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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
間章 2
22/60

カスタードタルト 1


 一見すると、細身のブレスレットだ。銀色でほっそりとした鎖に、蒼くて丸い石がひとつ繋がっているシンプルなデザイン。

 けれどよく見ると、その蒼い石の中にうっすらとモチーフが浮かび上がる細工が施されている。

 宝石の裏に銀板で形を作ったものを貼り付けられているらしい。翼を広げた鳥のようにも見える影は、尖った顎と頭の形から、神話のドラゴンをモチーフにしたものだと知ることができる。

 まるで空中を泳ぐ一匹のドラゴンが、晴れた日の空に浮かぶようだ。留め金の部分に小さな赤い石がワンポイントで取り付けられている。



「気に入りましたか?」

 食い入るように見つめていると、他の客を相手していた露天商の男性が明るい笑顔を浮かべながら声をかけてきた。

「良い品でしょう。一品物ですよ? 勇者を導くドラゴンがモチーフになっていて、土台もキレイで石は本物の天然石です。モチーフは覗きこまなければ分からないささやかな仕掛けになっておりまして、見た目は普通のブレスレットですから女性が持ってもまったくおかしくありません」

 水が流れるようにぺらぺらと喋りながら、露天商はそのブレスレットを見やすいように土台から外して、差し出してくる。

 受け取ると、透明な蒼い石がキラリと反射した。

「なによりもドラゴンの伝説にあやかって、これは身につけてると幸せを運んできてくれるといわれています」

 覗き込むように見た胡桃色の髪の女性に、露天商はここぞとばかりにセールストークを仕掛けた。


 と。



「…………何してるの?」



 アルフィリアがブレスレットから視線を外して振り返ると、宝石よりも濃い色の、深い青の目をきょとんとさせた青年が佇んでいた。








「良かったの? 買わなくて」

「……少し見てただけだ」

 背後から追いかけてくる声に素っ気なく返し、アルフィは小さく息を吐く。


 一目見たとき、惹かれなかったと言えば嘘になる。

 けれど自分たちは冒険者だ。しかもあまり良い収入の見込めないDランク。欲を出さず細々と旅をしていくだけなら問題はないが、あのアクセサリーは装飾品だった。


 お金を使うなら食べ物のほうがいい。


 そう答えたら、後ろから付いてきていた青年――ユークレースは苦笑を返した。

「別に、装飾品くらい良いじゃない。そんなに高くなかったし」

「お金は有限だ。使うところを見極めなきゃならん」

 それに、と一言前置きをして。

「私は冒険者だ。あんな綺麗なもの、すぐに壊してしまいそうだ」


「……ほんと、色気より食い気だねぇ。アルフィ」

 しみじみとそんなことを言われると、さすがのアルフィも少しむっとしてしまう。

「なんだ。そんなに変か」

「変じゃないよ。いいんじゃない?」

 青灰色の青年はひょいと肩をすくめた。なんだか釈然としなかったが、とりあえずアルフィは矛先をしまうことにする。


「それよりユーク。宿は」

「ちゃんと部屋取ったから大丈夫だよ。アルフィこそ、目的のお店は見つけた?」

「当たり前だ」

 アルフィは首だけでユークを振り返ると、そのままの姿勢でにやりと笑った。

「ペットOKだそうだから、ジークも外に出せるぞ」

「それは有難い。……けど、気をつけないとね。前みたいにならないように」

 ユークは一度自分の持つカバンを見下ろして、頷いた。





 目的の町から離れたこの小さな町は、もはや村と呼んでも差し支えないほどのどかだ。中心部は近代的な建物で賑わっているのだが、一歩離れれば田園地帯が続く。

 乗合馬車を操縦する馬車主が、「料理がうまいって言われる店があるんだよ。ま、次の町で馬車乗り換えなきゃならんけどな」と教えてくれたため、急きょ予定を変更することになり、立ち寄った場所だ。

 町の中心部では露天商も許可されているらしい。店を持たない旅の商人が、思い思いに商品を広げて商売をしていた。

 アルフィがいたのはそのうちのひとつで、宿を予約しに行ったユークと合流しようと歩いていた時に見つけた装飾品を扱う店だった。


 そして今は、その中心部から少し外れた場所の『評判の店』に出向いたところだ。



 教えてくれた店は地元民に評判らしく、行列に並ぶこととなった。

 並んで食べた田舎料理は老夫婦がひとつひとつ丁寧に作ったもので、特に小麦粉を練って作った細長いパスタを、特性のトマトソースに絡めたものはモチモチとしていて絶品だった。

