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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第3章
43/60

鶏肉の葡萄酒煮込み 15

 目的が荷物ではなく、生きた人間そのものの〝捕獲〟であるならば。


 だからこそ、馬車を狙わなかった。

 だからこそ、葡萄酒を持っていない最初の段階で襲ってきた。

 だからこそ、……アルフィリアが、襲われた。



 最初の段階で馬車が無くなれば、そこに張り付くヒトは街道から引き返し町に戻ってしまう可能性もある。だから馬車を狙わず、人を狙ってきた。

 分担し、疲弊させ、ひとりひとり確実に捕獲するためだ。

 アルフィが襲われたのは、彼女がただ一人馬車を運転できる者だからだ。彼女がいなくなった時、案の定自分たちは立ち往生した。

「……もっと早く確信を持っていれば、アルフィを危険な目に遭わせなかったのに」

 そこで、ユークレースはようやく感情らしきものを見せる。悔しそうに眉根を寄せた。




「……相手を買いかぶりすぎじゃねェの? そこまで考えが回ってないだけかもしれねぇぞ?」

 腕を組みながら、ガイアスがそう言う。茶化す響きではない。疑問の声だ。

 ユークは首を振る。

「馬車を封鎖するために前後に雑兵を配置する。二度目の襲撃は御者を狙う。側面からの迎撃を加える。

……雑兵が考え付く作戦ではない、明らかに統率が取れた動きだ。誰か指示をしている者がいると考えた方がいい。そして、それだけ相手の動きを呼んで攻撃をしてくる。

ここまで考え付かない方がおかしい。……そう思わないか?」

「……」

 ガイアスは何も言わないが、沈黙は肯定を意味する。

 ユークは顔を上げた。

「生きた人間と、葡萄酒の利益の独占。アダムズ商会の馬車が襲われないのは、あいつらに襲われない〝取り決め〟があるんだろう」

「……」

「そして、アンタらはそのことにとっくに〝気付いていた〟。だからあえてアダムズ商会の任務は受けなかった」



 そして、魔物の襲撃を待ったのだ。強度のある馬車にして。戦いの心得のあるユークを引き入れて。冒険者であるアルフィに声をかけて。

「……違うか?」





 ガイアスはため息をついた。感嘆の息でもあるし、諦めの色も滲ませていた。

「……とんでもねぇ奴に声かけちまったもんだなぁ。俺も、悪運強いっつーかなんつーか」

 やれやれ、と肩をすくめ、にっとガイアスは笑う。

「何者だ兄ちゃん? ただの旅人じゃねぇだろ?」

「……別に、」

 ふと、ユークは視線を外した。

「ただの、何の変哲もない〝兵士〟だよ。俺は」




「……そうか」

 ガイアスは意味を尋ねなかった。ただ、そう相槌を打った。

 そして重ねて問う。

「言い訳は必要か?」

「……必要ない。御託も、言い訳も」

 ぴしゃりと切り捨て、ユークは踵を返す。湖の方を向き、その先に広がる森に目を向ける。

「俺たちを利用してたのだって、別にどうでもいいことだ。結果的に依頼を引き受けたのは俺たちだし、葡萄酒運びのクエストも本当だったんだろう。例えその裏に別の目的があったのだとしても」

