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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第1章
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炭火焼ハンバーグ 2

 アルフィリアが座る場所よりひと一人分の間を開けて、その人は座っている。

 灰色のフード付きマントを羽織り、脇に一人分の大きな荷物を抱えている。そして足元に何やら四角いケースがひとつ。取っ手付きのそれは、一抱えできるほど大きい。武器の類だろうかと、アルフィは考える。

 フードの下から見える瞳は青色だった。きょとんとこちらを見る顔は、年若い男性である。すっきりとした鼻筋の、なかなかに整った容姿をしていた。



「……あなたも?」

 ぱちぱちと目を瞬きさせた青年は、そう問うてわずか苦笑した。意味を測り兼ねるアルフィに補足するように続ける。

「勇者、のことを?」

「……あぁ」

 納得をし、アルフィは気まずそうに視線を逸らした。

「お恥ずかしい。あまり聞かれたくない独り言だ、忘れてくれ」

「いえ、わた……俺も、そう思っていたから」

 敬語を使いかけ、アルフィの言動に合わせることにしたらしい。青年はそう答え、それから「よいしょ」と声をかけ、足元の荷物を抱えてアルフィの方へ距離を詰めた。

「良ければ聞かせてくれないか? あなたがそんなふうに思う理由を」

「……よしてくれ。不敬罪で牢獄に入れられてしまう」

「この国では、勇者のことを悪く言うと不敬罪になるのか?」

 アルフィは首を傾げて青年を見る。青年は、少し困ったように微笑んだ。

「すまない。あまりこの国の常識を知らないんだ。なにせここは着いたばかりで」

「……ずいぶんと田舎から出てきたのだな。勇者のことを考えれば、けなす言動はあまり褒められたものではない」

「……それは、世界を救う勇者だから?」

 きょとん、とする青年を少し胡散臭げに見返す。何を言っているのだ、という目だ。

 しかしながら、わずかばかり気が乗ったこともあり、アルフィはしばしこの青年に付き合うことにした。



「王様からのお触れでもある。王様が国を挙げて勇者様を見つけようとしているのだ。不敬罪ととられても致し方あるまい」

「……確かにそうだね。王様がお触れを出している。なにより世界を救ってくれる勇者様だ。その方を悪く言うなんて」

「そうだ。だからこの発言は褒められたものではない」

「けれどあなたは呟いた」

 くす、と笑う青年の顔に言葉を詰まらせる。話が最初に戻ってしまったと、アルフィはひとつ息を吐いた。誤魔化そうと思ったが、そう見逃してくれないらしい。


「……変なことを聞いてもいいかい?」

 ふと青年がそう漏らす言葉に、首を傾げて答える。

「なんだ」

「国は、どうして勇者を選定しようとしているの?」


 アルフィは青年を見る。青年は少しばかりばつの悪そうな顔をした。自分の質問が、いかに常識知らずであるかを恥じるような顔だ。

 なるほど、世間知らずな質問であることも自覚しているらしい。



「勇者と魔王のおとぎ話を、聞いたことは?」

「……」

 気まずそうに視線を逸らす青年に、アルフィは目を細めた。

 勇者の伝説は有名なおとぎ話で、小さいころ誰でも一度は読んだものだし、それに今回の勇者選定のお触れは大陸全土に知れ渡っている。知らないとすれば、相当な世間知らずだろう。

