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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第3章
31/60

鶏肉の葡萄酒煮込み 5

「本来、〝死体型〟の魔物なんていないはずなんだ」

「え?」

 問いに答えたのはアルフィリアだった。ユークレースが横に視線を向けると、アルフィは酔いのせいか赤い顔をし、ぼんやりとした瞳で独白のように話す。


「今回分かっているのは、葡萄酒が届かない、何故なら山道で見たこともない魔物に襲われるから。その魔物というのがヒトの形をしていて、まるで十数年前の山火事の被害者が、蘇って襲ってくるように見えた。だから町の人は皆怖がってしまっている、ってこと。

……違うだろうか?」

「……いや、合ってるよ」

 アルフィがガイアスを見やると、急に饒舌になったアルフィにガイアスが少しだけ眉をしかめた。だが特に否定せず頷く。

 アルフィは視線を落とし、そのまま続ける。


「だが、ヒト型の魔物……死体そのものの魔物というのは、本来いない。それは自然の摂理に反することだから。魔物はあくまで生物だ。生きているもの、というのが前提なんだよ」

 そこでユークを見れば、ユークはコクリと頷いた。理解しているよ、という合図だ。


「そこで考えられるのは二つ。死体そのものが動くのではなく、死体を一時的に動かす力のあるものが動かしている。

もう一つは、そもそも〝そんなものはいない〟だ。示し合わせて嘘をついているのか、それとも幻想を見せられているのか」


「……つまり、アンデットってカテゴリの魔物はこの世界にいない」

 独り言のようにユークがそう呟いた。ともすれば聞き逃してしまう声の大きさだったが、アルフィは訝しげに眉を寄せ、そして首を振った。

「その問いには前提がある。〝自然発生ではいない〟という」

「……?」

「先ほどのひとつ目に該当する。魔法を使えば、あるいは〝可能〟だ。正確には〝可能かもしれない〟だがな」


 ユークがきょとんとして、それから目を細めた。

「……なるほど。死体蘇生術ってのは〝る〟んだね」

「禁術とされているが、な」

 肩をすくめ、アルフィも忌々しげに目を細める。


「魔術を習う際、必ず言い聞かせられることがある。

魔法とは特定のキーワードを用いて使用するものだが、キーワードの組み合わせで何でもできるかと言われればそうでもない。

いや、正しくは、〝なんでもできるかもしれない〟からこそ、禁止事項が生まれたのだな」

「……禁止事項」

 言葉を繰り返してユークが相槌を打ち、アルフィが続ける。


「魔法の禁則事項は、自然の摂理に反すること。

水から火を生むとかだな。あと、過去に飛ぶとか未来に飛ぶとかの時間跳躍。まぁもっともコレは出来るかどうか分からないが。

あとは不老不死と――うん、惚れ薬とか、人の感情を左右するようなものもダメだ。

また過度な肉体増強とか、改造とか、それもダメだ。変化の魔法というのはあるが、それとは別に肉体そのものを変化すること。疲れをとるためにちょっと力を強くする、程度ならいいんだけどな。

