白ご飯のおにぎり 11
冒険者ギルドの受付嬢は、給料は良いものの、うら若い女性にとっては出会いのない職業である。
冒険者は荒くれ者が多く、屈強な者が多い。つまり筋肉モリモリのむさ苦しいおっさんが多い。たまに女性もいるが、そちらも同じようなものだ。
大きな都市のギルドだと若い者も来るらしいが、すぐにいなくなることも多い。
つまり冒険者ギルドはむさ苦しいのである。
だがここ最近、アレアの町に勤める受付嬢は上機嫌だった。
どうせむさいおっさんばっかだからと、疎かにしていた化粧もちゃんとするようになった。更に髪が跳ねてないか手鏡でチェックする。今、カウンターに誰も居ないことを確認。背筋を伸ばし、その時間を万全の体勢で迎える。
理由は簡単だ。ここ最近、毎日決まった時間に来る人物を迎えるため。
「……――こんにちは」
そうして顔を出したのは、このクソむさ苦しいギルドに似つかわしくない高得点の若い青年。青灰色の髪と、涼やかな目元が凛々しい。そして何より優しげな笑顔と、柔らかな口調。
その爽やかな笑顔を見ながら、いっそう気合の入った笑顔で受付嬢は答える。
「ユークレース様、こんにちは!」
「とりあえずこんなもので」
「はい! 十分ですよ!」
ユークは手に持った薬草の束をカウンターに置いた。そしていつもより半オクターブ高い声で話す受付嬢には気付かず、相変わらず人好きのする笑顔を浮かべて首を傾げる。
「なにか新しい依頼は入ってませんか?」
「あ、はい! 今出しますね!」
慌てたような受付嬢は、やがて一冊の紙の束を取り出した。依頼書がびっしりファイリングされている。
「では私は報酬を用意しますので」
「あまり急がなくても良いですよ、その間これを読んでおきますね」
にこ、と笑って紙の束を顔の横で振るユークの笑顔にきゅんとしながら、受付嬢はそそくさと奥へ入っていく。
その後ろ姿を見送り、ユークは手元の依頼書に視線を落とした。
そうして戻ってきた受付嬢に、ユークはいくつかの依頼を差し出した。といっても、探し物や採取といった細々としたものであるが。
仕事が早いうえに丁寧だが、この青年はDランクなのである。
「承りました」
報酬を渡し、新しい任務を受付して受付嬢はにっこりと笑う。ありがとう、と礼を言うユークは、そのまま依頼書に視線を落とす。
「あ。浮気調査の依頼、解決してる」
意外そうに目を見張る青年に、受付嬢は少しだけ楽しげに答えた。機密に触れない程度に、達成した冒険者のことは話してもいいのだ。
「たまたま立ち寄ったAランクの冒険者さんが、あっさり解決してくれましたよ」
「へぇ。……第三の選択肢なオチか」
「ちなみに燃えるような赤い髪を持っていたんですが、気配消しの技術は一流だとご自分でおっしゃってましたし、実際その通りに解決されまして。目立つ格好でしたけど、やっぱりAランクさんはすごいですね」
「…………そう、ですね」
ユークは微妙な顔で遠くを見た。
受付嬢は思い出したように顔を上げ、話題を変える。
「そういえば、薬草採取の依頼主の方からお礼がきていますよ。群生地はなかなか見つからないものですから、助かったと」
「あぁ、あれですか。お役にたてて光栄です」
「ただ場所がボアの巣付近なので、これからも採取依頼を細々と出していくみたいですね。受けますか?」
「そうですね。帰り道だし、寄り道してくかな」
三つ目の依頼を受け付けした受付嬢は、青年のここ最近の働きぶりに首を傾げる。
「最近働き詰めですね。立て続けに依頼を受けてもらってますし」
「あぁ……ちょっとお金が足りなくて」
世間話に、ユークは困ったように眉を下げる。苦笑する顔もまた可愛いなと受付嬢はこっそり思う。
「相棒の治療費と、新しい武器を新調しちゃったもので」
「そういえばアルフィリアさんは元気ですか?」
もうひとつ残念なことに、この若い青年には若い女性の相棒が居る。どうやら一緒に旅をしているらしい。恋人同士ではないと当人は否定していたのだが。
「元気ですよ。そろそろ足も治ってきたからもうすぐ歩けると思います」
以前の任務で足を痛めたらしい相棒の代わりに、こうして足しげく通っているのだという。
「そうですか、良かったですね」
社交辞令も半分含めながらそう言うと、青年はにっこり笑って頷いた。
「遅かったな」
ユークレースが部屋に戻ると、ベッドに腰掛けたアルフィが足をぶらぶらとさせていた。その様子を見て、ユークは少しだけ眉を寄せる。
「足痛めちゃうよ」
「もう痛くない」
「医者からもう少し大人しくしてなさいって言われたでしょう」
「退屈なんだ」
むぅ、と膨れるアルフィにユークは苦笑する。
「だいたいユークは大げさすぎなんだ。必要最低限しか歩いちゃいけませんって、外出禁止令まで出すことではないだろう」
