※(騎士の亡霊の独白) 2
かたん。駒を元に戻す。
その男はこう言った。
――――世界を広く持てと。
いつものように駒を動かしながら、その男はこう言った。
――――視野を広く持てと。
――――お前は、ひとつのことに固執し尽してしまっている。
――――だから、お前は危ういんだ。
その意味を問う前に、男の顔が女にすり替わり笑う。
――――ならば世界を見ると良いですわ。世界の裏側までも、全て。
そう言われ差しのべられた手はさながら悪魔の囁きに似ている。
だが女の差し出した手のひらはあまりにも魅力的だった。
抗うことの出来ぬ欲望が湧き上がる。
渇望。
喉の渇きにも似た、それを満たすものがあると。
圧迫。
飢えにも似た、ゆるやかに殺されていく己の自我を取り戻せると。
焦燥。
望んで望んで望んで望んで望んで諦めた願いを叶えると。
差し出された手を握った時、
そこで夢は、終わる。
またひとつ、獲物が来る。
人数は四人。
馬車を引く者は一人。女。
護衛は三人。蒼い髪の男。赤い髪の男。黒い髪の女。
目を止めたのは一人の男。
一行の中にいる赤い髪の男。
武器は白銀の斧。
短髪の屈強な顔つき。
あれがおそらくリーダーである。
まずはいつも通りに。
側面は木だ、馬車は入り込めない。
まずは馬車を狙う。前方と後方を塞げ。そうすれば前に走る馬車に逃げ道はない。
前方の人数を多く。
馬車を守るのであれば馬車を。逃げ出すようであれば追う。優先すべきは戦力を分散させること。
そうしていつも通り搾取しろ。少ない人数だからと甘く見るな。数を多く。
いつも通りに追い込め。
変わりなく追い込め。
ならば容易い。
容易い日課のはずだ。
盤上の駒を動かす。かたん。音がする。
魔王が復活するまでの暇つぶし。
――――さぁ、つまらない遊戯の始まりである。
それじゃあ、
行きますか。