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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第3章
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鶏肉の葡萄酒煮込み 22

 ニコニコと笑うのは赤い髪の男である。かつてないほど上機嫌に、彼はぐい、とグラスをあおった。

「いやァ仕事の後の酒は格別だな! しかも臨時収入もはいってぇもーサイコ―!」


「キモイ」

 氷点下に凍りそうな空気をかもしつつ、黒髪の女性は半眼で言い放つ。だがテンションハイ状態の男には通じなさそうである。



 ニコニコと笑っているのは茶色の髪の少女だ。新緑の色の瞳を嬉しそうに細めて、ぱくり、と目の前の肉に噛みついた。

「んん、うまいっ! 苦労した甲斐があった!」


「……良かったねェ」

 微笑ましそうに眺めるのは青灰色の青年である。自身も同じ料理を口にしながらも、歌いだしそうなほど上機嫌な傍らの少女の様子に苦笑している。





 四人が相席して料理を頬張るのは、クァルエイドの酒場だった。

 最初に会った時に初めて酒を交わした場所で、再び集結して料理を堪能していたのである。

「しかし私たちだけ特別に作ってもらって、いいのかコレは」

 しっかり堪能しつつ、それでも茶色の髪の少女――アルフィリアは小首を傾げて、目の前の男に問う。

 ぐい、とグラスをあおった赤毛の男は「いーんだよ」と胸を張った。

「オレたちが葡萄酒の村行って、無事に帰ってきたっつー正当な報酬じゃねーか。堂々と受け取りゃいいのさ」

「しかし……」

「それにな、ちゃあんといい効果だってあるんだよ」

 ガイアスは肩をすくめ、周囲を気にするアルフィに向かって笑いかける。

「こうして堂々と食ってりゃ良い起爆剤になる。

今までアダムズ商会の連中しか成功しなかった任務を、オレたちがやってのけたんだからな。だから他の連中もこぞって任務を受けたがる。そうしたら馬車の運行も多くなる」

「森の危険はもうないやろうし。心配あらへんよ」

 近いうちに町の人々は気付くのだ。魔物が襲ってこないということに。

 そうして少しずつ流通も回復してくるだろう。

「しかし、結局なんだったんだ。あの魔物は」

 アルフィは眉をしかめてぼやく。ユークレースが苦笑した。

「魔物が移動でもしたんじゃないのかな? なんにせよ、考えても仕方ないよ。……俺たちが往復しても何もなかったんだから」


 葡萄酒の村では歓迎され、手厚い歓迎を受けた。

 そして〝何故か〟疲弊していた四人の体調が回復次第、〝いつのまにか〟様変わりしていた馬車に乗せるだけ葡萄酒を積み込み、元の町へ戻る。

 帰りの森の中は静かで、魔物に襲われることもなかった。

 そして戻ってきた町の入り口――――門番のぽかんと口を開けた顔は今後の笑い話である。


「心配あらへんよ」

 ワイングラスに注がれた葡萄酒に舌鼓をうつラヴェンダーが、アルフィに向かって二ィ、と笑った。

 余談だが評判の葡萄酒を前に、いつもは酒好きなガイアスを止める役のラヴェンダーも酒盛りに賛成した。そうして料理と共に酒を楽しむ姿は、彼女自身もそれなりに酒好きなのかもしれない。

