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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第3章
37/60

鶏肉の葡萄酒煮込み 10

 ユークが地を蹴り、前方へ走りこむと同じく、ひらりとラヴェンダーが飛びあがり後方を向き、馬車の屋根に立つ。

 屋根は簡素な板で、頑丈な柱がついているわけでもない。だがラヴェンダーは危なげなく、器用に体重をかけて仁王立ちになった。

 そして懐に入れた手で何かを取り出し、ひょいと放り投げる。

――――水の入った皮袋だ。



 青灰色の青年は剣を構えたまま、ガイアスの側面へ回り込んだ。

 赤獅子はハルバードの刃を地面につけるように横へ持ち、腰を低く構えている。

 その刃の側面、突起の部分にユークが飛び乗る。ブーツの底が当たると同時に、ガイアスが動いた。

「……――――うぉりゃあぁぁあ!」

 気合一振。横なぎに振るったハルバードは、円の動きそのまま、端に乗ったユークの体を押し上げる。

 そのままユークはハルバードを軸に、中空へ躍り出た。




 硬質な音と共に構えられる連射式ボウガン。

 ラヴェンダーは引き金を引く。弓弦の回る音と共に短い矢が飛び出し、それは嵐となって後方の魔物に降り注いだ。

 矢の嵐は放り投げられた水の袋もろとも巻き込み、魔物を切り裂き、縫いとめる。

 鋭い矢の風を切る音と共に皮袋の割れる音。水が飛び散り、光を受けて飛沫となる。それは地面にばしゃん、と落ちる。

 瞬きの間に、魔物たちが矢に縫いとめられ、水が地面を覆った。だが矢の雨を逃れた魔物は蠢き、体の部位を切り裂いたはずの魔物もまた、軋みを上げて歩みを再開しようとする。

