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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第3章
33/60

鶏肉の葡萄酒煮込み 7

「……失態だ」

 ずーん、と縦線を背負ったアルフィリアは、シャワーを浴びながらも壁に手をついて落ち込んでいた。



 昨日の色々なもろもろを聞かされて、恥ずかしいやら情けないやらなにやらでアルフィは冷や汗をかきながら固まっていた。正直このまま現実逃避をしていたかったが、寝汗をかいた体は気持ち悪く、胃の中がぐるぐるして吐き気もある。見透かしたらしいユークレースが、

「シャワー浴びてきなさい。俺は食堂に居るから」

 と、ぽいとアルフィをベッドから放り出した。


 それからジークハルトの首根っこを掴み、おもむろにカバンに突っ込むと、そのまま部屋を出ていった。ついでに朝食を与えるのだろう、とぼんやりアルフィは思う。普段よりもなんだか子竜の扱いが乱暴だったが。

 気持ちが悪かったのは本当だったので、とりあえず言われるがまま服を脱ぎ、素っ裸になってシャワーを頭からかぶり。


 そのまま、ずしんと落ち込んだ。






 ぬるいシャワーを流したままため息をつく。

「酒の力ってすごいな……」

 ふわふわして気持ちよくなって、気分が良かったのだが、なにかのタガが外れたようだ。

 失態そのいち。人肌を求めたらしく、誰彼かまわず抱きついたのだという。それも恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。


「……依頼、受けてしまった」

 失態そのに。ものすごく嫌がっていたはずなのに、なんだかあれよあれよと言う間に言いくるめられて依頼を受けたという。まぁ酒の席の話なのでこれは気にすることはない、とユークは言う。

 だいぶ嫌がっていたから、もし嫌ならこの後ちゃんとお断りすれば大丈夫だよ、と。

 アルフィは再度ため息をつく。

 自分は変なことを口走っていなかっただろうか。覚えていないから、わからない。

「……幽霊が怖いなんて、子供みたいなこと」

 情けなくて知られたくないのに。


 昔から、そういうものがすごく怖かった。

 暗闇から襲ってくる怪人。人の恨みを持って呪いをかける亡霊。人を喰らうとされる妖怪。

 怖い話を聞かされるたび泣いてしまい、トイレに行けなくなり、夜も眠れなくなったものだ。

 ユークと会う前に一緒に居た、旅の連れに良く笑われたものである。

 なぜ怖いかと聞かれれば、理由はなく怖いからとしか言いようがない。

「……うう、誤魔化そう。なに聞かれても誤魔化そう」

 アルフィはぶんぶん首を横に振る。




 そして失態そのさん。

「……口を滑らせた」

 ユーク以外の者の前で、魔法に明るいことを示してしまったこと。

「……まずいな」

 魔術師と関わり合いになりたくなかったアルフィにとって手痛い失態だった。この失態に比べれば、先ほどのふたつなど取るに足らないことだと断言できる。

 できれば時間を戻してでも、あの時口を滑らせた自分を止めたい。

 しかも今回、ラヴェンダーがいた。ラヴェンダーも魔術師だと言った。魔術言語を少しだけ使える、と。

 そこから〝魔術師〟の繋がりが生まれる。それだけは何としても阻止したい。

 幸い説明した内容は魔法をかじる者ならば誰でも知っている程度のものだ。その〝情報〟自体は問題ない。

 問題なのは、〝アルフィが魔法に詳しいこと〟という点だ。

 そう思われてしまってはいけなかったのだ。


 アルフィは首を振る。

「……ここまでくると、知らぬ存ぜぬでは逆に怪しまれるな」

 依頼を断ってあの二人とこれ以上行動を共にしない、という選択肢もある。

 だがここで接触を拒めば、逆に変な噂が広まるかもしれない。

「……いや、いろいろ気にしすぎなのかもしれない」

 魔法に詳しい者は珍しいのかもしれないが、まったくいないわけではない。趣味で勉強をしている者もいるし、本屋などではある程度の解説本が売っている。ただ、理論が非常に難しいだけだ。


「……要は、繋がらなければいいんだ。

それに繋がったとしても――――私のことは知らないはず。だから〝分かるはずがない〟」


 それでも万が一の事態に備えて最後まで隠しておきたいことだったが、ここまでくれば腹をくくるしかない。これ以上、悪目立ちするのを防ぐために。

 ガイアスやラヴェンダーは、恐らく他人のことを面白おかしく言い触らすような人物ではないだろう。そういった理性と人間性を持っているだろうということは、昨日の段階でなんとなく理解できた。

