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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第3章
36/60

鶏肉の葡萄酒煮込み 9

「その鞄はなんだ? ずいぶん大きいな」

「いろいろ入ってる。持っていないと落ち着かなくてな」

 と、赤獅子の目ざとい視線に気を使うエピソードもありながらも。



「……まさかホントに運転できるとは思わなかった」

「いくらなんでもこの状況でそれはないだろう」


 隣で青灰色の青年が目を丸くしている。半眼で返し、アルフィリアは手綱を引いた。

 指示を受けた馬が進行方向を変え、前方にあった大きな木の根を避ける動きをする。黒くて利口な馬で、操りやすい。体が覚えている感覚に安堵して、アルフィは小さく息を吐いた。

 山道はまだ続いている。


 普段移動に使用する乗合馬車とは違い、荷馬車は本来荷物を乗せるためのもので簡素な造りとなっている。四方に細い柱があり、簡単な屋根がついてはいるが人の座る座席は操縦席だけだ。

 ガタガタと揺れるのは乗り心地よりも強度を意識して作られているからだろう。それでもアルフィの座る椅子の下にはクッションが置かれており、荷台に直接座る他の者よりいくぶんかマシのはずだった。

 自然と、馬車の後ろにラヴェンダーが座り、ガイアスとユークがそれぞれ左右を警戒、アルフィが馬車を操る光景となる。



 山道は時折揺れる以外は比較的平坦な道だった。何度も人が通った形跡があり、ある程度舗装されているためだろう。

 穏やかな天気で、のんびり昼寝もできそうだ。周囲の森も静かである。

 その空気の中、馬車は進む。荷台で地図を広げて道を確かめていたガイアスは、そのまま顔を上げた。

「アルフィ、この先は一本道だ。なにかあったら言えよ」

「わかった」

 振り返らないで返す声は、最初の頃よりは緊張を解いていた。


 広げた地図を覗き込んでいたユークレースは、感心したように頷いている。

「意外と広いんですね、この山」

「そうだな。なにせ魔王と勇者が戦ったって伝説のあるくらいだしな」

 道を外れれば遭難する可能性もある。山の上に登ればほとんど人の手は加えられていないという。


 やがて周囲の木が多くなり、林から森に入っていく。生い茂る葉のせいで日の光が遮られ、周辺はわずかに暗くなる。





 ふと。

 アルフィはうなじがチリ、と逆立つ気配を感じ、思わず手綱を引いた。

 軋んだ音を立てて車輪が止まる。

「アルフィ、どうしたの?」

 背後でユークが声をかけてくる。アルフィはきょろきょろと周りを見渡した。

 目に映る光景は、特に変わった様子はない。

「……ん、なんでもない。気のせいだったようだ」

「なにかあったのか?」

 ガイアスが低く問いかける。アルフィは首だけで振り返った。

「風が首を撫でて、鳥肌が立ったようだ。どうにも過敏になっているらしい。すまない」

「……いや。ま、緊張すんのも無理ないわな。大丈夫だ、オレらもいる」

「ありがとう」

 頷いて、アルフィは手綱を引く。大人しく待っていた馬が、歩みを再開した。




「……しかし、のどかだな」

 操縦席で手綱を手に、ぼんやりとアルフィは呟いた。暗くなったとはいえ青空が広がっている。

「あまりにものどかすぎて信じられん」

 規則正しい馬の足音と、車輪の回る軋んだ音。周辺の景色を見渡せば、とてもではないが危険なことが起きているとは信じられない。

「……なんで、馬車が襲われているんだろうな」

 ふと疑問に感じて口に出す。意図をもって問いかけたわけではないが、背中から答える声があった。


「そんなに難しいことでもねぇと思うがな」

「え?」

 荷台で己の武器らしい銀色の斧を磨いていたガイアスが、顔を上げてアルフィの方を見ている。


「魔物が出て、町の産業である葡萄酒が滞った。腕利きの護衛を雇うために商人はギルドへクエスト依頼を出すが、その分コストがかかるようになる。

そうしたら今まで安く仕入れることができた葡萄酒の値段が跳ねあがって、おいそれと買うこともできなくなった」

 それは、ギルドの男性が話してくれなかった裏事情だ。

「同時に残り少ない葡萄酒の在庫は価値が上がる。そうしたら利益に繋がるわな」

 葡萄酒が飲めなくなった原因もそこにある。仕入れ値の高騰、それに伴う経営の圧迫。目玉商品の要である葡萄酒を売り出すことを諦めねばならないほど物の値段が高騰し、また商品の在庫を独占している者がいるとすれば。