なぁジーク、とアルフィは椅子に丸くなるジークハルトに同意を求めるが、ジークは片方の目を開けただけで返答しなかった。
「ちゃんと治さないと癖になっちゃうから」
膨れるアルフィをなだめるようにユークはそう言い、それから両手に持っていたお盆を差し出す。
「今日のお昼ご飯をお持ちしました」
「……お前は私を太らせる気だ」
悔しそうな顔で、アルフィはユークを睨み付けた。
リコリスを連れ帰ってから六日が経っている。
怪我人を連れて戻ってきたユークたちの姿に、一時はちょっとした騒動になった。食堂はピークを若干過ぎた時間帯であったので、その姿に食事をしていた客たちはぎょっとし、さらに背負われたリコリスの姿を見て女将が泣き出した。
良く分からないが状況を察したのか、常連らしいお客たちがその女将のフォローに回り、食堂を早めに閉める手伝いをしたり、リコリスを部屋に寝かせに行ったり怪我人の手当てをしたり、とにかく細々と動いてくれて大きな騒動にはならず、なんとか事なきを得た。
さすがに顔を出した旦那さん(ちなみに顔を合わせたのはこの時が初めてだ)が、夜も更けたというのに閉まっていた治療院の先生を引っ張ってきた。
アルフィリアの右足首はみるみる膨れ上がって熱を持ってしまった。歯を食いしばるアルフィに、髭の生えた初老の医者はあっさり「捻挫ですな」と診断した。
「一週間程度は無理に動かさない方がいいでしょう。湿布を張って大人しくしていてください」
そしてリコリスは極度の疲労だということだ。ゆっくり寝て、美味しい物を食べれば元に戻るとのこと。
ついでに小さな怪我を負っていたユークの治療も済ませ、医者先生は帰って行った。
その後、動こうとするアルフィと動くなというユークとで口論になったりしたが、結局アルフィが折れる形になり、怪我が治るまでの間は宿で大人しくすることになった。
「なんであいつ笑顔があんなに怖いんだ。なんであんなに威圧感があるんだ」
夜、アルフィがジークへぶつぶつ文句を言っていたのだが、ユークは席を外していたので知らないことだ。
女将はリコリスを助けてくれたお礼ということで宿代はいらないと言ったが、そうもいかないとアルフィがやんわり断り、しかし押し切られて本来払う額の半分を収めることにした。
そして魔物との戦いで剣をなくしたユークは新しい剣を買うことになったのだが、なによりこれが一番の出費だったろう。
それなりに良い剣を、ということでユークの納得した物は依頼四回分の報酬を費やすことになった。だが武器は命を預かる大事な物である。話し合いの結果、なけなしの貯蓄からそれを購入した。
そんなわけで、ユークはチマチマとお金稼ぎ中である。
救いなのは、リコリスを救出した帰り道でジークが依頼のひとつ〝薬草の群生地〟を見つけてくれたことだろう。おかげで報酬にプラスアルファが乗せられたので、出費がかさんでも手痛い事態にならなかった。
クラゲもどきの魔物に関しては、ギルドに報告したものの、「倒した」ではなく「襲われる前に自分たちが逃げた」ということにしている。
調査隊が入ったのだが、その痕跡がところどころあるものの肝心の姿がなかったらしい。跡形もなく燃やしたからある意味当たり前なのだが、その灰はほとんど湖に沈んでしまったし、「倒した」と言ったところで信じてもらえる可能性は低い。
信じてもらえたところであんなデカブツを倒したと知られればいろいろ面倒臭い、とはアルフィのぼやきだ。ユークも特に名声などに興味がなかったので、その通り口裏を合わせた。
そもそも魔物がいたということが嘘の証言と判断されなかったことが幸いだった。虚言呼ばわりされるのもまた面倒臭いからだ。そういった意味では最初から報告をしなくても良かったのだが、万が一あのクラゲもどきが戻ってきた場合、最初に被害をこうむるのは恐らく町の者だろうと判断、それは本意ではないので報告することにした。対策を立ててもらえればいくらか被害を防ぐことができるだろう。
ギルドは「恐らくどこかへ移動したのだ」という判断を下し、引き続き周辺の調査を行うらしい。
またその魔物が洞窟に住むボアの巣を横取りしたことから、住む場所を負われたボアが狂暴化していたのではないかという推測も立った。現に魔物がいなくなったあたりからボアの被害が激減しているという。
肝心のクラゲもどきがどこから来たのかという疑問は、現在調査中だ。
だがなんとなく予想はついている、とアルフィは言う。
「あの泉は、たぶん地下水路になっているんだと思うんだ」
捻挫の治療をするためにベッドに寝転がり、暇つぶしと称して事件のことを語り合っていた時、アルフィが天井を見ながら呟いた。
クラゲもどきが沈んでいたくらいなので、底が深くなっているのだろう。その奥から流れ着いたのではないか、と推測する。