「今朝聞いたんやけど。冒険者ギルドが近々調査に来るんやって」

「そうなのか?」

「せや。これでもし魔物が残ってたとしても安心やろ」

 調査し、残党が居れば討伐をする。冒険者ギルドからの正式な依頼とくれば、相応の手練れが来ることは間違いない。

「あぁ、ついでになぁ」

 同じく葡萄酒を飲むガイアスが思い出したように告げる。

「アダムズ商会がなんでお前らに声かけたかってやつ、なんとなく掴めたぜ」

 最初にユークが口にしていた疑問だ。行きの馬車の中で会話の最中、彼がぽつりと零していたのだが、その疑念をしっかり覚えていたらしい。

「町の人に話聞いてみたんだわ。ま、それが本当かどうかは確証得たわけじゃねぇけど」

「教えてください」

 ユークが促し、ガイアスは目を細める。

「〝弱そうなヤツを探してた〟んじゃねーのか、と」

「……弱そうなヤツ?」

「世間慣れしてなさそうな、〝なにかあっても揉み消すことができそうな奴〟」

 ガイアスが目を細め、ユークを見る。ユークはぴくりと眉を動かした。

「……どういうことだ?」

 そのやりとりにアルフィが首を傾げた。横からラヴェンダーが入る。

「アダムズ商会がなんか悪いコトやってたんやろ。いざっちゅう時、自分らだけで対処できるような奴を探してたんや」

「ま、それとは別に普通の冒険者も雇ってたみたいだけどな」

 対処、の言葉にアルフィは眉をひそめる。連想するキーワードはあまり良いものではない。

「ま、カモフラージュってやつだ。アダムズ商会だけが運搬成功してたら町の連中から反感買うだろ? 実際そうだったしな。

だから――――〝失敗する役〟の奴らが、必要だったんじゃねぇかな、と」

 ガイアスが不愉快そうに目を細めた。



「んで、そーゆーのもろもろ受けてアダムズ商会にも魔術師ギルドの調査入るんだってよ」

「え?」

「……え?」

「ま、冒険者ギルドと組むんだろうが」

 アルフィとユークは揃って疑問の声を上げた。ユークの疑問の声はどこかズレていたが、アルフィは気付かなかった。

「なんか、オオゴトになりそうだな」

「まーもともと町の連中が町長に嘆願書提出してたからなー。今回の件に合わせて動いたんだろ」

「……そんなに簡単に動くモノなんですか?」

 ユークがわずかに声を低くして問う。ガイアスを見る視線は何かを探るようだった。

 だがガイアスは平然としている。

「禁術の噂が耳に入ったんじゃね? どのみち近々動いてたと思うぜ」

「そうですか」

 いずれにせよ、事態が明るみに出るのはそう遠くないだろう。




 鶏肉の葡萄酒煮込みは、依頼の報酬として受け取った三本のうち一本を酒場の主に頼んで作ってもらったものだ。ちなみに、その時お礼として酒場に一本渡している。そして残りの一本はガイアスとラヴェンダーが飲んでいる。

 鶏肉をジャガイモやニンジン、タマネギなどの野菜とじっくり煮込む料理だ。風味に葡萄酒を使っているが酒の成分は飛び、ほろほろの鶏肉とうまみが凝縮した野菜は絶品である。

