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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第3章
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鶏肉の葡萄酒煮込み 18


 うつろな目。半開きの口。捻じ曲がった首。だらりとした両手。肌が浅黒い。

 ボト、ボト、と音を立てて落ちてくる魔物の両手には、ねっとりとした液体が付いている。

 這いつくばったもの、ふらふらとしながら立ち上がるもの。

 部屋の出入り口を塞ぐように、魔物の軍勢がろうそくの炎に浮かび上がる。



 視界を埋め尽くす黒い影に、アルフィリアは目を見開いて固まった。

「あ、あ、……」

 カタカタと手が震える。短剣を握った両手からじんわり汗がにじんだ。

 恐怖で目の前が真っ白になる。うまく息が吸えない。


 一方ジークハルトは魔物に臆さず、唸り声を上げ、威嚇するように牙を見せた。

「グルルル」

 それ以上近づくなと言うように体勢を低くする。口を半開きにし、力をすぅ、と息を吸った。ブレスを吐く準備をしたらしい。



 影が動く。

 空気が動いたかと思うと、その手が一斉に伸びてきた。



 思わず取り落とした燭台が床に落ち、炎が掻き消え暗闇に閉ざされる。


 瞬間ジークハルトが咆哮を上げる。その口から小さな炎の塊が出現、目の前の魔物に向かって放たれた。

 炎に拒まれた魔物が途端燃え盛り、そのまま崩れ落ちる。不思議なことに焦げるにおいがなく、ただ黒い砂のようになり倒れていった。

 だが数が多い。周囲のモノは構わず歩みを進める。

 ジークがもう一度放つ。今度は周囲に向かって。

 一度は退けられ、あるいは炎に飲まれて姿を消す。だがすぐ次の魔物が後ろから迫る。

 炎に触れた途端燃え盛り腕が崩れ落ちたモノもいた。だが止まらずずりずり襲い掛かってくる。

 足が燃えたものもいた。だが止まらず這うように襲い掛かってきた。



 近くに居るだけで感じる、聞こえてくる、魔力の塊。

 蠢く、濁った真っ黒なそれ。少しでも当たったら気が触れてしまうかのような禍々しい圧迫感。

 ジークの炎をかいくぐり伸びてきた黒い腕に、アルフィは印を結んだ。


「――――aKLii veita dOmiVIo AuDI VenTus !!」


 咄嗟に紡いだ呪文は滅茶苦茶なものだったが、アルフィの周囲に風が舞い上がる。瞬間を持って風圧を伴い、アルフィを中心に竜巻が起こった。

 その風は魔物を押しのけ、空間をこじ開ける。



 アルフィは風に飲まれる寸前、ジークの体を引き寄せた。

 目を白黒させるジークを抱きしめ、風が収まる瞬間に空いた空間を、全力で駆ける。

 目指すは部屋の外。逃げるのだ、この場所から。


 だが、扉の取っ手に手をかけても動かなかった。

「なッ!?」

 がちゃ、と軋む音がするが開かない。ぴったりと閉じられた空間はいくら引いても押しても、がちゃがちゃと音がするだけで動いてくれなかった。

「なんでだ!? さっきまで開いてたのに!」

 叫んで、はっと息を飲む。




 発動した魔方陣。

 黒い幕に覆われた空間。

 壁の魔方陣。――――空間、断絶、閉鎖


「とじこめ、られた?」



 咆哮を上げたジークが暴れ、腕から抜け出した。

 はっと振り返る先、浮かぶ炎に照らされ背後に魔物が肉薄している。


 ジークが炎を吐き、アルフィに近づいた魔物の手が燃え上がった。

「ひっ」

 アルフィが息を飲み、思わず逃げようとして反射的に扉へ背を押し付けた。

 手のひらのダガーを構える。


 どうしようどうしようどうしよう。

 焦りが生まれ思考がぐちゃぐちゃになる。

 まずは魔方陣をなんとかしなきゃいけない。閉じ込められた。魔物が襲ってくる。数が多い。手を伸ばす。

 あぁ、なんだっけ。鍵を壊す魔法。いやまずは目の前の魔物をなんとかしなきゃいけないのか?

 ダメだ思い出せない、なんだっけ。何を言えばいいんだっけ?

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


「いや、」


 怖い。




 ジークハルトが咆哮を上げ、炎を出す。燃え上がるそれを呆然と見た瞬間、その背後にのそりと影が落ちるのが見えた。

「ジークッ!!」

 思わず叫ぶが、遅かった。


 ひとまわり大きな黒いヒトガタが、ジークハルトを押さえつけたのだ。

「グアァァ!」

「ジーク!」

 羽根を上から押さえつけられ苦しい声を出すジークに、思わずアルフィは身を乗り出した。短剣でその魔物に切りかかる。

「このっ」

 振り上げ、魔物の手めがけて切りかかった。

「離せッ!」


 だが、その切っ先が届く前に。


「っ!」

 背後から冷たい手が、アルフィの腕を捕えた。


「グェエェェ!!」

 ジークの警告する声が響く。

 そのまま背後に引きずられるように、アルフィは押さえつけられバランスを崩した。

 手首を掴まれ、その拍子にダガーが滑り落ちる。



「やっ、いた……!」

 腕を掴まれ、床に引きずり倒された。冷たい床に倒されうめき声を漏らす。

 ずし、と抑え込まれる。ぬらりとした感触。

 思わず目を開けると、上から覗き込む空虚な顔。

「うあっ……」

 逃れようともがくが、その手すら押さえつけられた。

 暗い昏い闇がぞろりと背筋を駆け巡る。

「あ、あ、あ、あ、」

 息が詰まる。目の前が真っ暗になる。何も考えられない。何も考えられない。


――――――――


 埋め尽くす声。


――――――――タスケ


 〝影〟から木霊する声。


――――――――タ ケテ


 泣き叫ぶ声。


――――――――コ  セ


 ささやく声。


―――――――― ロセ


 空間を覆い尽くす、魔力の残り香から聞こえる苦悶の声。


 これは、

 この場所の、

 この場所で起きた、

 断末魔の悲鳴。



「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 気が、狂いそうだ。





「やめ、やめろッ!」


 ずりずりと引きずられる、石畳を四肢を押さえつけられ引きずられる。

 魔方陣の中心に運んでいるのだ。ぬらぬらとした冷たい感触が肌を伝う。


 そのことが理解できた瞬間、アルフィリアは無茶苦茶に叫んでいた。

 渾身の力で暴れるも、多人数で押さえつけられるそれは振りほどけない。


「だれか、」


 咽が痛い、手を伸ばす、届かない。


 涙が浮かぶ。


「たすけて、助けてッ!」






 脳裏に浮かぶ、












「――――――――助けて、ユークッ!」




























 床に転がる、赤く赤く光るダガー。


 押さえつけられたジークハルトは、その切っ先を睨み付けた。


 上から伸し掛かられ痛みを伴うそれを振り切るかのごとく、炎を吐き出す。

 押しつぶすかのごとく体重をかけていた腕が崩れ落ち、ジークハルトの拘束が解かれた。



 ジークは石畳が鱗を傷つけるのも構わず、その瞬間這うように脱出した。

 アルフィリアはすでに魔物に囲まれている。間に合わない。


 床に転がるダガーはほのかな光を帯びている。


 ジークハルトは迷わずそれに〝かぶりついた〟。












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