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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第2章
16/60

白ご飯のおにぎり 8

 その菓子屋は品数が少ないことで有名だ。また時期によって売り物も変わる。

 基本的にあるものは餅をベースに作った甘さ控えめのものだ。餅の中に様々な餡を入れ、冷たく冷やして食べる。時期によって餡の種類が変わる。

 店主もまた、頑固者で有名だ。だが仏頂面から作り出される菓子の味は繊細である。

 売り子はおらず、仏頂面の男店主ひとりで切り盛りしている。愛想はないが味が良いので町の人は気にしない。むしろむっつり黙り込む店主に気軽に話しかける。常連の多い店なのも特徴だ。店主が店主なので、新規の客が寄り付かないという理由もあるが。


「味は良いんだけどな、顔が怖いんだよなァ! だーから可愛い子でも雇えっつってんのに!」


 店先でケラケラ笑う酒屋の親父は、近所の知り合いらしい。だが仲は良いようで、現在も店先に来た客にわざわざ店主の菓子を振る舞っている。

 もちろん、酒屋の親父が気に入った客に対してのみだが。

「いやー、確かにうまいねーコレ」

 そして酒屋の亭主が本日振る舞っている客は、ひょっこりと顔を出した見慣れない旅人だった。


 陽の光に透けるきらきらとした金髪の髪を後ろでひとつに束ね、背中の半ばまで垂らしている。身を包むのは青くすその長い衣だ。茶色のマントを被っているが。

 年は二十歳半ばと推測できる、若い男である。荷物として、人の腰までありそうな大きな四角い鞄を背負っていた。

 明るい青の瞳を目を輝かせ、目の前に差し出された餅を頬張っている。


 繊細そうな外見とは裏腹に話術に長けた人物で、旅の吟遊詩人だと名乗った。

 ひょっこり顔を出したと思ったら、酒のことを聞き、それから町のことを聞き出した。最初はいつも通りの対応をしていた酒屋の亭主だが、人懐こい言動とたくみな話題の持ち運びに、いつしか長く話し込み、警戒も解け、菓子を振る舞うまでになっていた。



