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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
間章 2
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干し肉と煮干しのスープ 2

 乗合馬車に乗るほどの距離でもなかったため、アルフィリアたちは徒歩で移動していた。

 その途中、道を少しそれたきれいな水の流れる川の傍で休憩を取る。食事をとり、何も問題なくこのまま歩けば次の町へ行きつく。


 急ごしらえの昼ごはんは、干し肉と煮干しのスープと、固めのパンだった。スープに粉末の魚の粉を入れる場合もあるが、今回は具から良い味が出るので割愛した。

 保存に適しているが噛むのに力がいるパンも、スープに浸せばそれなりの食事になる。だがアルフィリアにとって野営の食事はあまり好きではない。

「早く次の町に着くと良いな」

「もうすぐだよ」

 もそもそと食べながら愚痴を漏らせば、向かいで同じく食事をとるユークレースが苦笑を返した。



 こうした野営の際にご飯を作る担当は交代制を取っている。アルフィリアもユークレースも簡単な調理はできるからだ。

 ただお互いの料理方法と、レシピが違ってくる。最近はその違いを模索するのも、アルフィリアのひそかな楽しみになっている。


 アルフィリアは食べ物にこだわりがあるので、野営でもなるべく味の良いものを作るようにしている。今回の準備もアルフィが担当した。

 まともな料理の腕も、とりあえず若干は持ち合わせている。料理人と呼べない一般常識程度のもので、例えば魚を三枚にさばけるとか、その程度だ。そして味はあんまり保証しない。

 ちなみに菓子類は作らない。やや大雑把な面があるアルフィリアにとって、材料の分量で味が変わってしまう菓子は苦手なのである。


 一方ユークレースの場合、男性だからという理由がつくのか、質より量の作り方をする。

 また時折野草やキノコなども取ってくる。自然界に生えているもので、食べられるものと食べられないものを見分ける知識を持っているのだろう。もちろんアルフィも一人旅の経験があるので少しは知っているものの、ユークの知識はその上を行く。木の根や葉まで食べられるとは、アルフィは知らずに目を点にさせたものだ。

 また、狩りの仕方や獲物の裁き方も知っているらしい。


「……どこで覚えたんだそんな技術」

「最低限知ってないと生きてけなかったからねー」

 あはは、などと軽く笑うその笑みは、どこまでが冗談なのか。






 川の水で食器などを洗い、昼食の後片付けをした後は、食後の一休みだ。


 川の水で手を洗ったアルフィが戻ってくると、青灰色の髪をした青年が剣の手入れをしていた。彼が武器を手入れしているのは、割と頻繁に見る光景だ。趣味と言うか、習慣なのだろう。