 そういった意味で、悪い噂などにはならないはずだ。この後の行動次第だが。

 どのみち知られてしまった以上、隠しても隠さなくてもあまり変わらない。そのことに気づき、陰鬱なため息を漏らす。

 魔術師嫌いだが昔ある程度勉強した、という情報は与えている。それで通すしかない。


 もうひとつ気がかりなのはユークのことだった。

 ユークは魔法のことをそんなに知らない。魔法がいかに難しく、魔法装置を用いず扱えることがどれだけ大変なことなのかを。魔術師ギルドの存在の重要性も。

――――人々が使う〝魔法〟がらみのことはすべて、〝魔術師ギルド〟への登録が義務となっていることも。

「口止めをしなければ」

 アルフィは唇を噛む。

「……頼むから、気付かないでくれ」


 そこに生じる矛盾に、気付かないでほしい。





 シャワーを浴びたら幾分かさっぱりした。胃の中の不快感と頭痛は残っているが、我慢できないほどではない。

 身支度を整え、深呼吸をする。気を引き締めていかなければと、鏡の中の自分に向き直った。

 不安そうな顔の、新緑の瞳と目が合う。アルフィは思わず苦笑した。


「……大丈夫。お前はまだ、〝アルフィリア〟でいられるよ」


 言い聞かせるように呟いて、鏡に指を滑らせた。







 そして人前に出ても平気な格好になり、アルフィは廊下に出る。

 だいぶ時間を取ったので、食堂に居るユークレースを迎えに行かなければならない。


「……あ」

「お」


 廊下に出ると、ちょうどこちらに歩いてきたガイアスと出くわした。同じ宿だったらしい。

 気まずそうに視線を彷徨わせるアルフィと違い、ガイアスはニカリと歯を見せて笑う。

「おはようさん。気分はどうだ?」

「おはようございます……ちょっと、頭が痛いです」

「初めてだってのに結構飲んでたもんなァ。二日酔いしたんだろ」

 優しく苦笑するガイアスに、アルフィはおずおずと視線を合わせた。

「あの、すみません」

「んー?」

「昨日、迷惑をかけたみたいで」

 ぺこりと頭を下げると、ガイアスは目を瞬きさせ、アルフィの頭にぽん、と手を当てる。

「やけに大人しいと思ったらそんなん気にしてたのか。昨日はオレも悪乗りしすぎたかんな、ユークに怒られたわ」

「ユークに?」

「怖かったぜ? お嬢ちゃん、大事にされてんだな」

 からかう響きはなく、ただ優しくそう告げられアルフィは戸惑った。ガイアスはアルフィの頭をひと撫でし、手を退ける。アルフィが顔を上げると、眉を下げて苦笑した顔があった。

「だからオレも悪かったし、気にすんな」

 昨日の失態を笑うわけでもなく、茶化すわけでもなく、ガイアスはそう宥める。

 アルフィはホッと息を吐いた。



 なんとなくそのまま一緒に食堂へ行くと、テーブルにはラヴェンダーとユークの姿があった。食堂に現れたアルフィに気付いてユークが振り返り、二人の姿を見て微妙な顔をする。

「おはようさん、ユーク。……なんにもしてねーよそこで会っただけだ」

「……別に。アルフィ、気分はどう?」

「あー、なんとか。えと、ラヴィもおはよう」

「おはようさんアルフィー。これ飲み、二日酔いに効く薬湯や」

 ラヴェンダーが手招きしてアルフィを隣に座らせ、カップを差し出す。緑色をした暖かい飲み物で、ツンとした香りに少し眉を寄せたが、ラヴェンダーが気を利かせて用意してくれていたらしいので、礼を言って受け取る。

 アルフィは同じようにラヴェンダーにも昨日の失態を謝るが、やはりラヴェンダーも首を振って「気にせんでええよ」と答えた。ホッとして、アルフィはかなり匂いの強い薬湯と格闘することにする。