 まるで痛みなど感じぬような動きだ。


 だが臆することなくラヴェンダーは空になった矢筒を捨て、新しい矢筒をセットする。

 構え、おもむろに引き金を引いた。

 今度は計三本。連射ではなく引き金を引き、三方向へ矢を飛ばす。それは魔物に当たらず、地面に突き刺さった。


――――その、瞬間。

 空気の軋むような耳を打つ音と共に、一面に広がった水が〝凍りついた〟。

 その氷は水の被ったモノを巻き込み、一瞬にして冷えた空気は白い霧を作り出す。




 ユークを放り投げたガイアスはそのまま、目の前の敵陣に突っ込んだ。

 咆哮。円を描くように振るわれた銀の軌跡は、反応の遅い魔物を薙ぎ払う。数体を巻き込んで、魔物は折り重なるように吹っ飛んだ。

 そのままハルバードを構え、逆方向へ円を描く。

 銀の軌跡はガイアスを中心に、魔物を薙ぎ払っていく。ようやく反応を返した魔物が牙を、武器を手に襲い掛かるが、ガイアスは軽やかに舞いハルバードを振るった。

 円を描くように回り、時に振りおろし、振り上げ、先端の突起にひっかけて引きずり倒す。

 その姿は力強さを思わせる。咆哮を上げながら自ら敵陣に突っ込むさまは、はたから見れば闇雲に突っ込む愚か者だ。だがそう感じさせない威圧。

 青灰色の青年とは違う、目の前の敵をなぎ倒す圧倒的な力。

 そのままガイアスは集団の中心へ走り出る。まっすぐに突っ込んだ形のそれは、ガイアスのいた場所を残して魔物が減っていくようだ。

 当然、ガイアスの前方を塞ぐように周辺の魔物が集まってくる。


 ガイアスの振るう銀の柄が、前方の集団に食い込む。その振り下ろした軌跡の先、交差する青の光。

 その瞬間、ガイアスの前方から青灰色の青年が躍り出た。そのままガイアスを狙う背後の魔物を切り裂く。


 ユークだった。中空を舞い集団を丸々飛び越えたユークは、そのまま方向転換、ガイアスが突っ込んだ反対側へ同じく斬りかかったのだ。

 ガイアスと違い、ユークの動きはしなやかだ。剣を片手に周囲の魔物を確実に切り裂き、倒し、薙ぎ払う。ガイアスほどの派手さはない、だが素早く確実に敵を退ける。

 そうしてユークは、ガイアスと同じように己の〝道〟を作り上げた。


 ガイアスとユーク、赤と青。二人の戦士が交差する時、二人がそれぞれの方向から作り上げた直線の〝道〟は、他の部分よりも魔物の数が少なくなっていた。

 そう、前方の魔物のみを狙いただまっすぐに突き進み、左右に魔物を切り分けた二人の作り上げた〝道〟である。



 ハルバードを振るったガイアスが中腰に柄を構える。その瞬間、とん、と背中に気配が当たる。

 同じく中腰に剣を構えたユークだった。

「……で、どうします」

 軽く乱れた息を整えるように深呼吸、ユークはガイアスを見ずに問いかける。ガイアスは口元に笑みを浮かべた。

「そりゃ、愚問だ」


 同時に、二人は別方向に地を蹴った。

「――――今だ嬢ちゃんッ!! 引けェェェェェ!!」


 ガイアスの鋭い声は違いなく馬車を引く少女に届く。

 アルフィは手綱を構えていた。そう、いつでも走り出せるように。


「わかったッ!」

 聴き、アルフィは手綱を思い切り叩いた。走り出す指示に馬は動き、勢いよく地を蹴る。

 動き出すと同時に、ラヴェンダーがひらりと馬車の中に降り立った。後方の霧は今だ晴れる気配がなく、魔物の視界を奪っている。

 走り出した馬車が加速し、盛大な音を立ててガイアスの作った道に突っ込んでいく。魔物の数が少なくなった道は、馬車の移動を可能にしていた。

 わずかに残る魔物は、突っ込んできた馬車の車輪を避けるように逃げ惑う。時に逃げ遅れたものは弾き飛ばされた。


――――ガイアスが、荷台の大きさよりも頑丈性を選んだ理由だ。


 猛スピードで突っ込む馬車とすれ違いざま、ガイアスもユークも馬車に飛び乗る。

 身軽なユークは運転席のアルフィに助けられ、ガイアスはラヴェンダーに引っ張り上げられ荷台に転がった。


 魔物を巻き込み、馬車は魔物の群れを突き抜ける。そのまま速さを緩めることなく、激しい揺れを引き起こしながら山道を滑走した。

 馬車にへばりつく魔物はユークが弾き落し、後方に回ったラヴェンダーが置き土産とばかりに矢を放つ。

 轟音を立てながら馬車が走り去る頃、矢に縫いとめられた異形のモノと、凍りついた地面と、表情の変わらぬ魔物の群れが残るのみだった。






「うまくいったか?」

