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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第2章
20/60

白ご飯のおにぎり 12

 朝、目が覚めたアルフィリアが見た光景は、ユークレースのベッドの上に乗る茶虎のネコと、凍りついたユークの姿というよく分からないものだった。

 上半身を起こした状態でびしりと固まったユークと、じーっと布団の上に佇んでその顔を見上げるナァくん。


 とりあえずアルフィはもう一度寝ることにした。

「アルフィぃぃぃ!!」

 救いを求めるユークの声は半泣きだった。






 いつのまにか部屋に入り込んでいたらしい。

「私じゃないぞ」

 部屋の隅で布団をかぶり、ガタガタ震える情けない姿にとりあえず弁明してみる。聞いてるかどうか定かではないが。

 ジークハルトが欠伸をしながら近寄ってきた。そして、布団がはぎ取られたユークのベッドにぴょんと乗る。ネコは毛づくろいをしていたが、近くに寄ってきたジークに視線を向けた。

 ナー。ぎゃう。

 交わしたのは挨拶だろうか。動物語が分からないので何とも言えないが。


「……礼を言いに来たんじゃないのか?」

 アルフィが手を差し出すと、ネコは甘えるように頭を押し付けた。すりすりと体をこすりつける姿に思わず笑みがこぼれる。

「こんなに可愛いのに」

「可愛い顔して凶悪な兵器隠し持ってんだよ……肉食なんだぞ。ネズミ狩るんだぞ」

 布団から顔を覗かせ、暗い顔をしてぶつぶつ言う布団お化けが居るが、とりあえず無視。


 ネコがひょいとベッドを下りたかと思うと、ユークに近づいて行った。

「ひぃぃっ!!」

 盛大に顔を引きつらせ、それ以上後ろに下がれないというのに後ずさるユーク。

「ちょ、アルフィ助け、うあぁぁ近寄らないでぇ!」

 ネコが苦手だが、ネコからは嫌われない性質らしい。難儀なものだ。

 あまりにも情けないので、ちゃんと助けてやった。








 激しい運動をしなければ問題ないでしょう、と治療院の先生が言った。

 それは外出禁止令を出されたアルフィリアにとって、最も待っていた言葉だ。


「というわけで出かけてくるユーク! 体が鈍ってしょうがない」

 にこにこと笑いながら意気揚々と外に出ようとするアルフィを止め、ユークレースはにぃっこりと笑顔を浮かべる。

 笑顔が怖い。すごく怖い。

 アルフィの口がひくりと強張った。

「治ったって先生が」

「でも念のため、今日一日は安静にしてなさいって言ったでしょ?」

「治ったって!」

「あ・ん・せ・い・に・し・て・な・さ・い」


「横暴だ……」

 すっかり寝台の上で拗ねたアルフィは、翌日の昼になるまでなかなか機嫌を直さなかった。


 その間、残りの依頼を片づけて冒険者ギルドに報告がてら挨拶に行ったユークは、とある一人の若い女の子がこっそり落ち込んだことにもちろん気付かなかった。








 怪我が治ったお祝いとして厨房の旦那が特別に焼いてくれたタルトは、アルフィの機嫌を直すのに貢献した。

 そんなわけで、昼の営業を終えて一度閉めた食堂に顔を出し、特別だよというお言葉に甘えてアルフィとユークは遅い昼食を取っていた。

「明日、出発かい」

「予定よりズレましたけど、そうしようと思います」

 ダークチェリーを使ったというタルトはほんのり甘く、さくさくとした食感がたまらない。幸せそうに食べるアルフィに苦笑しながら、ユークは隣に立った女将を見上げる。

「そうかい。……本音を言えば、この町に留まってほしいくらいなんだけどね」

「そうおっしゃっていただけるだけで嬉しいです」

「社交辞令じゃないんだよ。アンタたちにはリコリスがとても懐いていたから」

 優しい顔をしてそう言う女将に嘘はない。ユークはもう一度「ありがとうございます」と礼を言った。アルフィも顔を上げ、同じく頭を下げた。


 その後、忙しい中をぬって時間を作ってくれた女将が、リコリスの部屋をノックした。

「リコリス。入るよ」

 ひと声かけてドアを開けてくれる。準備をしたユークとアルフィが顔を覗き込むと、窓際に居た少女がびっくりしたようにこちらを見た。女将が傍に寄り、こう言う。

「明日、ユークさんたちが出発するようだよ」

「リコリスちゃん」

 ユークが呼びかけ、近づいて膝をつく。リコリスはぴくりと強張り、俯いた。

「いろいろありがとう。もう行くんだけど、また遊びに来るからね」

 ユークがそう声をかけると、リコリスはこくりと頷く。

「今度は一緒に遊ぼうな」

 アルフィも明るく声をかけ、リコリスが頷くのを見ると満足げに腕を組んだ。

「それじゃあね」

 ユークが立ち上がって踵を返すが、歩き出そうとした足が止まる。見下ろすと、マントの裾を掴む小さな掌がある。

「……あ、」

 小さな声で戸惑った顔をしたリコリスが何事かを喋ろうとし、けれど咽を詰まらせた。何も喋らないリコリスをしばらく見下ろしたユークは、おもむろにぽんと手を置いた。

 驚いて頭を上げるリコリスに、にっこり笑って頷く。

「どういたしまして」

 そしてそっと明るい色の髪を撫でると、今度こそ踵を返した。

 リコリスは追ってこなかった。