そして死体が動く――死んだ者を生き返らせること。これも魔法で行ってはいけない」


「……〝行ってはいけない〟ね。つまり――――〝術そのものは存在する〟」

「〝理論〟で言えば可能らしい。……――できるかできないかは別として」

 私も分からないが、とアルフィは付け足す。

「だから〝禁術〟とされ、この魔術理論は使うことはおろか、研究をするだけでも罰が科せられるんだ」

「なるほどね」

「だから――魔法でも使わない限り、有り得ないんだよ。昔の死体が動くなんて」




 そこまで話すと、アルフィは口を閉ざした。

 わずかばかりの沈黙。その空気を裂いたのは、ぱちぱち、という軽い拍手の音だ。



「へぇ、すげぇなお嬢ちゃん」

 ガイアスだった。軽い音を立て拍手をし、感心したように何度も頷くと、アルフィを見て口元を吊り上げる。

「魔法にそれだけ詳しいなんてな。……魔術師か?」

「……昔、勉強させてもらっただけだ。知り合いに魔術師がいたからな」

 俯いたアルフィが気のなさそうに答える。

 ユークはふと違和感を覚え、瞬きをした。


「そうか、けどそれだけ知ってんなら魔術師にもなれるんじゃねぇ?」

「……あいにく魔術師連中は嫌いなんだ。私は魔術師になるつもりはない」



 ユークは違和感の正体を掴めて、思わず口を噤む。

――――アルフィは、魔法が使えることを〝隠している〟のだ。






「魔術師嫌いなんて、冷たいわぁ」

 ラヴェンダーが明るい声を出し、身をくねらせる。

「これでもうち、魔術師のはしくれなんよ?」

「!」

 アルフィは息を飲んで顔を上げた。見開かれた先、得意そうに片目をつぶるラヴェンダーがいる。

「そないなおねーはんから、訂正や。

不老不死や惚れ薬は、たしかにそれ自体は禁術やけど、研究は禁止されておらへん。人命救助とかに使えるかもしれんからな。特に改造とかは、あからさまやない限り区別がなかなか難しいんよ。

あぁでも、死体蘇生は完全に禁術や。研究もあかん」


「……まぁ、魔術師っつっても。そいつは簡単な印が描けるぐらいだけどな」

 ガイアスが横から茶化すように割り込む。その言葉にラヴェンダーが唇を尖らせた。

「む。確かに『詠唱』はでけへんけど、魔術は魔術やろ。

うちのボウガンな、魔具やねん。普通に撃つこともできるけどな、印描けば属性も付けられるんよ」


 よいしょ、とラヴェンダーが足元に置いていた己の武具を見せる。女性の手には大きすぎるような無骨なボウガンは、矢を構える部分がシリンダー型の矢筒になっていて、連続して何発も撃てる仕組みになっているらしい。