「……」

「今必要なのはこれからどうするか、だ。まぁもっとも、俺がするのはさっき言ったことだが」

「……アルフィを助けに行く、か? お前、そこまで分かっておきながら無謀だと何故気づかない」


 苦虫を噛み潰したような顔の男に、ユークは突然くるりと振り返った。


 そして、






――――空間に甲高い金属音が響き渡る。

 素早く抜刀したユークレースの剣は、反射的に動かしたガイアスの白銀の斧が受け止めた。


 ざあ、とユークレースとガイアスを中心に風が湧き上がる。

 その青灰色の軌跡は、隠しようもない殺気を込めてガイアスの首を狙っていた。





「……――――ガイアス様ッ!!」

「来るなッ!!」

 悲鳴のような声を、ガイアスは怒鳴り声で止めた。短剣を抜いたラヴェンダーの動きが止まる。

 拮抗し震え交じる刃にチラリと視線を落とし、ガイアスは目を細めた。



「……何の真似だ?」

「……流石だな。顔色一つ変えない」



 目前にある青年の顔は、けれど淡々とそう言った。表情一つ動かさない。

 あっさりと剣を下ろしたユークは、そのまま数歩下がり剣を鞘に納めた。収められた殺気に、ガイアスも銀斧を下す。

「非礼を詫びよう。少し試させてもらった」

「ほぅ。突然喉元に剣を突き付けた無礼を言葉だけで済ませるのか?」

「詫びは別の形でも返そう。貴方がその気配に違わぬ人物であると確信した」

 ユークは肩をすくめ、片手を胸に当て頭を下げる仕草をする。

「その武器からして身分違いであることは自覚している。だがここは戦場だ、そして貴方は俺に言葉を許した。〝傭兵〟である貴方を知りたかった」

「……詫びはもういい。で、オレはお前のお眼鏡にかなったのかよ?」

 ガイアスは面白そうに問う。

「十分だ」

 そして青年は顔を上げ、赤獅子をまっすぐに見つめた。



「剣を向けられてもなお揺るがないアンタを、この上なく優秀な実力者だと判断した。故に提案したい」

「……なんだ?」

「俺と手を組まないか?」


 ガイアスは片眉を上げる。ユークレースは続けた。

「俺はアルフィを助けるために動く。そのためにはアンタたちの力が必要だ」

 迷いのないその瞳は、冷えた光を宿している。

 ガイアスはその時、真正面に対峙した青灰色の青年をじっと見つめた。

「俺に協力してほしい」



 ガイアスはしばし沈黙した。

 だが――――首を振る。

「足りねぇな、兄ちゃん」

 肩に担いだ斧を抱え直し、ガイアスは傲慢とも取れる笑みを浮かべる。

「その程度で手を組む? なめるな兄ちゃん。……そうじゃねぇだろ? 

手を組むって言葉は格上が格下か同等の位のもんに言う言葉だ。オレを従わせたきゃその言い方は甘すぎるぜ。足んねーよ、〝お前程度〟じゃ。

なぁ、言い方が違うんじゃねェの?」



 ユークは目を瞬きさせた。そうして――――ニヤリと、笑う。






「ならば言い方を変えよう。――――ガイアス・マラツ、俺の〝駒〟になれ」






 そしてゆるやかに剣を抜く。その切っ先を、真正面に迎えるガイアスへ向けた。


「アンタのその実力、技術、戦術、能力。すべて余すところなく十全に、十分に〝使いたい〟。

そちらの優秀な〝部下〟もろとも、アンタらを〝雇いたい〟」


 不敵に笑う顔は続ける。



「俺に命をかけろ。その代わりアンタらの目的もこの上なく十全に達成させてやるよ。

それが先ほどの〝詫び〟だ」









 思考は数秒だった。

 ガイアスは沈黙し――鼻で笑う。


「ほお……このオレを〝駒として使う〟のか」

「そうだ」

「ずいぶん大口叩いたもんだな兄ちゃん。オレと、このラヴェンダーを〝駒〟にしたいと」

「そうだ」


 無礼ともいえる大仰な青年の態度に、けれどガイアスは腹の底から歓喜が湧き上がるのを感じた。



 期待感。

 高揚感。

 武者震い。

 湧き上がるそれを押さえきれず、ガイアスは大口を開けて笑い出した。


「ハッ! そんなこと言われたのは初めてだ! このオレに!」

「……ガイアス様」

「そう怖い顔すんなラヴィ。オレはこの〝軍師様〟のお眼鏡にかなったんだ。何故だかそれがすげぇ愉快なんだわ」


 ふと思い出す。ここが〝戦場〟であることに。

 八方塞の状況。馬車も動かせず疲労も溜まり、いつ敵に襲われるか分からない。その現状。

 だがこの青年は、



「変えられるのか? 今の現状を」

「変えられるさ。アンタらが居れば」

 悠然と言い切る。その姿に。





「……アルフィのためか?」


 ふと漏らした言葉に、青灰色の青年の笑みが消えた。


「そこまでして助けたいか。隠した己を曝け出しても。なりふり構わず助けたいのか」

 静かに問う、その言葉に返答はない。


 ただ向けられた剣先がわずかに動く。

 表情がなくとも、言葉がなくとも、ただそれで十分だった。











「……――――麦酒一杯」

「……ガイアス様?」

「それで手を打とう。残りはさっき言った条件で十分だ」


 背後からの訝しげな言葉を無視し、ガイアスは濃蒼の瞳を見下ろした。



 高揚感を押さえきれない。



 剣先を向ける青灰色の青年。

――――その佇まい、その立ち振る舞い、それはガイアスにとって良く知る人物と似ている。


 まるで遊戯の駒を動かすように、戦略を練り、先を見据え、指示を与え、駒を動かす者。


 だが決定的に違うのは纏う威圧だ。そしてこの状況。

 危機的状況に陥りながらも絶望を感じない。

 追い詰められながらも次の策を見出す。


 それは〝戦い慣れた〟者にしか持ち得ない。



 その気配を巧妙に隠していたのだ、この青年は。

 だがいとも簡単に曝け出したのだ。おそらく、一人の少女のために。



 その事実が、ガイアスを愉快にさせる。






「オレとこの部下は扱いにくいぜ? 後悔するなよタイチョー」


 向けられた切っ先の横を、ガイアスの持つ斧の先が通り抜けた。その刃を喉元へ突き付ける。

 ユークレースは目前の刃を一瞬だけ見た後、ガイアスに向かってゆっくりと目を細めた。


「……――――上等だ」

















――――――――それはまるで、戦争をしているような目だった。











※8月7日 若干文章を修正しました。

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