 しかしながら、自分の出自もあまり褒められたものではない。そういう者もいるのだろうと結論付ける。

 見知らぬ青年だが、旅人たるものどこにいても誰とでも仲良くできる社交スキルは必要だし……なにより、青年の表情が、嘘をついていないことを物語っていたからだ。



「昔、世界はひとりの愛の女神によって創られたとされている」

 けなすわけでもなく、淡々と話し始めるアルフィに、少しばかり驚いたような顔を青年はして……嬉しそうに笑う。

 その顔にまんざらでもない気持ちを抱きつつ、アルフィは続ける。


「女神はすべての人々に愛を分け与えた。人々は互いを慈しみあい、平和な世界だったんだそうだ。しかしそこに、女神の愛を独り占めしようとする者が出た。

そいつは、女神を愛するあまり、女神を殺した。そして、その愛を自らひとりのものにした。

やがて魔王と呼ばれた。この世の邪悪を集めた、恐ろしいものだったそうだ。

魔王が君臨した世界から愛が消えた。それは人々を互いに罵り合わせ、蔑ませ、戦争の時代になった」


 やや支離滅裂だが、おとぎ話だ。それにアルフィもそこまで真面目に覚えているわけではない。

 だが、青年は真剣に聞いている。アルフィはそれを茶化すこともなく、続ける。


「殺された女神は、最後の力を振り絞ってその力をいくつか残した。

そのひとつが聖剣。邪悪なるものを振り払う聖なる剣。

ひとつの光は神の御使いと呼ばれる使者となった。そして荒廃した世界にもうひとつ光が生まれた。

女神の願いを受け止めた無垢なる魂。それが勇者」


――御使いは、勇者を見つけ、自らを空を駆け巡るための姿となり、勇者を乗せて魔王の元へ運んだ。聖剣は勇者を護り、加護を与え、悪しきものを打ち払った。

 勇者は、その女神より受け継いだ力で、魔王を倒す。

 魔王が持っていた女神の愛を分け与えた。そうして世界はまた、愛の力で争いが収まった。



 しかし聖剣は、魔王を完全に打ち破ることはできなかった。

 人々が互いを憎しみ合う心は、人々から消えることはなかった。

 だが勇者も疲弊していた。女神の力を持つ二人の力は拮抗していたのだ。勇者の命も尽きようとしていた。

 そのため勇者は、残る力の全てをかけて魔王を封印した。そして聖剣を二つに分け、ひとつは魔王の封印を、ひとつは残る人々に導として与えた。


――封印は完全ではない。またいつか復活するだろう。

 そのとき、この聖剣を持つて、魔王を滅ぼせ。そして同じように封印をするのだ。

 そのための先見の加護を与えよう。

 そのための導を御使いに託そう。

 そのため、我はまた生まれ変わろう。

 魔王が復活するとき、我はまたここに来よう。





「聖剣は先見の力を受け継いだ一族が管理し、一族は王となり人々を導いた。それが今代まで続いている。王族はかつての勇者の子孫でもある」

「……なるほど。勇者を見つけ出すのは先見の力を持つ一族だけ、というわけか」

「力の強い者は王族であると同時に占い師でもある。今代で一番力の強いのはこの国の第一皇女であり、女神に仕える巫女姫という立場にもある、名をエルステリア様。その巫女様が夢見を予言すると同時に、次々と王族の間で魔王の復活を夢見たという」

 現に世界各地の魔物の行動も活発化しているらしいしね、とアルフィは言う。

「だから、必死なのさ。魔王を復活させまいと、この時代に生まれたはずの勇者を見つけようと」

「…………でも、聖剣はまだ抜けないんだね」

「その通り。いまだ勇者は現れない」


 しかしながら、国がそのように動いていても下々の者たちにはいまいちピンと来ないのが現状だ。実際にアルフィの目の前にある光景は、勇者選定の儀で訪れる冒険者たちに商売をふっかける、たくましい街の人々の姿である。


