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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第1章
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炭火焼ハンバーグ 5

 ユーク(と服に隠れたジーク)を引きつれて警備兵の詰所へ向かうと、驚いたことに先ほどの五人組は冒険者ギルドに依頼された「お尋ね者」だった。


 なんでも街に降りていた貴族の物を盗んだらしい。


 これ幸いと冒険者ギルドに引き返し、依頼内容を確認すると、依頼は昼ごろに張り出された新品だった。いくつか参加の印があるが、完了の印はない。


 アルフィリアはすでに手続きを済ませてあるので、カードが無くても依頼を受けることはできるらしいが、ユークレースは違う。彼は冒険者カードを持たないので、この依頼を達成しても報奨金を受け取ることはできない。

 タダ働きにしてなるものかと、アルフィはすぐさま依頼に参加し、その報奨金をとりあえず自分名義で受け取ることにした。ついでユークを受付に引っ張り出した。


「とりあえずこの人を冒険者にしてください」

「…………そうか、いい護衛を見つけたなお嬢ちゃん」


 熊のような体格の意外と人の良かったギルドマスターは、数時間ぶりの再会に微妙な表情を浮かべた。






 アルフィは意気揚々と、依頼を受けた証である依頼書を片手に警備兵の詰所へ向かう。あらかじめ警備兵を一人、現場に待たせていたため、その兵士と合流し証拠を確認させて依頼達成。

 その間、ユークは言われるがままギルドカードの書類にサインしていた。






 お尋ね者といえど報奨金は微々たるものだ。けれど思わぬ臨時収入にアルフィリアは上機嫌だった。



「例えばなにかの拍子に警備兵のお世話になった時、身分証を持たぬ者は、ならず者か盗賊とみなされてしまう。ようは怪しい人物として目をつけられてしまうんだ」


 一連の作業を終え、アルフィはユークを伴って最初の公園に来ていた。噴水の階段に腰を下ろし、興味深そうに聞いているユークへ向かって説明する。


「身分証を作る方法はいくつかあるが、一般的なのはその国の住民登録をすることと、ギルドに所属すること。住民登録とはその名の通り、その国の住民になりたいという書類を役所あるいは王城で申請する。審査が通ればその国で暮らせる。そして住民票がもらえる。この国の住民であるナントカです、というね」

 登録方法、本人の証明方法は割愛する、とアルフィは言い、そして続ける。

「ギルドと呼ばれる制度がある。職業を持つ者はどこかのギルドに属すると、その証としてギルドカードをもらえる。ようはそれが商売をする証であり、その者の身分を現す身分証になる」



 例えば永住しない旅の商人、楽団、または旅人などはギルドカードが身分証になる。ギルドカードは職業の分存在するため、住民票と二重で持っていても構わない。



「ギルドカードは報酬をもらえる証にもなる。

私たちが所属したのは冒険者ギルド、永住しない旅人が主に所属するギルドだが、彼らが金に困って強盗などに走らないよう、仕事を斡旋するのも主な役割だ。

冒険者ギルドは街の様々な依頼を請け負い、ギルドに所属する冒険者に振り分ける。依頼の内容はお尋ね者の逮捕から迷い猫探し、遺跡探索、魔物の討伐、商人の護衛など様々だ。主に住民の手に余る力押しの物が多い。

依頼には難易度によりランクが宛てられる。DからSSまで。基本的に冒険者はどの依頼を受けても構わないが、Aランクより上だと命の危険も伴う危険なものなので、よく考えもせず受けると冗談ではなく命を落とす。達成した依頼のランクによって報酬がもらえる。そしてカードに履歴が残る。

上位のランクばかりを達成している冒険者は箔がつく」

「箔がつくとどうなるの?」

「依頼者側から名指しで指定してくれ、その依頼を独占できたり、報酬をこちら側の意向で吊り上げることができる。

普通、依頼者は依頼を受ける者を確定できないから、特に取り決めのなかった場合早い者勝ちになる。今回の件なんかはそうだな、お尋ね者を早く見つけ、警備兵に叩き出したものが報酬をもらえる。