 揺れる馬車の上で、あいたた、と頭をさすりながら顔を上げたガイアスが首を傾げた。

「少なくとも追っ手はおらへん」

 荷台の後ろから道を覗き込むラヴェンダーがそう告げる。

「おい、どこまで走ればいい!?」

 走る速度を緩めずアルフィは問うた。その後ろからユークが先を見据えるように身を乗り出す。

「この先に少し大きな道がある。馬が平気ならそこまで走ろう」

「わかった!」

 頷き、アルフィは手綱を引いた。



 やがて、馬車は少し開けた曲がり道に差し掛かった。

 ゆるやかにうねる道は、そのまま進むと急な斜面になる。木の生い茂った崖を避けるように曲がり道が続いている。


 馬の速度を緩め、曲がり角で立ち止まらせた。荒い息を繰り返す馬を少し休めるためだ。

 本来、街道のど真ん中で立ち止まるのは通行の邪魔になるが、あいにく道行く者は自分たちの馬車しか見えない。問題ないだろう、と判断した上での行動である。

 曲がり道は斜面に挟まれるように続いている。街道として切り開かれている道の左右は森が生い茂り、馬車は通れない。


「ガイアス様の作戦、成功したんやね」

 後方に気を配りながら、ラヴェンダーがそう言った。

 馬車を下りながら首を回したガイアスは肩をすくめる。

「そう褒められるもんじゃねぇよ。だいたい想像つくだろ、相手の作戦は」

 ハルバードの形になったままの戦斧をかつぎ、ガイアスは自らの赤い短髪を撫でた。飛び乗った際に頭を打ったらしく、あぁいてぇ、と呟いている。


 馬車を下り、馬の様子を見ていたアルフィリアはその言葉に首を傾げた。アルフィの傍に着き、ラヴェンダーと同じく周囲を見回していたユークレースがそれに答える。

「見てごらん。側面は森、逃げ道は前後のみ。こういう場合、足を止めるんならその二つを塞げばいい。簡単に獲物を追い詰められる」

 周りを囲まれる形となる馬車を守るため、護衛が外に出る。

 逃げ道がないため一方的な防衛戦となる。強者がいれば造作もないが、数で攻めてくる、しかも守りながらというのは不利な状況になってしまうだろう。

 アルフィにジークハルトの入ったカバンを渡しながら、ユークはそう注釈した。

 何が起こるか分からないから持ってなきゃ駄目だよ、と前置きした上で。

「だからガイアスさんは、そのことを踏まえたうえで打ち合わせをしたろ?」


――――前方と後方に敵が来るのが分かっているなら、その突破法を考えればいいだけだ。

 馬車は一度走り出したら、地を歩くモノがそう簡単に止められない。大型の獣なら別として。

 魔物の群れは、見渡せば人型のみのようだった。それなら馬車を走らせればそう簡単に止められることはない。

 問題は馬車の走る道だ。障害物は少ないほうがいい。

 背後はともかく、前方に攻撃を集中することだ。


「……けど、俺もあんなにうまくいくとは思わなかった」

 集団で襲い掛かるのであれば、身軽なユークを〝投げる〟とガイアスは言った。

 ユークを〝投げ〟、集団を飛び越えさせる。そして挟み撃ちにし、道を強制的に作る。

 その間ラヴェンダーは後方担当だ。攻撃範囲の広いラヴェンダーが牽制ついでに敵の足を縫いとめる。

 ガイアスが口を吊り上げた。

「兄ちゃんも合わせてくれたんだろ。オレの動きに合わせて攻撃してたじゃねぇか。あの剣裁き、さっすがだな」

「うち、それ見てへんのよ。ええなぁ、見たかったなぁ」

 ラヴェンダーが悔しそうに唇を尖らせる。ユークは顔を引きつらせていた。


 拗ねる黒髪の女性を見つめ、そういえば、とアルフィリアは思い出す。

「……ラヴィ、なにか魔法を使ってなかったか?」

「んー? あぁ、これな。凍らせるんよ」

 アルフィの問いに、ラヴェンダーは近づいてきて矢筒を見せてくれた。

 ぎっしり詰まった矢の中に、なにか文字が刻まれている。

「水につけたら凍るんよ」

 作るの大変なんよー、と笑いながらラヴェンダーは矢を一本、アルフィに渡した。アルフィは興味深くそれを見る。

木を削った簡素な矢に、氷を意味する言葉が刻まれているようだ。言葉を察するに手作りなのだろう。

「すごいな」

 しみじみとアルフィは呟く。



「……それで。これからどうします、ガイアスさん」

 会話も一区切りついたところで、ユークがガイアスに問いかけた。

「相手がこれで諦めるとは思えませんが」

「兄ちゃんもそう思うか?」

 ガイアスが首を回しながら、けれど眉を寄せる。