「……ま、でなきゃこれだけ在庫がなくなるわけがねぇ」

 どこの店もストックは残しておくはずだ。お客の反感を買おうが、値段を上げてでも料理を出す店もあるだろう。

 荷台で腕を組んでいたユークが目を細める。

「……犯人の目星がついてそうな言い方ですね」

「まぁな。誰が見たって一目瞭然だろ」


 けれど分からないことがあるのだと、ガイアスは話す。

「動機は分かるが、方法が分からない。あそこが何を得て、何をしてこの事態になったのか」

 絡んでいるとすれば〝この状況下で唯一葡萄酒を確保できてる商店〟が一番怪しいのは事実。だが証拠がなく、方法も謎だ。

 例えば、なぜアルフィたちに声をかけたのか。

 例えば、なぜ彼らの馬車のみ無事に帰ってくる確率が高いのか。

「あと魔法使ってなにやったんだ、とかな」

 そもそもそれが問題なのだと、ガイアスは言う。

 魔物の噂はあくまで噂だが、魔法としてはタブーの〝禁術〟の噂を立てる理由はなにか。

「適当に盗賊でも雇って人襲わせてよ。トンズラするだけで儲けもんだろ」

「ガイアス様、あくどい顔になっとるで」

 ラヴェンダーが茶化すように口を挟むが、アルフィはそう聞いて思わず考え込んだ。



 ガイアスの言うとおり、馬車を襲う〝役〟は何でも構わないはずだ。野犬の群れでもなんでも、確実に馬車を攻撃できかつ恐ろしい魔物であれば。

 つまりこの後、実際に襲われる段階になってそれは初めて分かることだ。本当に〝死体〟が襲ってくるのか、違うモノが襲ってくるのか。

 それだけでいえば、わざわざ魔法というキーワードを用いている理由がない。

 〝禁術〟を使用している噂が広まれば、それだけギルドに目をつけられる危険性が高まる。ガイアスが示唆しているのはそのことだ。

「……禁術でなければならなかった?」

 意図が見えずアルフィは首を傾げる。だがガイアスは苦笑して話を締めくくった。

「ま、その悪いやつらを突き止めるのはオレらのすることじゃねぇよ。そういうのは専門家に任せるもんだ。オレらがやることは無事に葡萄酒を運ぶことだ」

「……むぅ」

 思考を遮られる形になり、アルフィは思わず唇を尖らす。


 その一連のやり取りを、ユークは黙って聞いていた。アルフィを見るガイアスの横顔と、馬車の背後を見るラヴェンダーの後ろ姿を、ただじっと見つめていた。

 何かを探るように、目を細めて。







 かたん。

 アルフィの横で小さな物音がした。ジークハルトのいるカバンだ。

 疑問を感じてアルフィが視線を下ろすと同時に、女性の声が聞こえる。

「アルフィ、止まり」

 黒髪の女性の声は、固い響きを持っていた。慌てて手綱を引き馬車を止める。

 かちゃ、と剣を握る音がした。

「……んー? どした兄ちゃんも、二人して」

「おっちゃん、とぼけとる場合ではおまへん。お客はんが攻めて来よった」

 ラヴェンダーが立ち上がり、ボウガンを構える。ユークが馬車から降りたようだ。

 うなじがチリチリと逆立つのを感じた。脇腹のダガーが震えているのが分かり、そっと手を添える。



 こくりとつばを飲み込んだ。場に満ちる気配は濃くなる。

 ユークやラヴェンダーが指摘したものと違う。その気配を、アルフィは強く肌で感じた。

「……魔法」

 気づかれないように口の中で呟く。……――強い、魔力の気配だ。恐らくこの場ではアルフィにしか分からない、強い強い魔法の気配。