 また同じ弾力のある生地だが形を平べったく伸ばし、魚介類を入れたクリームを絡めたものもあった。こちらはユークが好みだと言う。

 バリエーションも豊富なもので、袋型にして中にこま切れ肉を詰めてゆでたものを、辛いソースに落としたものなどもあった。

 こじんまりとした店な上に通されたのが壁際の奥まったテーブルだったので、これ幸いとフードをかぶせた銀竜ジークハルトを外へ出し、一緒に料理を堪能する。

 デザートの小さなパンケーキまでしっかり食べ終えて、アルフィは満足げに息を吐いた。


「うまかった」

 後に並んでいる人たちもいたので早々に店を出て、そのまましばらく歩いたアルフィはぼんやりと呟いた。

 隣でユークが同意するように頷く。

「きめ細かい小麦粉を丁寧に練って焼いたパスタに、厳選されたトマトの甘み。病み付きになりそうだ」

 うっとりとしながら料理の感想を漏らすアルフィを、ユークは口を挟まず頷いて同意を示す。この状態のアルフィには何を言っても聞いていないのだ。

 そのまま歩くこと、しばし。

「……あ」

 ふとユークが足を止め、アルフィに声をかける。

「アルフィ、懐中時計見せて」

「ん? ほれ」

 立ち止まり腰に下げた鎖ごと渡してやると、ユークは礼を言って受け取って、それから中空を仰いだ。

「もう行かなきゃ」

「あぁ、鍛冶屋か?」

「うん。そろそろ約束の時間だ」


 アルフィには良く分からないのだが、剣などの刃を持つ武具は劣化するらしい。

 いろいろなものを斬ったりするから、とユークは言った。包丁と同じ原理だ。使い続ければ刃こぼれもするし、切れ味も落ちる。

 一応そうならないために普段から手入れをしているが、時折鍛冶屋に行って砥ぎなおしてもらったり、場合によっては打ち直してもらうほうがいいらしい。

 ただ、〝砥ぎ〟のみをやっている鍛冶屋はなかなかいないのだという。たいていは打ち直しなどの整備も入る、理由はその方が料金を高く設定できるからだ。

 今回、たまたまこの町で〝砥ぎ〟をしてくれる鍛冶屋があったという。

 少し迷ったらしいが、良い機会だからと頼んできたらしい。


「私はちょっとぶらぶらしてくる」

「分かった。ジークは連れて行く?」

「いいよ。狭い町だ、何か起こることもあるまい」

 苦笑を返すと、ユークは念押しするように「気をつけて」と言う。

「宿の場所は教えたよね?」

「大丈夫だ」

「じゃあアルフィ、また後で」

「うん」


 そんなふうにユークと別れたアルフィは、さて、と自らも散歩がてら街を散策することにした。







 赤色が鮮やかな煉瓦の壁が、白い光を受けて立ち並ぶ。その間を、人々が渡り歩く。

 角を一つ曲がると、洋装店などが立ち並ぶ界隈だった。可愛らしい雑貨などが立ち並び、アルフィの目を楽しませる。買い物をする気はないが、見て回るだけでも楽しいものだ。

 通行人も女性が目立っている。

 空が晴れて暖かい空気だから、ただ見るのだけでも気持ちがいい。

 そうしてぶらぶら歩いていると、ふと道の先から高い声が聞こえてきた。



「あそこの新作の服可愛かったねー!」

「ほんとほんと、店員さんもかっこよくなかった?」

「あの人でしょ。アンタあからさまにじーって見てるんだからこっちがハラハラしたわよ」

「だって、仕方ないじゃん。わたし別れたばっかりだもん。あーあ、どっかにいないかないい人」


 きゃらきゃらと楽しそうに笑い声を上げる、三人組の若い女の子たちだった。格好からして町人だろうか。

 思い思いの色の綺麗な洋服を着て、髪を整え、うっすらと化粧を施した唇から楽しそうな笑い声を漏らす。

 年は、アルフィと同じが少し下くらいだろうか。

 楽しそうな声を上げながら、その三人とすれ違う。柔らかい風とほのかな香りが流れてきて、思わず足を止めて振り返った。


「さっきすれ違った人もかっこよかったけどなー。服装からして冒険者かなー?」

「冒険者はかんべーん。遠距離できないし待てないしー」

「出た、ワガママ娘。じゃあどんな人がいいのよ」

「えっとねー、」

「あ、ねぇその話この前新しくできたお店でしない? はちみつ使った紅茶、美味しいって評判の」

「いいねぇ、じゃそこへ行こっか!」


 すれ違った冒険者のことなど、三人は意識していなかったのだろう。アルフィの視線にも気づかず三人はそのまま歩いていく。

 なんとなく、その後ろ姿を見送った。