そして報酬は依頼者が決めたもの以上にはならない、ま、特別報酬などを事前に話し合っていれば話は別だが」


 ふむふむ、とユークは頷く。

 アルフィは一息ついて、手に持ったクレープに噛り付いた。



「今回アルフィが俺にしてくれたのは、俺がギルドに所属できるようにしたんだね」

「でないとユークが報酬をもらえないからな。それに身分証を持たないと言っていた。冒険者を名乗るならば持っていて損はない。

冒険者ギルドは一番ギルドカードが作りやすいからな。それがどんな人物であろうと」


 アルフィは意味ありげにそう笑い、ユークは眉を寄せた。


「……つまり、どういうこと?」

「冒険者ギルドは住民票と違って審査が甘い。あまり大きな声で言えないが、偽造しても通ることだってある」

「ふぅん」

「己の実力のみに生き、命を懸ける者たちだ。過去に何をしていたかなど、依頼者にとってはさして重要でもないんだろう」


 なるほどね、とユークは息を吐く。

「俺みたいな不審者にはぴったりだ」

「私みたいな不審者にもぴったりだ」


 くすくすと笑うアルフィを、少し意外そうにユークは見やる。

「そういえばアルフィも、今日まで身分証を持ってなかったって言ってたね」

「私も辺境の地から出てきたからな。こういった制度は大きな国がやるもので、まだ地方の土地では整備されていなかったりする。旅をして商売をやる者はギルドカードを作るために王都へ下りてくる」


「……つまり、大きな都市を通らないなら必要ないってわけか」

「そうだな。しかし今回、私が行きたい場所は通行証として身分証提示が必要でな。ちょうどいい機会に作らせてもらった」


 そっか、とユークは相槌を打ち、手に持ったクレープをかじると、そのままこっそり下へ下ろした。

 足の間にはジークが居て、ぱくりとそのクレープにかじりつく。ユークのマントで微妙に見えづらく、はたから見ると犬か他の動物を手懐けているように見える。




「しかしさ……アルフィって本当に冒険者?」

「うん?」

「人が良すぎでしょ。今回だって何も言わずに自分だけで報酬を独り占めできたのに。俺が報酬を受け取れるように世話してくれるなんて」


 呆れたようにそう零すユークに、心外だな、とアルフィは肩をすくめた。


「今回私は何もしてない。ユークが全部倒したんだ。

……――そういえばユークはすごいな。あれだけ腕が立つとは思わなかった」

「ん? ま、一応は護衛として雇われたんだもの。仕事しなきゃね」

「なにか剣技を?」

「独学だけれども、一応剣士は名乗れると思うよ。……でもそこも心配でさ、アルフィ、戦う術は持ってるの?」


 首を傾げるユークに、アルフィはいささか唇を尖らせる。

「これでも一応旅人をしてきたんだ。今回は何もやらなかったが、私だってあのならず者相手に負けなかった。……まぁ、あんなに簡単に倒せるとは思ってないが」

 微妙に信じていないような目で、ユークはアルフィを見た。


「……ユーク、信じてないな」

「……うん、信じてない。ついでに何もしていないのに突然『お腹減った』と言いだして、あれだけ食べたのに今クレープ食べてるのも信じられない」

「ユークだって食べてる」

「俺はジークとはんぶんこしてるの」


 証明するように、ジークが差し出されたクレープをぱくぱくと食べた。ジークは何も言わないが、「美味しい、美味しい」とでも表すように尻尾が揺れていて、音符マークでもつきそうなくらい盛大な食べっぷりだ。