 同時にじっとりとした不快感を覚える。それはアルフィにひとつの〝確信〟をもたらした。



 周辺に、複数の足音と共に影が現れる。

――――それは、ヒトの形をしていた。





 服装は様々だ。町人のもの、盗賊らしき粗末なもの、女のもの、男のもの。鎧を着たものもいる。

 その姿かたちは、かろうじて二足歩行の形をしているらしかった。

 ニンゲンと大差のない格好の者もいれば、腕だけが妙に長いものもいた。反り返ったものもいた。有り得ない方向に首が曲がっているものもいた。肌が青いものも、緑色のものも、赤いものもいた。足が複数あるものもいた。角や、翼が生えているものもいた。

 動き方がカクカクとぎこちないものもいた。ずるずると何かを引きずっているものもいた。

 数十のものが、馬車の前方と、後方に集まりつつあった。



「……待ち伏せ、か」

 ユークがぽつりと呟く。その顔に笑みはない。

「これが魔物の正体か?」

 ふぅん、とガイアスがやけに呑気にそう告げた。

「なんだ、想像してたゾンビとはずいぶん違うな。奇人変人の集まりみたいだな」

「うちら襲う気満々のようやけどねー」

 手に刃物を持つもの、棍棒を持つもの、武器を持たぬもの、様々だ。


 共通しているのはその表情。

 半開きの口、ぼんやりとした目つき。……正気とは思えぬ、生気の失せた顔。


 思わずアルフィは息を殺し、ジークのカバンを引き寄せた。

 その瞳に向き合うとなにかがおかしくなりそうで、必死に視線を逸らす。



 ふと、見知った気配を傍に感じた。

 青灰色の髪がアルフィの視界に入り、馬のいななきを押さえるように手を添えている。

 異様な気配に興奮を隠せなかった馬は、ユークの手が撫でると少しずつ収まっていくようだった。同時にアルフィの恐怖心も少しずつ収まっていく。

――――ユークが視線のみで振り返る。穏やかな青の色だった。……アルフィはその瞬間、すとん、と何かが胸に収まるのを感じた。

 震えが、止まっている。





「……――――あー、一応聞いときたいんだが」





 赤い髪の男が馬車の前方に歩み出たかと思うと、銀色の斧を肩に担いで前方の集団に話しかけた。柄の短い斧を器用に肩に降ろし、ガイアスは肩をすくめる。

「お前ら、何の用事でオレらを襲うんだ? アンタらなにもんだ?」

 ガイアスの問いに、だが集団は答えなかった。ただ、ずりずりと足を引きずるように近寄ってくる。

「それ以上近づくならこっちだって容赦しないぜ? 道を開けてくれねェかな。でないとこちらから攻撃を仕掛ける」

 前方、後方、構わず近づく気配。人の言葉など分からぬという風体。異様な集団。

 ガイアスはため息をつく。


「……だそうだ。警告はしたからな、先手必勝で行かせてもらうぜ」


 そして、

 おもむろにガイアスが銀色の斧を振るう。――――折りたたまれた柄が勢いよく伸び、それは長槍の姿を持った。

 柄の先を地面に押し当て、ハルバードの姿を持った銀色の戦斧を片手に、ガイアスが笑う。

「……――――くぜ、お前ら。手筈通りに」


 ユークレースとラヴェンダーが動いたのは、同時だった。



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