 その傍で、銀色の子竜ジークハルトがぴょんぴょん駆けている。食後の運動を兼ねているのか、ひらひらと舞う蝶を追いかけているようだ。



 のどかな光景を見ながら、ユークの向かいに腰を下ろす。

 そしてじっと、目の前の青年を見つめた。


 朝に見た焦燥の顔はなく、穏やかな笑みを浮かべているそれは普段の表情だ。

 ひょっこり帰ってきた時にはもういつも通りで、あの出来事は夢だったのではないかと錯覚してしまうほどだった。

 その後の本人からの謝罪がなければ、やはりそう思っていただろう。


 理由を問いただすことはできたが、止めた。

 いつもの理由もあるが、それよりも彼にとっての〝触れられたくない〟という無言の拒絶を感じ取ったからだ。

 それは少なくともアルフィリアが今まで感じたことのない、ユークレースからの明らかな〝拒絶〟だった。


 その様子に。

 少しだけ胸が痛んだのは、あまりにも勝手な感情だ。




「なぁに?」


 鞘から出した剣を布で磨いていたユークが、その視線に気づいて首を傾げた。アルフィは膝を抱えるように座り、膝の上にあごを乗せる。

「なぁユーク。剣、大きくなっていないか?」

 胸の小さな痛みを見ないことにして、考えていたこととは別の話題を振る。そのことも疑問に思っていたからだ。

「ん? うん。この前変えたんだよ」


 ユークの持つ剣だが、以前の細身の物よりもひとまわり以上大きくなっていた。長さもある。相変わらず余計な装飾もなく、見た目だけで言えばただの無骨な鉄の剣だ。

「なんで変えたんだ?」

「いろいろ状況が変わったからね」

 剣を磨いていた布を戻し、ユークは肩をすくめた。剣の手入れは終わりらしい。

 そのまま鞘に戻さず、むき出しのまま膝に寝かせる。


「ねぇアルフィ、剣の大きさで何が変わると思う?」

 疑問を浮かべた顔をしていたのに気付いて、ユークが問いかけてきた。アルフィはこくりと首を傾げ、考える。

「んー……なんだろうな。そういうのって戦い方の違いなんじゃないのか? 細い剣は突く、とか。太い剣は斬る、とか」

「そうだね。細身の物は斬るよりも突く方に力を入れている。あとは軽さかな。重いものは切断力は増すけど、その分振り回すのも力がいるし、隙もできやすい」

 ユークはこくりと頷いて、そっと、自らの剣を持ち上げた。

「この戦い方の違い、おっきなことが変わってくるんだけどなんだと思う?」

「斬ると突く、で? ……なんだ?」

 アルフィが問うと、ユークは少しだけ、笑みを深くした。


「殺傷力」


 静かにそう答えた青の瞳は、いつのまにか深い色を湛えている。




「剣幅が大きければ大きいほど、相手を殺す力が強くなる。長さも一緒。剣幅が細くても長ければその分切断面も増える」

 まぁもちろん使い方にもよるけど、と注釈一つ。

「暗殺者とかの職業の人は大きな剣を持ってても仕方ないしね。あれは気付かれないように背後に回って確実に急所に当てるから、小さな刃物とかでも十分なんだよ。

でも普通の人は違う。武器が大きければ射程も広くなる。その分急所に当たりやすくなる。

また太さがあればあるほど耐久性が増す。斬れる回数が増えるわけだ」

 淡々と語る口調はいつも通りの穏やかさだ。

 気負うわけでもなく当たり前のように話すのは、武人として当然のことだからだろう。


 けれどその内容に違和感を覚え、アルフィは眉をひそめた。

「ならユークは、殺傷力の強いモノに変えたというのか」

「変えたというか、もともと使ってた大きさに戻したんだけどね」

 自ら傷つけやすいものを選んだという事実が違和感の正体だった。気負うことなく頷くユークの顔を見て、なおさら強くなる。

「なんで」

 ユークレースという青年は、好んで戦いをしないはずだ。


 その問いに、ユークは苦笑を返した。

「今は、キミがいるし」

 きょとん、と目が丸くなる。思わず自らを指差した。

「私のせいか?」

「誰かの責任ってわけじゃないよ。うん、あのねアルフィ」

 一区切りして、ユークはむき出しだった剣に視線を落とす。


「俺、前は一人だった。ジークはこの通り自分で戦えるから、誰かを守る必要なんてなかった。自分だけ守れれば良かったんだよ。

だから、あの細い剣だったの。むやみに人を殺したくなかったし」

 仕留めることを前提としなければ、相手をひるませるだけで十分だ。それなら剣幅が小さくても良い。むしろ短剣の部類でも良かった。最低限の身を守る方法として戦いやすさを考慮した結果、あの大きさになったのだという。

