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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第3章
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鶏肉の葡萄酒煮込み 23

 しっとり冷えた夜の闇と、静かな虫の声が溶け込む。月明かりに照らされて周囲は明るい。

 時折吹く風が、周囲の木々を揺らしてさわさわと音を立てた。


「……――――ここにおったんですか」


 背後から聞こえる声に、赤い髪の男がぴくりと肩を動かした。

 地面に胡坐をかいて座り、月明かりを正面に見据えた男は、その脇に葡萄酒を抱えている。

 その背後に音もなく降り立った黒髪の女性は、酒の瓶に眉を寄せたようだった。


「またお酒かいな?」

「弔い酒だよ」


 振り向かずガイアスはそう答える。

葡萄酒ワインはアイツも好きだったんだ。よくこうして酌み交わしていた」

 ラヴェンダーはその答えに何も言わなかった。


 ガイアスの前には、薄汚れたチェス盤が広げられている。

 最初に攻め入った時、傍らに転がっていたそれだ。戦闘のごたごたでいくつかの駒が失われていたが、盤そのものは無事で、それをガイアスが拾い集めた。

 向かいに、まるで人がいるかのようにワイングラスが置かれ、液体が注がれている。

 そしてガイアスも、その手にグラスを持っていた。


 ラヴェンダーがため息をついた。

「だからってなにも――――こないな時間に、こないな森の奥に独り居るのは危険や」

「しかたねぇだろ? まだ正式な墓もねぇし。ここがあいつの居た場所なんだから」

 ガイアスが肩をすくめる。

 現在二人が居るのはクァルエイドの町の隣、葡萄酒の村へ続く森の中。魔物の敵将が拠点を構えていた、あの場所である。

 いまだ戦闘の名残を見せるその場所は、けれど周囲にあった魔物の死骸は綺麗になっていた。――――ジークハルトの攻撃の後、跡形もなく消えてしまったのである。

「……探すうちの身にもなってや」

 苦言を漏らすラヴェンダーは、けれどこの男には何も言っても無駄であることを知っていた。




 それから気を取り直すように、ラヴェンダーは纏う気配を変えた。

「報告があります」

「……なんだ」

 口調の変化にガイアスもまた声色を変える。

 感情を消したラヴェンダーは、淡々と続けた。

「アダムズ商会が口を割りました。――――禁術を使用する魔術師へ〝協力〟していたこと」

「……そうか。意外と早かったな」

 振り向かず、ガイアスは予想していたかのように答える。


「ですが、肝心の魔術師のことは覚えていないそうです」

「ほぅ?」

「名前、容姿、声色、なにひとつ記憶から失われていると。……尋問は続けていますが」


 ガイアスは膝に片肘を立て、手の上にあごを乗せた。

「……いや、それじゃ無駄だろうな。いくらやっても出てこねぇんじゃねぇの?」

「……魔術師によって消されたと?」

「そう考えるのが妥当だろうな。なにせ――――〝今までもそうだったんだから〟」


 ラヴェンダーが小さく息を吐く。

「アルフィも、そうなのでしょうか?」


 ガイアスは目を細めた。

「……魔術師じゃねぇオレに聞くなよ。お前のほうが詳しいんじゃねぇの?」

「推測で構わないならば、何とも言えません。よほど酷い目に遭ったか――――もしくは、その場に残った魔法に当てられたかと。ただ、魔術師本人に会ったという可能性も」

「あるかもしれねぇがな。……あの銀竜が違うって言ってたんだぜ?」

 ラヴェンダーが声を低くした。

「嘘を言った可能性もあります」

「そうだな。だが、それは違うような気がする」

「根拠は」

「勘だよ、ただの」

 わずかな沈黙。

「……だからあの二人に監視も付けず、別れたのですか」

「監視つけたってあの剣士がすぐ気付いちまうよ。……ま、大丈夫だろ。〝その点においては〟たぶんな」

 楽観的にも聞こえる声に、ラヴェンダーは何も言わなかった。


