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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第3章
50/60

鶏肉の葡萄酒煮込み 20

 風圧を反射的に腕で庇いながらも、ユークレースはどこか懐かしい感覚を覚えた。

 懐かしい――――当の昔に忘れたはずの、けれど身に沁みついたこの〝感覚〟。


 もう二度と目にすることがないだろうと思っていた、その姿。


 だからユークレースは叫んでいた。

 咄嗟に庇った腕を振りほどき、頭上を見上げ、叫んだ。

 視界がいまだ回復しないままだったが、自分は知っている。

 この爆発が自分を害することはない、ということを。



「――――ジークハルト!!」



 叫ぶ声に鳴き声が答えた。

 懐かしい、竜の鳴き声だ。





 風圧が去った後、周囲には何もなかった。魔物は光に当たり、白い焔に包まれて崩れ落ちていったからだ。

 風でざわめく森のさなか、ジークハルトの放ったブレスにより魔物が〝浄化〟されていく。


 ユークは知っていた。――――破魔の属性をのせたジークハルトのブレスだ。



 地面に降り立つジークハルトの姿は、見上げるほどの大きさの、銀色に光るドラゴンの姿だった。

 風を纏い、けれどその周囲の者が必要以上に風圧を受けぬよう調整をしながら翼を畳む。

 その術の使い方はユークが教えたものだ。


 その傍へユークは駆けていく。途中、呆然と口を開ける赤い髪の男と、黒髪の女性の傍を横切ったが声をかける余裕はなかった。

「ジーク!」

「キュ!」

 元気そうに声を上げるドラゴンは嬉しそうだ。

 どうしたその姿、と声をかける間もなくユークは〝それ〟に気づく。


「アルフィ!?」

 ジークの背に乗る華奢な体がずるりと落ちた。慌てて反射的に受け止めると、小さな体は呆気なくユークの腕に収まる。

 青ざめた顔の、アルフィリアだった。


 髪がほどけ、服が汚れていた。腕に巻いた上着がずり落ちている。ところどころに擦り傷もあり、顔は血の気が引いていた。体が小刻みに震え、手のひらがそっとユークの服を握る。

「アルフィ、アルフィ!? なにがあったの!?」

 その変わりように無事を喜ぶ暇もなく、ユークはざっと青ざめた。

 力なくずり落ちる体を支えるように自らも腰を下ろし、へなへなと座り込んだアルフィの肩を抱く。

「アルフィ、大丈夫?」

「……ゆー、く」

 焦点を失った目が、声に導かれるように顔を向けた。新緑の色が潤んで、頬に涙の痕が見える。


 ユークは胸を詰まらせた。その頬に手を滑らせる。

「……誰に泣かされたの」

 声は思うより低く出た。びくりと肩が震えるから、慌てて取り繕うように言う。

「違うアルフィこれは怒ってるんじゃなくて! いやあの、違うそうじゃない! とにかく!」

 小刻みに震える体を引き寄せた。

「……無事で良かった」

 体に手を回し、胸に抱きかかえる。肩にあごを乗せほう、と息を吐くと、かくんとアルフィの体から力が抜けた。


「……ゆー」

「ん?」

「ゆー、く」

「うん」

「ユーク」

「うん」

「……ユーク?」

「うん、アルフィ」

 弱々しい声に頷き、低い体温を分け与えるように腕の力を強くする。

「……ユーク」

「もう大丈夫だよアルフィ」

 そっと頭に手を当て、撫でた。

「もう大丈夫。良く頑張ったね」


「……ユーク」

「うん」


 手のひらがユークの服の裾を掴んだ。


「まもの、かこまれ、」

「うん」

「つかまれて、ひきずられて、」

「……うん、」

「みた、んだ。見て、しまったんだ、あれは、」


 息が、ユークの首筋に触れた。


「うあ、」

「……アルフィ?」

「う、う、あ、あぁぁ」

「アルフィ!?」


 様子がおかしい。慌ててユークは体を離し、アルフィの顔を覗き込む。

 光を失った目が、苦悶の表情に歪んでいた。

「やめ、」

 がくがくと体が震えてくる。半開きの唇から押し殺した悲鳴が聞こえた。うずくまるように両手で頭を抱えこむ。

「あたま、いた、」

「アルフィ!」

「止め、やめろ、わすれて、違う、入ってくるなぁ!」

 いやいやをするように頭を振り、それから抵抗するように叫んで暴れだした。

「やめろぉぉぉぉぉぉ!」


 まずい、と直感的に思う。このままではまずい、そう思いアルフィの顎を掴んで引き寄せる。

「こっち見ろアルフィ!」

「いやぁぁぁぁ!!」

「アルフィ!」



「――――鼻つまみ、ユーク!!」


 甲高い声と共に黒い色が割り込んで、アルフィとユークを無理やり引っぺがした。

 離れたアルフィの体をラヴェンダーが受け止め、その顔にそっと小さな瓶を当てる。

「あ、」

 くん、と匂いを嗅いだ瞬間、アルフィの目が見開かれた。

「……さ、眠り」

 ラヴェンダーが優しい顔でそう言う。そしてアルフィの頭を撫でた。

「安心せな。ここにはユークがおるからな」

「……」

「よお頑張ったな。あとは任せてアルフィは眠り。だいじょうぶ、何も心配あらへんよ」


 その言葉がスイッチになったのか。

 アルフィの目が閉じられたかと思うと、その体から力が抜けた。

 かくん、と糸の切れたようになったアルフィをラヴェンダーは危なげなく受け止める。


「アルフィ」

「大丈夫や」

 焦ったように呼びかけるユークの声に、ラヴェンダーは目を伏せて答えた。

「即効性の鎮静剤や。体に害はないねん」

 そして、片手で持っていた小さな瓶のふたを閉じる。中には無色透明の液体が入っていた。

「眠っただけや。何も心配せんでええよ」


「……そうか」

 ユークは目を伏せた。

「キュ……」

 肩を落とした主人に、ジークハルトがそっと鼻先を押し付ける。

 だが次の瞬間。



 ふわ、とジークハルトの体が光に包まれたかと思うと、みるみるうちに小さくなっていった。


 思わず目を見張る三人の者の前で、ジークはしゅるしゅると体を小さくし、そして光が収まったころ。

「キュー」

 ころん、と草むらに転がったのは銀色の子竜の姿。


「……ジーク?」

「キュ……」

 ひどく疲れたように四肢を投げ出したジークは、ユークの声に答えるもののぐったりとしていた。

 その体を撫でると、気持ちよさそうに喉を鳴らす。




「…………それ、」

 ふと、声が割り込む。

 ガイアスだった。口元を引きつらせ、草むらに転がるジークハルトを指差していた。

「ドラゴン、だよな」


 横のラヴェンダーも、なんだか困惑したような顔をしていた。けれど同じ内容をユークに訴えている。



 数秒間、沈黙が流れた。









「……ま、とりあえず馬車のところまで行こう」

 こう着状態を破ったのはガイアス本人だ。

 はぁ、と大きなため息をつき、ハルバードを肩に担ぐ。

「ここでこんなことしてても仕方ねぇ。馬車んとこ行って夜を明かして、んでとりあえず葡萄酒の村行くぞ」


 がしがしと頭をかき、ガイアスは顔を上げてユークを見た。


「…………その後、事情聞かせてもらえるよな?」

「……ハイ」


 ユークもまた、大きなため息をついた。

 諦めたそれだった。



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