしゃい! 焼きたてができたよー! 名物『ドラゴンまんじゅう』いらないかー!?」


 近くの屋台の呼び込みの声だったが、アルフィの肩がびくん、と跳ねた。

 明らかに強張った身体に何かあったのかと振り返ろうとするが、肩を強く掴まれ首を巡らすことしかできない。

「アルフィ?」

「ゆ、ユーク! 早く行こう早く行こう早くここからどっか行こう!」

 アルフィにしては珍しく大声を上げ、ぐいぐいと強く背中を押される。まるで走ることを強制するようなしぐさだ。

 その間も、後ろから声は聞こえてくる。


「伝説の勇者を導く伝説の〝御使い〟をモチーフにしたまんじゅうはいらねぇか!? ご利益あるぜ!」



 あぁうぅ、と変なうめき声が後ろから聞こえた。






 結局、ぐいぐいと押されたまま町の入り口まで逆戻りをしてしまった。

 簡素な看板を目印に、出発する馬車や旅人が入り組む山道が見える場所だ。アルフィはきょろきょろと周りを見渡して何かを確認すると、疲労困憊な様子で荒く息をした。

「……大丈夫?」

 背中をさすってやると、アルフィが「……咽がかわいた」と呟く。ユークはそのまま、目についた店の前に置いてある休憩用ベンチにアルフィを導いてやった。

 二人で並んで座りこみ、水筒を取り出してきゅぽん、とふたを開ける。

「……すまん」

「後でどっかで水をわけてもらわないとね」

 渡された水筒から、アルフィは素直に水を飲んだ。



 水を飲んで数分が経てば、さすがにアルフィも落ち着いたようだった。

「すまんな。強引に引っ張ってきてしまって」

「ん? まぁ、いいよ。でも理由くらいは教えてもらいたいな」

 ユークが首を傾げながらそう言うと、アルフィは傍目にもわかるくらいに唇を結んだ。気まずそうに視線を逸らす顔をしばらく見つめる。

 …………数秒。


「……言いたくないなら別にいいよ」

 悲しいかな、人の感情に機敏なユークが折れる結果となる。

 明らかにほっと息をついた顔を見れば、苦笑するしかない。


 前々から思っていたが、こんなに素直に感情を表すのは心配だな、とユークは心でこっそりため息をつきながら話題を変えようとして、先ほどから抱えたままの紙袋を思い出した。

「あ、そうだアルフィ」

「ん?」

「これ買ってみたんだけど、食べようよ」


 「食べることが好き、美味しいものを食べ歩きするために旅をしている」と普段から豪語している旅の連れを持っているからか、ユークは行く先々で聞いた〝美味しい食べ物〟があればついつい購入してしまう悪癖がついてしまっていた。目の前の少女の喜ぶ顔を思い出せば、自然と財布に手が伸びる。

 今回も例にもれず、道具屋の主人から伝え聞いた〝食べもの〟を一つ取り出し、アルフィに向かって差し出す。


「名物なんだってね、〝ドラゴンまんじゅう〟」


 緩く湯気が立つ丸い食べ物を前に、アルフィの顔が面白いくらい固まった。














「この宿場町はな、前代の勇者が泊まったとされる場所なんだぜ。それにあやかって作られたのがコレだ!」


 アルフィと合流する前、道具屋のすぐそばにその屋台はあった。道すがら同じような謳い文句で同じようなものを売っている店が多かったことため、興味を引かれて顔を覗き込むと、運営している初老の男性がにこやかに説明してくれた。

 男性が黄色い歯を見せて突き出すのは手のひらにおさまる白い饅頭だった。表面にデフォルメされたドラゴンらしい影が焼き入れられている。

「名付けてドラゴンまんじゅう! 勇者を導いたっていう伝説の生き物をモチーフに作られてんだぜ。王都行くんならコレ食ってから行かねぇとな! 前代勇者が食ったっていう噂もあるし、あやかっていくのもいいもんだ。

あぁ、勇者めぐりしたいならこのあと東の町に寄るのもいいぜ。あそこは勇者が新しい剣を調達したって伝説が残ってるからな」


「へー」

 屋台を覗き込んで、ユークは興味深そうに相槌を打った。人気なのは確からしく、ユークの隣で旅人らしき人物が複数個購入のやりとりをしている。

 有名ならば買ってみるのもいいかもしれない。そう思い、ユークは懐に手を入れる。

「おじさん、何味があるの?」












「私の、苦労は、なんだったんだ…………」


 ずーん、とでも擬音が付きそうなほど縦線を背負い、アルフィは気の毒なほど肩を落として項垂れていた。俯きながらももしゃもしゃ渡されたまんじゅうを食べているのは流石というべきか。

「……えーと、ごめん?」

「理由も分かってないくせに謝るな」

 じろり、と下から睨み付けられてユークは頬をかく。

 〝ドラゴンまんじゅう〟の下りを説明すると、アルフィが目に見えて落ち込んで先ほどからずっとこの調子だ。言いがかりをつけられて一方的に恨み言を吐かれている図にも見えるが、拗ねたアルフィをこれ以上こじらせたくないため、ユークは何も言わず苦笑いを浮かべている。

 とはいうものの理由を聞いてもムスッとしたまま話してくれないため、謝ることさえできず困っているのも事実だ。いいかげん堂々巡りのこの状況を何とかしたい。

 とりあえず謝ることが何よりだと怒られる原因に思考を巡らすが、なかなか思いつかず結局口を噤むしかなかった。



 目の前を横切る人の群れが、ピークを過ぎたのか先ほどよりも少なくなっていた。道具屋の店主が言っていた「前よりは人が少ない」という言葉を表しているようだった。

 人の目が少ないことを理由にジークハルトのカバンの蓋を開けていたので、銀竜がもしゃもしゃとまんじゅうをかじる音がする。

 ユークレースも手持無沙汰に一口二口かじってみた。中身は惣菜で、だしで煮込んだ肉や葉物野菜が白い皮で包まれ蒸されているようだ。白い皮はほんのり甘く、中の惣菜を噛みちぎると味が広がってなかなか美味である。

 豆をすりつぶして甘く煮込んだペースト状のものを包んだ味もあり、こちらはアルフィが占領してぱくついていた。

「……うーん、ちょっと甘すぎるな」

 アルフィは落ち込みながらも味の感想を述べている。顔を見るに、そこそこといった評価か。


 クァ、と小さな鳴き声がする。ユークが視線を落とすと、カバンからちょこんと顔を出してジークがこちらを見上げてきていた。なんとなくその頭を撫でて、紙袋から追加のまんじゅう(甘いほう)を取り出して与えてやる。ジークは嬉しそうにくわえると、もそもそとカバンの中に戻っていった。

 一連の様子をなんとはなしに眺めていたユークは、ふとひとつの可能性に気づいた。



「あのさ、アルフィ」

「……なんだ」


「俺、〝女神の御使い〟のこと、もう知ってたよ?」



 新緑の瞳をまん丸くさせる表情に、己の仮説が正しいことを知る。




あれ、今更? って話題から。



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