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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第3章
27/60

鶏肉の葡萄酒煮込み 1

お待たせしました!


「……まぁ、そんなわけで」

「キュ?」


 日の落ちた町の片隅にある、酒場と一体化した宿屋の一室。茶色い髪を三つ編みにした少女が寝台に座り、膝の上に置いたカバンを覗き込んでいた。

 カバンからは白銀の鱗が覗き、赤い瞳が少女を見上げている。

「これから私とユークは食事をしてくるから、お前さんを連れていけん。だからここでお留守番だ。すまんな」

「キュ」

 これから町で知り合った旅人と一緒に食事をすることになっている。他人と一緒にいる以上、ジークハルトを外に出すことはできないのだ。

 部屋に押し込めたままになることを謝ると、ジークは大丈夫だよ、とでも言うように返事をした。

 そんなジークに後で美味しいもの差し入れるからな、と言うと、ジークは了承したと言うように声を上げる。

「……」

「キュ?」

 そのままじっと見下ろしてくるアルフィリアに、銀の子竜は赤い瞳をくりくりとさせて首を傾げた。

「……なぁ、」

 沈んだ顔をして、アルフィは言い聞かせるように呟く。

「今日、一緒に寝てくれないか?」

「ギャウ?」

「…………あー、なんだ、その。なんか、いろいろあって、一人でいたくなくて」

 気まずそうに視線を逸らして言い繕った。


 金銭の関係上、いつも通りユークレースとは同室だ。

 だが、それでは拭いきれない違和感がアルフィの中にあった。見過ごせないそれは心を蝕むように浸食し、昏く暗く意識を沈ませる。

 同じベッドに別の体温があれば、少しは落ち着くかもしれない。

「……子供か、私は」

 あまりにも幼稚な感情に、自己嫌悪を感じて声が暗くなる。


 目を瞑った時、ふと、手の甲に暖かな吐息を感じた。

 ジークがカバンのふちによじ登って、アルフィの手の甲に鼻を押し付けていた。慰めるように何度か暖かい吐息を押し付けて、アルフィを見上げてコクリと首を傾ける。

「キュ!」

 元気に返事をする声に、思わず笑みが零れた。


「ありがと、な」


 感謝の意味を込めて顎の下を指で撫でると、ジークは気持ちよさそうに「グル~」と鳴いた。




――――コンコン、とドアがノックされる。


 着替えるから、と部屋の外へ追い出したユークの催促だろう。

「すまない、もう行く」

「キュ」

 行ってらっしゃい、と言われた気がした。微笑み返し、アルフィはジークをカバンから抱き上げて寝台に降ろすと、寝台の傍にあるテーブルに保存食を開けて置き踵を返す。

 その傍ら、状況を反芻した。


 数時間前のやり取りと、町の状況。突然現れた赤い男。そしてもう一人、黒髪の女性。

 時は数時間前に遡る。











「……食べられない?」

 店の従業員が申し訳なさそうに言った言葉に、アルフィリアは思い切り眉を寄せた。


 クァルエイドは山ひとつ越えた先にある草原の国だ。周囲を岩山に囲まれた領地で、その立地条件から雨が多く湿気も高い。

 だからなのか、植物が良く育つ環境らしく、この地方は果物作りが盛んだ。

 また、果物に合わせた酒造りも盛んで、果実をつけた果実酒などもよく出回っている。

 特に特産の葡萄を使った酒は絶品だ。葡萄自体も甘く、粒も大きく、様々な種類がある。そして果実をつぶして発酵させれば葡萄酒ワインと呼ばれる上等な酒になる。


 その葡萄酒で鶏肉をじっくり煮込んだ料理が、アルフィのお目当てだった。

 だが目当ての店に着いた途端、言われたのがこの一言だ。




「葡萄酒がないんですよ」

 わざわざ遠くから来てくれたのに申し訳ありません、と丁寧に謝り、店の入り口で迎えてくれた女性の従業員は、本当に困ったような顔をした。

 アルフィの持つガイドブックに載った店は、その料理を目当てに訪れる客も多かったらしい。だが肝心の料理が出せないとあって、こうして女性の従業員が店先に立ち、訪れる客に説明をしていた。