「だが、対策を練るっつってもな。ここはあいつらの〝根城〟だ。これで終わりとは思えねぇが、オレらができることはなにもねぇよ」

「……相手の出方次第、になるんですね」

「悔しいがこの場所があいつらの縄張りである以上、オレらは後手に回らなきゃならん。しいていえば〝慎重に進め〟としか言いようがねぇな」

 苦虫を噛み潰したようにガイアスはそう言う。

 ユークは何かを考えるように目を伏せた。

「どした? 兄ちゃん」

 黙り込んだユークを振り返り、ガイアスが首を傾げる。

「……少し気になることがあって」

「気になること?」

「……いえ、なんでもないです。先を急ぎましょう」

 ユークは馬車をじっと見つめた後、首を横に振った。



 無理をさせたのだが、馬の様子はしばらく休めば問題なく動けるようだった。やはり良い馬である。

 一行は同じ位置に戻り、アルフィが馬車を走らせる。今度は少しゆっくりだ。

「ムリすんなよ。なにがあるか分からんからな」

 ガイアスがこう言い、頷いて答える。ただでさえ斜面に挟まれた道を歩くのは気を使うのだ。道を外れれば車輪が落ちてしまう。細い道ではないため、軌道修正は難しくなかったが。

 ガイアスが地図を広げ、ユークと顔を突き合わせている。左右が森と斜面に挟まれている以上、また襲い掛かってくるのであればその都度対応するしかない、という。

「基本、ルートは一本道なんですね」

「だからこそ敵は罠を張りやすい」

 馬車を引くなら舗装された場所を進まなければならない。

 不利な状況に二人は頭を悩ましているようだ。ラヴェンダーはその会話に参加せず、ただじっと後ろを見つめている。普段とは違う寡黙な様子に、だからこそガイアスは周囲を見回さないのだろうかと、唐突にアルフィは思った。

 ラヴェンダーが周囲を探っている。その様子に信頼を置いているからこそ、ガイアスは周囲を探ることを任せ、考え事に頭を割けるのだ。

 それはユークも感じ取っていたのだろうか。会話に参加する姿を見ていると、そのように感じる。



 ふと。

 そのラヴェンダーが、ボウガンを手に身を起こした。

 かたん、とアルフィの横のカバンからも音が聞こえる。

「……来たで」

「え?」

 今度はユークも気が付かなかったようだ。意外そうに目を見張り、けれど次の瞬間表情を引き締める。

「思ったより速い。……悟られてたのか?」

「恐らくオレらが初めてじゃないんだろ。あの包囲網を突破できたのは」

 だからこそ次の手を〝用意〟していたのだろう、とガイアスは呟く。

「……敵さんも馬鹿じゃないようだな」


 軋みを上げて馬車が止まった。

 アルフィの目線からはまだ魔物の姿は見えない。だがアルフィはジークハルトのカバンを手にとって抱きしめた。

「打ち合わせ通りにいくしかねぇな。ラヴィ、お前は後方および周囲を警戒。ユーク、オレと行くぞ」

「了解」

「ほいな」

 ガイアスが素早く指示を出し、馬車を飛び下りる。ユークがそれに続き、ラヴェンダーがひょいと屋根に上った。

「アルフィはいつでも馬車を走らせる準備をしとけよ」

「……分かった」

 前方に出るガイアスとすれ違いざま声をかけられる。アルフィは緊張した面持で頷いた。



 やがて、前方から魔物が姿を現す。

 先ほどと同じ二足歩行型の魔物で、数十人の群れを成しながらずりずりと足音を響かせている。

 胡乱気な表情の魔物から目線を逸らすよう、アルフィはぎゅっと目を瞑った。





――――その、瞬間だった。


「アルフィッ!!」

 ラヴェンダーの鋭い声が飛ぶ。次いで矢の放たれる音。葉のこすれ合いと共に、茂みが大きく揺れた。






 何も感じる暇もなくドン、と脇腹に衝撃が走る。

 目を開けると視界が回った。そのまま中空に放り出される。


 地面を転げ、したたかに肩を打った。痛みでうめき声を上げる暇もなく、ごろごろと地面を転がる。

 ぶつかってきた何かに押し返されるように、〝それ〟と共に視界が回り、


 気が付けば、

 背中の地面が、なかった。



「――――アルフィッ!!」

 聞こえた声は青年のものだった。それを認識すると同時に、咄嗟にどこか掴もうと伸ばした手が空を切る。

 体が沈むのを感じた。悲鳴を上げる暇もなかった。


 アルフィはそのままなす術なく、斜面を転げ落ちていった。



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