「でもコレ、寒い時期限定なんでしょ? 勿体ないねー年中だせばいーのに」

「そーもいかねぇんだと。この甘辛いたれがな、一番うめぇのはこの時期だけだって聞かねんだわ」

 青年は店先のカウンターに身を預け、亭主の話に相槌を打っていた。明るくニコニコと笑いながら絶妙な返事を返す金髪の青年に、酒屋の亭主も上機嫌に話す。

「はー、でもそんな頑固気質がこの味を生むんだねー」

「まーカッチカチすぎてたまに傷だけどなー」

 うまいうまいと言いながら、金髪の青年と酒屋の親父は美味しい食べ物を頬張っていた。


 と。

 酒屋の亭主がふと、入り口にひょこひょこ動く黄色の髪を見つける。

 どうやら店に入るのを躊躇しているらしい。

 酒屋の親父は金髪の青年に「ちょっと悪ぃな」とひと声かけ、カウンターから外に出る。


「リコリスじゃねぇか。お使いか?」

 亭主が入り口に向かって話しかけると、小さな影はびくりと体を強張らせた。それからおずおずと俯いた顔のリコリスが顔を出す。

「……あの、」

 亭主も慣れたもので、もごもごと口を動かすリコリスの前にしゃがみこんで次の言葉を待つ。リコリスはさっと何かを差し出した。メモだった。

 亭主はそれを受け取り、ふむふむと頷く。

「あー、注文な。これなら二三日で届くわ。ちょっと待ってな」

 亭主は立ち上がり踵を返すと、店の奥で貼り出される紙に何かを書き込み、それから細長い紙を破いて何かを書きつけた。それをリコリスに渡す。

「ほれ、これが注文票だ。女将さんに渡してくれ。物が来たらいつも通り届けてやっからな」

 細長い紙を大事そうに受け取り、リコリスはこくりと頷く。それからぺこりと頭を下げて踵を返そうとするのを、酒屋の亭主が止めた。

「甘辛餅があるんだ。リコリスも食ってくか?」

 誘うが、リコリスは振り向くと、小さく首を振った。「そうかい」なんて亭主が少し残念そうに答える。


「そういや、お前といつも一緒に居たネコだが」

 ふと思い出したように酒屋の亭主が言い、リコリスがぴくりと肩を強張らせた。亭主は思い返すように天井を仰ぎ見て、うーん、と眉を寄せる。

「前に森に入ってったのを見たんだが、ちゃんと戻ってきたか? 最近森は危ねぇからな、ちょっと気になったんだが」

 言い終わる前に、リコリスの目がまん丸く見開かれた。

「あ、おい!」

 そのまま何も言わず身を翻し、走り去ってしまう。呼び止めようとした亭主が手を伸ばした先に、幼い少女の姿はない。


「あっちゃー、また逃げられた」

「……大人しい子だねー」

 一部始終を見ていた金髪の青年が感想を漏らす。立ち上がり膝の汚れを落としながら、酒屋の亭主は肩をすくめた。

「角にある宿屋の娘さんでな。誰に似たんだが人見知りなんだわ。良い子なんだけどな」

「おっちゃん逃げられたねぇ」

 おかしそうに青年が目を細め、「うるせーよ俺だけじゃねぇ」と亭主が唇を尖らす。

「その菓子屋の親父なんざ、姿見せただけでぴゅーっていなくなるぜ」

「あーなんとなく分かる。想像できる」

「この辺じゃ、誰が一番最初にリコリスに懐くかって賭け事もやってんだ」

 胸を張る亭主に、青年は笑った。

「で、誰が一番有力?」

「この辺じゃ魚屋の親父だな。あの子が可愛がってるネコに魚のアラとかやってるからな。あの子を落とすにはネコがキーポイントだ」

「その賭けに勝ったら何がもらえるの?」

 首を傾げる青年に、亭主はカウンターに戻りながらこう告げた。

「リコリスのいる食堂の昼飯一回分をみんなで奢る。あそこの飯はうめーんだ」

「……なんつーか、平和だねー」

 青年が食べ終わった甘辛餅の楊枝をくわえ、肩をすくめた。







 陽が傾きかけた時間帯。一度宿屋に帰ってきていたアルフィリアとユークレースは、部屋で地図を片手に頭を捻っていた。

 地図はアルフィがどこからか持ってきた観光ガイドだ。『これは食べておいて損はない!』と書かれている文字を見てユークが苦笑していたが、それはさておき。


「……妙だな」

 中央のテーブルに広げた地図を見下ろし、捜索した場所に印をつけ終わるとアルフィは眉をひそめた。

「これだけ探してもいないなんてな」

「そうだね。だいぶ探したね」


 リコリスのネコは思ったよりも行動範囲が広いらしい。ジークハルトの鼻を頼りに歩き回り、時には道ゆく人に尋ねてみたのだが、見覚えのある者はいるとはいえここ最近の足取りはぱったりと途絶えていた。


「ここまでくると、町中にはいないのかもしれんな」

 眉をひそめてアルフィがそう告げると、ユークが口元に手を当てて唸る。

「だとするとまずいね。範囲が広すぎるし、ナァくんの身が無事かどうか」

「せめて出た方角が分かればいいんだが……ジークの鼻が利くのは何日までだ?」

「匂いが残っている限りは大丈夫。雨が降らなければ」

「なら早めのほうがいいな。いつ天候が崩れるか分からん」

 窓から差し込む光を見ながら、アルフィがそう告げる。最近は比較的安定した晴れの天気だが、時折小雨が降るのがこの地方の特徴だ。


「で、町の外に出たとするなら」

「……ここ、かな」

 アルフィの言葉尻を引き継いで、ユークが地図の一か所をとん、と叩く。

 ジークが匂いを追った先、一か所だけ途切れた部分があった。アルフィたちがキノコ狩りに出向いた森へ行く方角だ。

「どうする? ユーク」

「……ナァくんの身は心配だけど、そろそろ日が傾く。夜の森を捜索するのは危険だよ」

 顔を上げたアルフィに、ユークが悔しそうに首を振った。アルフィは目を伏せ、そうかと頷く。

「残りの時間もう一度町を見て、明日の朝一番で森に入るぞ」

「……朝露がなければいいんだけど」

 ユークが神妙な顔で頷いた。そのとき。



 コンコン、と軽い音が響く。


「すまないね、ちょっといいかい?」

 ドアの外から女将の声が聞こえた。二人は一度顔を見合わせ、ユークがベッドの上にいたジークに「隠れて」と指示をする。そのジークが慌てて布団の中に潜り込んだのを見計らい、アルフィが「どうぞ」と声をかけた。