 簡単な朝食を頼んだガイアスが、席に座って「さて」と身を乗り出した。

「お嬢ちゃん、考えてくれたか? 昨日の話」

 待ちきれないと言いたげに目を輝かせるガイアスに、ユークが少し眉を寄せる。

 どうもユークは、ガイアスがアルフィに近寄ることに警戒しているらしい。


 アルフィは口の中の苦さをなんとか飲み込んで、ガイアスに視線を向けた。

 ここまで来て惚けるのは不自然だろう。クエストの話だ。

「ユークはお嬢ちゃんが引き受けないとやらない、の一点張りなんだよ」

 ガイアスがそう言うのでユークを見る。ユークは当たり前だ、という顔をした。

「俺はアルフィに雇われてる護衛だから」

 ほう、とラヴェンダーが頷いてアルフィの顔を伺うように見た。



 アルフィは意識を切り替えるように息を吐く。

「……ガイアス殿。熱心に誘ってくれるのは有難いのだが、私は期待をされるほどの腕前ではない」

 それからガイアスの顔を正面から見つめ、噛み含めるようにそう言った。

「馬車を運転できるとはいえ、短い間少しやったことがある程度だ。だいぶ間も空いているし、腕も錆びついている。そんな素人を雇うのか?」

「雇うさ」

 間髪入れずガイアスは答える。口元に笑みを浮かべたまま。

「こっちも仕事だからな。今、手の空いてそうな業者がいねぇ。任務を達成させるにはこれ以外に方法がなさそうだ、それがたとえどんな奴でもな」

 明るい物言いとは裏腹に言葉は冷たい意味を秘めている。

 だがそれは仕方のないのかもしれない、とアルフィはため息をついて考えを切り替えた。

「もうひとつ。私たちはDランクだ」

 懸念事項を付け加える。その認識の違いは命を落とす事態にもなりかねる。

「そちらのユークは、確かに剣士として腕は確かだろう。それは私も保障する。恐らく、彼は私が思っているよりも剣の腕が立つはずだ。

だが私は違う。あいにく私は戦う術もまともに持っていない、正真正銘のDランク冒険者だ。いや、冒険者と名乗ることすらおこがましいのかもしれない。まともな戦闘の経験は数えるほどしかないし、魔物退治はユークに任せきりだ。戦力として数えているなら、訂正を推奨する」


 低い声色にガイアスも目を細めた。笑みを浮かべたままだが、その赤い瞳に探るような光が宿るのをアルフィは感じ、そのまま続ける。

「……それでも雇うのか?」


「――――あぁ、頼みたい」


 ガイアスがテーブルに肘をついて、にやりと笑った。

「昨日も言ったが、お嬢ちゃんに期待すんのは〝馬車を運転する技術〟それだけだ。ただ安全に、山道を進んでもらえりゃそれでいい。


正直に言おう、――――アンタにそれ以外は期待してねぇ」


 切り捨てるように言われる言葉の後、けれどガイアスは声色を柔らかくした。

「実を言うとなぁ……オレも、馬車を運転しようと思えばできるんだわ」


「……は?」

 思わず目が点になる。今までの主張をまるっと覆す言葉に、ユークも目を丸くしている。

 ガイアスは気まずそうに頭をかいた。

「けどなー、うんまぁ、そのなぁ、そこにいる黒いのがなー」

「おっちゃんに馬車やらせるぐらいならうち行かへん」

「ってなー、言うんだよなー」

 力強く言い切ったラヴェンダーは、拳を握って主張している。その力の入り具合に若干二人は引いた。

 ガイアスが肩をすくめる。

「オレは面白かったんだけどなー」

 アルフィはこっそり思う。……なにがあったんだ、この二人の間に。


 気を取り直し、ガイアスがアルフィを見てこう言う。

「ま、そんなわけでこっちも困ってたわけで、お嬢ちゃんが引き受けてくれるとスゲー助かるんだ。Dランクなのは元から知ってる。経験はオレらが補おう」

「……」

「引き受けてくれねェか?」

 アルフィはガイアスの目を見据える。ガイアスもまた、その視線を受け止めてにやりと目を細めた。



 数秒の後、根負けしたのはアルフィだった。目を伏せ、ため息を漏らす。

「……赤獅子の異名を持つだけある。狙われた獲物の逃げ道はなさそうだ」

「おいおい、そんなこと言うなやお嬢ちゃん。そう表現するなら、もっと色っぽくてスマートな誘い方を披露するぜ?」

「よしてくれ。私の護衛がうるさいんだ、そういうの」

 アルフィが低く笑う。ユークが片眉を上げ、詰めた気配を霧散した。

 ガイアスも姿勢を戻す。


「期待外れと文句を言わないでくれよ、ガイアス殿」

「人を見る目は自信持ってんだ。もしそうでも、新米を教育する良い機会だと思ってみっちりしごいてやるよ」


 アルフィが肩をすくめる。それは合図であり、敗北の意味を込めていた。



※6月20日

1つだった話を長さの関係上2つに分け、後の話を1桁ずらしました。

話数が多くなっています。


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