 いわく、葡萄酒を使わない料理なら出せるが、鶏肉の葡萄酒煮込みは出せないという。


「……なんでまた」

 はるばる遠くから来たアルフィはあからさまにガッカリした。目の前の店員が全て悪いわけではないのだが、つい声が低くなってしまう。

 鶏肉の葡萄酒煮込みはガイドブックに載るほどの一品で、間違いなく一番人気の品だろう。売れすぎて在庫を切らした、などの理由ならともかく、そのような売れ筋商品が出せなくなるのは、店側としても手痛い打撃になる。

 もしも管理の面でのミスならば、あまりにもお粗末なトラブルだ。


「それがですね……最近、葡萄酒の値段が跳ね上がりまして」

 何度も説明したのだろう。

 申し訳なさそうな顔で、けれど言い慣れた様子で、女性の店員は流れるように話し出した。


 葡萄酒の特産地はここよりも奥の山の方だ。葡萄畑で採れた葡萄を加工し、馬車がそれぞれの町へ出荷していく。この町が特に有名なのは、品質の良い葡萄が採れる村がすぐ近くにあり、距離の関係上安く仕入れることができ、それゆえ葡萄酒の料理が盛んになる、という良好なサイクルの上にある。

 だがここ最近、その村から来る定期便の馬車が極端に少なくなったという。

 ゆえにわずかな数の在庫は価値が上がる。


 原因は、山へ行く道に魔物が頻繁に出るようになったからだ。


「魔物?」

 アルフィの後ろで聞いていたユークレースが首を傾げた。店員は一度ユークの方を向き、頷く。

「山道によく出現して、ヒトを襲うそうなんです。被害も多く出て、死んだ人もたくさん出ました。今は町の人たちはなかなか村へ馬車を出してくれません。おかげですっかり葡萄酒の運搬が滞ってしまっていて」

 ですから申し訳ありません、と店員の言葉に、それ以上の追及をすることはかなわなかった。





 気落ちしたアルフィの様子にユークは苦笑するしかない。ジークハルトのカバンを両手に抱え、何処に行くあてもなくふらふら歩く細い少女の後ろ姿を、青灰色の青年がとてとてと追いかけていた。

 アルフィは歩きながら周辺を見渡すが、どこもかしこも「葡萄酒売り切れ」「葡萄酒在庫なし」などの張り紙が目立っている。先ほどの話から出した推測が当たっているとするならば、よほど切羽詰った状況なのだろう。

 時刻は昼を過ぎていた。人通りが多くなってくる時間帯だが行き惑う人々に観光客の姿が少なく、その代わり薄ら汚い大男の姿が多かった。冒険者の類だろうがあまり質の良い者たちではなさそうだ。

 また時折店先で揉めているような光景も見かける。同じように葡萄酒目当てに町を訪れ、断られているのだろう。

「それで、これからどうしようか?」

 ある程度歩いたところでユークが痺れを切らしたのかそう声をかける。意識せず歩いていたアルフィは、その問いにようやく立ち止まった。

「あー、うん。そうだな」

「諦める? それとも探す?」

「うーん。せっかくここまで来たんだし諦めたくないなぁ」

 唇を尖らせたアルフィの前に回り込み、ユークが薄く笑みを浮かべる。なんだその顔、とアルフィは眉を寄せると、ユークはますます笑みを深くした。

「アルフィならそう言うと思ったから。さて、どこから行こうか?」

「まず片っ端から当たるしかないだろう。いくら値段が跳ねあがったとはいえ在庫を抱える店もあっていいはずだ。情報を引き出すしかない――――」


「……――――ひょっとして、葡萄酒をお探しですか?」


 会話を遮ったのは横から聞こえた男の声だった。振り向くと、頭に布を巻いた男がにやにやと笑いながらこちらに歩いてくる。

 小奇麗な身なりの町人だった。武器の類は持っておらず、大きな荷物も持っていないようだ。浮かべている笑みは穏やかなものの、なんとなく薄ら寒いものを感じてアルフィは身構える。