「まァ、すっごく単純なもんばっかやけどな。ちゃあんとギルドに登録もしてんねん」

「……そうか、すごいな」

 アルフィはあまり感情のこもらない声で相槌を打ち、笑みを浮かべた。

 気持ちのこもってないような反応は、魔術師嫌いという言葉に呼応するのだろうかとユークは思う。だがユークの思いとは裏腹に、アルフィはこう続けた。

「簡単な印を描くだけでも相当勉強しなければと聞く。……さすが赤獅子の旅の連れを勤めるだけある。

それに私の魔術師嫌いは単純に趣向なだけだ。ラヴィのような魔術師なら嫌いじゃないよ」

「そらうれしいわ~」

 にっこりラヴェンダーが笑い、アルフィも先ほどより暖かみのある笑みを浮かべる。





「……どうした?」

 先ほどから黙ったままのユークにガイアスが声をかけた。ユークは視線を向け、薄く笑って「いえ、びっくりしちゃって」と答える。


「魔術師ってすごいんですねぇ。

――――〝俺、攻撃魔法とか見たことないから。実感わかないんですよ〟」

「ふーん。ま、攻撃魔法は便利だが使い勝手にクセあるからなァ。あんまり使う奴はいないよな」

 ユークはちら、とアルフィを見る。アルフィはぼんやりとテーブルに視線を落としていた。

「あら、あかん。剣士はんに見られてしもたわ。手合せんとき対策練られてまうわー」

「……それ、諦めてなかったの? 俺了承した覚えないんだけど」


 ガイアスとラヴェンダーの興味がユークに移る。ユークが視線をそちらに向けたと当時に、アルフィは机の下で固く握りしめていた手をゆっくりほどいた。





「よーし、決めた」

 突然ガイアスはそう言うと、勢いよくアルフィに向かって身を乗り出した。

「なぁ、お前ら。――――オレらの任務に付き合わねェ?」








「はい?」

 ユークが目を丸くして聞き返す。ガイアスはにんまり笑った。

「いや実はなぁ、オレたち昨日あたりから任務受けてんだ。葡萄酒運搬のな。

とっころがさぁ。困ったことに御者が逃げ出しちまったんだよ。馬車残して」

「……」

 ユークが思わず眉をひそめる。ラヴェンダーも苦笑して頷き、補足説明を加えた。

「ボクにはムリです言うてな。そのままトンズラや」

「……なんでまた、そんな事態に」

 御者は冒険者ではないが、常識的に考えて仕事放棄するような事態なのは相当である。

 ユークの疑問に、ガイアスは意外そうに目を見張った。


「なんでって……お前らも足止め喰らってたじゃねぇか」

 頬の横に手を当て、少し声を潜めたガイアスが話す。

「運搬ルートに魔物が出るようになったろ。あれ、結構やられてんだぜ」

「やられてる?」

「帰ってこない奴が多数出てる。おかげで長年やってきたやつらが逃げ出したり、人手不足になってんだろ?」

 あぁ、とユークは頷いた。そもそもこの赤い男と知り合うきっかけになった場所だ。

 参ったよ、と肩をすくめてガイアスは表情を陰らす。

「もともと正規のもんじゃなくて一時的に雇われてたヤツらしくて、話を聞いた途端逃げ出しちまったらしいんだ。幸い馬車と馬だけは残されているが、馬車を運転する者がいなくなっちまったらなぁ。

オレらもさすがに馬車はできねぇし」

 困ったガイアスたちは馬車乗り場に掛け合ったが、残念ながら出払っていて雇えそうな良い人材がいない。

 ただでさえ被害の大きい街道を渡ろうとする危険なクエストだ。ガイアスという護衛がいるとはいえ、行きたくないという気持ちは分かる。



「……でも、お嬢ちゃん」

 そこで区切り、ガイアスはアルフィを見てにやり、と口元を吊り上げた。

「馬車、運転できるんだろ?」





 ユークはアルフィに視線を向ける。アルフィは新緑の瞳をぼんやりとガイアスに向けていた。その表情からは何も読み取れない。

「……聞いてたんですか」

 少し酔いのさめた目で、ユークが確認するように問う。ガイアスはにんまり笑った。

「聞こえちまったんだよ」


――――逃げ出した御者の代わりに馬車を操り、クエストを共にこなさないか。それが誘い文句だ。


「もちろん報酬は弾むぜ? Bランク任務だからな」

 ガイアスはそう言い、締めくくる。ユークが苦笑した。

「……俺たちはDランクなんですけど、不相応じゃないですか?」

「いーやお前さんの腕なら大丈夫だろ。お嬢ちゃんもなかなか頭キレるみたいだしな、これ以上ない逸材だぜ」

「うちも賛成~。おっちゃんイチオシのルーキーはん、実力見てみたいし~」

 ラヴェンダーが呑気に手を上げて主張した。

「ってかユークってDランクだったんやね。あ、ユークって呼んでええ?」

「いいですよ。さっきから妙に期待されてますけど、俺たちは所詮Dランク新米冒険者です。そういえばラヴェンダーさんもAランクですか?」

「ラヴィでえーよ、それに敬語もせんでええ。あいにくうちはBランクなんや」

 ラヴェンダーが肩をすくめ、グラスを仰ぐ。


「で、どーよ。

危険なクエストだって言われてるが、実際は山の向こうにある町に行って葡萄酒積んで、帰ってくるだけだ。道は一本道で、本来なら一日もかからず向こうにたどり着ける距離でもある。