「とは言うものの、なんであんなものがいきなりここに、と思うがな」
町の歴史書を紐解いてもこのような事態は初めてだと、魔物調査をしに来たギルド長は話してくれた。
そもそも、狂暴で凶悪な魔物というものは生息する地域が限られていて、そこは危険地帯として国が管理している。
魔物が外の世界へ出ないように常に監視が置かれ、万が一抜け出した場合は、冒険者ギルドからの依頼により腕利きの冒険者たちが討伐するのだ。
あの異形のモノも、危険指定されるレベルのものだったと判断していいかもしれない。
「脱走して、まだギルドが把握していなかったか……いずれにせよ、影響が出ているのかもしれない」
「影響?」
「……魔王が復活するという噂の、な」
話を聞いていたユークが少しだけ眉を寄せる。
魔物の活動が活発化しているという噂が、現実味を帯びた瞬間だった。
昼ごはんは特製ソースのオムライスだった。肉みそを使ったソースと、程よい半熟の卵にからまるバターライスが絶品だ。
食堂へ来れない(ユークが許さない)アルフィのために旦那が特別に作ってくれたご飯に舌鼓をうちつつ、アルフィは気になっていたことをユークに問う。
「リコリスの様子はどうだ?」
「……まだ、部屋に閉じこもったままなんだって」
答えるユークは苦い表情をしていた。
極度の怖がりであるリコリスは、元の人見知りが再発してすっかり外に出ない子供になってしまった。特に暗闇を怖がり、昼間は部屋に籠り明るい窓の近くでじっとしていて、夜は誰かと一緒でないと眠れない。
怖い思いをしたから仕方のないのかもしれないと女将は言う。
「今は少し休ませて、でもあんまりにも出てこなかったら無理やりにでも外へ出すさ」
女将は困ったように笑った。
有難いのは、心配した近所の知り合いが時折お土産を持ってリコリスを訪ねてきていることだ。リコリスは部屋からなかなか出てこないものの、そういったお見舞いに来てくれた者たちへはちゃんと挨拶をするらしい。人が怖いわけではないのだ。
また、茶虎のネコは元の通り宿の玄関先に居座っているらしい。昼間はどこかふらふらしているらしいが、夜になると戻ってきて餌をねだり、リコリスの部屋で寝るという。
玄関先で丸くなるネコの姿にユークが口を引きつらせ固まることが何度かあったのだが、それはご愛嬌というものだ。
「……けどまぁ、俺たちに会うのはまだ先かな」
女将から聞いたリコリスの様子を話したユークは、暗い表情を浮かべてそう締めくくった。アルフィも寂しそうに頷く。
「思い出してしまうだろうからな。怖かろう」
正直、アルフィにとってもあのクラゲもどきはトラウマものだ。実際、何度か夢に見た。
自分たちは悪くないとはいえ、少女の反応は少し悲しいものがある。
ぱくりとアルフィがスプーンをくわえて、顔を上げた。
「ユーク、明日は先生が来るんだったな」
「うん。午後の診察に」
「金はどれくらい貯まった?」
「ぼちぼちかな」
「なら、足が治ってたらユークの依頼を片づけてそろそろここも発つぞ」
アルフィの言葉を予想していたのか、ユークが食後のお茶を飲みながら頷く。
「……でも、いいの? アルフィ」
「私たちが長居しても、リコリスにとって良くないだろう」
できれば顔を合わせたかったのだが、無理に会うこともない。
夕飯前、女将にそのことを告げると少しだけ寂しそうな顔をした。
「……不精の娘で申し訳ないね。助けてくれたのに、礼の一つも言えないなんて」
ユークは首を振る。
「充分良くしてもらえました」
「あの子も、アンタたちが嫌いなわけじゃないんだけど」
「分かってます」
それでも本能は違う。
ユークは苦笑する。分かってるのに怖いのは、自分も同じだ。
ところで洞窟内で交わした約束なのだが。
「これ。名物アレア彩りまんじゅう」
「……お土産って書いてあるけど」
「お土産をお土産として買わなければいけないと誰が決めた」
ガイドブックの見開きのページには『定番おみやげ特集! 行列に並んででも買うべし!』と書かれている。
なんでも足の怪我さえなければ意気揚々と食べに出かけているつもりだったらしい。
「バラエティセットは一番人気だそうだ。定番の具の他に変なのも入ってるみたいでな、闇鍋みたいで楽しいらしい」
「……十二分の一の確率でトウガラシが入ってるおまんじゅうって嫌がらせの域でしょソレ」
結局押し切られたユークは、任務帰りの疲れた体で行列に並び、争奪戦を勝ち抜いてアレア彩りまんじゅうを買ってきた。とても疲れたらしい。
それが外出禁止令に対する意趣返しになったとアルフィが密かに喜んでいたのだが、それを知っているのは愚痴られたジークだけだ。
トウガラシが誰にあたったかはご想像にお任せします。