「ある程度やったら別の手がかりを探すしかねぇな。あの屋敷の調査は?」

「進めております。研究資料は残っていますが――――魔方陣は、ところどころ壊れていますので」

「派手に吹っ飛ばしたもんだな。魔物も消えちまったし。……浄化、って言ってたっけな。たしか」

 やれやれ、とガイアスは肩をすくめる。

「〝破魔〟の属性か。だから今回、魔法によって製造されたモノたちが浄化された。……これで魂が報われると良いんだが、オレたちに関しては複雑な現状だな」

「……重要な証拠が壊れたかもしれませんから」

「ま、これ以上犠牲者が出ないならいいだろ。かき集めるしかないな、引き続き頼む」

「御意」

「そういや、あの屋敷は結局なんだったんだ?」

 ふとガイアスが思いついたように聞く。

「アダムズ商会の隠し別荘だったようです」

 ラヴェンダーがよどみなく答えた。

「先代の長が愛人を囲う際に使用したものだそうで。長い間使われてなかった物を、隠れ家として提供したのだとか」

「……それで、魔術師はあそこで悠々と研究を。魔物に馬車を襲わせてアダムズ商会は利益を独占したか」

「時折、〝研究材料〟も提供したと」

 ラヴェンダーの言葉に、ガイアスは不快そうに吐き捨てた。

「下種め」



「報告がもうひとつ」

 ラヴェンダーが続ける。

「マキシアスらしき人物と、〝女の人〟が共に居たという目撃情報があります」

「……ほう?」

「現在その情報をもとに足取りを追っています」

 ガイアスは剣呑に目を細めた。

「聖王都に居たっつーあの女か?」

「おそらく間違いないかと」

「……〝魔術師〟との関係は?」

「今のところは、まだ」

「引き続き探れ。そっちのほうに重点を置いてな」

「手配しております」

 ガイアスは満足そうに口元を吊り上げる。

「相変わらず仕事が早くて助かるわ」

「……ありがとうございます」

 ガイアスには見えなかったが、ラヴェンダーは静かに頭を垂れた。




「……して、ガイアス様」

「なんだ?」

「ユークレースのこと、聖王都へ報告しますか?」

 チェス盤の駒を弄んでいたガイアスの指が止まる。しばらくの沈黙の後、首を振った。

「……いや、いい。先にやりたいことがある」

「やりたいこと?」

「〝記憶の魔女〟に会いたい」


 ガイアスの言葉に、ラヴェンダーは意外そうに目を見張った。

「〝記憶の魔女〟様ですか?」

「あぁ。気になることがあってな」

 ガイアスは淡々と続ける。

「聖王へ報告すんのはその後でも遅くないだろ」

「ですが最優先事項と言われています。――――勇者を見つけるのは」

 ラヴェンダーが珍しく反論した。だが、ガイアスは駒の一つを手に取っただけだった。


「……勇者、ね」

「……ガイアス様?」

 ガイアスの手にあるのは、王冠ティアラを被ったような形――薄汚れた白いクイーンの駒だ。

「オレとしちゃ、もう一人の方が気になるがな……」


 小さく呟いた一言は、ラヴェンダーには届かない。



「とにかくまだ聖王へ報告はするな。魔女殿に会いに行く」

「…………手配致します」

 やや長い沈黙の後、ラヴェンダーが頭を下げた。そこでガイアスは初めて、肩越しに彼女を振り返る。

「……悪いな」

 苦笑を滲ませた顔は、彼女に対してのいたわりを込めている。


「なに言うてるんですか。おっちゃんの無茶ぶりは今に始まったことやないでしょ」

 だからラヴェンダーも、口調を戻してそう答えた。

「それに、うちは聖王から直々に言われとるんですわ。『くれぐれも』って」

「へぇ、アイツが?」

 意外そうに目を見張るガイアスに、ラヴェンダーは苦笑する。



「……〝聖王直属の近衛騎士隊長〟サマの、世話をしてやってくれって」



 ガイアスは頭をかいた。

「……元、だろ。辞表は提出してきた」

「受理されてへんよ。今でも聖王都にいる副隊長はおっちゃんの帰りを待っとる」

「こーんな、ふらふらふらふら放浪の旅出たっきり戻らない奴は〝騎士〟じゃねぇよ」

「そのわりには聖王様から来る秘密裏の依頼はきちーんとこなしてますやん」

「立場も考えずアイツがオレに頼んでくるからだろーが。てかお前も持ってくるからだろ」


