※(砂塵の回想)
「……おかしなことを聞くんだねェ、キミも」
全身をすっぽり覆う、雪のような真っ白なコート。
対照的な黒い髪が風に揺れている。
線の細い身体。常に笑みを絶やさない口元。
真っ黒な瞳が、細められた。
「キミが言ったんじゃないか。犠牲を出さず、何かを無くすこともせず、勝利するって」
なだめるような物言いに相槌を返す。我ながら歯切れの悪い返答。
「それが出来るって、あの時キミが信じてくれたんじゃないか」
肩がすくめられる。
「だから行ったんだよ~、ジャスパーは。誰も犠牲にせず、何かを無くすこともせず、勝利するためにねぇ」
――――ここは、どこだろう。
砂塵の吹く荒れた大地。風が吹く崖上の場所。
そうだ、
たしか、この〝戦場〟で、
「……――――キミがそんなんでどうするのさ」
目の前の人物は、笑みを浮かべてこう言った。
「ジークはキミの相棒なんでしょ~?」
こちらを振り返り、笑う。
そんな場合ではないはずなのに、
焦燥ひとつ見せず、ただ、いつも通りに。
「ボクらが此処に居るのはね、キミの信じるその道を、一緒に走るために居るんだよ~」
だから、と。
「ジークハルトも一緒だよ。
キミが此処に居る限り、キミの元に帰ってくるよ。親友を連れて、きっと」
迷いのない瞳。
「だから、キミはただ信じていればいいんだよ。
ボクの策と、キミの親友の実力と、キミの相棒の力と、キミと共に戦ってる仲間のことをね」
気が付けば、目の前は森が広がっていた。
目を、見開いた。
冷水を浴びせられたように頭が冷える。
意識が覚醒する。
今までの比でなく頭が回転を始めた。目を見開き、けれど視界は周囲を映さない。
――――俺は、
――――何を、
――――しているんだ?
そう。
あの時と、
いや、あの時からずっと、
何も変わらないではないか。
――――ジークハルトが、アルフィリアの傍に居る。
その事実だけで十分だ。
ならばこんなことをしている場合ではない。
考え込むなら最善の策を。
立ち止まるなら最良の策を。
絶望するなら先の思考を。
後悔するなら行動を。
憤怒するなら歩みを進めろ。
考えうるすべての事実を把握し、掌握し、収集し、想像し、構成し、行動しろ。
時間は無限ではない。刻一刻と時は動く。状況は動いていく。その一瞬が命取りとなる。その瞬間が致命傷となる。その戸惑いが勝敗を分ける。その行動が運命を分ける。
そのことを何よりも実感していたはずだ。
そのことを誰よりも教えられたはずだ。
――――――平和ボケしたなユークレース。
苦笑する。自嘲した。それは己への軽蔑。笑い出しそうになるのをこらえる。おかしかった。おかしすぎた。〝この程度で〟八方塞と、〝この程度で〟絶望していると、言っている自分がおかしすぎた。
そうだ。
信用など生ぬるい。
信頼など当に超えている。
公然の事実。疑うべきもない結果。
そうだったはずだ。己と銀竜はいつだってそうであったはずなのだ。
――――ジークハルトは、必ずユークレースの元へ帰ってくる。
ただそれを信じればいい。
それを信じて、託して、己のすべきことをすればいい。
ただ全力で、
ただ全身で、
ただ渾身に、
ただ真っ直ぐに、
己の出来ることを。己のすべきことを。己がすべての能力を持って。
周囲にあるものをすべて活用し。使えるものを利用し。
この状況を覆す。
ただ、それだけだ。
――――――――そう。まだ〝絶望〟には生ぬるい。