山は広いが、道さえ外れなければ険しくないと聞く。今はきな臭い状況になっちまってるがな。

馬車の護衛はオレらがやる。そっちのにーちゃんにも護衛に回ってもらう。

お嬢ちゃんはただ、馬車を引いてくれるだけでいい。

報酬の取り分はちゃんと山分けするし、うまくいきゃお前らの欲しがってた葡萄酒ももらえるぜ?」


 笑うガイアスを見て、ユークは納得する。

 ……だから先ほど、葡萄酒の話題を自分たちに振ったのだ、この男は。



「危なくなったらオレたちがフォローするし、お前らのランクよか桁違いの報酬もらえるし、無事達成すりゃランク上がる可能性もあるぜ?」

「……ランクにはあんまり興味ないんですけどね。うーん、」

 熱心に勧誘してもらえるのはとても有難いんですけれど、とユークは前置きして、ふと眼を鋭くさせた。

「その依頼って、アダムズ商会の?」

「あ? アダムズ商会?」

 だがガイアスは軽く眉をしかめただけだった。

「いんや、ギルドから受けたヤツだが」

「……そうなんですか」

 安心したようにユークが頷くので、興味を引かれたのかラヴェンダーが横から口を挟む。

「なんや、ユークはアダムズ商会が嫌いねんな?」

「……さっき町歩いてた時、アダムズ商会を名乗る商人からおんなじような依頼受けないか、ってスカウトされたんです。なにか怪しかったのでお断りしたんですけど」

 隠すことでもないのでそう話すと、ラヴェンダーがふぅん、と相槌を打った。

「そういえば、ガイアスさんたちにはそういう話は?」

「聞いたこともねェな。なにそれ? 街中歩いてたら声かけられんの?」

 ガイアスの様子を見るに嘘をついている印象はない。


 声をかけられたのはたまたまだったのか、それとも何か意図があるのか。


「んじゃ、あの噂は本当だったんだな」

 ふとガイアスはそう言って頷いた。ユークは首を傾げる。

「噂?」

「アダムズ商会はギルドを通さずに冒険者を雇ってるっつー話だ。正確には、ギルドにクエストとして提出はしているが表に出さず個人依頼として報告してるっつー話」

「なんでまた、そんなことを」

「まぁなにか隠したいことでもあるんじゃねぇの?」

 あっさりとガイアスがそう返すので、一瞬ユークは言葉に詰まった。ラヴェンダーが串焼きを片手に答える。

「アダムズ商会は、この状況下で唯一葡萄酒を確保できてる商店なんよ」

「……え?」


 町の光景を思い出す。『葡萄酒を独占するな』と叫んでいた町の人々。


「被害が少ないっちゅーかなんちゅーか。アダムズ商会の送った馬車は無事に帰ってくることが多いんよ」

 ラヴェンダーが目を細めてそう告げる。含みを持たせた物言いに、ユークも目を細めた。


「だが、まぁ」

 話を遮るようにガイアスが言う。

「こぉんな状況じゃそのうちギルドから調査団も来るだろ。悪いことを突き止めるのはしかるべきヤツらがやる仕事で、それはオレらの仕事じゃない。

オレらは与えられたクエストをこなす。――――〝アダムズ商会からではない、運搬の仕事〟をな」



 ガイアスがアルフィを見る。その視線を受け、自然と残りの二人も同じ方向を向いた。

 ユークの雇い主である以上、決定権はアルフィにある。だが先ほどからアルフィは俯いていて、微動だにしていなかった。

「……アルフィ?」

 それに気付いたのか、ユークが心配げに問いかけてくる。










「……――――ヤだ」

「え?」







 小さく呟かれた声に、ユークが思わず聞き返した。

 俯いたままのアルフィに体を寄せる。と。


 ふるふると小さく首を振られた。まるで幼子のように。

「……どうしたの? アルフィ」

 いつもと違うその様子に、ユークは思わず席を立ち顔を覗き込む。



 アルフィはぼんやりと顔を上げた。顔が赤く、うつろな目をしている。

 そのまま、がばっとユークの胸に飛び込んできた。






「――――んなっ!?」


 ユークはきっかり三秒間停止した後、真っ赤になって悲鳴を上げた。



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