「……甘いものは別腹だ。それにいろいろ考えて頭を使った、糖分が欲しかった」

 ふん、とそっぽを向いて、アルフィは生クリームたっぷりの苺クレープにかぶりついた。


 屋台で気軽に買えるクレープは庶民のおやつで、種類は様々にある。

 ひんやりとした生地に生クリームの甘さとコクが広がるが、若干クリームが甘すぎる気がして、70点というところだなとアルフィは評価する。


「まぁそれについてはお世話になったからお礼言うけど」

 ちなみにユークはラズベリーのクレープである。アルフィのものと比べると甘さ控えめらしい。







「……さて。ユークさんや」

「うん?」

「これからどうするのだ? いや、勢いで冒険者にしてしまったが、良かったのかと」


 カードができるには最低でも一日かかる。ギルドに聞くと、アルフィのものと一緒に出来上がるらしい。

 例えばこの後ユークが街を出る予定だったら、余計な足止めをしてしまったと同然だ。


 ……そういえば、とアルフィは思う。そういえば、もうそろそろ日が傾く時間帯だ。夜の街に用事がないのであれば、ぼちぼち宿に帰っても良い頃かもしれない。

 ずいぶんと長い間、一緒に居たのだと感慨深く思う。


「冒険者になったのは、むしろ有難いよ。俺には身分証とかなかったし、目的とかないから特に急ぐこともしてない」

 ユークはそう答え、食べ終わったクレープの包装紙をくるくるとまとめた。足の下ではジークが満足そうにしている。

「宿は取ってあるのか?」

「うん。入り口あたりのとこ」

「そうか」

 アルフィの取った宿とは違うところだ。

 ニュアンスでなんとなく察したらしい。ユークはアルフィを見た。


「宿に帰るの?」

「あぁ。……目的は達したからな」

「なら、宿まで護衛させて」

「別にそこまでしてもらわなくても。ここは街中だ」

「依頼したのはそっち。最後までお仕事させてください」

 よっこいしょ、と立ち上がったユークを、アルフィは少し複雑な表情で見上げる。



 なんとなく。

 ……なんとなく、少しばかり寂しいような気がしているのだ。



「すまない」

「何を謝るの。今までのこと考えたら、むしろ俺がアルフィに感謝しなきゃいけないんだよ」

 見透かすように、ユークはくすくすと笑った。

















 結局、アルフィリアの泊まる宿の下にある食堂で夕飯を共に食し、ユークレースはジークハルトをマントの下に隠して帰っていった。

 とはいうものの、ユークとはまだ縁が続く予定だ。なぜなら明日、冒険者ギルドへ行って報酬をもらい、それを山分けしなければならない(カードができていないので達成の登録ができず、報酬は明日カードができてからということになっている)。

 達成者はアルフィになっているので、その場にユークがいなければアルフィがすべて受け取ることになってしまう。なので、明日ギルドの入り口で待ち合わせだ。


 湯を浴び、楽な格好に着替え、宿の自室で荷物の整理をしながらアルフィは一日を反芻する。



 思い返せば返すほど変な人だった、と思う

 この世界の常識や当たり前のことを知らない。〝知らな過ぎる〟。

 演技にしては素直すぎる。普通、人間は自分に不利になることを隠すものだ。特に初対面の人間同士では。

 けれど、ユークは誤魔化すことをしなかった。

 その行動は、旅をしている人間として――冒険者として、純粋すぎる。


 しかも、〝ドラゴン〟を連れていた。

 ドラゴンなど、アルフィは初めて見た。おとぎ話の中でしか知らない〝伝説〟だ。そしてそのことを、ユークは疑問に思っていないらしかった。

 自分が〝伝説〟を連れていることの重大さを、彼は知らない。





――――なぜなら、その〝ドラゴン〟こそ、聖剣を抜いた勇者の前に現れるはずの〝御使い〟だと言われているからだ。






 はっきり言おう。

 ユークレースは「怪しい」。

 変人などという言葉を素通りし、襟首掴んで王城へ連行すれば不審者で牢屋行きになるんじゃないかと思うくらいに、「怪しい」。

 ついでにそのまま聖剣も抜けるかもしれない。……あながち冗談ではない。







 しかしながら。

 アルフィとて、人に誇れる過去を持っているわけではないのだ。



 アルフィは、辺境のド田舎から外へ飛び出してきた。小さいころはそれこそ町なんて年に数回しか行ったことがなく、森の中、育ての親と二人きりで生活してきたようなものだった。

 だから外へ飛び出した時、世界の大きさに目がくらんだ。

 勇者の話などは知っているものの、例えば貨幣価値、ギルドのことなど、ユークと同じように何も知らなかったのだ。

 知らないがゆえに、白い目で見られたことも、冷たくされたことも、怪しいと危うく疑われて牢屋に入れられそうになったこともある。

 辛い現実の中、失敗を繰り返しながら、ひとつひとつ覚えていった。時には騙されてお金を盗られ、時には親切な人に教わりながら、少しずつ、少しずつ。



 だからだろうか。

 ユークを放っておけなかったのは、昔の自分と重なったからだ。


 アルフィも、もちろん疑う心は持っている。初対面の人間に対して親切にするにしても、それなりの分別をわきまえて接するだろう。

 今回、ユークが心配するほどに、アルフィはユークの世話を焼いた。

 誰にでも同じようにするかと問われれば、否と答えられるだろう。今回は〝ユークだから〟手を貸した。その一言に尽きる。


 どう見ても、ユークレースが嘘を言っているように見えなかったし、悪い人にも見えなかったから。



「これで騙されてるなら、私は間抜けだな」

 人の良い顔をして人を騙す人間は大勢いる。ユークのあの性格がすべて演技だとしたら。アルフィは降参するしかない。

 自嘲した笑みを浮かべ、アルフィは首を振った。

 念のため戸締りの確認をして、いつも通りダガーを枕元に置いた。


 明日はギルドでカードを受け取って、街で買い出しをする。それから昼になる前に出発しよう。

 ……ユークは、どうするのだろう。そんなことを思い浮かべながら、アルフィは眠りについた。












 翌朝。

 冒険者ギルドの入り口で、見覚えのある青灰色の髪を発見。足元には四角い鞄。


「おはよう、アルフィ」


 すでに来ていたらしい青年は、にっこりと笑いながら朝の挨拶をした。


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