鶏肉の葡萄酒煮込み 8
朝に感じた不快感は、腹に軽いものをいれたのとラヴェンダーが用意してくれた薬湯でだいぶ良くなった。全快とはいえないが、そのうち良くなるだろう。
食事を終えた後、ガイアスはユークレースを連れて冒険者ギルドへ赴いた。新参者の二人をクエストに加える為である。全員で行かなかったのはその必要はないとガイアスが判断したことと、アルフィの体調を考えてだ。
ラヴェンダーは預けた馬車を引き取りに行った。業者に頼み、山道の入り口まで運んでもらうのだという。
アルフィは部屋に一人休んでいた。傍にジークハルトが心配そうに寄り添っていて、その背中を撫でながらぼんやり時間を潰す。
二人の男はそう時間もかからず戻ってきた。
ジークハルトを置いていくわけにはいかないので連れて行くことにする。外に出さないので活躍は期待できないが、アルフィの傍に置いておけば万が一の場合に備えられるだろう、とはユーク談。
そんなわけで、ジークのカバンはアルフィが持つことになった。ジークが一緒なら戦闘時もある程度カバーできるし、万が一一行とはぐれてしまったとしても匂いをたどってユークレースの場所まで導くこともできる。
ユークとアルフィは昨日ジークに与えた携帯食料を買い足すため、少し遅れて現場に向かう。
これでもし野宿になってもある程度凌ぐことができる。ガイアスは一足先に山の入り口へ向かってもらっていた。
道すがら、こそりとアルフィはユークに近づく。ユークはすぐに気付いて、歩く足を緩めた。
「ユーク」
「ん?」
「頼みがあるんだが」
視線を向け、首を傾げたユークに向き直る。唇を噛みしめ、心配事を告げた。
「私が魔法を使えること、あの二人には黙っておいてほしい」
「ん? あぁ、そうだね」
あっさりユークが頷いたので、アルフィは思わず眉を寄せる。その反応はすでに知っていたような口ぶりだ。アルフィの疑問に気付いたユークが苦笑した。
「昨日、魔法のことについてアルフィ、なんか話したくなさそうだったから。口裏合わせた」
「……そうなのか」
酒でぼんやりしていた頃でアルフィはよく覚えていなかったが、密かに安堵の息を漏らした。
「ありがとう」
「当たり前でしょ。俺、アルフィの護衛だもの」
くすくすと笑いながらユークがそう言う。
「だから、ちゃんとアルフィに合わせるよ」
アルフィが顔を上げると、ユークはニコニコと笑っている。
その笑顔に、アルフィは眉をしかめた。
「なぁ、ユーク」
「ん?」
「……お前は私の護衛だが、私はお前の意志まで縛るつもりはないんだぞ?」
ユークがきょとんとする。アルフィは続ける。
「だから、自分のやりたいようにやってほしい。
私に合わせてくれるのは嬉しいが、もしそれが間違ってたりしたら指摘してほしいし、無理やり合わせてくれなくてもいい。
依頼も、私が受けるから受けるとかそんなふうにするんじゃなくて、自分が嫌だと思ったらそう言ってほしい」
――――ユークはお嬢ちゃんが引き受けないとやらない、の一点張りなんだよ。
――――俺はアルフィに雇われてる護衛だから。
この話を聞いた時から、アルフィの中でかすかに引っかかっていたことだ。
目の前の男は雇い主を優先しすぎる傾向があるのではないか、と。
「私はお前と対等でいたいんだ」
アルフィの言葉に、ユークは一度考えるように空を見上げた。
「……別に無理してるわけじゃないけど。俺、結構やりたいようにやってるし」
「そうなのか?」
「アルフィを優先させたいなって思ってるからそうやってるの。そんなこと気にしてたんだ?」
くすりと、青灰色の青年は小さく笑みを浮かばせる。
「大丈夫だよ」
「……そうか」
ならいいんだと返し、アルフィはジークのカバンを抱きしめる腕を、少しだけ強くした。
「でもさ、無理してるっていうならアルフィもじゃない?」
ふと、ユークが悪戯っぽく青の瞳を細めた。アルフィは顔をしかめる。
「……どういう意味だ?」
「もうすぐクエスト出発だねェ」
突然話題を変えた青灰色の青年の言葉にぴく、と手が震える。
「魔物、本当にいるのかな」
「さぁな」
「アンデットって、生者を喰らうために襲うんだってね」
「くだらん」
「刃物とか効くかな、倒しても倒しても起き上がってきたりして」
「戯言だ」
「……アルフィ」
「なんだ」
「……そんなに引っ張るとマント伸びるよ」
いつのまにか背中に回ったアルフィが、手を伸ばしてユークのマントを掴んでいた。
ぎゅうぅ、と力強く青年のマントが引っ張られている。
「いやその、お前が歩くのが早いから! はぐれちゃいかんと思ってな!」
「人少ないから大丈夫だよ」
「万が一ってこともあるからな!」
「……そうだねぇ」
ユークはちら、とアルフィを見る。
片方の手でユークのマントを、片方の手でジークのカバンを力強く胸に抱きしめたアルフィは、ユークの顔を見て視線を彷徨わせ始めた。
青年は目を細める。
「怖い?」
びっくぅ、と跳ね上がった。
「べっべつに怖くなんかないぞ! ゾンビとかアンデットとかぎしゃーってなるやつとかいるはずがないんだからなっ!」
「……うん。昨日からおかしいなーって思ってたんだよね。店員さんの話を聞いた後あたりからやけに元気ないしさ。なにより食べ物のことだっていうのに、アルフィ簡単に諦めて『次の町に行くか』とか言うんだもの」
ユークが半眼になって呟く。アルフィはつばを飲み込んだ。
「その、あれはその、ご飯食べられないからガッカリしただけで!」
「うん」
「だって私たちができることないし! 死体歩くなんてそんなあるわけないし! でもその、もし万が一、万が一あったとしたら町に降りてきたりしたら町の人たち困るだろうなーと思ったんだ!」
「うん」
「だから別にゾンビとかお化けとかが怖かったわけではない! 断じてない!」
「うん」
「それに怖いんだったらあの洞窟で会ったクラゲの方が怖かったぞ! ぬらってしてテカテカしてまっくろだったしな!」
「うん」
「それに怖いというならユークだってあるじゃないか怖いの! ほら想像してみろ、ネコのでっかいやつが爪立ててぎしゃーって襲ってくるとこ!」
「あー、それは確かに怖いかもしれない」
想像してか口元をひくりと引きつらせたが、ユークはアルフィを見て穏やかに笑みをこぼした。
「な、なんだその目は!」
「べっつにぃ?」
「…………っっ!!」
「あ、いてっ、ちょ、いたっ」
待ち合わせ場所で佇んでいた赤髪の大柄な男は、その目をきょとんとさせた。
「…………なにがあったんだ?」
「別に」
むすっ、と答えるのは胡桃色の髪の女性だ。不機嫌そうに眉根を寄せる後ろに、やけにボロッとした感じの青年が肩を落としている。
「いやちょっと、思わぬ反撃と言うか、ある意味予期してた攻撃と言うか、実はそんなに痛くはなかったんだけどさ」
「……なにがあったんだ?」
アルフィにぽかすか殴られていたのを、ユークは言わずにただ笑って誤魔化した。
※6月20日
1つだった話を長さの関係上2つに分け、後の話を1桁ずらしました。
話数が多くなっています。