 やや軋んだ音を立てて、眉を下げた女将が顔を出し、何かを探すように視線を彷徨わせた。

「くつろいでいるところを悪いね」

「いや、話し合いをしていたから気にしなくていい。どうした女将さん、そろそろ食堂の準備をしなければならないだろう?」

 アルフィの言うとおり、宿屋と備え付けの食堂が開店準備に入る頃合いだ。

 この宿屋は昼に食堂を開けた後、宿の仕事をするため一旦閉める。その後夕飯時にまた開店するのだ。


 珍しい訪問者に首を傾げると、女将は暗い顔で「いやね、」と話し出す。

「リコリスを知らないか?」

「リコリスちゃん? ……いや、知らないが」

「そうかい。ここにお邪魔してるのかと思ったんだけどねぇ」

 心配そうに眉を寄せる女将に、ユークも声を潜めて聞き返す。

「いないんですか? リコリスちゃん」

「昼ごろに酒屋へお使いを頼んだんだけどね。この時間になってもまだ戻らないんだ。今までそんなことなかったのに」

 女将はそう言いながら、落ち着かなげに手をそわそわとさせた。視線を彷徨わせ、心配そうに腕を組む。

「そろそろ探しに行った方が良さそうだ」


 窓の外を見ながら呟く女将の姿に、思わずアルフィが声をかけた。

「私たちで良ければ探そうか? 女将さんは食堂の支度があるだろう」

 はっと顔を上げる女将に、ユークもまた笑いかける。

「俺たちももう一回町に降りようとしてたんです。様子を見てきますよ」

 女将は一度迷うように視線を床に落とした。そして数秒の躊躇いの後、力なく笑みを浮かべる。

「……すまないね。頼まれてくれるかい?」

「お安い御用だ」

 アルフィが胸を張り、ユークも頷いた。




 二手に別れて探すより効率がいい。

 そう言われてユークが連れてきたのは宿の裏だ。倉庫の前に絵皿がある。

「ジーク。リコリスの匂い分かる?」

「キュ」

 絵皿の周りをしばらく嗅ぎまわったジークは、ユークを見上げて返事をした。

 それから鞄に押し込めるのではなくユークのマントの下に直接抱きかかえられ、ジークの指し示す方角に二人は走る。

「……なんか、嫌な予感がする」

 アルフィの表情は晴れない。ユークは目を細めた。


 ジークが指示したのは、森の方角だったからだ。


「どうする? ユーク」

 宿の部屋でした問いを、同じようにアルフィはする。ユークは一度目を伏せた。

「……アルフィは宿に戻ったほうがいい」

「却下」

 低く告げられた答えを間髪入れず否定される。ユークが目を向けた先、アルフィの強い瞳があった。

「私も行く」

「……けど、」

「私も行く」

 有無を言わさず返され、ユークは閉口した。その隙にアルフィはもう歩き出している。

 ユークは一度口を開きかけ、ためらわず進む細い背中を見て小さくため息をついた。それから後を追いかけた。











 雫の跳ねる音が響き、幼い少女はびくりと体を強張らせた。

 湿っぽい空気を我慢して、冷たい岩肌に身を寄せる。せり出した岩の後ろに身を隠し、頭を抱え、そうして長いこと蹲っていた。

 脳裏をよぎるのは恐ろしい魔物の姿だ。興奮した様子で木をなぎ倒すそれに、恐ろしくて逃げだすことしか考えなかった。


 森に入ったリコリスは、ネコのいそうな木の上を探すうち、気が付いたら奥まで入り込んでしまっていた。そこでリコリスはボアと遭遇した。

 とはいうものの、リコリスが見たのは森を歩くボアの姿だ。幼いリコリスは木の影が姿を隠し、幸いにも見つかることはなかった。が、場に残ったニンゲンの匂いをたどってきたのだろう。常に荒い息を出し、ボアは血走った目で獲物を探していた。アルフィたちと遭遇した時のように。


 見つかっていないとはいえ、その巨体は少女にとっては恐怖の対象だ。

 息を殺し、目の前にあった岩場へと駆け込んだ。奥に続く道を下り、隠れそうな場所を見つけてボアがいなくなるまでしばらくそこにいることにした。


 足先が冷え、掌がかじかむ。カタカタと震える音が耐え切れず何度も何度も外へ出ようとするのだが、そのたびあのイノシシがいるのではないかという恐怖に駆られ動けない。

 幸いにもボアは追ってこなかったらしく、少女の逃げ込んだ洞窟は雫の跳ねる音と、風の声が時折響くだけだった。

 じわりと涙が浮かぶ。少女の心の中は不安と恐怖と後悔ではちきれそうだ。

 森は恐ろしいところだから一人で入ってはダメだと、母からきつく言われていたというのに。その言葉を思い出すこともできなかった。

 ただ、ひとつのことだけしか考えていたなかった。

 今更ながら身を以て知る、森の冷たさ。独りの孤独。

 涙がこぼれそうになった時、ふと、灰色の青年がにっこり笑った。


――――リコリスもナァくんに負けないようにしないと、リコリスがめそめそしてたら、帰ってきたナァくんに呆れられちゃうよ


 唇をかみしめた。


 泣かなかったら、ご褒美にナァを探すと約束してくれた優しい笑顔。

 少女に目線を合わせて頷いてくれた。

 ナァは放っておいていいと。もしかしたらもう帰ってこないかもしれないと、言わなかった初めてのおとなの人だ。


 探すのは得意なのだと教えてくれた。絵本の中でしか見たことない奇跡のようなドラゴンを連れて。


 ぎゅっと目を瞑る。泣かない。泣かなかったら探してくれるから。

 優しい笑顔を思い浮かべると、不思議とそれができるような気がした。




――――そのとき、どこからともなく、ナー、という声がした。


 リコリスは息を呑んで目を見開く。

 あれほど探した声だ。さきほどまで恐怖で動けなかったはずの体が動く。顔を上げた先、薄暗い洞窟の向こうから聞こえたような気がした。

「……ナァ?」

 か細い声で呼ぶ。もしかして、という期待が胸をよぎる。そっと岩から出て、恐る恐る足を踏み出す。

「ナァ?」


――――ナー


 リコリスは目を見開いた。確かに聞こえた。か細いネコの鳴き声。

「ナァ!」

 名前を呼んで駆けだした。広がる暗闇はもう怖くない。


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