 唇を尖らせるガイアスは、ちらりとラヴェンダーを見る。


「だいたいお前もオレに付き合わないで、帰ったっていいんだぜ?」

「言うたやん。聖王様直々に言われたって。おっちゃん連れて帰りまへんと、聖王都に戻れへん」

「……オレはまだ戻らん」

「そろそろあっちもほとぼり冷めた頃ちゃいます? ……痴話喧嘩の末に家出とか情けないわ」

「痴話喧嘩じゃねーよ。……とにかく、まだ戻らん」


 はいはい、とラヴェンダーは肩をすくめる。


「ならうちもおっちゃん直属の〝隠密〟やし、付いていくしかないわ」

「……ったく、どいつもこいつも」

 ガイアスは肩を落としてため息をついた。


「それにな、」

 ラヴェンダーが顔を上げる。

「うち約束したわ。『内緒にしてくれ』って」

「……そうだな」

 ガイアスも頷く。




 長い長い話の後、青灰色の青年は、二人に向かって深々と頭を下げた。

――――誰にも言わないでほしいんです。特に、アルフィには知られたくない。

――――彼女には、何も知らないでいてほしいんです。




「早々に破っちまうのもな」

「せやね」

 同じことを考えたのか、ラヴェンダーが苦笑していた。




「……ガイアス様。うちはもう行きますが」

 ラヴェンダーが、周囲を見回した後そう告げる。

「あぁ、オレはもう少しここに残る。ほどほどにしたらお前も休め」

「ガイアス様も、早う帰ってきてください」

「大丈夫だよ」

 肩をすくめて見せた姿にラヴェンダーは何かを言いかけたが、小さく首を振ると、一礼した。

「失礼します」

 そして溶け込むように、夜の闇に消えた。









 人の気配が無くなった後、ガイアスは正面のチェス盤に向き直る。

「……ままならねぇもんだよな、まったく」

 やることが山積みだと、肩をすくめた。

「お前は一足先にゆっくりしてんのか? それとも相変わらずクソ真面目に仕事してんのかよ」

 チェス盤の向こうに居る〝人物〟に語りかけるように、そう言った。




「……なぁ、」

 とん、と駒を動かす。

「あの時は負けたけどな。……今回は勝ったろ?」

 とん、と駒を動かす。

「ま、お前にしちゃ『卑怯だ』とか言うかもしれんがな。オレ一人の力じゃなかったしな」

 とん、と駒を動かす。

「……惜しいコトしたと思うぜ。もう少し待ってりゃ、お前さんと互角の――――いや、それ以上の遊びをする奴を、見つけられたのにな」

 とん、と駒を動かす。


「……なぁ、マキシアス」

 とん、と駒を動かす。

「オレ、少し嬉しかったんだ。実は」

 とん、と駒を動かす。

「仕事一筋だったお前さんが女と一緒に消えてさ。あぁ、もうお前は〝戦争〟に憑りつかれていないんだと、そう思ったんだよ」

 とん、と駒を動かす。

「……けど、違ったのか。お前は最後まで〝戦争〟を夢見てたのか」

 とん、と駒を動かす。


「……なぁ、マキシアス。知ってるか?」

 とん、と駒を動かした。

「最後にお前、〝戦争〟できたんだぜ。正真正銘の本場もんのさ。

もっともあいつにとっちゃ生ぬるいっつってたが」

 そっと、駒から手を離す。

 出鱈目に配置したそれは、ひとつの駒を囲むように中心がぽっかり空いている。孤立するのは黒いナイトの駒。


 向かいの暗闇に視線を向ける。

 笑みを消し、一言、告げた。



「――――満足かよ?」







 答える声は、ない。


 冷たい風が木々を揺らし、ガイアスの頬を撫でた。




これ以降のクァルエイドの物語は、アルフィたちには与り知らぬ所。


第3章『鶏肉の葡萄酒煮込み』これにて閉幕いたします。

読んで頂きまして、ありがとうございました!


※2014年8月14日追記

題名が一部間違っているのを直しました。ご指摘頂いた方ありがとうございました。

まだ私自身も見落としてしまっている部分があるかもしれません。何かありましたら、拍手等にて教えて頂けると大変助かります。


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