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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第3章
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鶏肉の葡萄酒煮込み 14

「ガイアスさん」


 ユークレースは俯くガイアスに声をかける。ガイアスは顔を上げた。

「地図、貸してください」

「ん? おう」

 わざわざ立ち上がって馬車に戻ったガイアスは、その手に地図を持ってきた。馬車の移動時にいくつか荷物が吹っ飛んだようだが、幸い無くしていなかったようだ。

 礼を言って受け取る青年の顔を見ながら、ガイアスはふと、首を傾げる。


 再び木の幹に腰を下ろし、広げた地図に視線を落としたユークは平常時のような顔をしていた。

 唇が少し切れているようだが、焦りも、怒りも、何も浮かんでいない。



 それにしたって、とガイアスは思う。

 ずいぶんと落ち着いている。……いや、



 纏う気配が、変わった?







「さっきから何してるん?」

 馬車の中にある矢筒を確認し終えたらしいラヴェンダーが、ひょいとユークの後ろから覗き込んだ。

「考えています」

「これからのこと?」

「ええ」

 短く答えるユークの表情はいつもと変わらぬようだ。笑みがないだけで。

「何か思いついたん?」

「とりあえずは」

「……へぇ」

 この状況下で次のことを考え付くとは。ガイアスは興味深そうに返事をする。

「これからどうするんだ?」

「俺がすることは最初から決まってます」

 ひとつ息を吐いてユークは地図を折りたたむ。



「任務放棄して、アルフィを助けに行きます」



「…………は?」

 あまりにもきっぱりと言い放った言葉に、さすがのガイアスも絶句した。ラヴェンダーも目を丸くしている。

「ちょ、ちょ、ちょっと待て兄ちゃん! 今なんつった!?」

「任務放棄します。クエスト放棄します。失敗でいいです。俺はアルフィを助けるために動きます」

「丁寧に言わんでいい一回でいい! お前、自分が何言ってんのかわかってんのか!?」

 慌ててガイアスが引き留めに入るが、ユークは静かな瞳を向けた。


「分かってるつもりですよ。冒険者にとって任務失敗がどれほど不名誉なことなのか。

けれど俺はアルフィの護衛です。……それが、任務達成の名誉よりも大事なことだ」


 迷いのなく言い切る言葉に、ガイアスはそれ以上言葉を続けられず息を飲む。

――――宵闇のような濃蒼の瞳。その目を見た瞬間、〝気圧された〟。





「それに、」

 ユークは立ち上がりながら、ラヴェンダーを振り返る。ラヴェンダーは息を飲んで固まったままだったが、ユークの視線に顔を上げた。

「お二人にも本当のクエストがあるんでしょう?」


 ラヴェンダーが目を見開き、続いてすっと表情を消した。感情の波が消え、暗い闇の光が宿る。

 ユークレースはその表情の変化を見ても、動じることはなかった。予想していたかのように。

「だからここで任務放棄しても何も痛くないはずですよね。その〝本来の目的〟に取り掛かれるんだから」


「……どうしてそう思うんだ? 兄ちゃん」

 ガイアスが口元を歪めながらそう問うた。いつのまにか、その手に折りたたまれた斧を持っている。

 ユークは振り返ると、肩をすくめた。

「勘ですよ、ただの」

「ほぅ?」

「違っていたらそれで良かったんです。けど……――――その様子じゃ、本当のようだ」

 目を細めたユークが言う。事実を確かめるように、ただ、当たり前のように。

 表情を消したユークに、ふとガイアスは思い出した。

 酒場で見せた表情。――――笑みを消した、あの気配に似た空気。



 だが、――――違う。

 あの時とはまるで違う、纏う雰囲気。その表情。

 唐突に感じる。


――――今、目の前にいるこの青年は誰だ? と。







「……」

 頭をよぎる言葉を首を振り胡散させた。やれやれ、とガイアスは肩をすくめる。

 そうして――――ニヤリと、笑みを浮かべた。

「兄ちゃんをナメてたな。いや……隠してたのか?」

「ガイアスさんに活を入れられましたから。……少し、昔の勘を取り戻しただけです」

「マジか、オレのせいか。こりゃ失敗したかな」

 はは、とガイアスは軽く笑う。そしてユークを見て、赤い目を細めた。

「じゃあついでに、その喋り口調止めろよ。――――〝ツクリモノ〟過ぎて寒気がするわ」





「……そうですか」

 ユークレースは一瞬だけ目を伏せた。そして、

「――――……ならば、そうさせてもらおう」







 顔を上げる。瞬間、

――――その気配が、変わる。




 ガイアスは思わぬ変動に目を見開いた。

 全身を覆う威圧。がらりと変わるその表情。

 頬をつう、と知らず汗が流れる。


 思わず消えた笑みを無理やり戻し、ガイアスは引くついた唇を引き上げた。

 ……これは、これは。



 ちらりと横を見る。ラヴェンダーは思わぬ事態の変化に硬直しているようだ。

 その手が無意識だろう、己の武具を掴んでいるのを見て内心苦笑する。――――敵だと認識をしたわけではない。おそらく〝未知の存在〟に、知らず自らの防衛本能が働いたのだ。


 ガイアスは視線を逸らし、背筋をまっすぐ伸ばして目の前の青年を見据える。

――――この〝気配〟と対等に渡り合うには、ラヴェンダーでは〝若すぎる〟。


 だからガイアスも〝本来の〟表情で、口元を吊り上げた。




「正解だよ兄ちゃん。オレたちはアンタらを〝囮〟にした」

「……っ、ガイアス様!」

「いいよラヴィ。どうせこの兄ちゃんは気付いてる」

 ラヴェンダーが焦ったように呼びかければ、ガイアスは肩をすくめる。それから困ったように頭をかいた。

「けど、アルフィが逸れたのは予想外だったんだ。アンタはともかく、アルフィに危険はなるべく向かせないようにするはずだった」

「……様子を見ていればわかる。でなければ俺はこの任務、引き受けさせなかった」

「そんなに早くから感づいてたのか? 察しがいいな」

 ガイアスは面白そうに眉を上げるが、ユークの表情は変わらない。

「いつから気付いてた?」

「……確信を持ったのは二度目の襲撃の時だ」

 ユークは答える。



「そもそも最初の襲撃の時からおかしかった。俺たちはまだ荷物を運んでないはずだ。それなのに襲ってきた。

葡萄酒が目的なら帰りの工程で襲われるはずだ。荷物を奪えば済むことだからな。けれど葡萄酒を持っていない段階で奴らは襲ってきた……しかも、最初の襲撃はともかく二度目の襲撃の時でさえ、馬車を狙わなかった」


「……最初はオレらが先手を打ったっつーのもあるしな」


「酒場での話もおかしかった。『帰ってこないやつらが多い』って、それは何故だ? 何故、馬車を運ぶ人間まで始末する必要がある? 怖い噂を立てるため? 運ぶ人間を少なくするため?


しかし効率が悪い。それならば〝殺した人間は人目のある場所に晒される〟のが望ましい」



 街道に入った人間はことごとく惨殺される。ただそれだけの事実で、噂は恐ろしいものとなる。

 だがそうではなかった。〝死体は消えた〟のだ。いや、〝動く死体となった〟という噂があるだけだ。



 葡萄酒の運びをなくしたい。その利益を独占したい。だが街道は封鎖をしたくない。

 この二つの理由は相反している。そして――――別の目的がある。



「すなわち奴らの目的は――――生きた人間そのものだ」








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