 三人とも、ふわふわとした足取りの、可愛くて細くて綺麗な女の子たちだった。

 例えるならば砂糖菓子のような。


「……可愛い服、だったな」

 その三人の姿が小さくなったころ、ぽつりとアルフィは呟く。

 ひらりと風に揺れるスカートの裾。薄い桃色や明るい青などの、柔らかくて色鮮やかな洋服。

 アルフィとて年頃の女の子だ。興味がないわけでは、ない。

「……」

 なんとなく、自分の格好を見下ろしてみる。

 実用性重視の茶色いマントが目に入った。外套は旅をするうえで欠かせない装備だ。装備なのだが。

「……」

 手のひらを見る。

 野宿の準備や、依頼のために動いた指先がかさついて、まめができている。

 すれ違った彼女たちの、綺麗な指先。

 髪も束ねて軽く編んであるだけだ。飾り気のない、自分の姿。


――――べつに、大丈夫なんだけどな。


 旅をするのだから、時には格好なんて気にしていられない時もある。最低限整っていればそれでいい。

 あのような薄い生地ではすぐに破れてしまうし、ヒールの高い靴は道を長時間歩けない。それにアクセサリーやワンピースを持っていても着飾る機会がないのだし。

 そんなものを買うお金が合ったら食べ物が欲しいと、さきほどユークに言った。本心だった。


――――べつに、いらないんだけどな。


 旅に出ることを選んだのは自分だし、旅を始めた時は着飾ることにあまり興味がなかった。今でも興味があるかと言われれば首を傾げる。

 そんなお金があるなら食べ歩きしたい、という気持ちは、昔と変わっていない。


 あんなふうに着飾って。可愛いものを着て。同い年の女の子と、他愛もない話で盛り上がって。

「……」

 どんな生活をしているのだろう。

 どんなふうに生きているんだろう。

 毎日楽しくて、きらきらしたものなんだろうか。


 アルフィは、そんなふうに過ごしたことがなかったから、分からない。









「ブレスレット、かわいかったな」

 ぽつりと、呟く。

 細身の鎖のブレスレット。華奢で華美ではないが、蒼い石が綺麗だったし、なにより透かし彫りの技術が気に入った。

 腕に着ければ、そんなに邪魔にならないだろう。留め具の部分で長さを少し調整すれば、歩くたびに感触が少し揺れて、その感覚が楽しめるはずだ。それもすぐ体温になじんで、着けていることさえ忘れる。ふと視線を落とした先に、あの蒼い石が目に入るのだ。


 その想像をし、アルフィは小さく息を吐いた。

 けれども、と胸に浮かんだ跳ねるような気持ちを抑える。


 あんなに細い鎖だ。どこかに引っかかってしまえばすぐに壊れる。冒険者と言う立場上、険しい道も歩くし、森の中だって歩く。魔物と戦うこともある。

 それは悲しいと思う。

――――昔、そういえば言われたなぁ。もう少し女らしくしたらどうだって。

 ふとそんなことを思い出し、苦笑した。

――――あのブレスレットを身につけたりすれば、シセ兄の言うように女らしくなるのかな。

 そんな短絡的思考に行き当たり、アルフィは首を振った。






 ふと。


 視界の端に青灰色が映ったように思えて、アルフィは視線をめぐらす。

 何気ない動作ではあったが、はたして気のせいではなかったようだ。離れた場所に、見慣れた後ろ姿が見える。

 誰かと話をしているようだ。


 特に意味はないが、なんとなくそのまま観察する。鍛冶屋に行ったと思ったが、用事は済んだのだろうか。

 服装はアルフィと別れた時と同じものだった。恐らくジークハルトが入っているだろうカバンも持っている。

 誰と話をしているのだろうか。

 離れているから声までは聞こえない。

 少しだけ近づくと、話している人物が見えた。

 女性のようだった。アルフィリアと同じくらいの。


 薄茶色の髪をくるんとさせた、可愛らしい洋服の女性だった。アルフィとすれ違った、あの三人のような。

 こちらからはユークの背中しか見えない。女性は楽しそうに笑っていた。

 何かを指差し、ユークがそちらを向く。女性が何かを申し出たらしく、顔を上げた。しばらく考えるそぶりを見せ、こくりと頷いたユーク。

 そのまま、女性が示す方向へ歩き出す。二人、連れだって。



「……――――」

 アルフィはこくりとつばを飲み込む。それから、踵を返した。





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