「でも今は違う。あれじゃ、守れない」

 ユークの顔が、そこでふと笑みを消した。静かな顔は、魔物と戦闘をする時に似ている。


「現に、あのクラゲに後れを取った」


 そこでアルフィは思い出す。以前対峙したクラゲ型の大きな化け物。ジークハルトのブレスと、アルフィの魔法を使ってやっと倒せた異形の魔物だ。

「……あいつは特別だろ。あんなのがうじゃうじゃそこらへんにいるわけじゃないし」

「逆だよ、アルフィ。〝あぁいうのもいる〟という事実が、重要なんだ」

 ユークが小さく首を振り、顔を上げる頃には元の表情に戻っていた。小さく笑みを浮かべたそれだ。


「剣ひとつでそれほど大きく変わるわけじゃないけど、少なくともあの触手は切り落とせたはずなんだ。そうしたらもっと違う戦い方ができた。

〝もう戦わない〟という前提はない。もし次に対峙した時、あんなギリギリの状態じゃ勝てないかもしれない。それにこの世界に、あれより強い魔物がいないとは限らないだろ。

俺はアルフィの護衛だ。その分仕事はさせてもらう」

 す、と己の剣を、持ち直し、顔の前に掲げる。その刀身に額を当てるように、目を閉じ、片手を添えた。

 そして、笑みを消した。



「次は、キミを戦わせない」



 そして目を開ける。その青の瞳が、射抜くようにアルフィを見た。







 アルフィは息を飲んで硬直している。

 その姿を見てふっと笑みを浮かべたユークは、その身に纏った威圧を霧散させた。

 むき出しの刀身を鞘に納め、にっこり笑った顔を見て、ようやくアルフィは息を吐く。

「……私も戦えるぞ」

 思わず硬直してしまったのが悔しくて、アルフィは視線を逸らしながら憮然と反論した。顔が少し熱い。

「うん、そうだねぇ。たしかにアルフィも戦えるけど」

 アルフィの赤い顔を指摘せず、アルフィの言葉に否定もせず、ユークはそう返す。なだめるような声色だった。

「でもね。剣は……戦うってのは、あんまりしないほうがいいよ」

 自衛ならともかくね、と付け足して、ユークは目を伏せる。

 その手が自らの脇腹に置かれた。

「戦うってのは奪うことに繋がるから。――――自分もまた、なにかを奪われるかもしれないから」

 だから、と間を置く。

「だから、アルフィは剣を持たない方がいいよ」





「それならユークはどうするんだ」

 アルフィは唇を尖らせて反論する。

「お前、あんまり好きじゃないだろ。そういうの」

「うん」

 問うと、間髪入れず頷かれた。


 剣の腕も立つしそれなりに武術を心得ているが、ユークはその腕を更に磨こうという意識があまりない。冒険者ランクを上げようとしないのもその表れだろう。

 ランクが上がればそれだけ己の腕を誇示できるようなクエストも多くなるからだ。

 討伐任務など進んで受けようとしない。その腕を見せるのも、考えてみれば必要最低限な状況の時だけだ。


「でもこれでも今かなり呑気にしてられるから楽だよー。その分腕も鈍ってると思うけど」

 やばいよなー、とあんまり危機感の感じない声で、ユークは足元に寄ってきたジークを撫でた。ジークは「キュ?」と首を傾げている。

「ホント、有難いことだよ。……日常的に剣を抜かなくて済むってのは」

 しみじみとそう言われ、ユークは穏やかに目を伏せた。



「……うんまぁ、そういうことならよろしく頼む」

 魔法を使わなくて済むならそれに越したことはない。実際アルフィもあまり使いたくはない。疲れるし。

 なんとなく釈然としないながらも、アルフィはそう相槌を打った。そう言うしかなかったからだ。

 所詮アルフィは、武術に関しては素人だ。その腕を持つユークに任せるのが安心なのだろう。





「まぁ、偉そうに言ってるけど。俺なんてまだまだなんだけどねぇ」

 肩をすくめて軽くそう言うユークに、アルフィは思わず半眼になる。

「謙遜も時には相手の反感を買うぞ?」

「違う違う、ホント。俺なんかより強い人いっぱいいたし」

 その実力は何で判断しているのだろうか、とアルフィは密かに思う。

 素人のアルフィから見ても、ユークの剣の腕は並大抵のものではないんじゃないか、と思える。

「お前、どっかの騎士団にでもいたのか?」

 独学で学ぶには限界もあるだろう。日常的に戦いをする場所でなければ身に付かないからだ。


 この世界で剣士として上を目指すなら、冒険者になるか国を守る騎士団に入るかのどちらかが一般的だ。聖王都の騎士団は特に、世界最高位と言われている実力を持つという。その中でもランクがあり、王直属の部隊はエリート中のエリートだ。その末端に入っただけでも、世界に名の知れた将軍になれるだろう。


 ユークは苦笑している。

「見る人が見れば分かると思うけどね。俺の技術は自己流だから、割と汚い戦い方するし」

「汚い?」

「うん。俺、結構武器とか使い捨てだし、実は剣じゃなくて槍も使ったりするし」

「槍?」

「むしろそっちが主流だったこともあるし。騎乗すると剣とか役立たずだったからねぇ」

 なージーク、と足元の銀竜に話しかけると、銀竜は分かっているのかいないのか、「キュ?」と首を傾げた。

「……ふーん」

 相変わらず器用なものである。乗馬とかもできるらしい。

 そういえばジークハルトの元の大きさは人間を乗せられるサイズだという。そう言われればだいたい想像もつく。




「……そうか」

 頷いて、それからふと、空を見上げる。

「そろそろ行くかユーク」

「うん。ジーク行くよー」

 ユークの足元でたき火の跡を興味深そうに覗いていたジークが、勢いよく返事をした。

 つられるように立ち上がり、アルフィは自らの荷物を抱えて外套を羽織る。

 ジークにフードを被せて同じように外套を羽織ったユークが、アルフィを振り返った。

「それじゃ行こうか。方向はこっちで合ってる?」

「大丈夫だ」

 地図を取り出しやすい位置に直して、アルフィも歩き出す。


 先を行く青年の腰には、ひとまわり大きくなった剣が備えられている。

 その武器をちらりと見て、アルフィはふと、祈るように目を閉じた。















――――剣を抜けば、己も傷つけられることを覚悟しなければならない。

 相手から奪うと同時に、己もまた、相手のように奪われるかもしないということに。



 うなされた青年は、必死で手を伸ばした。その先にあるのは青年の〝奪われたもの〟なのだろうか。それとも〝奪ったもの〟なのだろうか。



 戦いとはその連鎖だ。奪って奪われ、傷を負い負わせて、あがいて抗って、殺したり殺されたりして。

 だからこそ、


『ホント、有難いことだよ。……日常的に剣を抜かなくて済むってのは』













 それなら願わくば、

 今穏やかな顔をしている青年が、これからもあまり戦うことがないように。


 そう、願う。






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