 そのことを悟ったのか、さりげなくユークが前に出てアルフィを背中に隠した。近くに来て立ち止まった男へ、ユークは表面上穏やかに問いかける。

「失礼ですがあなたは?」

「これは失敬。わたくしはこういうものでして」

 男がおもむろに懐からカードを取り出す。ユークが目線のみで許可を取り、受け取って読んだかと思うと、そのままアルフィに手渡しした。

 固い感触のそれは、商人ギルドのカードのようだった。表面に『ハワイト・ドーリー』という名前と、所属商会が『アダムズ商会』となっている。

「商人の端くれでございます」

 アルフィがカードを返すと、男がアルフィに向かってにこりと微笑んで見せた。

「この町にあるアダムズ商会に勤めております。アダムズ商会をご存じで?」

「いえ、知りませんね。申し訳ありません、世間知らずなもので」

「いえいえ、まぁ、余所から来られたというには仕方がないのかもしれませんな。ということは、あなた方も冒険者で?」

「えぇ、冒険者です」

「それはちょうど良かった! 冒険者様にね、ぜひともお願いしたい依頼がございまして」

 会話をしているのは主にユークで、商人と名乗った男は大げさに手を広げて見せた。

「わたくしどもアダムズ商会は冒険者を募っております。この町の状況をご覧いただければ分かる通り、現在葡萄酒の運搬が滞っている状態でして。少しでも多い量を運ばなければと運搬用の馬車の数を多くしていますが、道すがら魔物が居ると言うでしょう。

業者のみでは不安ですので、護衛の冒険者を募っている次第でございます」

「そうなんですか」

「いかがでしょう? 依頼が成功した暁には貴重な葡萄酒を一本提供できますよ」

 ユークは視線のみでアルフィに問いかけた。アルフィは思案するように目を伏せ、商人に問いかける。

「その依頼は冒険者ギルドを通してのものだろうか?」

「もちろんですとも。ですがこの形は商会の責任者ゲリー・アダムズからの〝個人依頼〟という形を取っております」


 〝個人依頼〟。つまり、依頼者がランクの高い冒険者を名指しで指定する依頼の方法だ。


「冒険者ギルドに行かれてもアダムズ商会の名で依頼を受けることは出来ないでしょう。これはわたくしが見込んだ冒険者にのみ声掛けさせていただいているのです」

「スカウト、ということですか?」

「さようでございます。大事な商品を任せるため、アダムズ商会も慎重に慎重を重ねて護衛を吟味しているのでございます。その代わり、個人依頼になりますので報酬はよそのものよりも高額になります」

 男はにこやかに言い募り、ユークに向かって手を差し伸べる。

「いかがでしょう? 必要とあらば冒険者ギルド発行の依頼書もお見せしますが」

 ユークは手を取らず、穏やかな笑みを浮かべたまま首を傾げた。

「なぜそこまでして俺たちを?」

「これでも商人の端くれ。人を見抜く目はございます。はたから見てピンときました、あなた方は間違いないと」

「ですが俺たちはDランクですよ?」

 滑るように流れる口述が一瞬だけぴたりと止まった。意外そうに男はユークを見、それからアルフィを見る。ユークはそのまま問う。

「護衛って、Dランクでも受けられるのでしょうか?」

「あぁ、……いえ、Dランクでも問題ありませんよ。むしろ冒険者ギルドから提供する護衛の依頼はBランクからでしょう? 高い報酬を受け取る良い機会ではありませんか」

 気を取り直したのか、商人の男はまた元の笑みを浮かべて話す。だがその目から、わずかに見下したような光があった。

「いかがでしょうか?」

 その問いに、ユークはにっこりと笑った。




新章スタート。初めからなにやら不穏です。

2章に比べると長い話になります。

比較的ゆっくり更新をしていきます。よろしければまたしばしの間、二人と一匹の旅路にお付き合いください。



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