 乗合馬車は午後一番のものにした。アルフィが定めた行き先は約三時間ほど揺られた場所だという。

 見送りはいらないと予め伝えておいたのだが、女将と旦那はわざわざ手を止めて、玄関先まで出てきてくれた。

 顔を合わせた宿の旦那は、屈強な体つきの男性だった。不精髭の生えた顔はむっつりと押し黙っているが、女将曰く照れているらしいとのこと。

 その旦那が、ユークに紙袋を渡す。

「弁当を作ったんだ。馬車の中で食べるといい」

 女将がフォローするようにそう告げるので、二人は「ありがとうございます」と笑顔で礼を言った。

「こちらこそ、本当にありがとう。この町に来たときはまた寄っておくれ、サービスするよ」

「ぜひ伺わせてもらうことにしよう。ご飯、すごく美味しかった」

「リコリスちゃんとナァくんによろしく伝えてください」

 二人で頭を下げて、それから踵を返す。

「旅の無事を祈っているよ」

 女将と旦那も頭を下げ、二人の冒険者を見送った。







「弁当は何をもらったんだ?」

 宿が見えなくなるころ、アルフィが紙袋を覗き込む。ユークは袋のふちを少し広げ、手を入れて中身を確認してみた。

「おにぎりだね。あと底の方になにか入ってる」

 油紙で包まれたそれは、ずいぶんといびつな形をしていた。手に持った瞬間ぽろぽろと零れてしまいそうだ。だがアルフィはそれを見て笑顔になる。

「昼が楽しみだな」

 本当に楽しそうにアルフィがそう言うので、ユークも笑って頷いた。


「あれ」

 かさ、とユークの手に何かが触れる。立ち止まりゆっくりとそれを引っ張り出すと、小さな手紙だった。何かの切れ端で、四つ折りの小さなものだ。

 アルフィが受け取り、開く。


――――そして、笑みを浮かべた。


「ユーク」

「ん?」

「また来るか」

「……そうだね」

 アルフィが見上げると、ユークが優しい目をして頷いた。

 アルフィも頷き返して、前を見る。馬車乗り場はすぐそこだ。


「で、次はどこ行くの?」

「今度こそ葡萄の有名なところだ。美味しい料理屋さんがいっぱいあるらしい」

「へぇ、楽しみだね」

「ガイドブックに載ってた葡萄酒煮込みがどうしても食べたくてな……」

「あ、あのページの魚料理とか美味しそうだったよね」


「次の宿にはネコいないといいな」

「……いやうん、ほんとに」


 肩を落とすユークに、アルフィはおかしくなって笑う。

 馬車乗り場にはすでに冒険者らしき人が多数いた。その中に紛れて、アルフィとユークは朝の光景に溶け込んでいった。















 旅立つ二人の背中を、じっと見つめる少女が居た。


 やがて旅人二人の姿が宿の窓から見えなくなっても、そのまま動かない。

 窓の横には茶虎のネコが丸くなっている。


「――リコリス」

 ノックの音が聞こえ、母が顔を出した。

「行っちまったよ」

 母は少女の傍に寄ると、同じように窓を覗き込む。少女は黙っていた。


「……――お礼は言えたかい?」

 優しい声色に、リコリスは一度声を詰まらせるが、こくりと頷いた。うまく伝えることができなかったかもしれないが。

「そうか」

 母は頷いて、リコリスの頭にそっと手を置く。

「おにぎり、ありがとうって」

 リコリスが顔を上げると、母はにっこり笑った。

「良かったね」

「……うん」



 二人が挨拶を終えて部屋を出ていった夜、怯えるだけのリコリスに、優しい母は少しだけ強く手を握った。

――――このままでいいのかい?

 お礼は言わなきゃ伝わらない。助けてくれたならきちんとお礼を言わなければならない。そう教え込まれ、けれど口下手なリコリスはどう言ったらいいか分からない。

 そう言ったら、母はくすりと笑った。

 そして、父の元へ連れて行ってくれた。

 外がまだ怖くて、あの化け物が襲ってきそうで、とても怖くて、一人で歩けないけれど。



「また来るって言ってたよ。今度来たときに、感想を聞いてみたらいい」

 俯いたリコリスは、顔を上げてもう一度窓の外を見る。姿の見えない二人を探すようにじっと見つめた後、両手を力いっぱい握りしめた。


「もっと、」

「ん?」

「ごはん、たくさん作る」


 そうして、


「今度は、ちゃんと言う」


――――小さくしか伝えられなかった大事な言葉を。


「ありがとう、って。ちゃんと、伝える」




 唇を噛みしめた少女を、女将は驚きをもって迎えた。

 少しだけ泣きそうになりながら、頭を撫でる。

「……たくさん練習しよっか」

「うん」

「……外、行こうか」


 リコリスが自分から何かをしたいと言い出したのは、これが初めてだ。


 女将は嬉しくなって、リコリスのほうへ手を伸ばす。

 リコリスは戸惑ったように視線を彷徨わせた後、こちらを見上げる茶虎のネコと目が合った。

 ネコはひと声鳴いて、するりと二人の足元をすり抜けて、ドアの外へ出てしまう。


 リコリスはそれを目で追うと、もう一度女将に視線を合わせた。

 それから小さな手が、暖かくて大きな手を握りしめた。






「こらジーク! 私の分も取るな! あぁっおにぎりがっ」

「キュ!」

「うーんこの卵焼き美味しいなー」




2章完結です。

ありがとうございました!


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