「魔王復活が近いとはいえ……目立った被害など出ていないのが現状だ。ゆえに、現実味がない。この話も人々にとってはお祭り騒ぎみたいなものだよ」

「なるほど。世界の命運をかける争いが控えているかもしれないというのに、みんな顔が明るいと思ったのは、そういうことだったのか」

 青年が大げさに肩をすくめる。アルフィの言うことを理解したのだろう。アルフィは同意するように続けた。

「そうとも。呑気なものだよ。世界の行く故を考えるのではなく、目先の生活が平和であればいいと、民はそう思っているのだから」



 ……――だからこそ、



「……あるかも知れない曖昧な伝承を信じて右往左往する国と、現実味のある下々の民との違いに、呆れていると?」

 アルフィの呟いた言葉の真意をつかみ、青年は見透かすようにそう告げた。

 アルフィは苦笑を滲ませて首を振る。

「…………どうか内密にしてくれ。王城に勤める関係者に知られたら、打ち首にされてしまう」

「心配いらないよ。俺は身分証すらもたない、ただの風来坊だから」

 笑みを浮かべてそう言われ、アルフィは改めて目の前の青年を見る。その言葉が真実かどうか判断しかねるが、少なくとも今すぐ兵士の詰所に連行する気は起きない。


「……しかしながらその言い方だと、あなたの言葉はまた違う意味を持っていると思われる」


 不謹慎な発言をしたのは自分だけではないと、アルフィは告げる。この青年もまた、目の前の現状を「くだらない」と言ったのだ。

 青年は苦笑を浮かべる。まいったな、という顔だ。

「俺は……勇者というものについてそう言った」

「勇者について?」

「だって、」

 言葉を区切り、青年は正面に向き直った。活気のある人々を見て、目を細める。



「……――世界の命運をかけるものだというのに。勇者という一人だけに、背負わせようとしている」



 なるほどと、アルフィは思う。

 現状を見るのではなく、青年はその伝承に疑問を覚えたのだ。


「魔王の封印は、勇者でなくちゃダメなの?」

「それは分からん。誰もやってはいないからな」

「それなら、勇者は貧乏くじだと思う。いきなり世界を救う大役を背負わされて。……俺なら、たまったものじゃないと思うけどね」

「……まぁ、そうだな。王城もきっと尽力してくれるとは思うが」

「勇者に頼らず、自分たちで魔王を封印するすべは考えたのかな? すべて勇者に任せきりではないのかな? ……それなら、勇者は世界の生贄にもなるんだと思う」

 やけに実感のこもった言いように、アルフィは面白くなった。

「ずいぶん勇者に肩を持つのだな」

「……そうだね。俺はロマンチストだと良く言われる」

 少しばかりの沈黙を含んでそう返した青年の顔は、自嘲を含んでいた。

 それがどこから来るのかは、アルフィには分からなかったし、知るつもりもなかった。

 けれども、アルフィは返答する。


「いいんじゃないだろうか」

「え?」

「私が知る中で、いるかも分からない勇者の心配をする者はいなかったぞ」


 おとぎ話はおとぎ話だ。勇者は世界を助ける存在として描かれている。そこに〝人格〟はない。

「――旅人のにーさんや。あなたは優しい人だな」

 それは世間知らずだからこそ、伝承を知らなかったからこそそうやって考えられるのだ。そしてアルフィは人とは違う考え方をする人を、好ましく思う。

「勇者選定の儀を受ける者たちは、みなそこまで考えてないさ。世界を救おうと思っている者は……いるのかもしれないが、大半は王城から出たお触れにつられてやってくる」

「……お触れ? って、たしか」

「〝勇者になり、英雄になる者に褒美を遣わさん。勇者の願いを叶えよう〟そういうお触れだ、聞いてないかい?」

「聞いたことあるかも」

 人々に〝魔王復活〟という現実味がない分、そういったお触れにつられて冒険者はやってくる。英雄譚に憧れ、金に酔い、地位を求め、様々な者が〝聖剣〟に手をかける。

「だからこそ、聖剣は抜けないのかもしれないな」

 世界を救うために選ばれる勇者だからこそ、邪念に満ちた者は選ばないのかもしれない。そう信じたいと、アルフィは思う。

 そう、だから。

「にーさんなら、聖剣が抜けるかもしれんよ?」

 くすくすと笑いながらそう告げると――青年は、少しだけ嫌そうな顔をした。

「よしてくれ。世界を救うなんて大役、俺には無理だよ」

「選定の儀には行かないのかい? 誰でも無料でできるらしいぞ?」

「そういう貴女は行かないの?」

 返され、アルフィは笑いを止めて青年を見る。先ほど同じことを聞かれたなと反芻し、また同じように二ィと笑みを浮かべた。

「行かんよ。私がこの街に来たのは別の目的があるからな」

「……別の目的?」

「そうだにーさん。面白い話をさせてくれたついでに、ひとつにーさんに頼みがあるんだが」


 唐突に思いついたことだが、それが良い思いつきではないかと感じ、アルフィは嬉しくなった。頼みごと、とオウム返しに呟いてこちらを見やる青年のほうへ身を乗り出し、アルフィは目を細める。

「おにーさんや、腕は立つかい?」

「……えーと、それは、」

「行きたい場所があるんだが、少しばかり治安が悪いらしい。そこに行くまで、護衛として雇われてくれないか?」

 きょとん、と青年は目を見張る。畳みかけるようにアルフィは言う。

「その代わり、美味しい物が食べられる店を紹介しよう」

 報酬はその情報でいいかと、そんな無茶苦茶な要求をするアルフィの顔を、青年は呆けたように見つめた。


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