「こくのあるまろやかさがたまらん……タマネギもうまい」

 他の料理も美味しかったのだから、頼んで作ってもらったこれも美味しい部類に入るのだろう。

 目当ての料理に終始嬉しそうなアルフィは、正直な話あまり周囲を気にしていなかった。

「酒と一緒に食べるとうまいぜー」

「その手には乗りません。お酒は禁止です」

 へらへら笑いながらアルフィに向かって悪乗りするガイアスを、ユークがぴしゃりと止める。

 アルフィとユークは今回酒を飲んでいない。アルフィが遠慮したのもあるが、ユークがびしっと断ったのもある。

「そのまま飲むのも美味しいんやけどなー」

 初めこそ遠慮していたアルフィだが、ラヴェンダーの一言に心揺れる。

「……なぁユーク」

「駄目」

 笑顔で却下された。威圧感は健在である。

 しかしアルフィとてもう酒に酔って失態を演じたくはなかったため、ユークの笑みにすごすごと主張を引っ込めた。

 惹かれないと言えば嘘になるが、ユークレースをこれ以上怒らせたくはない。




 葡萄酒煮込みを堪能した後、小さな鍋が出てきた。

 赤い液体が入ったもので、タマネギが浮いている。脇には生のままの野菜や肉が運ばれてきた。

 火から下ろされてもぐつぐつと煮えたぎる様子は、匂いも相まって食欲をそそられる。

「熱した魔具を敷いているんです。魔術文字が刻まれた鉄板なのですが、そうすると火から下ろしてもしばらくは熱いままで召し上がることができます」

 運んできた従業員がすらすらと解説し、取り分け皿を人数分置いて去って行った。

「俺の奢りだよ。やっぱ人数いるなら鍋だろ」

 葡萄酒ワイン鍋というらしい。

 ガイドブックに載っていない隠れた名料理だという。

「こうやってだしにひたして火ィ入れて食べるんだよ。うまいぜ?」

 物珍しそうに覗き込むユークと、きらきらと目を輝かせるアルフィに、ガイアスは自ら実演してみせる。指導するさまはまるで小さな子供を抱える親のようである。

 ラヴェンダーは苦笑していた。


「おお、肉がさっぱり食べられる!」

「野菜も美味しいな。へぇ、こんな食べ方があるなんて知らなかった」

「この胡椒つけるとまた美味いんだぜ?」

「固いパンつけても美味しいんよ~」

「へぇ」

「へー」


 チーズ入りの固いパンを浸すと、ほどよくとろけて葡萄酒の酸味が広がる。

「知らなかった。こんな料理があったんだな」

 美味しいと言いながらアルフィが笑うと、ガイアスはふと、肩をすくめた。

「ガイドブックに載ってるだけじゃ分からない知識もあるさ」

 そしてアルフィとユークを見て、眉を下げて笑う。

「ま、頭でっかちになるなってことだよ若人わこうど。知識っつーんは一つの方法だけじゃ手に入れられねェ、本を読むのも大事だが目で見てヒトから聞いて実際やってみて、それで得られるものは少なくない」


 その物言いは、どこか遠くを見つめるようだった。

「視点を広く持ちゃ、世界は広がるもんだ。……信念ってやつは持たなきゃなんねぇけど、そのひとつの考えに捕らわれねぇようにな」


 笑みを浮かべながらそう言うガイアスを、ラヴェンダーがじっと見つめていた。


「まーアレだ、年寄りの戯言だ。……今は楽しもうや!」

 なんとなく沈黙した一同を見回し、ガイアスは二ィと笑う。おもむろに掲げたグラスに光が反射し、紅い色が映えた。



「そうだな、」

 アルフィが笑う。


 ひとつの鍋を囲み、食材を突きあう。

 ガイドブックに載っていない料理は、ガイアスがいなければ出会わなかった物だ。

 だからこそ嬉しい。だからこそ楽しい。


「知らなかった。――――世界ってすごいなぁ、知れば知るほどどんどん広がっていくよ」


 アルフィリアは、楽しそうに笑った。

















 夜半、物音ひとつない深い闇の中、ぱちりと子竜の目が開いた。

 闇夜に映える赤い瞳をきょろきょろさせ、銀色の子竜は体を起こす。


 傍らに眠る気配と、静かな吐息の音がふたつ。

 そのひとつ、同じ寝台に横たわる気配をたどってゆっくり動く。暖かいぬくもりの布団から這い出ると、すぐそばに青灰色の青年の頭があった。


 酒盛りが終わり、部屋でまどろむジークハルトの元へふらふらと帰ってきた部屋の二人は、片方はそのまま、片方は簡単に着替えた後すぐさま寝台に転がった。少女の方は限界だったらしく寝台に入ると同時に意識を手放したようだし、青年の方も珍しく疲れたようで、ジークハルトの頭を撫でてから自らも寝台に入った。

 そうして慌ただしい帰還後、暗闇の部屋に寝息がふたつ満ちるのはそう時間もかからなかった。



 ジークが見たのは後頭部だったため、そっと身を乗り出し顔を覗き込む。青灰色の青年の瞳は閉じられ、小さな寝息が聞こえてくる。

 ジークハルトは首を上げ、もうひとつの寝台に眠る人物にも耳を傾ける。こちらは深く寝入っているようで、傍らの青年よりも深い寝息が聞こえてきた。

 再び青年のほうへ身を乗り出し、その吐息に耳を傾ける。

 少女ほど寝入ってないようだが、それでも主人にしては珍しく、きちんと〝眠っている〟ようだった。


 ジークハルトはその事実に、安心したように息を吐く。

 だが次の瞬間鼻をつく匂いにむむ、と目を険しくさせた。

 ユークレースからわずかに漂う酒の香り。その独特のにおいに、ジークハルトは不愉快そうに「グェ」と小さく鳴く。



 くる、とその瞳が、窓の傍に置かれたテーブルのほうを向いた。小さな備え付けのテーブルに小さな椅子がひとつ寄り添っているが、そのテーブルの上に、ユークが持って帰ってきた葡萄酒の瓶がある。


 ジークハルトは知らないことだが、この葡萄酒の瓶はガイアスから渡されたものである。




「けどユークほんま強いんなぁ。悔しいわ、夜もそうなん? 今夜おねーはんとどう?」

「遠慮シテオキマス」

「つれへんわぁ。夜は負けへんよ? 楽しませるで? 大丈夫おねーさんに任しとき」

「あーらら浮気だぜアルフィ。お前さんはおっちゃんと来るか?」

「……」

「ってコラそこのおっさんさりげなくアルフィに手ェ回さない。引き寄せない。離れろ酔っ払い」

「えーいいじゃん」

「良くない。……ってアルフィ、何その目? そのじとっとした目、え、なに?」

「……べつに」

 など、結局葡萄酒の匂いで軽く酔っぱらったアルフィリアと、面白がってまた腕を広げるガイアスと、それを必死に止めるユークレースと、げらげら笑うラヴェンダーと。


 やがてウトウトしだしたアルフィに肩を貸し、酒盛りがお開きになって部屋に戻ろうとした時。

「ユークユーク」

 机に突っ伏してしまったラヴェンダーを引き受けたガイアスが、ちょいちょいとユークを引きとめた。

「なんですか?」

 訝しげにユークが振り返ると、ガイアスは瓶を片手に近寄ってきた。

「ほれ」

「……葡萄酒の瓶じゃないですか」

「今日オレたちに出してもらったもん。ちょっと残ってるだろ?」

 言うとおり、底の方にわずかに液体が残っている。グラス一杯分程度だが。

「アルフィ飲みたがってたろ? ちょっと飲ませてやれよ。お前さんがいるならいんじゃね?」

「……けど」

 受け取ったものの戸惑いを見せるユークに、ガイアスは顔を近づけてこそっと。

「バッカお前酔っぱらった時がチャンスじゃんかよ。据え膳じゃねーかダイジョーブ酔ってると互いに気分盛り上がるし、まーしまりは悪ィけどな」

「今すぐその低俗な口閉じろ二度と喋るな」

 敬語を忘れて吐き捨てるあたり、ユークもまたそれなりに酔っているらしかった。




 そんな調子で結局部屋に持って来られた葡萄酒の瓶は、アルフィが寝てしまったためにそのまま放置され、月明かりに照らされている。

 ジークハルトはその瓶を睨み付けた。まるで魔物と対峙する時のように。


 ジークは酒というものが好きではない。

 酒は苦いし、なによりこの匂いはかつて〝己の主が纏わりつかせていた〟ものだからだ。



 何日も、何日も、何日も、なんにちも、なんにちも。

 この匂いを纏わりつかせ、夜の闇の中、彼はずっとずっと、苦しんでいた。ずっとずっと、ずっとずっと、涙を流さず、ずっと歯を食いしばり、俯き、嘆いて。

 強い酒の香りを纏わりつかせたまま。

 ジークが嫌がると、彼はぼんやりとした顔のまま、わずかに悲しそうに伸ばした手を握りしめた。

 その時にはもう――――感情も、抜け落ちたようになっていたけれども。


 血を吐くような叫びを。

 絶望を湛えた絶叫を。

 けれど声ひとつもらさず。

 涙ひとつ零さず。


 あの様子を思い出す。思い出さざるを得ない。

 だからジークは酒が嫌いだ。



「……グェ」

 しばらく考えたジークは、名案を思い付いたようにぴん、と耳を伸ばした。

 ふわりと翼をはためかせ、テーブルへ飛んでいく。よいしょ、とよじ登ると、葡萄酒の瓶にかぷりと噛みつき、小さな両手で掴んだ。

 テーブルの脇にある窓は三分の一ほど開いて、夜風が優しくカーテンを揺らしている。ユークが「暑いからいいか」と閉めずにおいたものだ。不用心かもしれないが、ここにはジークハルトもいる。

 その窓へよろよろと翼をはためかせ、ジークハルトは瓶を持ち上げる。子竜の体だと瓶は重く、持ち上げるのに苦労した。

 よいしょ、よいしょと窓までなんとかたどり着き、そのままジークは、

「ギャウッ」

 てい、とばかりに瓶を窓の外へ落とした。

 窓枠から滑り落ちたそれは蓋がなく、葡萄酒がきらきらとばら撒かれながらまっすぐ下に落ち、けれど割れずに下の茂みに入っていた。ゴトン、という音が聞こえる。

「キュウ」

 窓枠に体を乗せ、ジークハルトはどうだ、と言わんばかりに胸を張った。







「ジーーーーークッ!!」

 翌朝、葡萄酒の末路を知ったユークレースが怒号を上げることになる。







コドモの心、オヤ知らず。



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